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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十二話 皇帝不予

■ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

 尚書室に入った少将はすぐ部屋から出てきた。今度は連れがいる。八十歳近い年老いた軍人と三十歳前後の軍人だった。老人の方は見覚えが有る。エーレンベルク軍務尚書だ。慌てて敬礼すると元帥は面倒くさげに答礼してきた。若い男性の方も何処かおざなりな答礼だ。それでもレオポルド・シューマッハ中佐と名乗った。三人の後を追って私も歩く。一体何が起きてるんだろう。遠征軍に何か起きたんだろうか?

 不思議な事に三人は正面玄関に向かったわけではなかった。裏口に出て用意されていた大型の地上車に乗り込む。やばい、やば過ぎる。お偉方と裏口からコソコソなんてどう考えてもまともじゃない。私は少将の方を時々見るのだが、少将は少しもこちらの視線に気付いてくれない。なにやら考え込んでいる。エーレンベルク軍務尚書もシューマッハ中佐も一言も喋らないから私の不安は増大する一方だ。地上車は何処に向かっているのだろう?考えるまでも無くわかった。徐々に新無憂宮に近づいている。行きたくない、無性に車から降りたくなった。

 地上車は新無憂宮の人気の無い所に止められた。後で教えてもらったのだが南苑の端のほうだったらしい。軍務尚書は先頭になって歩き出す。何処に行くのかと思っていると十分ほど後、新無憂宮の裏手にある小さな出入り口に入った。私は新無憂宮に来るのは初めてだ。以前から来たいと思っていたが、こんな形では来たくなかった。しばらく廊下を歩いていると、ドアがあった。軍務尚書は私達の方を一瞬見るとドアを開けた。

「ここだ。入るがよい」
シューマッハ中佐と少将が入る。私はどうすべきかと考えていると
「貴官はここで待て」
と言われた。もちろんですよ、元帥閣下、中になんか入りたくありません。

「元帥閣下、彼女も入れてください。二度手間になります」
「…いいだろう」
有り難くも優しい言葉だった。中には一人の老人がいた。痩身で銀髪の険しい眼をした老人だ。七十歳を越えているだろう。この老人は……。

■ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

 部屋の中にいたのは国務尚書リヒテンラーデ侯だった。
「卿がヴァレンシュタイン少将か」
「そうです」
今をときめく国務尚書がたかが少将のことなど知るわけもないか…。それにしても値踏みするような視線と声だ、不愉快な。

「閣下、一つ伺ってもよろしいですか」
「何かな、少将」
「ここから、部屋を出て何も聞かずに帰るという選択肢はありますか」
リヒテンラーデ侯はにこりともせず
「面白い冗談じゃな」
と言った。

いや、冗談じゃないんです。軍務尚書に呼ばれて部屋に行ったら“厄介な事が起きた。これから新無憂宮に行く。卿も同行せよ”で、ここまで来ただけなんで、出来れば帰りたい。それにしても何が起きた?シュタインホフがいないと言う事は遠征軍の事じゃないだろう。国務尚書がいるのだから政治面だとは思うが何故軍人の俺を呼ぶ?

「陛下が倒れられた」
「!」
フリードリヒ四世が倒れた?どういうことだ?何故今倒れる?俺とシューマッハ中佐は思わず顔を見合わせる。
「今朝、グリューネワルト伯爵夫人の部屋で倒れられ、そのままじゃ」
リヒテンラーデ侯の顔は沈鬱に沈んでいる。シューマッハ中佐が問い続ける。

「御容態はいかがなのです」
「判らぬ。医師の話では心臓が弱っているそうだが、はっきりとした事は…」
言葉の語尾を濁すとは余程悪いのか?
「意識は有るのですか」
「無い」
リヒテンラーデ侯の顔はますます沈んでくる。エーレンベルクも苦い表情だ。

「そのことを知る者は」
「グリューネワルト伯爵夫人と侍女が数名。それに医師。緘口令は敷いてある。表向きには陛下は御気分が優れず本日は伯爵夫人の下で御静養となっておる。まず疑われる事はあるまいが、それとて二日も保てばいいほうだろう」
御気分が優れずか、これまでにも何度かあったろう。それより何故シュタインホフがいない?

「シュタインホフ元帥に知らせなくてよいのですか?」
俺の問いに答えたのはエーレンベルクだった。
「シュタインホフには知らせなくともよい。彼は私とミュッケンベルガーに反感を持っている。このことを知ればどんな動きをするかわからぬ」
「少将、国務尚書の、いや我等の不安がわかるか?一つ間違えば帝国は内乱になりかねぬのだ」

 軍務尚書の言う事は正しい。帝国には今、後継者がいない。皇帝には三人の孫がいる。皇孫エルウィン・ヨーゼフ、ブラウンシュバイク公家のエリザベート、リッテンハイム侯家のサビーネ。しかし、フリードリヒ四世はそのいずれも後継者に選んでいないのだ。当然ブラウンシュバイク公家、リッテンハイム侯家は後継者争いに必死だ。両家の対立は抜き差しならないところまで来ているといっていい。敗者は勝者によって滅ぼされるだろう。その状態でフリードリヒ四世が倒れた、しかも意識がない、つまり後継者を指名できない。帝位は実力によって奪い取った者が得る事になる。

 ミュッケンベルガーが居れば話は別だった。これまで両家の暴発はミュッケンベルガーが防いできたと言っていい。ミュッケンベルガーは実戦兵力を統括し、近年その声望は他を圧し追随を許さない。彼の持つ軍事力と声望はブラウンシュバイク公家、リッテンハイム侯家を自重させるのに十分な力を持っていたのだ。

しかし、そのミュッケンベルガーがいない。頭を抑えるものがなくなった今、皇帝重病を知れば彼らは間違いなく行動を起す。一度たがが外れれば後はとめどなくエスカレートするだろう、行き着くところは武力での殺し合い。そうなれば軍務尚書も国務尚書も命は無い。

ブラウンシュバイク公家、リッテンハイム侯家ともに味方集めの段階で次の軍務尚書、国務尚書をポストとして提示するだろう。彼らは邪魔なのだ、生きているより、死んでくれたほうが都合がいい。そしてシュタインホフ。彼はここ近年エーレンベルク・ミュッケンベルガー連合に押されている。彼らを失脚させるためならどんな手を打つかわからない。この二人にとって、いやミュッケンベルガーにとっても状況は最悪だ。彼らにとって内乱=死だ。三人共、生死の狭間を歩いている。

「小官に何をせよと?」
「ブラウンシュバイク公家、リッテンハイム侯家の暴発を防ぎ、内乱を防ぐのだ」
簡単に言ってくれるな、エーレンベルク。

「しかし、何故小官なのです。軍務省に人はいるでしょう」
「軍務省の人間は多かれ少なかれ両家と繋がりが有る。陛下の御病状を知れば内乱を防ぐ事より、その情報を売り込んで出世をしようとするだろう。だが卿は違う」
「……」

「卿は両家とは繋がりが無い。それに出世の亡者と言うわけでもない。そして我等を手玉に取るだけの政治力も有る」
「……」
「ミュッケンベルガーは卿のことを食えぬ男だと言っておった、そして信頼できる男だとも。私もそう思う」
「買い被りです」

「そうではない。私もミュッケンベルガーも卿のことをずっと見てきたのだぞ、サイオキシン麻薬以来ずっとだ」
「……」
「このオーディンで内乱が起きれば、あっという間に内乱は帝国内に広まるだろう。どれだけの人間が死ぬ事になるのか想像もつかん。無論われらも死ぬ事になる」
「そうですね」
「救ってくれ、ヴァレンシュタイン、頼む」

「……小官はどういう立場で動く事になりますか」
「帝都防衛司令官だ」
「? しかし帝都防衛司令官は…」
「ラーゲル大将は病気療養になる」
「?」

「あれは、ブラウンシュバイク、リッテンハイムの両方に通じている。返って混乱を煽りかねん。卿は一時的な代理という形でその任につく」
とんでもない奴を帝都防衛司令官につけていたな。いやどちらか片方に通じているよりましか。だから帝都防衛司令官につけたか。

「憲兵隊、宮中警備隊を指揮下に置けますか?」
「うむ」
「装甲擲弾兵は?」
「……難しいだろうな、オフレッサーは遠征軍に同行しているが…」
「まとまりがありませんか?」
「うむ」
仕方ないな。リューネブルクを頼みにするしかないか。

「で、どうするのじゃ」
俺がやる気になったと見たのだろう。リヒテンラーデ侯が問いかけてきた。
「先ず、遠征軍を呼び戻します」
「やはり呼び戻さねばならんか」

「何時までも小官だけでは防げません。ミュッケンベルガー元帥と宇宙艦隊の力が必要です。それに…」
「それに、なんじゃ」
「もし、内乱が発生した場合、帝国は遠征軍の補給等を支援する余力はなくなります。最悪の場合、敵地で補給切れが発生し大敗を喫する可能性があります」

それだけではない。国内情勢しだいではミュッケンベルガーは亡命しなければならなくなる。しかし、あの老人にそれは出来ないだろう。となれば自殺となりかねない。
「不運だな、ミュッケンベルガーも」
エーレンベルクが呟く。あそこまで攻め込みながら撤退しなければならないミュッケンベルガーの事を思ったのだろう。

「それとリヒテンラーデ侯にお願いがあります」
「なんじゃ」
「先ず、陛下の御病状を発表してください」
「馬鹿な。卿は何を考えている」
シューマッハ中佐が異議を唱えるが、俺は引くつもりは無い。

「下手に隠すと後々責任問題になります、公表しましょう。その上で、“これを機にゴールデンバウム朝に敵意を持つものあり、皇位継承の有資格者を守れ”との命令を出してもらいます」
「それで、どうするのじゃ」
「小官はその命令を受け次第、ブラウンシュバイク、リッテンハイム両家を憲兵隊で取り囲み、いかなる意味でも人の出入りを禁じます」
「軟禁するのか」

「いえ、警護するのです。一番まずいのは貴族たちが集まって無責任に騒ぐ事です。暴発しかねない。だからブラウンシュバイク、リッテンハイム両家を隔離します」
「なるほど」
「それと夜間の外出を禁止する命令を出します」
「うむ」

「それから、宮中においても“陛下御病床にあり、騒ぐ事を禁ず”と命令を出してください。むやみに騒ぐものはこちらで取り押さえます」
「大丈夫か、押さえつけるだけで」
「いざとなれば馬鹿な貴族を二、三人殺します」
「!」

「彼らは自分たちの利のために騒いでいるのです。死ぬためにではありません。危険だと思えば不満には思ってもおとなしくするでしょう」
おとなしくなって欲しいもんだ。厄介な事になった。

 それにしてもフリードリヒ四世はどうなるのだろう? ここで死ぬような事があるのか? 原作では来年死ぬはずなのだが早まったか? いや待て、原作でも一度重態になっている。但しアルレスハイムの会戦があった時だから帝国暦483年、今から三年前だ。こっちではそんな事は無かった…。どうなっている。

 もしフリードリヒ四世が死ぬような事になった場合キャスティングボードを握るのはミュッケンベルガーか。リヒテンラーデ・ミュッケンベルガー枢軸が出来る? まさかな、そんな事が有るのか、ラインハルトはどうなる? 現時点では一艦隊司令官に過ぎない。ほとんど何も出来ないだろう。

 何とかフリードリヒ四世には健康になって欲しいものだ。全く先が読めなくなった。
ミュッケンベルガーが戻ってくるまで一ヵ月半はかかるだろう。それまで持たせる事が出来るか?最悪の場合、俺自身が亡命を考えなければならないだろう。イゼルローンで喧嘩売らなきゃよかった……。


 
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