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魔界転生(幕末編)

作者:焼肉定食
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第44話 決死の逃亡

 近藤隊は陸路で、榎本隊は海路で江戸へ向かう事となった。
 別れ際にお互いの健闘を称えあい、再び生きて江戸で再会を果たすことを誓い合いって別れた。
 近藤は東海道ではなく、中仙道を行く道を選んだ。
 遠回りにはなるが、東海道よりも山に入った方が逃亡戦としては有利と踏んだからだ。が、近藤隊とて条件は同じだった。
 行く手を阻む木々、山の天候。追われるものより追う方が戦いとしては有利に展開できる。
 窮鼠、猫を噛むという諺があるが、絶望的な戦いであることには変わりはない。
  容赦ない散弾。次々と倒されていく仲間達。
  近藤隊はもはや疲れ切っていた。もちろん、それを率いる隊長・近藤勇も同じだ。
 二手に別れる提案をしたのは、近藤だった。
海軍が陸路を行くのは、まさに丘に上がった河童と同じ足手まといだと。
それに榎本は激怒した。
「近藤、俺達をなめるな!!」と。
が、近藤はにっこりと微笑んでこう言った。
「榎本さん、どちらかが江戸に辿りつければいいこと。海軍は最新の戦艦が揃っていると聞きます。ましてや、貴方がいれば、そうやすやすとは負けますまい」と。
「近藤君、君はまさか・・・・・」
榎本は近藤を見つめた。
「ははは、榎本さん、心配ご無用。私は死にませんよ。では、明後日に。私たちが新政府軍を引き付けている間にうまく脱出してください」
近藤は榎本に背を向けて去っていった。

「近藤さん、どちらへ?」
 一人、林の中を歩き出した近藤を隊員が呼び止めた。時は深夜。
「あぁ、少し用足しをな」
 近藤はにこりと微笑んだ。
「いけません。一人で行動を起こしては」
 隊員は近藤の腕を摂った。
「心配ない。こんな時間だ。敵も休んでいるだろう」
 近藤は優しく隊員の手をどかした。そして、闇の中へと消えて行った。

 近藤の目的は用足しなんかではなかった。ただ、一瞬でもいいから一人になりたかった。
満天の星空が近藤の頭上にあった。近藤は、一人その星空を見上げた。
(トシよ。いよいよ駄目かもしれんなぁ)
疲れ切った体。折れかけている心。が、近藤は江戸での待つ土方や榎本との再会だけが心の支えとなっていた。
そんな時、一つの光がともった。
(敵か?あるいは心配になって迎えに来た仲間か?)
 近藤は愛刀・虎徹に手を置いた。
「止まれ、何者か」
 近藤の大声にも怯むことなく、その光は近づいてくる。
(鬼火か?)
 近藤は虎徹を抜き見構えた。
「新撰組局長・近藤勇殿とお見受けいたしまするが」
暗闇の中から声がした。光の持ち主の声だ。
「いかにも。貴様はだれだ?」
 近藤は警戒心を一層強めた。敵ならば一気に斬り伏せてやるつもりだった。
「私はあなた様の敵ではございません」
 暗闇の中から一人の男が現れた。その男の姿はまるで牧師のような姿で網傘を目深くかぶっていた。
「ははは、宣教師殿が拙者の味方?」
 近藤は噴き出した。
「はい、その通りです。近藤勇殿。この戦い、貴方様はおそらく負けるでしょう」
  その男の声は妙に説得力があった。
「き、貴様!!」
 だからこそ近藤は腹が立った。
「近藤殿、貴方様にはやり残したことはございませんか?そのために生きたいと思いませんか?」
 男は刀を構えている近藤に恐れなど感じないといった風にどんどん近づいて行った。
「貴様、止まれというに」
 近藤は男の首筋に寸前で刀を止めた。
「近藤殿、貴方さまが思うが儘に生きたいと思いませんか?」
 男はそんな状態でもひるむことはなかった。
「大した奴よ。この状況でもひるまんとは」
 近藤は刀をおろした。
「して、わしにどうしろというのか?このまま味方を残して逃亡しろと?」
 近藤は、刀をしまいつつ男に問いかけた。
「いいえ、貴方様には一度死んで戴きます」
 近藤には男がにやりと笑ったように見えた。
「わしに死ねと・・・・・・・・・・」
 近藤は男を見つめた。
「さよう、そして、死の前に生きたいと願うのです。生きたいと心底願い、このおなごと交わりなされ」
 男の後ろから呆けたようなでいて美しい女性が現れた。
「な、なんと」
 近藤は驚きのあまり大きく目を見開いた。それは自らの正妻・つねの顔だった。
「貴様、つねに何をした!!」
 近藤は男に飛び掛からんとする勢いで激怒した。
「御待ちあれ、近藤殿。この女御は貴方様の正妻・つね様ではございません。遠縁にあるもの。ですが、余ほど、つね様に似ておられるのでしょうなぁ」
 男の声が楽しそうに聞こえる。
「この女御は焼くなり煮るなりなされませい」
 男は女の背中を押すとフラフラと歩きだし、倒れそうになった。近藤は素早く女を支えた。
「も、もしや、貴様か。岡田以蔵や高杉晋作を化け物に変えたのは」
 近藤はすべてを察した。
「私ではありませんが、半分は当たっていますな」
 男は網傘を少し上げると真っ赤な唇の口角をあげて微笑んだ。
「仮にも、新撰組局長であるわしに化け物になれと?」
 近藤は虎徹を素早く抜いた。が、男は飛び退きそれをかわした。網傘の一部が裂けた。
「貴様、何奴か?貴様も化け物か?」
 近藤は男に対して仁王立ちで聞いた。
「私の名は、天草四朗時貞。徳川を、いや日本を呪う者。またお会いしましょう、近藤殿」
 天草はひらりと宙に舞うと闇の中へと消えて行った。
「あれが天草四朗か」
 近藤は女を抱き抱えながら再び天を仰いだ。その後ろから仲間の声が聞こえてきていた。
 
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