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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十話 恒星

■兵站統括部第三局第一課

 帝国暦486年一月上旬、兵站統括部第三局第一課課長補佐に就任して一週間がたった。まあ日々順調に過ごしていると言っていいだろう。仕事の内容はそれほど難しいものではない。課長のディーケン少将の下へ行く書類の事前審査だ。俺が書類を確認しサインをする。それを隣の机に座っているディーケン少将に渡しディーケン少将が再確認し決裁する。その繰り返しだ。

たまによく判らない書類が来るがそのときには本人に突き返す。あとは、時々来る来客の接待役だ。実に楽な仕事でおかげで体調も良い。なんと言ってもシュターデンのあの不機嫌な顔、嫌味が無いだけでも天国に近い。

 シュターデンは今回の戦いで昇進しなかった。おそらく軍功よりも戦果確認でのトラブルを重視されたのではないかと思っている。ミュッケンベルガー元帥もうんざりしていたからね。今回の昇進見送りはいい薬になるだろう。次はあんな馬鹿げた事はしないはずだ。

俺が少将になったことでシュターデンの俺に対する反感、敵意は酷いものになった。宇宙艦隊司令部へ補給計画の立案のために行くと噛み付きそうな顔で睨んでくる。作戦参謀を辞めて本当によかった。まあ次の戦いには行かないから、頑張って武勲を上げて昇進してくれ。

 同盟軍のロボス大将は更迭されなかった。まあ更迭をしても後任が誰かという話がある。なかなか難しいだろう。しかし、次の戦いで失敗するとさすがに更迭だろう。となるとやはりミュッケンベルガー元帥の望むとおり艦隊決戦か…。そんな事を考えていると
「エーリッヒ」
と俺を呼ぶ声が上がる。第三局第一課の入り口にいたのはミュラーだった。

「ナイトハルト」
席を立って彼のほうに行く。ミュラーだけではなかった。ラインハルト、キルヒアイス、ケスラーも揃っている。はてなんの用やら。

「どうしたんだい。こんなところへ」
「卿に頼みたいことがあってね」
「そちらも一緒かな?」
「ああ」

「応接室が空いている。そこで聞こうか」
「有難う、エーリッヒ」
「久しぶりだね、ナイトハルト。准将に昇進か。おめでとう」

俺たちは歩きながら話した。ミュラーは前回の戦いに戦艦の艦長として参加している。互いに忙しくて碌に会えなかったが、戦果を上げていたのは知っていたし、その功績で准将に昇進したのも知っていた。何処に配属になったのか?ラインハルトのところか?

「有難う、エーリッヒ。卿も少将に昇進だ。おめでとう」
「ああ、有難う。ところで何処に配属になったんだい」
「ミューゼル閣下のところだ。もっとも二百隻ほどの小部隊だが」
「これからさ、まだ最初の一歩だろう」
「そうだといいね」

部屋に入ったのはミュラー、ラインハルト、ケスラーだった。キルヒアイスは遠慮したらしい。ヴァレリーが上手くやるだろう。
「ヴァレンシュタイン少将。卿に礼を言いたいと思っていた。ケスラー准将を参謀長に推挙してくれた事、礼を言う」

「喜んでいただけて幸いです。ケスラー准将はいかがです」
「よい上官を紹介してもらって感謝している」
「今回はミュラー准将も私の指揮下に入る事になった。楽しみだ」
「はっ。かならず御期待に添います」
うん。思ったより上手くいっているようだ。

「それにしても驚いた。卿が兵站統括部に異動とは。やはりシュターデン少将との確執のせいか?」
ケスラーが問いかけてくる。
「そうではありません。兵站統括部への異動を願ったのは小官からなのです。昨年一年間少し無理をし過ぎたのか、体調があまり良くないので後方への異動を希望したのです」

「そうは皆言っていないぞ、エーリッヒ。卿が兵站統括部へ異動になったのはシュターデンが卿を追い出したのだともっぱらの噂だ」
「ただの噂だよ。ナイトハルト」
「卿は次の出兵のことを聞いているか。今年早々だと聞いているが、まだ何も聞こえてこない」
ラインハルトが訊いてくる。なるほどそれが狙いかな。

「宮中ではもう内定しているそうです。ミュッケンベルガー元帥がおっしゃっていました。発表は遅くとも今週中に有るでしょう。出兵は二月の上旬になると思います」
「場所は?」
「元帥閣下は艦隊決戦を望んでいます。」

「ではティアマトか」
「いえ、アルレスハイムです」
「アルレスハイム?ティアマトではないのか」

「ティアマトに出た場合、反乱軍はダゴンにまで退く可能性が有ると元帥閣下はお考えのようです」
「なるほど」
「アルレスハイムからパランティア、アスターテまで押し出す、それが元帥のお考えです」
皆、顔を見合わせている。大きな戦いになると考えているのだろう。

「エーリッヒ、頼みが有るのだが」
「なにかな」
「艦隊の演習をしたいんだ」
「…それで」

「物資の融通をして欲しい」
「宇宙艦隊司令部には言ったのかい」
「言ったけどね、シュターデン少将にそんな暇はないと断られた」

あの馬鹿、味方の足を引っ張る事ばかりしている。ラインハルトが自分より上位に有ることで嫌がらせをしているんだろう。
「判った。明日宇宙艦隊司令部に行く。その時話してみよう、それでいいかい」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
本命はこれだったらしい。その後は他愛ない話をして帰っていった。

■ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

 少将たちが応接室に入ると私はキルヒアイス少佐を空いている席に誘った。少佐は赤毛の背の高い感じのいい少年?だった。たまにはこんな男の子と話すのも悪くない。
「キルヒアイス少佐はお幾つなのですか」
「十八です。今年十九になります」

若い! 少将も若いけど、この子も若い。ミューゼル中将と同い年なんだ。
「昇進なされたそうですね、フィッツシモンズ大尉。おめでとうございます」
「有難うございます」
そうなのだ。どういうわけか私も昇進した。しばらく何気ない会話をした後、キルヒアイス少佐が尋ねてきた。

「大尉にとって少将閣下はどのような方ですか」
「? そうですね、こう言っては何ですが、手のかかる弟のようなものでしょうか」
「手のかかる弟?」
「はい。体が弱いのに無理をするし、おとなしそうに見えて、売られた喧嘩は必ず買うような激しいところも有るし…」
「激しいところですか?」

キルヒアイス少佐は何か考えている。なんだろう?
「少佐にとって、ミューゼル中将はどのような方ですか」
「中将閣下はすばらしい方です。才能も性格も全てにおいて」

「ヴァレンシュタイン少将もミューゼル中将を高く評価しておいでです。自分など到底及ばないと」
「そうでしょうか?」
「は?」

「私は、ヴァレンシュタイン少将が時に恐ろしく思えるときがあります。……失礼しました。妙な事を言って。忘れていただければ幸いです」
「……」
話が終わったのだろうか、応接室から皆が出てきた。皆にこやかな表情をしている。
それを機に私とキルヒアイス少佐の会話も終わった。

 キルヒアイス少佐は少将のことを快く思っていない。私との会話でも何かを探ろうとしていた。穏やかな表情をしながらも何故かこちらを警戒していたのだ。彼にとって少将は警戒が必要な相手なのだ。警戒が必要?敵と言う事か?しかし何故少将が彼の敵なのだろう?私は気になって少将に尋ねてみた。すると少将は苦笑しながら気にする事は無い、といってくれた。そして続けて

「彼の判断基準は二つしかありません。ミューゼル中将にとって役に立つか、立たないか。ミューゼル中将の味方になるか、敵になるか。それだけです。いずれ敵ではないとわかるでしょう」

と言った。そうだろうか?キルヒアイス少佐の言った“ヴァレンシュタイン少将が時に恐ろしく思えるときがあります”あの言葉の意味が私にはわかるような気がする。私も同じ思いなのだ。少将がときに恐ろしく思えるときが有る。彼の警戒は敵か味方かではなく、恐ろしさに対するものではないだろうか。もしそうなら、彼の警戒は止まる事はないだろう。常に私たちを警戒し続けるに違いない。


 私は夜リューネブルク少将に会っていた。少将が私の昇進祝いをしてくれるというのだ。帝国では一緒にお酒を飲む相手もいない。ヴァレンシュタイン少将はアルコールが全然駄目で相手にならない。そういう点でリューネブルク少将は得がたいパートナーだった。食事を終え、場所を変えてアルコールを楽しむ。リューネブルク少将とは、帝国と同盟の両方の話が出来る。共に同盟の料理を酒を懐かしみ話が弾んだ。私はリューネブルク少将に昼間のことを話してみた。

「なるほど。ま、余り気にするな」
ヴァレンシュタイン少将と同じ事を言う。
「犬というのはな、主人が一番なのだ。そして主人を脅かしそうな人間を見つけると警戒する。実際に脅かす事は無いとわかっていてもだ。優秀な犬ほどそうだ」

酷いたとえだ。でもわかるような気がする。
「キルヒアイス少佐は犬ですか」
「ただの犬じゃない、優秀な犬だ」
「リューネブルク少将はミューゼル中将とヴァレンシュタイン少将をどう思いますか?」
「そうだな。ヴァレンシュタイン少将によるとミューゼル中将は天才だそうだ。俺から見ても才能、野心、覇気いずれも傑出している事は確かだな。ヴァレンシュタイン少将には才能はともかく、野心、覇気は余り感じられん」

「そうですね」
「しかし、底のしれなさ、奥行きの深さではヴァレンシュタイン少将の方が上ではないかと俺は思っている」
「…少将もそう思いますか」
「大尉も同じ思いか」
「はい」

 私と少将だけではないだろう。ヴァレンシュタイン少将の“底の知れなさ”、“奥行きの深さ”を感じている人間は。だれが捕虜を副官にするだろう、そしてその副官を同盟に帰そうとするだろう。あの時少将は私の幸せだけを考えてくれていた。有り得ない話だ。その有り得ない話が起きた時、私は少将の優しさに捕らわれ帝国人として生きる事を選択した。

蒼白な顔をして、私を帰すために使者になった少年をどうして見捨てられるだろう。リューネブルク少将も同じだ。同盟に絶望し帝国にも絶望した彼は自分より十歳以上年下の少年に希望を見た。いずれ彼はヴァレンシュタイン少将の元へ行くだろう。自らの意思によってだ。

恒星。ヴァレンシュタイン少将は多くの惑星を持ち、その中心にいる恒星なのだ。まだ恒星は小さい。しかし、これから大きくなればなるほど惑星の数は増えていくだろう。そして少将は自分が恒星だということがわかっていない。その事が周囲の警戒を呼んでいるということに…。




 
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