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婆娑羅絵巻

作者:みかわ猫
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壱章
  信太の杜の巫女~上~

 
前書き
和泉~信太ノ森~ 

 
「………ったく、妙な所に迷い込んじまったぜ」
参ったな、と苦笑気味に隻眼の男は頭を搔く。


_____この男、名を伊達 政宗(だて まさむね)という。
先代である父の死後、病で右目を失いながらも家督を継ぎ、陸奥国を治める領主であり若くして奥州を束ね奥州筆頭、独眼竜と称される男であった。
現在、ひたすら同じような獣道を歩いている真っ最中である。


何故その様な男が陸奥より遠く離れた此処、和泉に居るのかというと天政奉還後、天下統一に近いといわれる織田・豊臣の様子を見に来た。
言わば偵察といえば良いのだろうか?

偵察というものは軍の大将が行うことではない、下手をすれば敵方に正体がバレてしまう可能性もある無謀な行為だ、普通は複数の家臣か間者に任せる。
当の本人も重々その事は承知であったが逆にその考えを利用し、居るわけのない大将自らが偵察に出向こう、という無茶苦茶な考えに至り数人の精鋭とその才覚から竜の右目と称される腹心、片倉小十郎(かたくら こじゅうろう)と共に家中に出入りしている山城国の商人の屋敷に身を置いているのであった。
表向きは身を置かせてもらっている商人の甥として生活している。


無論特徴である弦月の前立ての兜や群青の陣羽織、黒金の鎧が特徴的な戦装束と六本の刀を携えた姿ではなく、今着ているような薄群青の小袖に濃藍の袴、青藍の羽織のような軽装に一本の刀と脇差を携えた姿だった。

時折、都や堺を歩いていると着ている着物の質が良かったり刀を携えているせいか賊やら傾奇者に喧嘩を売られたりしたが返り討ちにしてやった。

世は天政奉還により、混沌としているのだ。
天下に名を轟かせたいと考えるものは数え切れない程居る。
きっとそこには自分のように、比較的恵まれた環境の者もいれば貧しい者もいるのだろうから。


_____今日もまた、腹心・片倉小十郎を引き連れ京に近い和泉国で情報を集めながら馬に跨がっていた。

_____その矢先である、或る噂を耳にしたのは______

遠出であったため茶屋で一休みしている最中、近くに座っていた二人の男がヒソヒソと話している。

「なぁ、お前さん信太の杜の巫女の話知ってるかい?」

「あぁ、もちろん聞いたとも…杜を歩いているとたまーに見かけるっていう面紗を着けた娘だろう?」

「そうそう!おっかないねぇ……、見かけた年寄りなんかはアレはきっと葛の葉様だなんて言ってるよ、…まあ、確かに有り得ない話ではないかもなぁ…。」

「かの有名な安部晴明の母親の名前だっけか?
其れが杜の奥に祀ってあるんだろ?、確かに安部晴明の血を引いた土御門が彼処を代々守ってるからな…。
葛の葉様じゃなくとも土御門の手下の妖かもしんねぇや。」

「おぉ………くわばらくわばら、あの杜にはできれば近づきたくないね。」

「バーカ、桑原桑原は菅原道真だろ」

そう冗談を言いながら二人は茶屋の主人に代金を払うと足早に茶屋を後にしていった。



「…聞いたか小十郎?」

「………先程の旅人達の会話で御座いますか?」
小十郎は被った立山笠を僅かに上げ、視線をこちらに向ける。

「あぁ…とりあえず敵方の情報も集まったことだしお前は先に屋敷に戻れ。
オレは信太の杜に行く。」
好奇心からか政宗の口許には笑みが浮かぶ。
それを見て小十郎は呆れたように溜息を吐くとただでさえ皺の深い眉間の皺をより一層深くした。

「もし…只の戯れで向かわれるならばお止め下され、信太の杜は古より妖狐達の住まう神域と言われております。
それに彼処は敵方の織田に仕えている土御門の土地…土御門は陰陽の術に長けていると聞きます。
貴方様にもしものことがあれば誰が伊達家を_____」

「__んなこと元からわかってるぜ。
それに小賢しい狐なら今迄何度も相手にしてきただろ?」
小賢しい狐とは政宗の母方の叔父である出羽国領主・最上 義光(もがみ よしみつ)のことである。

元々幼い頃からよく知っていたが先代の死後、奥州を自分のものにしようと攻めてくることが今まで何度もあった。
相手が攻めてくる度、政宗は最上と戦って来たのだった。
それに表向きは戦っていなくともお互いの領地内には常日頃から忍びが跋扈している。


「…………あの羽州の狐と信太の狐は格が違います、侮られると痛手を負いますぞ?」

「Ha!妖術を使う狐、ねぇ……イイじゃねぇか
そいつ等が悪さをしてんなら、妖退治に洒落込むのもよォ…。」
政宗はくっくっと喉を鳴らし、残っていた茶を飲み干した。

「………貴方という人は……。」
もう諦めたのだろう、小十郎は再び溜息を吐き眉間に手を当てる。

「ッて訳だ、…帰りはお前より遅くなる」

政宗は腰掛より立ち上がると自らの分の代金を茶屋の主人に払い、厩に留めていた愛馬・後藤黒を引き出しては跨ると信太の杜へと向ったのだった。



それが約半刻ほど前の話である。
馬も通れない様な獣道である為、後藤黒は目付きになりそうな麓の木に留め此処まで歩いて来た。
信太の杜を散策しているうちに僅かに東に傾いていた日もいつの間にか高く昇って居る。

だが時間をかけ、散策した甲斐もあり旅人が話していた葛の葉狐が祀られている社に辿りついた。

此処まで来るのに通って来た獣道とは違い社の周りは高い木に囲まれているが結構開けていた。
正面の方に行くと神使の狐の石像と本来は通る筈であろう鳥居が見えた、成程…たしかに独特の厳かな雰囲気を感じる。

高い木で囲まれている為か薄暗く、周りはざわざわと木が風に揺すられる音しか聞こえない。
道中、例の巫女どころか狐さえも見掛けず、結局此処に着いてしまった。
一通り散策も終わったし帰ろうか、そう思い最後に社を参拝して目に焼き付けておこうと周りを回ろうとしていた時だった。


ふと視線を社の後ろに移すと先程通って来た獣道よりもやや広い、石で出来た階段が続いていた。



「………?」
自分の意思など関係なく、政宗はその道を進んでいった。
まるで子供の頃に感じた冒険心、或いは見えないものに惹かれる時の気まぐれによって導かれるように。

 
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