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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第二十二話 アントワッペン市街戦・前編


 時間は少し遡る。

 ジャコブに投降したマクシミリアンは、ヤクザ者たちに連れられて、二階の大広間の様な大き目の部屋に来た。
 そこには、ド・フランドール伯を始め、いかにも『裏社会の重鎮』と、いった者達が揃っていた。

「また、お会いしましたね、ド・フランドール伯。彼らが貴方の言う大切なお友達ですか?」

「よくもまぁ……ぬけぬけと!」

 『重鎮』の一人は、顔を歪ませた。

「マクシミリアン殿下、我々としては手荒な事はしたくないのですが、こうも好き勝手をやられると看過して置けません」

「どうするつもりだい?」

「この中に入っていただきます」

 パチンと、指を鳴らすと一人のヤクザ者が部屋の隅っこに有ったシーツを引っ張ると、そこに現れたのは、1メイル程度の小さな檻だった。

「……僕は獣かい?」

 さすがのマクシミリアンも米神をヒクヒクさせた。

「殿下が悪さをしないためです。さ、お入り下さい」

「分かったよ」

 マクシミリアンはため息をついて、檻の中に入った。

「やれやれ」

 と、マクシミリアンが檻の中で胡坐をかいていると、ヤクザ者が料理を持ってやって来た。

「どうした。だれも食事を頼んでないぞ」

 重鎮の一人が言うと、マクシミリアンが

「ああ、僕が頼んだ」

 と、答えた。

 室内では舌打ちの大合唱が聞こえる。

「さて、いただきます」

 重鎮達から嫌味たっぷりの視線を受けつつ、マクシミリアンは料理に手を付けた。
 献立は、温めたシチューにプレーンオムレツと白パン2個、水をコップ一杯だけだ。

「オムレツは好物なんだ」

「そうですか、良かったですね」

 あまりのふてぶてしさに、ド・フランドール伯も呆れ顔だ。
 マクシミリアンはナイフとフォークでオムレツの解体を始めると、ナイフに妙な手ごたえを感じた。

(……おや?)

 他の連中にばれないように、異物を検めると、オムレツの中か紙が出てきた。
 紙に書かれた内容は、これから起こる反抗作戦の詳細が簡単に書かれてあった。
 おそらく、密偵団が料理の中に混ぜたのだろう。

(……むぐぐ)

 マクシミリアンは証拠隠滅のため作戦書を食べ物と一緒に飲み込んだ。
 そして、水で流しこみ何食わぬ顔で他の料理に手を付けた。

 結局、この行動は不審に思われることは無く、マクシミリアンは反抗作戦開始まで待つことにした。


 ……


 ……待つこと数時間。
 重鎮達は、しばしば檻に入ったマクシミリアンを興に入った目で眺めていた。

「檻に入った僕は、そんなに珍しいかい?」

「トリステインの長い歴史の中で、檻に入れられた王子なんて聞いたこと無いですよね? ひょっとしたら初めての快挙なのでは?」

「悪趣味だな」

「お褒めに預かり恐悦至極……」

「ちぇっ」

 などと、嫌味合戦をしながら時間とつぶしていると、その時がやって来た。

 パンパンパンと、破裂音が何度も聞こえ屋敷周辺が騒然とし始めた。

「何の騒ぎだ?」

「どうした!?」

「お前ちょっと聞いて来い」

 大広間でも外の騒ぎが漏れ聞こえたのか、騒ぎになり始めていた。

(さて……オレもそろそろ動くか)

 マクシミリアンは一つ深呼吸すると、フォークを逆手に持って自分の左腕に突き刺した!

「お……おい、何やってんだ!」

「気が狂ったか!?」

「止めろ止めろ!」

 突然の行動に重鎮達はマクシミリアンの正気を疑った。

 ザクッザクッと、目じりに涙を溜めながらフォークを突き立てた。もう左腕は血まみれだ!
 そして、マクシミリアンは指を傷口に突っ込むと何かを引き抜いた。

「ああっ!?」

 左腕の中から引き抜いたもの。
 ……それは、タクト型の杖だった。
 マクシミリアンは投降する前に自分の杖を左腕の中に埋め込んでいたのだ。

「狂ってる!」

 唖然とする重鎮の一人は、率直な感想を言った。

「僕もそう思うよ。けどね、お前らの裏をかくには正気じゃ駄目なのさ」

 ヒーリングで左腕を治しながら言った。

「そして!」

 マクシミリアンは杖を振るうと、突如、室内に突風が吹きすさび、室内の調度品を滅茶苦茶にし、全ての窓ガラスを粉砕、ド・フランドール伯を含めた重鎮全員が壁に叩きつけられた。

「こんなふざけた反乱。とっとと終わらせるべきなのさ」

 『アンロック』で檻を開け、悠々と外に出ると、扉のところに風穴のジャコブが立っていた。

「やってくれましたな殿下。まんまと騙されましたよ」

「たしか、ジャコブだったか」

「覚えて御出ででしたか……それよりも」

 ジャコブはチラッと、壁に叩きつけられてノビている重鎮たちを見た。

「見事な『ストーム』ですな」

「ストーム? フフ、ちがうな!」

「?」

「さっきのは『ウィンド』だ!」

 啖呵を切ったマクシミリアンに、ジャコブはフハッと噴き出すと楽しそうに杖を向けた。






                      ☆        ☆        ☆





 ……所変わって。

 ド・フランドール伯の屋敷と市街地との間には大きな広場がある。

 ラザールが取った作戦はヘルヴェティア傭兵やヤクザ者達を遮蔽物の広場に誘き寄せ、クーペたち潜入部隊の屋敷内の活動を容易にする事が一つ。
 もう一つが、傭兵らを遮蔽物の少ない広場に誘き寄せ、自分達は住宅や鉄張りの馬車などを陣地化させて、陣地防御によって敵の数を減らしておく計画など。
 そして最後に、陣地を蜂起した後、狭い路地裏に誘き寄せゲリラ戦で疲れさせ包囲殲滅する事などの三項目を作戦に採用した。

「ミスタ! 『蜂の巣』は弾はこれで最後です!」

「ミスタ・ラザール、近隣住民の全員退去、終わりましたよ」

「ご苦労様、今度は罠を仕掛けるのを手伝ってくれ」

「分かりました」

 そう言って、去っていく市民達。
 ちなみに『蜂の巣』とは、ラザールが作った、ハルケギニア版多弾装ロケット砲の事で蜂の巣に似ていた事から名づけられた。

「後ろから出るガスに注意しろ」

「撃て!」

 『蜂の巣』のロケット弾十数発が、甲高い音を立てて、空へと昇っていく。
 空は厚い雲で双月の光は地上へ届かず、市内は真っ暗闇で『蜂の巣』のロケット弾の爆発で発生した炎が唯一の光だった。
 
「ミスタ・ラザール、話がしたいという連中が来てるんですが」

「話を? 何と言ってるんだ?」

「分かりません。ただ、責任者に会わせろと……どういう用件か聞いても、とにかく合わせろの一点張りで」

「この忙しいときに……分かった、とにかく会おう」

 ラザールが持ち場を離れ、会いたいという連中に会ってみると、10人程度の男達がラザールに詰め寄ってきた。

「お前が関係者か! お前は一体何を考えてるんだ! 俺達は王子様を助ける為に手を貸したんだ! なのに何でこんな所で油売ってるんだ!!」

 いきなりまくし立てられた!
 要はさっさとマクシミリアン奪還のために屋敷に突入すべきだ! という用件だった。
 戦略戦術が分からずに情熱だけで参加した市民たちに、ラザールはなるべく分かりやすく作戦を説明したが、理解できないのか市民達は不満げだ。

「相手はメイジです。メイジの恐ろしさは皆さんがよく知っている事でしょう? ですから作戦成功の為にも皆さんの力が必要なのです。王子様奪還の為にもどうか私の指示に従ってください」

 ラザールは重ねてお願いした。
 市民達も『もう一押し』と、いった感触だったが、ここで凶報が届いた。

「ラザールさん! 敵が来ましたよ!」

 息せき切って男がやって来た。

「……他の皆に戦闘準備を。それと皆さん、どうかよろしくお願いします」

「……ああ」

 文句を言いにきた連中は不承不承で頷き戻ったものの、不安を残しながらラザールは持ち場に戻った。








                      ☆        ☆        ☆





 暗闇の中で、今まさに戦闘が始まろうとしていた。
 指揮所代わりに借りた、二階建ての宿屋の屋根裏部屋にラザールは戻った。
 ここならば、戦場になる広場が一望できる。

「どうでしたか? どのくらいの数がいましたか?」

「それが……予想では100か200ぐらいと聞いていたんですが、それ以上の人影が見えました」

「まだ敵は戦力を隠し持っていたのか?」

 ラザールは唸った。
 その時、暗闇の先で何かが動いた。

「何か来る!」

「戦闘配置は?」

「完了しています」

 やがて夜目が利いてくると、敵の姿が分かるようになった。

「あれは……」

 ガチッガチッと、規則正しく行進する敵の姿はというと……

「ゴーレムだ! 人間と同じくらいの大きさのゴーレムが……500以上は居る!?」

 ヘルヴェティア傭兵が作り出した人間大の鉄製ゴーレムが500~1000体、戦列を組んで行進してきた。
 ゴーレム一体一体のデザインは違うが、全てのゴーレムに5メイル以上の長大な槍『パイク』を持たせていた。

「ゴーレムが多すぎる! ミスタ! あのゴーレムは術者を殺れば消えるんだよな!?」

 狙撃手役の男がマスケット銃を片手に効いてきた。

「おそらくは……ただ、この暗闇では誰が誰だか分からない」

「ん? あ! あいつら!」

 狙撃手役の男が声を上げ指差した。
 指先の向こう側には、市民兵100人程がゴーレムに突撃をかけ様としていた。
 その中に先ほど、ラザールに文句を言いにきた男たちも含まれていた。
 いや、むしろこの暴走を先導していた。

「何を勝手な事を! 今すぐ連れ戻すんだ!」

 しかし、時すでに遅し。
 突撃を察知したゴーレムたちは陣形を密集方陣に変えた。

 大量の槍衾に守られたヘルヴェティア傭兵に、真正面から突撃した市民達。
 先頭を走っていた一人の市民が、大量の槍衾に怖気づき足を止めてしまった。
 人は急に止まれない……なんて言葉があるように、後続の市民に押された形になった男はそのままパイクに串刺しになって死んだ。
 その後も、ある者はパイクで叩かれ死に、ある者は突かれ死んでいった。
 辛うじて生きながらえた者達も逃げる途中に、密集方陣の内側からのファイアー・ボールやエア・カッターで死んでいった。

 援護をしようと、屋根裏部屋からマスケット銃を方陣の内側に向けて放ったが、内側はエア・シールドに守られ効果を得なかった。
 外側は鉄製ゴーレムでガッチリと固めて内側のメイジたちへの侵入を防ぎ、状況に応じてヒーリングやエア・シールドなど魔法を駆使して補助する。
 彼らヘルヴェティア傭兵の中に勇者は居ない、ここで言う個人は組織という名の機械の歯車の一つでしかない。
 この鉄壁の布陣を前に暴走した市民は皆殺しにされ、メイジの放ったフレイム・ボールが次々と家屋やバリケードを燃やし破壊した。

「……」

「……」

 この一方的な光景に屋根裏部屋には沈黙が落ちた。

「やはり、メイジに勝つのは無理だ」

 ポツリと誰かがつぶやいた。
 この言葉が次々と伝染して行き見る見るうちに士気が下がっていく。

「みんな、戦いは始まったばかりだ。それに、あのヘルヴェティア傭兵の陣形に、何の備えも無く情熱のまま突っ込んだ彼らはハッキリ言えば愚かだ! だが、私は違う、あの陣形を破る方法を知っている、諦める前に私に指示に従って欲しい」

 ラザールの鼓舞で辛うじて崩壊は回避した。

「で、あの陣形を破る方法とは?」

「大して難しい事じゃない。あの広場だからこそあの陣形を張る事ができたんだ、陣形を張る事ができない路地裏に誘い込む。つまりは作戦の第三段階に移行するように各部署に通達を、バリケードは誘引用意外は放棄を」

 ラザールの言葉に活気を取り戻すと、市民達は伝達のために各部署へ散って行った。

 まだ戦いは始まったばかりだ。






                      ☆        ☆        ☆






 ド・フランドール伯の屋敷から脱出した、貴族達を積んだ荷馬車は降り注ぐロケット弾を、避けるように進路を取り無事に安全圏に退避した。

「皆様、大変ご苦労様でした」

 応対したド・ブラン夫人はユーモラスに一人一人に声を掛けた。
 気位の高い貴族の逆鱗に触れないように言葉を選ぶ。

「皆様の杖も取り戻しておきました……」

 奪われた杖を返した。

「まったく、あの不届き者ども……どうしてくれようか。後で首を切ってくれよう」

「それよりも、早くお風呂に入りたいわ」

「そうだな、なにかワインに合うものを食べたいな」

 死の危険から遠ざかった事で、好き勝手な事を言い始めた。

 一人の少女を除いては……

「ちょっと! ちょっと待ってよ!」

 少女が貴族達に言い寄った。

「今、マクシミリアン殿下を助ける為に民衆が命を賭けて戦っているのよ! それなら、貴族である私達も彼らに協力すべきよ!」

 声を荒げた少女は、マクシミリアンに命を助けられた少女ミシェルだった。

「この娘は何を言っているんだ?」

「この者はマクシミリアン殿下にお声を掛けられた少女では?」

「まあまあ、彼女はマクシミリアン殿下に直接お声を掛けて頂いた事で舞い上がっているのでしょう」

「若い者は、何かと新し物好きですから。殿下のあのような言葉を本気にしてしまったのでは?」

「まったく、殿下にも困ったものだ」

「まったくです」

 ベラベラと喋る貴族達に、ミシェルはわなわなと震え、その怒りは頂点に達した。

「貴方達は……貴方達は一体今まで何をやってたんですか!」

「いきなり何を……」

「さっきまでは、殿下の前では神妙そうに話を聞いていたのに! あれは嘘だったのかっ!!」

 ミシェルの言葉に徐々に剣呑になる貴族達。

「何処の木っ端貴族の娘か分からんが、無礼な!」

「何が無礼なもんか!」

「お嬢さん、そういう口の利き方は良くないよ」

 口の利き方をたしなめられながらも、ミシェルは民衆を助けようと説得をしたものの、多勢に無勢だった。

「……もういい! こうなったら私一人でも助けに行く!」

 痺れを切らしたミシェルが単騎での突撃を言い出した!

「え!? ちょっと待って」

「もう待たない! そこの人! 空いている馬か何か有りませんか?」

 ミシェルはド・ブラン夫人に聞いた。

「そうねえ、あの馬なんかどうかしら?」

 そう言って、馬小屋に繋がれている、数頭の馬を指差した。

「ありがとう!」

「けど、お勧めしないわ。死にに行くようなものよ?」

「こういう時こそ貴族の真価が問われるのよ。このまま民衆を見捨てたら貴族を名乗る資格は無いわ!」

「ちなみに馬には乗れるの?」

「たしなみ程度に!」

「そう、分かったわ。それと私も行くから」

「その身体で乗れるんですか?」

「貴女の後ろに乗せて貰うわ」

 身長が130サントぐらいででっぷりした身体では馬には乗れない。

「分かりました」

 手ごろな馬を引いてきたミシェルは、卸したてのドレスのスカートの裾を破って馬にまたがった。
 ド・ブラン夫人は杖を出してレビテーションで浮かびミシェルの後ろに乗った。

「僭越ながら、私めも連れて行ってはいただけませんか?」

 声を上げたのはマクシミリアン付きの執事セバスチャンだった。
 セバスチャンは前装ピストル2丁と銃剣を付けたマスケット銃で武装していた。

「心強いわ、ミスタ」

「失礼ですが、鉄砲を撃った事は?」

「若い頃はメイジ殺しとして、それなりに名前を売っていましたので力になれるかと……」

 そう言いながらセバスチャンも馬小屋から馬を引いて来た。

「分かりました、おねがいします……マクシミリアン殿下のお言葉が心に響いたのなら私に続け!」

 ミシェルは杖を天高く上げて叫んだ。

「民衆を救う事に古いも新しいもない! 貴族としての義務を果たすまでだ!」

 ミシェルの演説に心が動いた貴族が一人二人と現れた。

「ありがとう……行こう! 民衆を救う為に!」

 ミシェルとド・ブラン夫人を乗せた馬は駆け出す。
 それに続くセバスチャンと一部の貴族達……空はまだ暗いが少しづつ白みがかってきた。

 後に、マクシミリアン旗下で猛将と名を轟かす、ミシェル・ド・ネルの若き日の姿があった。

 
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