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或る皇国将校の回想録

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第十八話 奇襲 虚実の迎撃

 
前書き
馬堂豊久 陸軍少佐 独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長として俘虜になった。

ユーリア・ド・ヴェルナ・ツアリツィナ・ロッシナ
<帝国>帝族の一員である東方辺境領姫にして<帝国>陸軍元帥
天性の作戦家にして美貌の姫


西田少尉 剣虎兵将校 最後の後衛戦闘に志願し、馬堂少佐と共に俘虜となった。

杉谷少尉 鋭兵将校 西田と共に後衛戦闘に志願し、俘虜となる。

冬野曹長 独立捜索剣虎兵第十一大隊の砲兵曹長

アンドレイ・バラノヴィッチ・ド・ルクサール・カミンスキィ
第3東方辺境領胸甲騎兵聯隊長。<帝国>本領男爵大佐
ユーリアの愛人でもある美貌の騎士大佐
 

 
皇紀五百六十八年 四月十三日 午後第十一刻
旧北領鎮台司令部官舎内 将校宿直室 俘虜 馬堂豊久<皇国>陸軍少佐


「違和感を感じますってレベルじゃないよな、コレ」
 蝋燭の光が硝子越しに琥珀色に色づいているのを眺めながら部屋の主である豊久はぼやく。
中身は当然ながら酒である、それもおそらく結構な質の物だ――少なくとも俘虜が抱えて酔い潰れるような物ではない。
「バルクホルン大尉の気持ちは有難いけど――そもそも飲めないんだよな」
 メレンティン参謀長との会話の後、〈帝国〉士官に与えられているのと同じ位に上等な部屋に移住させてもらった際に案内してもらったバルクホルン大尉の従兵が大尉から、と酒を届けてくれるのだが、残念ながら豊久は下戸であり、これで酒瓶は三本も貯まっている。
「皆に渡すか?いや、どうせなら――」
 色々と考えながら酒瓶を長椅子の下に戻す。
 俘虜相手に贅沢品を渡すと云うことは兵站が完全に整いつつあるのだろうし、またそれを隠すつもりもないのだと豊久は理解する。
 ――この様子だと内地侵攻までは半年も無いだろうな。
 陰鬱な溜息をつくとふたたび長椅子に寝転んだ。一人で居ると気が滅入るがかといって他人と話す程の気力もない、悪循環である。
 ――もうそろそろ、俘虜交換の時期だ。内地ではまた面倒が起きているだろうし、問答無用で巻き込まれるであろう事は間違いない。
 ごろり、と寝返りをうつと故国の屋敷を思い出しながら目を閉じた。
 ――せめて少しは休めるように早く帰りたいなぁ。



四月十八日 午後第五刻 北領 北府郊外 俘虜作業所
俘虜 馬堂豊久<皇国>陸軍少佐


「総員、傾聴!」
 冬野曹長が号令をかける。

「皆、聞いているな。〈帝国〉軍より俘虜労役の任が完了した旨を伝えられた、開放期限までの数日間は自由だ。そうは言っても娯楽は少ないだろう。」
 目配せをし、権藤軍曹達に瓶を抱えて持ってこさせる。
十数本もあれば三十数名に乾杯させる事は出来るだろうと将校二人と出し合ったのである。
「――と言うことで、俺が溜めていた分と西田・杉谷両名からふんだっく――もとい、皆の為に喜捨した分の酒を・・・・聞いてないね」
 皆、酒に目を奪われているのを見て豊久が嗤う。兵達の馬鹿騒ぎの中、ロトミストロフ候補生が訪れる。
「馬堂少佐殿、東方辺境領姫ユーリア殿下が貴官に拝謁の栄を与えると仰っておられます」
〈帝国〉語を解する者達は皆体を強ばらせた。
「杉谷――なにかあったら指揮権は君が引き継いでくれ」
 汗を流しながらも豊久は口元を吊り上げて先任少尉に云った。
「その言葉も冗談で済めば良いのですがね――幸運を祈ります、としか言えませんな」
 杉谷も顔を引き攣らせる、どちらも冗談としたくともできないといった様子であった。
ドナドナ・アトモスフィアを漂わせながらも俘虜である豊久は東方辺境領姫の御召を受け、とぼとぼと十も年下であろうロトミストロフの後を付いていくことになった。


同日 午後第五刻半 旧北領鎮台司令部内司令官室前副官室
俘虜 馬堂豊久<皇国>陸軍少佐


なんとも言えぬ違和感を抱えながら豊久は目の前の状況を咀嚼する。
 ――この先に嘗ての守原英康の執務室――司令官室がある。皮肉なものだ、〈皇国〉陸軍の物だった時には縁がなかったと云うのに。
 今、この副官室に居るのは豊久と、先導者であるロトミストロフ候補生の他に副官の代わりに侍女らしき女性が書類を片付けているだけであった。 陸軍元帥の侍女ともなると書類仕事もこなすらしく、乾ききっていない吸い取り紙が何枚も屑籠に捨ててある。
 例によって案内役のロトミストロフがその女性に来訪を伝えた。
「〈皇国〉陸軍少佐 馬堂豊久殿をおつれしました」
――声が裏返っている、緊張しているのか?
豊久の分析癖が頭をもたげた。
――いや、違うな――それとは違う。青年候補生の態度はそう云ったものではなかった。むしろ崇拝者の陶酔に近い。将校としてのそれ以上に鯱張った動作はおそらく彼の信望する戦姫・ユーリア元帥に対するものだ。
――ならば、これもその一環、侍女にまで失礼のないようにと気負い過ぎたということか。
なんとなくスッキリしないが、ロトミストロフは、そのまま退室したために、検証は不可能となってしまった。
「少佐、こちらへ」
 その女性が奥へと続く扉を開けてくれる。黒い扉に白く美しい手が映えていえる様子が――奇妙に印象に残った。



礼をして入室するのとほぼ同時に豊久は違和感に眉をひそめた。

 ユーリア姫らしき人は窓辺に立ち、豊久達に背中を向けている、別にそれは何ら奇妙な事ではない、威厳を見せる演出だろう。
部屋は〈帝国〉風の豪洒なインテリアに変わっており、両側には赤布に金糸で飾り立てた垂れ幕がある、この模様替えが原因だろうか?
「〈皇国〉陸軍少佐、馬堂豊久様をお連れしました」
 一拍間が空く、部屋の主は無反応であった。

「少佐、ご挨拶を」
 再び、違和感を覚え、豊久の思考は急速に回転を始めたる。
 ――何かがおかしい、何だ?

「〈皇国〉陸軍少佐、馬堂豊久、参りました」
 舌が儀礼を紡ぐのと並行し、防衛本能に急き立てられた思考は考察を始める。
 ――違和感の正体はなんだろうか――侍女の挨拶?
即座に否定の答えが浮かぶ
 ――違う、違和感の正体はそれではない。その前から感じていたのだから。

「拝謁の栄に浴し、恐悦至極に御座います。」
 舌鋒は無感動に儀礼を続けている中、豊久は更に記憶を巻き戻す。

 ――副官室で何を見た?

 ――山積みの書類に生乾きの吸い取り紙。
 
 ――それだけか?

 ――この部屋に入る前に何を見た?

 ――黒に映えた白く美しい手――白い?
 ストン、とこの状況を説明する常識の埒外にある論理が嵌った。
最敬礼である二刻半の礼をするが、窓辺の人物は未だ動かない事がその突飛もない論理に説得力を与えていた。
 蛇口を捻ったかのように豊久は汗を流し始めた。
 ――え? ま さ か
 頭を上げ、ジリジリと違和感の源である侍女の服を纏った美女へと向ける。
確信があったワケではない、生前(?)の記憶に残る本の迷警部曰く、“俺の直感がそう言っている”予断ありきの推測でしかない。
 だが豊久の探るような視線に応えるかの様にその女性はクスクスと笑い始めた。
 その笑い声に呼応するように心臓が早鐘のような音を打ち、冷や汗が湧き出す――が、何処かそれを演出の様に愉しんでいる自分が居る事も豊久は自覚していた。

 そして、謎解きの正誤が告げられた。

「もういいわよ、クラウディア。下がってちょうだい」

 そう言われて、ようやく振り返ることができた元帥の軍服を着せられた哀れな侍女は、豊久に負けず劣らず冷や汗を流していた。
 ――まさかこんな事をやるとはね。何とも行動的なお方だ。
早くもこの場の主導権を握られた豊久は諦観をもってその光景を眺めるしかない。
動揺している自分が何を言っても間抜けにしか見えないだろうから。
「ふふふ、少佐、私が〈帝国〉東方辺境姫ユーリアです。
貴男の属する軍隊を敗北させた鎮定軍の司令官よ。」
 未だ笑いが収まらない姫に対して豊久は一応二刻半の礼をする――敬意が欠片もこもってないが。
「馬堂豊久です」

「どうやらまたも貴男を奇襲し損ねる所だったようね。」

「いえ、十二分に驚きました。
屑籠を見る貧乏性と殿下の美しい手を見る不躾さを持ち合わせていなかったら失神していたかもしれません」

「それは大変」
 ユーリア姫は、クスクス笑いながら着替えをしに部屋へと行った。



「慣れも良いものじゃないわ、何時も同じだと退屈してしまうもの。
だからたまにこうして遊ぶの。」
 軍服に着替えたユーリア姫が楽しげに話す。

「そうしたくなるお気持ちは理解できます、殿下」
 そう答えながら豊久は外交用の笑顔を浮かべているが、流石に退屈しのぎに弄ばれるのは好みではない。
「随分、不機嫌そうですね?」
 此方を見て、微笑みながらユーリアは云った。
「そう見えますか?」
「見えますね」
 ――にべもない、こう押しが強い女性は苦手だ。
 思わず嘆息する。だからといって控えめな女性が得手かというと首を横に振らざるをえないのだが。

「突然呼ばれ、何事かと身構えていましたからね。いや、まさか――」
 あてつけがましく首を振るがユーリアはクスリと笑うだけであった。
「意外でしたか?」

「ええ、まさに奇襲でした。あぁ、これは先程も言いましたか」
 微笑に僅かに苦いものが混じる
 ――やれやれ、メレンティン大佐殿以上かもしれないな、これは。
 僅かに口元を緩め、敢えて俗な視線を飛ばす。
 ――まぁこうして見ると胸でかいし美人だし胸でかいし中々眼福だ、と前向きに考えよう。
「心なしか不躾な視線を感じるのですが?」
 ユーリアがにこやかに殺意を放つが、豊久はそれを飄然と受け流す。
「気のせいです、殿下」
 ――怖い見張りも居るだろうしね。あのわざとらしい垂れ幕の辺りかな。
 流石に侍女一人だけということはないだろうという常識的な考えからの帰結である。
 さすがというべきか、豊久には護衛がどこにいるかは分らない。
「言っておきますが、男性としての貴方には惹かれません。」
 ユーリアに冷ややかな目で睨まれるが、悪意に対しては豊久の面の皮は無駄に厚い。
「手加減して頂きたいものです。そうはっきりと美しく、身分も何もかも圧倒的に目上の貴婦人に言われるとひどく堪えます」
 にこやかに返答する姿はやり手の商人じみたものであった。
 ユーリアは悪戯めいた微笑を浮かべてそれに応え
「それは困りますね。なにしろ軍人としての貴官を私は高く評価していますから」
 そういうのと同時に敬意と敵意をないまぜにした総司令官の顔になる
「あの先遣隊を叩いた夜襲、そして、その後の異常なまでの戦果には驚かされました。」
 そう言って茶に口を着けた時には誰もが彼女が<帝国>陸軍元帥であることを疑うことはないであろうと豊久を感嘆させるほどの変貌であった。

「殿下、その言葉、私の前任者が聞けば誇りに思うでしょう。」
 そう云う豊久の脳裏では皮肉な笑みを浮かべる図しか浮かばない。
「あら? 貴男はその大隊の幕僚だったのでしょう?
そしてそこから大隊長を引き継いだ、と聞いています。」
 その口調はまるで試すかのようだった。
「はい、情報幕僚でした。
尤も、まともな報告が一つしか無いので仕事にあぶれていましたが。」
 そう答えると
「まともではない報告は?
数多くの情報から取捨選択しそれを得たのでしょう?」
素早く問いが飛んでくる。
 ――成程ね。
「いえいえ、中々集まりませんでした。
天狼では文字通り情報が錯綜しましたがまぁその後は捜索部隊からの情報だけが頼りでした。」
 祖父から三代続く馬堂家秘伝の胡散臭い笑みを貼りつける。
「騎兵伝令は使わないのですか?」
 質問の早さが段々と早まる。
「はい、殿下。何しろあの猫は馬を怯えさせるので、偵察は徒歩で行うしかありません」
 ――この程度は向こうも分かっているだろう。それに必要最低限の領域までは、馬を剣牙虎に慣らす訓練もそろそろ体系化される頃だ。鵜呑みにしてくれるならありがたいくらいだ。
当たるさわりのない答えを模索しながら、戦姫の分析を行う。
――この姫様は、自分が主導権を握っていることは当然理解している。だからこそ勢いを嵩にかけて考えさせない気か、ならば
「それでは部隊間の連絡に苦労するのでは?」

「はい、実験部隊ならではの苦労でした。
――其方の御国でも同様の部隊がいるのでしょう?」
 一拍おいて意味ありげに微笑する。
「――」
ユーリアが言葉に詰まると逆に畳み掛けるように豊久が言葉を発する。
「実験部隊とはその様な物です。得体の知れない物をなんでも手当たり次第に詰め込んだ部隊なのですから上層部からは信用なんてされませんよ」
 ――そりゃそんな部隊はまともな軍隊ならどこだってあるに決まっている、バーナム効果のちょっとした応用だ。会話のキャッチボールに付き合う気は無いよ、姫様。
 相手のもくろみを崩し、豊久は笑みを浮かべる。
 無論、ここで仕掛けたのには意趣返し以上に意味がある、導術兵は、他の部隊では殆ど使用されていない為、ほぼ確実に現状では導術の軍事利用に関する情報を自分達が独占している。そして《帝国》の国教は反導術であり、厳しい弾圧を加えている。
 単なる軍事情報の流出――勿論、それも深刻な問題であるが――以上に反導術思想と現実的な脅威の結合は、危険なものであると判断したのである。

「そう・・・その様な部隊、それも高々七百名の大隊で全軍の足止めをしたのですか。」
 ユーリアはやや皮肉気に話題を変える。

「えぇまぁ、嫌がらせとハッタリだけで時間を稼いだ様な物です。
派手な敗北で始まり、地味な敗北で終わりましたが、その間にあるのは、それだけです。」

「嫌がらせ、ですか。自国の村を焼くのを嫌がらせの一言で済ませるのですか?」
 古傷を抉られようと顔色一つ変えずに豊久は答える。
「負け戦だから選択した邪道です。あの様な状況でなければ絶対に行ないません」

 ――メレンティン参謀長からも聞かれたな。あの時以上に動揺しているのは何故だろう?
 ふとそのような事を思いながら青年将校は言葉を続ける。
「如何に上手く敗けるか、なんて二度と考えたくありません。」
 感情的な声を出さないように、無感動に、と細心の注意を払いながら自己と相手を批判する理論を紡ぐ
「所詮、戦術の中でも邪道です。
それを使わざるを得ない戦況に陥った時点で戦略として破綻しています。
戦争なぞするものではありませんね。
金も命も浪費します、挙句の果てに信用まで叩き売りです。
軍の大半が暇を持て余すくらいの方が少しはマシな世の中でしょう」
感情は出さずただ肩を竦めるのみ。

「そうかしら?平和はただの備えの時期、戦争と平和の違いは一つではなくて?」
 ――議論を挑むには極論にすぎますよ、姫様。
傷口をほじくりかえしながらも相手が乗ってきた事で安堵の笑みを浮かべる。
ここで語調が変わったということは本気で食いついてくれた可能性が高い。
「同じ資産が増える可能性があるからと商売と賭事を同列で扱うのは適切では無いと思います」

「随分と婉曲的に言うのね。」

「ならば、限りある人材と資産を浪費する時期を平時と同列に扱うべきとは思えません、と言うべきでしょうか」
 ――侵略戦争とてそうだ。そんな事をするくらいなら貿易で搾り取る方がより効率が良い。
それで国力を削ぎ、技術と教育を発展させればさらにやり方が増える。
「成程、ね。やっぱり貴男は官僚――いえ、商人に向いているわね。
貴男の言う商売下手の〈帝国〉に居たのなら大商会を構えていたかもしれないわ。」

「どうでしょうかね?〈帝国〉にいたら今度は軍人向きに育つかもしれませんよ?」
少々戯け気味に言うと姫様は瀟洒に微笑を浮かべ
「軽口好き同士、クラウスと気が合う筈ね」と明るい声で云った。

 ――クラウス?随分と親しそうだ、元侍従武官とかなのかな?
「参謀長殿は何と仰っていましたか?」

「褒めていたわよ、彼」
微笑みを残し、言葉を続ける。

「そう、己の幕営に居ない以上、首を刎ねたい程に素晴らしい、と言っていたわ」
 <大協約>世界最強の陸軍を率いる女傑の目に剣呑な光が閃く。
その覇気を肌に感じ、豊久は思わず固唾を飲んだ。
「それは――褒めていただいているのでしょうか?」

「寧ろ、賞賛している、と言うべきでしょうね。私も同意見です」

「――刎ねるのですか?」
 冷や汗を流しながらも無理矢理唇をねじ曲げた豊久の言いぐさに今度こそ声をたてて姫が笑い――
そして真っ直ぐと豊久の目を見て微笑を浮かべながら手を差し出す。
「まさか!此方の幕営に来なさい、と言っているのよ。」
豊久の頭が真っ白になった。

「貴男になら少なくとも連隊を預けられる。
功績をあげれば、望むのなら私の参謀にしてあげても良い。師団だってあげるわ。
爵位も与えられる。それこそ、貴方の働き次第では故郷のもの以上の位階を」
 煌めく碧眼に魅入られたように豊久は半ば呆けたように黙りこくる。
「能力があるのならば、この国を鎮定した後、統治に一枚噛ませあげてもいい。」
 ――このくにを? おれが?
 野心の熾火が掻き立てられた。
 ――俺が知っている別の世界の可能性。権力があれば、新たな時代の行く末を読み切り何かを手に入れられるかもしれない。

「ようやく――」
 ユーリア姫が満足気に対面に座る青年の顔をのぞき込む。
「――ようやく、胡散臭い笑いが取れたわね。」
 思わず口元を触る。作っていた表情は――あっさりと消え去っていた。

「なかなか良い|表情(かお)していたわよ?」
 勝者の余裕からかどこが親しげな話し方になっているユーリアに青年は幼子のような声で問う。
「・・・嘘だったのですか?」
 事実として東方辺境軍は急速に領土を拡げた際に彼らの言う蛮族を大量に受け入れている。
だからこそユーリアの長広舌を豊久は信じかけたのだ。

「拗ねてはダメよ」
 美姫は、喉の奥で笑っている。
 ――何かもう動揺しすぎて演技が出来ていないようだ、完全にしてやられた。
「私が話した事は全て〈帝国〉陸軍元帥 ユーリア・ド・ヴェルナ・ツアリツィナ・ロッシナの名に賭けて真実です。
貴男が私と〈帝国〉に忠義を尽くし、相応しい武勲を上げるのならば、私は貴男の後ろ楯になります」
帝国を統べる一族に相応しい覇気を感じさせる口調で告げる。
「それに――」
「それに――なんですか?」
尋ねる豊久は露骨に不貞腐れた態度であった、もはや自棄になっている。
「何なら貴男を愛人にしても良いわよ?」
 生真面目な姿から一転して仇っぽい目で見つめられると豊久は赤面して慌てて黒茶を呷る。
「あら、存外に初心なのね。――まぁさすがにこれは冗談よ、今はまだ」

「さすがにそれで売国奴になったら色々と泣けますね」
 ――もうやだ、一番苦手なタイプだ、この(ひと)
内心はもう半泣きであるが豊久は最低限の体裁を取り戻そうと四苦八苦する。

「そうかしら?それは差し引いても十分以上に貴方は好きに振る舞える筈よ――信頼を勝ち得る事が出来るなら。
だから――此方にいらっしゃい。」
ユーリアの澄んだ碧眼と疲弊した官僚肌の将校の黒い瞳が交錯した。
 ――それはきっと甘美なのだろう。敵を多勢を持って勇壮華麗に叩き潰し、美姫の下で勝利の美酒に酔う――素晴らしい光景だ。
 一瞬、垣間見た気がした未来に薄く笑みを浮かべ――豊久は自分でも驚く程よく通る声で答えた。
「嫌です」
 ――あぁ、そうか。これが豁然大悟というやつか?今、確かに選択の余地はあった、だが俺は亡びるのであろう故国を選んだ。何故かは自分でも解らない。
 ――安い矜持か、家族、友人への未練か。
どちらにせよ大した理由ではないのだろうな。
何とも――困ったものであるが――それで良いんだ。

「そんなに滅びる故国がいとおしくて?」

「そうですね。自分でも些か驚きましたが自分なりに愛国心を持っている様で。
それに――」
交渉用のものではない、澄んだ笑顔を浮かべた。
「それに?」
 ――俺は、他人をからかうのは好きだが、からかわれるのは嫌いだ。いやはや、我ながら始末に負えない餓鬼だ。

「私は内政の失策を戦争で誤魔化す様な無能な為政者に仕えるのは御免ですので。」
 そして挑発的に嗤って見せる。
 ――カリスマのある偉大な軍略家である美姫よりも、より良く平時の組織を運営する中年男――若殿様の様な上司の方が自分の人生を預けられるって事だ。

 ピクリ、と体を震わせ、東方辺境領姫が押し殺した声で答える
「そう、それが貴男の選択ね」

「そういう事になりますね」
 自棄と果断をないまぜにし、豊久は自身の旧友の如き笑みを浮かべる。

「良い事?私が貴男の愛しい故国を滅ぼすまで生きていなさい。
どんな顔をしているか愉しみにしているわ。」
 凄惨な笑みを浮かべている美姫を見て豊久も自然と笑みが浮かぶ。
 ――おお、こわいこわい。
「安心して下さい、殿下。私も殿下が〈帝国〉にお帰りになられる時の御尊顔を拝見するのを愉しみにしていますから。
美姫は泣き顔も美しいのか、些か興味がありますので」
懺悔を聞く拝石教の聖職者の様な笑みを浮かべて言い返す。

「フフフ・・・」
「・・・・・・」
互いに笑みを交わす。ユーリア殿下がチラリと部屋の垂幕を見る。
「こう、俘虜の身になると〈大協約〉が有難く思えます。
苗川辺りでは恨み言を呟いていたと云うのに、やはり法規は相互に遵守するからこそ意味があるのですね」
ぼそり、独り言の様に但し聞こえる様に呟く。
茶を飲もうとし、空になっている器をみて豊久は眉をしかめた。

「そう、敬意を払うべき対象に敬意を持たないのは愚者の行いね。
ならば私も〈大協約〉と貴官に敬意を払ってこう言いましょう。
――とても残念、と。さぁ、お下がりなさい」
〈帝国〉陸軍元帥の顔になった。
「それでは」
退出の礼をし、部屋を出ようとする豊久を追いかける様に声が聞こえた。
「後悔するわよ」
 ――笑わせるな。
「どちらが?」



部屋の奥、そこに掛けられた垂幕から護衛のカミンスキィが出てきた。
「あの男、真に此方に引き込むつもりだったのですか?」
「嘘はつきません。東方辺境領の貴族になれば生殺与奪は私が握れる。
無能なら殺し、反旗を翻す様なら私が叩き潰せる。」
 ――あの押し殺していた野心、上手く扱えば面白そうだったのだけれど。
ユーリアは取り逃がした獲物が出て行った扉へ視線を送る、
「あの男、掴み所が無いですね。敵に回す事も味方として轡を並べる事も危険でしょう。」
秀麗な眉間に皹が入っている。
 ――同族嫌悪って奴かしら、アンドレイ?野心の隠し方は貴方の方が下手だけど。
「そうかしら? 思ったより可愛らしい所もあったけど」
外面の崩れた後のあれは驚いた。
あの子供の様な表情、あれ程心根が剥き出しにした顔はそうそう見れないわね。

「あぁ、矢張り惜しい、あの男なら参謀でも将校でも使えたのに!」
尤も、部隊を与えるのには危険な気もするけれど。

「御意」
陰のある声でアンドレイが答えた。参謀教育を受けていない実戦一筋の騎兵将校、戦姫の愛人として公然と振舞っていてもやはり劣等感は人並みに持っているのだ。

じっとユーリアは彼の目を見つめる
「殿下?」
カミンスキィが首を傾げるとユーリアは視線をそらし、くすり、と笑った。
「――何でもないわ」
――やはり、似ているようで似ていない。
 
 

 
後書き
思い入れがあるだけに加筆を加え、更に誤字を訂正し、余分だと感じたところを削ってまた加筆するという円環の理。

いつも以上に冗長でくどくなっていないかとハラハラします。

御意見・御感想をお待ちしてます。 
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