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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第九十九話

 《聖剣エクスキャリバー》入手クエスト。まさかのダンジョンに入る前に攻撃を受けるという事態に、パーティーメンバーはバラバラに分断されてしまう。特に最初に攻撃を受けた、シリカ操る飛竜に乗っていたメンバーは、特に入口から離れた距離に墜落してしまっていた。何とかシリカによって地上に墜落することは免れたが、脇目もふらず各々がダンジョンに飛び移ったため、現在地がどこであるかも分からない。

「っぺぺ、ったくひでぇ目にあったなオイ……」

 地上から一番近いダンジョンの入口に飛び移ったクラインは、こんなことならあっちの象水母に乗れば良かった――と思いながら、とりあえず周りを見渡した。キリトから聞いた話だと、邪神級のモンスターがうようよしているということだったが、今はあの美人な女神の言う通りに地上へ出払っているらしい。

「ぶぇっくし!」

「……クラインさん?」

 その寒さに着物姿は少しキツいものがあり、ついつい盛大にくしゃみをしてしまう。モンスターにバレていないか警戒すると、最近聞き慣れた声がクラインの耳に届いた。もちろん邪神級のモンスターなどではなく。

「おう、ルクス!」

「良かった……無事で」

 どうやらクラインと同じ場所にたどり着いたらしく、ほっとした表情でシルフの美少女が近づいてきていた。キリトに憧れているSAO生還者――として、リズに紹介されたのがつい先日のことで、あまり親しいわけではない。とはいえ、気の置けない仲という訳ではなく。

「いやぁ、大変なことになっちまったなぁ。大丈夫か?」

「ああ、大丈夫。他の人は見なかったかい?」

 ルクスの癖であるらしい男性用の口調にしながら、品のよくピンと背筋を張ってクラインに話しかける。あいにくクラインも他に誰も見ていないが、ちょうどいいタイミングだった。

「……なあ、ルクスよ」

「はい?」

 ダンジョンアタック中に話すことではないが。ずっと聞きたかったことを、いつになく真面目な表情でクラインは問いかける。ムードメーカー気味におちゃらけた格好ではなく、メンバーの中で最年長の人物として、だ。

「オメェ、SAO生還者って言ってたがよ……確かに似たような顔、SAOで見た覚えがあるんだ」

 ……クラインの言葉に、ルクスの身体が脅えるように小さく震えた。本人も気づかない程度の震えだったが、それでも確実に震えていたことを、クラインは目ざとく見逃さなかった。一瞬、その後の台詞を語るかどうか迷うが、クラインは少しの間を空けて語りかけた。

「《笑う棺桶》の奴らと一緒に、よ」

「――――」

 殺人ギルド《笑う棺桶》。あの浮遊城で二年間を暮らした人物なら、知らぬ者はいないその名前に、ルクスの動きがピタリと止まる。かなりの数が分布していた一大ギルドであり、もちろんクラインも襲われたことや戦ったこともある。……間違いでなければ、その中にルクスの姿があった。

「……いや、別に尋問してるわけじゃねぇんだ。ただよ、何か変なこと考えてなけりゃ……な?」

 目を伏せて何も語らず、身体が小さくなったかのように萎縮するルクスを見かねて、クラインは少し語気を弱らめた。別に《笑う棺桶》に似た人物がいたから、という理由で糾弾しているのではなく、ただクラインはクラインなりに心配していただけなのだから。先の《死銃》事件の時のように、まだあの集団は終わってはいないのではないか、と。

「そ、その……私は……ひゃっ!」

「ルクスさーん! クラインさーん!」
 震える声で何かを語ろうとしたルクスの目の前を、小さな青色の竜――ピナが横切った。そのまま驚いたルクスの頭の上に座り、神妙な面もちをしている二人をキョトンとさせる。

「やっと見つけました! 二人とも、大丈夫……?」

 遅れてやってきた飼い主ことシリカが、ピナを回収しながら向こうからやってくるが、その場に残っていた神妙な空気に感づいた。すぐさまピナとともに、ルクスを守るように背にすると、クラインに指を指して注意を始める。

「クラインさん! ルクスさんに何かしたんですか?」

「い、いや、何ってよ……」

 今すぐにでもバブルブレスをぶちまかしそうな、そんなペットと似たような雰囲気を醸し出すシリカに、ついついクラインは圧倒されてしまう。元々、他のメンバーにルクスと《笑う棺桶》のことを言う気はないクラインは、何と説明すればいいやら戸惑っていると。

「ルクスさんは私たちの友達なんですから、セクハラは止めてくださいね?」

 ルクスさん真面目なんですから、真に受けちゃいますよ――と続いていくシリカの言動に、すっかり周囲の張り詰めた空気は雲散霧消する。クラインにルクスもすっかり毒気が抜かれてしまい、どちらからともなく表情に微笑みが浮かぶ。

「あー……そんなことしてねぇよ。ちょっとナンパしてたんだけどよ、キリト様大好きってフられちまって。なぁルクス」

「あ、ああ……」

 そんな三文芝居を疑わしげな視線で眺めていたシリカだったが、特に追求することもせずにルクスから離れていく。代わりと言ってはなんだが、せっかく回収したにもかかわらず、ピナは再びルクスの肩に飛び移っていく。シリカは肩を落として諦めつつ、ピナを撫でるルクスへと話しかけた。

「ルクスさん、クラインさんに何かされたら、絶対に相談してくださいね?」

「すまない。でも大丈夫だよ」

 冗談めかした口調で話すシリカを、ほんわかとした笑顔でなだめるルクス、という光景を眺めながら。とりあえずクラインは、先程のルクスへの質問は、自分の胸にしまっておくことにしつつ。それでもあのラフコフのこととなれば、完全に忘れる訳にはいかず。

「そんでシリカよぉ。他にメンバーと合流したかい?」

 ……クラインはとりあえず、今はこのエクスキャリバー入手クエストに集中することにして。そうクラインに問われたシリカは、猫耳をピンと伸ばしながら、少し慌てたように語りだした。

「そうでした! 他の皆さんとは合流出来てて、二人を探してたんですよ!」

 この場にいるクラインとルクスを除けば、あとシリカの飛竜に乗っていたのは、ユウキとタルケンを除いたスリーピング・ナイツのメンバーにシノン。流石はギルドメンバーといったところか、スリーピング・ナイツは早々と合流を果たし、あとはバラバラになったメンバーを探していたとのことで。

「よっしゃ。じゃあキリト様より早く手に入れてやろうぜ!」

「それが……ですね」

 気合い充分なクラインとは対照的に、シリカは微妙な表情で目をそらす。何でも、厄介というか判断に迷うようなイベントに遭遇してしまったらしく、どうするか悩んでいるとのことで。

「いや、多分罠なんですけどね……?」

「何だそりゃ?」

 結局三人はスリーピング・ナイツのメンバーに合流するよう、飛び移った場所から走り始める。全員一致で『罠だ』というところを、クラインが侍として助けることになるのは、これから数分後の出来事だったが。

「…………」

 楽しげに話すクラインとシリカの後ろ姿を見ながら、ルクスは無意識に自分の足のある部分を触っていた。あの殺人ギルドのメンバーであることを表す、ニヤリと笑う骸骨が刻まれた、中から腕が這い出ている漆黒の棺桶のエンブレムが、かつて刻まれていた場所を――

「ルクスさん? どうしたんですか?」

「ううん、シリカ。何でもないよ?」

 自分たちの少し後ろを歩いていたルクスに、シリカが怪訝そうな表情を浮かべながら振り返った。ルクスはそれを笑顔で返しながら、シリカたちに並べるように少し歩を進めた。

「そう、何でも……ないんだ……」

 ……誰にも聞こえない声で呟いたルクスの肩から、ピナがそっと離れていった。


 一方、トンキーから振り落とされてしまいながらも、何とかダンジョンにたどり着いたユウキにレインの二人組。太陽の光がなくとも、一定時間は飛翔出来るという特性があるインプのユウキが助けてくれなければ、今頃レインは大地に真っ逆様だろう。

「あ、ありがとね、ユウキちゃん」

 そう考えるとぞっとしない。肌に伝わる寒さとは別の要因で肌を震わせながら、レインは苦笑いでユウキに感謝する。元はといえば、風圧に耐えられずに吹き飛ばされてしまった自分が悪いのに、と。

「ううん! 無事で良かったよ!」

 対するユウキは、自分たちがいるダンジョンがどれだけ高いか確かめながら、特に気にしていないかのような答えを返す。いつも空は飛んでいるが、まるで山頂のような景色にユウキの口から感嘆の声が漏れる。……ただ、雪が舞う高所ということで寒かったのか、数秒でくしゃみが出てきていた。

「うう、寒い……」

「……コート、いるかな?」

 両腕で身体を抱き寄せて震えるユウキに、レインは先とは違う意味で苦笑しながら、自分が以前使っていたマント型のコートを差し出した。それを見たユウキは断るかのようなポーズを取るが、やはり寒いものは寒いらしく。

「大丈夫。ほら、二つ持ってるからさ」

「うう……それなら……」

 堪忍して受け取ったユウキはいそいそと着込んでいき、レインもそんな光景を微笑ましく見ながら、自分もユウキと同じマントを羽織っていく。全身をスッポリと覆うソレは確かに防寒性に優れているらしく、かつ動くのに支障はない辺りは素晴らしい。

「……うん、ありがとねレイン!」

「どういたしまして。備えあれば憂いなし、ってね!」

 ユウキも試しに少し跳ねてみて動作を阻害されないことを確認しつつ、とりあえず二人はダンジョンの奥へ向かっていく。もうユウキの翼で飛翔することは難しい以上、とりあえず前に進むしかない。とはいえ、女神が言っていたように邪神級モンスターは出払っているようで、モンスターと戦うことはなく、岩で出来たトンネルを歩いていく。

「ね、レイン。なんでこんなコート持ってたの?」

 敵が出てこないとはいえ周囲を警戒しながらも、元来お喋りな性格かつレインという人物に興味があるユウキは、レインに話しかけながら進む。

「何でって言われると……色々準備してから出かけちゃう性格、っていうのかな」

「あー! それ、アスナも言ってた。ボクには、いまいち分からないけど……」

 頬をカリカリと掻きながら照れ隠しをしつつ、ユウキは貸してもらったマントをチラリと掴みつつ、少し考え込むようなポーズを示す。

「大人のお姉さんっていうのかな、そうなるのに条件なのかも」

「お姉、さん……」

 ユウキからすれば、特に何でもない一言だったのだが。その一言を聞いたレインは、突如として足を止めてしまう。いきなり心ここにあらず、といった様子になったレインに、ユウキは慌てて話しかける。

「レ、レイン? どうしたの?」

「あ……ご、ごめん。ちょっとボーッとしちゃって!」

 大丈夫、大丈夫――と喋りながら、無理やり笑顔を作ってレインは歩きだす。ユウキは一瞬迷ってから、その手を掴んでレインの歩みを止めると、手をつないだまま隣に立った。呆気にとられたようなレインに、ユウキは構わず語りかける。

「レインとは会ったばかりだけど……なにか悩んでるなら、ボクが相談に乗るよ! ほら、今二人しかいないし、言いにくいことでも……ほら、ボク口堅いから!」

「……フフ」

 ……とはいえ、誰かの相談相手になるような経験はなく。でも放ってはおけず、しどろもどろになりながらも説明するユウキに、レインはツボに入ったかのように笑いだした。

「ボクはま、真面目なんだから! 笑わないでって!」

「だって、フフ……ごめんごめん。ちょっとおかしくて」

 ユウキ本人もおかしいのは分かっていたのか、レインに笑われて身体が小さくなっていく。そしてレインは少しの間ひとしきり笑った後、顔を赤く染めながらそっぽを向いたユウキの頭に、ポンと手を置いた。

「いや、本当にごめんごめん。うん……私ね、ユウキちゃんみたいな妹がいたんだ」

「……妹?」

 ちょうど髪の毛も同じくらいの長さだったかな――と、レインはユウキの紫色の髪の毛を触りながら呟いた。怪訝そうな表情で問い返してきたユウキに、レインはさらに言葉を続けていく。

「ちっちゃい頃に会えなくなっちゃって、もう私のことを覚えてるかどうかも分からないんだけどね」

「…………」

 神妙な面もちでレインの言葉を聞くユウキからぞっと離れ、レインはスッキリしたとばかりに身体を伸ばす。……それでも、ユウキから掴んだ手だけは繋いだままだったが。

「うん、聞いてくれてありがとユウキ。……ちょっとスッキリした」

「会えるなら……」

「え?」

 聞こえるか聞こえないか、もしかしたら気のせいだったかもしれない、その程度の音量でユウキはそう呟いていた。いつもの明るさを微塵にも感じさせないその態度は、本当にユウキかと付き合いの短いレインは考えてしまうほどに。

「……会えるならさ、会った方がいいよ。妹は多分、どんなことがあってもお姉ちゃんを忘れないから」

「ユウキ……?」

「なんてね? 事情を知らないボクが言うのも、その……なんだけどさ」

 レインが疑問の声を発した瞬間には、いつものユウキの調子に戻っていて。流石に話の内容から、いつもの明るい調子とはいかなかったが、それでもユウキらしく助言してくれた。

「ううん……ありがと。あ、見てよアレ!」

 そして遂に岩のトンネルのような場所から、突如として神殿のような場所に景観が移る。エクスキャリバーがある場所にでもたどり着いたか、と二人は身構えるものの、特にこれといって特別なものは何もなく。とはいえ、奥の方に進んできたのは確かだと言えるだろう。

「もしかして、エクスキャリバーがあったりするのかな!」

「確かにだいぶ歩いたけど……」

 流石に正規のルートでもないところから、敵に一体も合わずに最奥までたどり着く、ということは考えられない。神殿のように装飾された壁を眺めながら、二人はそれぞれ探索に入っていく。厳かな雰囲気を感じさせる場所だけにやけに広く、二人だけでは調べきれないほどだった。

「レ、レイン! こっち!」

 この装飾いくらかな、などと考えていたレインに、曲がり角を別れていったユウキの声が響く。急いでユウキの元へ向かおうと、つい先程別れた曲がり角を曲がると――



「他のみんな、大丈夫かしら……」

 そして正規のルートでたどり着くことが出来た、トンキーに最後まで乗っていたパーティー。キリトにアスナ、リーファにレコン、リズにタルケン、俺の七人だ。本当にこのアルヴヘイムが崩壊する危険性を孕んでいるとして、ユイのナビゲーションに従って最短路を突き進んでいた。少しズルい気もしていたが、今はそんなことを言っている暇ではない。

「……心配するのは、俺たちの身が先みたいだな」

 だが正規のルートかつ最短路ということは、エクスキャリバーまで一番早く着く、という意味の他に――最も敵と遭遇しやすいという場所でもあった。広い部屋にたどり着いたかと思えば、そこにいたのは二種類のミノタウロス。巨人の身の丈ほどの斧を持った、金色と黒色をしたソレは、まるで俺たちから次の部屋を守らんとしているようだった。

 以前にキリトたちが訪れた際にいたという、巨大なサイクロプスは何故か今回に限っては不在で――ユイ曰く『反応はある』らしいので、恐らく無事であろう他のメンバーのところに向かったか――楽が出来るかと思いきや、今回はそういう訳にはいかないようだ。

「パパ。あのドア、ロックがかかっているみたいです」

「なら……さっさと片付ける!」

 ロック――つまりあの扉を開けるには、あの金黒のミノタウロスを倒さねばならない、ということらしく。そんなユイのアドバイスに対して、我らがパーティーリーダーは単純明快な解決方法を即断即決した。こちらに向かってくる金黒ミノタウロスに対して、まずは俺とキリトが前に出た。

「ショウキ、頼む!」

「ああ、よろしく」

 このメンバーで前衛をこなせるのは俺とキリト、次いでリーファだろう。特に示し合わせる訳でもなく、悲しい男のプライドか前に出る二人が接敵する前に、アスナが放った魔法が突進してくるミノタウロスを襲う。

 それは足元を突如として凍らせる柱。金黒ミノタウロスの足を凍らせ、その突進をキャンセルするべく襲いかかり、どちらも目論見通りに転ばせる――が、黒い方はすぐさま立ち上がり、再びこちらに向かって突進してきた。

「みんな、バラけろ!」

 前に出たはいいが止められない。そう確信したキリトは、入口に団子になっていたメンバーに指示を出すと、メンバーは各々の判断でバラバラに逃げていく。黒いミノタウロスはそのままの勢いで突進し、止まりきれずに閉じた入口に衝突したが、もちろん何も聞いた覚えはない。

「レコン! 確かめるわよ!」

「うん!」

 とはいえ隙は出来た。その隙を突いたレコンのカマイタチが黒いミノタウロスを襲うものの、やはり先のアスナの魔法同様、何ら効いた様子を見せない。ただ、カマイタチに混じって跳んだリーファの胸部への突きは、そのHPバーを少し減じさせる。

「やっぱりか……」

 回復魔法がメインとはいえ、アスナの魔法スキルとて低いものではない。それがまるで効かないということで、要するにあの黒いミノタウロスは魔法への耐性が規格外に高いのだ。ならば対する金色のミノタウロスは――

「固っ! 全然効かないじゃないのよ!」

 ――もちろんその反対らしく。アスナの魔法に拘束されていた金色のミノタウロスを、思いっきり叩いたらしいリズの言葉が広場中に響き渡った。金色は物理攻撃が効かず、黒色は魔法攻撃が効かない――ということらしく、自ずとどちらを担当するかは決まる。

「キリト、金色のタンクは任せてくれ」

「……ああ! みんな、態勢を立て直してくれ!」

 キリトにそう言い残すと、俺は金色のミノタウロスへと走り出した。恐らくは金と黒、二人揃って行動する嫌らしいタイプであろうが、図らずもアスナの魔法によって分断が完了している。転んだ方と転ばなかった方――それぞれのミノタウロスへ、バラバラになっていたメンバーは集まっていく。

「おっと!」

 黒色のミノタウロスと合流しようとした金色に駆けつけ、俺は風の魔法を伴ったクナイを発射する。まるで銃弾のように発射されたクナイだったが、金色にはまるでダメージはないようで。流石は邪神級といったところか――だが主目的である、こちらに目を向けさせることは成功した。

「来い……!」

 俺の言葉に金色が反応したかは定かではないが、金色のミノタウロスは走り回る俺に進路を変更した。こちらも走るスピードならまあまあ自信はあるが、あちらとは歩く足の幅が違う。あっさりと追いつかれ、金色はその斧を振り下ろす。

「さて……」

 大地に斧が振り下ろされた衝撃に逆らわず、空中へ投げ出された勢いで斧に飛び降りると、俺は新たな日本刀《銀ノ月》の柄を掴む。物理攻撃をほとんど防ぐ敵と、今までならばどうやっても相手に出来なかった敵だ――試し斬りには相応しい敵だ。

「……ナイスな展開じゃないか!」

 斧の上に飛び乗った俺を吹き飛ばそうと、まるでハエでも払うように――事実それくらいの体格差だ――金色は斧を適当に振りまくるが、当の俺は既に斧からは降りていて。人間でいうスネの部分へ、高速の抜刀術を叩き込んだ。

「はっ!」

 ……しかし、物理攻撃が効かないのは先刻承知。蚊にでも刺されたかのような金色は、斬られた足でそのまま蹴りつけてきた。それをしゃがんで避けながら、俺は腰からある物を取り出していた。それこそがソードスキルの使えない俺でも、属性を司る攻撃を扱うことの出来るリズの奇策。デフォルメされたレインの、無駄に上手い似顔絵が描かれたソレを――

「ショウキくん! 離れて!」

 ――発動する、前に。アスナから受けた警告の言葉に対し、日本刀《銀ノ月》をすぐさましまいながら、高速移動術《縮地》によってその場をすぐさま離れていく。俺を見失った金色のミノタウロスは、その場で耳をつんざくほどの雄叫びをあげ始めるが、その時にはもう俺は範囲内にはおらず。

 代わりと言っては何だが、大質量の氷が金色のミノタウロスに襲いかかった。上位水魔法《アブソリュート・ゼロ》が炸裂し、どうやら魔法攻撃が弱点だったらしい金色に大ダメージを与えていた。そのままレコンの闇魔法も炸裂していき―ああ見えて、レコンは一流のメイジとしても通用する。あの場から離れていなければ、と思うとゾッとする――そしてアスナが足元をしっかりと凍らせ、金色のミノタウロスの動きを止める。

「……よし」

 そこでレコンの闇魔法も打ち止めとなり、今度こそ試し斬りだと金色のミノタウロスへと疾走する。……しかし思った以上に自分が逃げすぎたのか、俺より先に金色のミノタウロスに近づいた者がいた。

 旋風のような速度で駆ける黒いプレイヤー――リズが作った二刀を手に持ったキリトだった。跳躍とともに炎を伴った《ヴォーパル・ストライク》が、金色のミノタウロスの胸部へと吸い込まれていく。そして先にアスナが放っていた、周囲を漂う魔法の氷が溶けていき、金色のミノタウロスは水にまみれていた。

「うぉぉぉぉっ!」

 そして《ヴォーパル・ストライク》の硬直も消え、気合いを込めたキリトの八連撃ソードスキル《ハウリング・オクターブ》が炸裂する。目にも止まらぬ高速の五連突きの後に、ミノタウロスの胸部を斬り下ろして深々と刀傷を刻み、ソードスキルの効果として斬り上げながら空中を飛翔し、トドメに全力の上段斬りを叩き込む。

 しかしまだ終わらない。あとはソードスキルの硬直で落下するだけの筈が、キリトの連撃はまだ止まる気配はない。

 ――何故ならば、まだキリトのソードスキルは続いているからだ。正確には、右の剣で放たれた《ハウリング・オクターブ》は上段斬りで終わっているが――左の剣で発動しているソードスキルは、まだ始まってすらいない。

 キリトの隠し玉《スキルコネクト》。二刀流を使った時のみ使えるソレは、簡単に言うならば右手と左手のそれぞれの剣で、別々のソードスキルを使うことだった。当然ながら実装されなかった《二刀流》ユニークスキルの代替品であり、硬直を無視して放たれるソードスキル二連打。練習に付き合った俺とリーファだけが知っていたが、どうやら完全にモノにしていたらしい。

「せやっ!」

 左の剣で放たれていたソードスキルは、単発重攻撃《ライトニング・フォール》。逆手に持ち替えていた片手剣を、金色のミノタウロスに刺しながら落下する。その落下の勢いを込めた一撃もさることながら、《ライトニング・フォール》に込められた属性は雷――刺し込んだ片手剣を避雷針に見たてて、雷を刺した場所に発生させるソードスキルなのだ。アスナの魔法で水浸しになっていた金色のミノタウロスは、倍以上の威力を誇っていた。

 刺した間中発生するその雷のソードスキルに、もちろん金色のミノタウロスは、たまらず胸部のキリトを排除しようとする。痺れる身体で斧を持っていない手をキリトに伸ばすが、その手がキリトに届く前に俺も胸部近くまで跳躍すると、日本刀《銀ノ月》の抜刀術の勢いで斬り払ってその軌道を逸らす。

「キリト!」

「ああ!」

 そろそろキリトのソードスキルの硬直が切れる時間だ。こちらの呼びかけに答えたキリトが、右手の剣を金色のミノタウロスに振りかぶり――次の瞬間、金色のミノタウロスの姿は、ポリゴン片となって消滅していった。

「……あ」

「どうした?」

 キリトとともに着地しながら、俺はふと思い至る。金色のミノタウロスを『絶好の試し斬り相手』などと言っておいて、結局新たな日本刀《銀ノ月》を使うこともなく、こうして当のミノタウロスはポリゴン片だ。ちょっと残念な気持ちななりながら、それでもまだ黒い方がいた、とそちらを見てみると。

「どんなもんよー!」

 ……他のメンバーが物理攻撃が弱点の黒いミノタウロスを、思うさまボコボコにしているところだった。特にリズが水を得た魚のようになっていたのか、倒れた黒ミノタウロスに乗ってポーズを取っていた。戦闘に不向きな種族とは……いや、人のことは言えないが。


「ショウキ、今回も囮ご苦労さん」

 とにかく。今は日本刀《銀ノ月》を試し斬りする時ではないらしく。夫妻のコンビネーションで見事に金色のミノタウロスを料理してみせた旦那に、ひとまず八つ当たりすることにした。

 
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