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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-38

 




 亡国機業の幹部臨時会があった次の日。まだまだ夏真っ盛りで日差しも強く、セミが煩雑と鳴いている。そろそろ里帰りが終わる辺りになって、静かだった学園に少しだけ喧騒が戻って来ていた。
 楯無が蓮に提案したのはそんな時だった。


「デートしましょっ!」
「はあ?」


 ◯


 結局楯無の提案を受け入れて、この暑い中、私服になって街へと繰り出した二人。相変わらず町は賑っていて、近くにできたウォーターランドも人の賑いに拍車をかけていた。
 楯無――――デート中は刀奈と呼んでと言われた――――は、既に一日の予定を立てているようで、手に持ったメモにはどこに行くかを簡潔に書かれていた。


 刀奈が蓮の手をひっぱてきたのは大型ショッピングモール『レゾナンス』。自動ドアを二つもくぐれば、ひんやりとした空気が肌に触れて少し寒いぐらいに感じる。隣を見れば刀奈が腕を抱えて震えていた。あまりの温度差に鳥肌が薄らと立ってしまっていた。
 見かねた蓮が刀奈に手を差し出すと先ほどまで震えていたのは何処へ行ったのか、一瞬のうちに開かれた指に指を絡めて、出来るだけ密着させようと体を限界まで近づける。
 何食わぬ顔で人前にも拘らずいきなり抱きついてくる束である程度は慣れていたつもりだった蓮が、一言刀奈に言おうとしたが、顔を背けて少し赤くなっているのを見て諦めた。髪が水色で肌が白いため、目立ってしまっているが、蓮は何も言わなかった。


 特に店に入ることもなく、広いショッピングモールをゆっくりと回る二人。その間もずっと手を繋いで密着したままだったのだが、二人とも慣れたのかいつものように会話していた。人目を引いたが、気にせずに二人だけの空間を作り上げていった。


「おい、刀奈。胸当たってんだけど」
「当ててんのよん」
「……はあ、そうかよ」


 結局何も買うことはなかった。それでも一周しているうちに結構お昼にいい時間になっている。フードコートで簡単に済ませると移動して、次は水族館に来た。
 いつも食卓に並んでいるような魚が泳いでいたり、アザラシやペンギンが泳いでいたりと水の中を思うがままに動いていた。そんな動物たちを見ると羨ましく思えてしまう。


 確かにある程度の制限はかけられるだろうが、体調管理やえさなどは人が用意してくれるのだから、あとは思うが儘に過ごしていればいいだけ。そんなに自由に動くことが出来る魚たち、動物たちが羨ましくて嫉妬してしまいそうだ。
 そして蓮が彼らに抱いた思いは少しだけ刀奈も同じように思った。
 更識家として幼いころから指導を受けていた。勿論自由な時間なんてなくて、学校が終わったらすぐ家に帰って色々なお稽古。周りの話の話題についていけることなんて一度もなくて、クラスで一人孤立していた日々。今でこそIS学園の生徒会長をこなして人気もあるけれど、昔と同じようにどこか寂しさを感じていた。
 従者である虚もいるが、どこか遠慮し合っているような気がして。本当の自分をさらけ出せる所なんてないって思ってた。同じ小学校に通っていた御袰衣蓮とは何時の間にか友達になっていて、親友になって。ふと考えたら、胸がきゅっと締め付けられるような思いをして。ああ、これが恋なんだなって思って。ませていた刀奈はそう考えたけど、急に蓮がいなくなったら、しばらくの間学校にも行けなかったりして。勿論これは蓮には言わない内緒の話。


 蓮の隣が、蓮だけが本当の自分を出せるところ。そう刀奈は思っている。


「今日は楽しかった。ありがとね」


 学園の門限が近づいている夕暮れ時。二人の姿は学園近くの浜辺にあった。ここから歩いて数分のところに門があるからまだ少し時間があった。
 刀奈は砂浜に座って、自分の想いを蓮に告げるべきかどうか悩んでいた。


 何年も持ってた初恋。こうしてお節介焼きなお姉さんを演じてるけど、本当の私は恋愛に奥手で臆病な私。今もそう。この秘めた思いを伝えたら、今の関係が壊れてしまいそうで。動かないとって思ってるけど、今のままのでもいいじゃんって思ってる自分もいる。


 水平線に沈む夕日が影を長く砂浜に伸ばす。二人が腰を下ろして座る距離は少しだけ開いていて、それが今の心の距離だって残酷に見せつけられているような気がして。そう後ろ向きなことばかりを考えていると心の奥がジンジンと痛くて。
 言葉にしようとするとドクドクと鼓動がうるさいぐらい響いて。ようやく口を開いても声にならない空気しか漏れない。


 段々沈む太陽が私の気持ちを表しているようで、思いを口にしようとしているうちに時間になって、結局告げられずじまいに終わりそうな数分先の未来を暗示しているような気がしてならなかった。
 言葉にしたい。でも、このままで居たい。そんな鬩ぎ合う二つの想いで葛藤しているうちに太陽は水平線に沈みきった。途端、涙が止まらなくなる。


「……どうした?」


 そうやって優しい声で優しくしてくれる蓮。心配そうに刀奈を見ている。泣き顔なんて恥ずかしくて見せられない。俯いて顔を覆ってしまう刀奈。それでもあふれ出る涙は堰が崩れたように止まることを知らなくて。
 ほら、大丈夫かって言って優しく背中をさすってくれる。……もうダメ、感情が抑えられない。
 すぐそこにいた蓮に抱きついて、驚く彼をよそに刀奈は自分の想いの丈をブレーキが利かないままぶつける。


「――――好きなのぉっ!! 蓮のことが好きなのっ。優しくしてくれるところも、強いところも、私を引っ張ってくれるところも、全部っ……蓮の全部が好きなのっ!!」


 誰もいない浜辺に木霊した。
 太陽が沈んでもなお赤く染まる雲。赤く光り続ける空。それらが真っ赤になって涙でくしゃくしゃになった刀奈の顔を少しでも隠してくれるように輝く。
 自分でどんな顔をしているか分からない。でもきっとひどいものだと思う。一周回って冷静になった刀奈はそう考えていた。
 自分の告白。それに後悔はしてない。蓮が受けても断っても、自分で自分をほめたい。よく言ったって。もしかしたらいえずじまいだったかもしれない言葉を感情に任せていったのはちょっと失敗だったけど、それはそれで私らしいのかもしれない。さあ、あとは返事だけ。


 刀奈は蓮に顔を見られない様にずっと抱きついたままだった。彼の前では綺麗な自分で居たい。更識刀奈としても意地だった。だからずっとくしゃくしゃな顔を見られない様に抱き着いているけど、よくよく考えると胸を押し付けているように見えるかもしれない。というかそれよりも、蓮の鼓動が直接感じられることにもっともっとドキドキしていた。自分のドキドキもダイレクトに蓮に伝わってると考えると恥ずかしささえ感じる。


「……っ」


 ……でも、知ってるんだ私。昔から言われてるもんね。『初恋は叶わない』って。
 見えないけど蓮が今どんな顔をしてるか分かる。絶対泣きそうになってるよね。昔からそうだもん。他の人を傷つけることを嫌って、自分が不利益を被ってでも誰かを守ろうとするような人だから。
 でも、今の蓮の大切な人には私は入ってないって、薄々感じてた。


「……ごめん」


 後悔している様に掠れて聞き取れるか危ういぐらいの声。けど、確かに刀奈には聞こえた。聞こえて、しまった。
 涙は止まったから蓮から離れる。泣きはらした目元は隠しようがないけど、泣き顔よりはましだった。
 刀奈が見た蓮の顔はやっぱり今にも泣きそうになっていた。それで苦しそうに顔をしかめる。そこにもいかに私を傷つけないようにする思いやりが感じられる。でも、今はその優しさがつらい。


 お願いだから優しくしないで。お願いだから、これ以上私を苦しめないで。
 そんな彼女の些細な願いも蓮は悪い方向に裏切っていく。


「刀奈。ごめん、ずっと隠してたことがあるんだ」
「……うん」


 蓮の眼もとに溜まった涙が零れた。静かに頬を伝って砂に落ちる。それを知ってか知らずか、彼は困ったように笑う。今にも壊れてしまいそうな、風に吹かれて飛んでしまいそうなはかないもの。突然猛烈な切なさに襲われる。
 この先を聞いてはいけない。そう彼女の心が激しく訴えているようなものを刀奈は他人事のように感じていた。


「俺、実は亡国機業の人間なんだ」
「……うん」
「……驚かないんだな」
「……そんなことないよ。ただ、少しそうなんじゃないかないって思ってたら当たっちゃったから」


 二人は気付いている。お互いに進む道は違っていて、その道はいずれ何度も衝突することを。それは避けられないものになりつつある。でも今ならまだ回避できる。でもそれは――――。


「刀奈。俺と一緒に、来ないか?」


 彼女にとって悪魔のささやき同然だった。
 でも、もうすでに答えは決まっていて。それは即ち彼との決別を表していて。けど、やっぱり答えは決まっていてもどこかで、好きな人と一緒にいるのがいいんじゃないかって囁く小悪魔がいて。それでも彼女には立場というものがある。自分は日本を守れる範囲で守る義務がある。だから、だから……。


「そんな悲しい顔しないでよっ!! 蓮だってわかってるでしょ? 私は、更識楯無なのよ……? そんな顔されたら…………私の覚悟が無駄になっちゃうっ」
「……そうか、そうだよな。ごめん、じゃあ、さよならだ」
「謝らないでよ……」
「……ごめん。…………それと、今までありがとう」
「…………っ」


 支えを失ったように崩れた。もう枯れたと思ってた涙がまた出てくる。
 蓮はもう振り返ることもなく刀奈から離れていく。彼女が小さくなって見えなくなる。これで良かったんだと自分に言い聞かせながら歩いていくと前の岩の陰からメカニックなうさ耳が飛び出していた。


「束」
「あ、ばれちゃった―」


 にぱーと笑って蓮の隣まで来て腕をからめる。辛そうにしている蓮とは対照的にニコニコと嬉しそうにしている束。
 二人は何も言わずに歩いていくとIS学園の正面の門の前に来ていた。校舎が威厳よく立っている。


 同時に眺める。心に渦巻く複雑な感情を整理つけるために。全てのことにけりを着けた。立つ鳥跡を濁さず。もう何も、この学び舎に見袰衣蓮と篠ノ之束がいたという記憶は残るが、記録は残らない。束が自慢の腕を使ってくれた。


「れんくん、あれでよかったの?」
「ああ、よかったんだよ。立場がまるで違うんだ。亡国機業最高幹部……いや、事実上のトップと対テロ対策。更識家十七代目当主だ。どちらかが立場を捨てれば、一緒に進むっていう選択肢もあったんだろうけど、それは俺もあいつも拒否した。それじゃあ、あとは敵同士。それでよかったんだ」
「れんくんがそれでいいなら、束さんは何も言わないよ。……もう行こっか」
「ああ」


 こうしてふたりはIS学園から誰にも知られることなく去った。刀奈……いや、楯無はこの事実をだれにも話さなかった。いずれ気づかれるが、まだことを大事にしたくなかった。それに気持ちを整理したかったのだ。


 そしてそのまま夏休みが明ける。ことは誰もが寝静まった夜中に起きてきて既に集束していた。それが千冬や楯無のもとに届いたのは、九月一日の午前八時。その内容は……。


『中国の国家組織が亡国機業の攻撃によって崩壊した。彼らの要求は全国家組織の解体。及び、主要人物の処刑。受け入れられなければ、武力攻撃も辞さない。との事だ』


 史上最悪のテロリズム。そして、第三次世界大戦、通称IS大戦の幕開けだった。





 
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