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或る皇国将校の回想録

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第六十話 宴の始末は模糊として

 
前書き
馬堂豊守 兵部省大臣官房の理事官、兵部省の政策を統括する。

窪岡淳和 軍監本部戦務課課長 駒城保胤の旧友

豊地大佐 軍監本部戦務課の高級参謀、護州派

駒城保胤 駒州公嫡子 駒州軍司令官 若殿様 内王道防衛を担当

馬堂豊久 独立混成第十四聯隊 聯隊長  

 
皇紀五百六十八年 七月二十六日 午後第三刻 陸軍軍監本部 第二会議室 内地防衛連絡会議
兵部大臣官房 総務課理事官 馬堂豊守准将


 蒸し暑い、既に真夏の熱気が皇都を覆いつくしている。毎年の事であるが今年はその暑気を上塗りする可能に冷ややかな緊張感がこの皇都軍監本部の会議室に漂っている。龍口湾の敗戦より定まらぬままの方針に業を煮やした安東兵部大臣は『軍監本部との統一見解を確認し、円滑な国防政策の施行を行う』という名目でこの内地防衛連絡会議の開催にこぎつけたのである。
 軍監本部の参謀達の大半は無理やり引き釣り出されたようなものであったし、兵部省は兵部省で政策や動員計画どころか予算案にすら支障をきたしかねない現状に苛立っており、軍監本部は軍監本部で一向にまとまらない方針に、総長が指導力を発揮しないことで兵部省が乗り込んでくると己の面子が潰されかねないと、衝突寸前であった。

「情報課から報告させていただこう、現在追撃に出ている部隊はすべて〈帝国〉本領軍、総数は十万を超えている、龍口湾で補充と再編を行っている本隊が合流すれば二十五万を大きく超えたものとなることが予想されている。
敵の兵站状況についてだが保護条項に合致せぬ小村落に対し、事前から疎開の周知を徹底させていたため、大規模な買い付けや糧秣の提供はこちらの残置諜者からも確認している、補給状況は徐々に悪化している事は確実だ」
 そういったのは情報課の瀬津少佐だ。背州の出身であるが堂賀も閨閥意識こそあるが任せるに足る能力の持ち主である、と評価していた――任せる内容は当然念入りに選別しているであろうが。
「大龍橋を破砕し、防衛陣地を構築した第三軍の後衛戦闘隊がおおよそ四千程度、南方の東沿道において近衛総軍の後衛戦闘隊が八千名程度の兵力をもって遅滞戦闘を行っている
この龍州において追撃を防ぐ主力は以上だ。
皇龍道については小勢で主要な橋を破砕して妨害を行っている、こちらについては〈帝国〉軍もほとんど兵力を差し向けていないようだ」


「また、東沿道における情勢、および龍口湾にて再編を行っている敵部隊についてであるが、北領からの輸送、および〈帝国〉本土からの兵員輸送の情報を水軍から提供していただいた」
 そういって手持ちの帳面を閉じる。
「ここからは水軍にお願いしよう」

 水軍統帥部からこの会議に出席している笹島中佐は顔をあげていった
「それでは水軍より報告させていただこう。まず、通商破壊と封鎖線の突破については堅調だ。〈帝国〉水軍は本土との通商線構築、アスローン等との交易封鎖に専念しており東州灘への侵入等は行われていない。第二軍の収容以降も東海洋艦隊による警戒は行っている。
我々は葦川に陸兵団と河船を常時哨戒させ、陸軍部隊の収拾に協力している。」
 ――とはいっても河船は大した武装を積んでいるわけではない、精々が大型臼砲程度だ。
熱水機関はまだ小型化はまだ発展途上である。だがそれでも陸兵団と協同されると軽砲しかもたぬ〈帝国〉の先鋒部隊には厄介なものであった。

「東沿道の防衛についてはしばしの間であればどうにかできるが陸兵団も通商破壊に従事させたいと考えている、そもそも陸軍でいえばせいぜい一個旅団程度の部隊だ、〈帝国〉軍が本腰を入れたら抵抗は難しい」

「北領と龍口湾を往復する兵員輸送の頻度、導術観測情報から9月中旬から下旬の内に再編を完了するであろうと推測されている」

会議室が数寸の間ざわめく、少なからず敵に損害を与えることに成功したがそれも戦略的大敗の慰めにしかならず、そしてその慰めの種もついに尽きる時が来たのだ。

 ――さてどうするべきか。

 議場に飛び交う言葉に耳を澄ませながらもの馬堂豊守の頭脳は猛回転している。四十半ばを過ぎて准将といえば家格に比すれば幾分か早い。ましてや准将昇進と同時に官房総務課理事官という重職についている。
こうした異様な抜擢は〈皇国〉五将家に連なる家格の高さによるもの、というわけはない。馬堂家は確かに名門である。駒州でも有数の牧主が駒城家に見いだされたとされている――要するに駒州最大の資源であった名馬の畜産を駒城家が支配する過程で重臣としての地位を確固としたものとしたのである。そして駒城家が五将家の雄と謳われる時には益満家に次ぐ席次を得ていたのだ。
しかし、であるからといってそれだけが齎した結果ではない。成程、名家ではある。だがそれだけで〈皇国〉軍という巨大な扇の要を任されるような事はない。

 ならばこの男が順当に実績を積み上げた末である、というわけでもない。この男は確かに駒城家重臣団の中でも一目置かれる調整力と管理能力を持っている。そして四半世紀前には荒野と成り果ててしまった東州で足掻き続けた輜重中尉であった。
 仮は輜重将校としては珍しいことに野戦銃兵章の略綬を身に着けている。東州で彼もまた血を流し、今では片脚を杖で支えている。つまり最もおぞましい焦土の中で大軍を動かす現実を知りつくしているのだ。
 だが、それだけが齎した結果ではない。成程、馬堂豊守は優秀な軍官僚である。だがそれだけで五将家と衆民共の思惑が跋扈する兵部大臣官房三課の次席を任されるような事はない。

 つまり馬堂豊守理事官という存在は、能力と出自の両立。そして名門たる馬堂家の一粒胤である馬堂豊久が北領の英雄として戦死したものと思われていたことが重なった一種の奇跡であった。

 豊守は痛む脚を無意識にさする。焼き払われた荒野、匪賊と化した東州の兵達、赤熱した鉄槌で膝を砕かれたような激痛、悲鳴。

 あの時にはこれ以上あのような破綻した戦争を繰り返す無様をさらけ出すものか、と誓ったはずだが――豊守は痛む脚をさすりながら自身の驕慢な思考を嗤った。

 ――何を愚かな事をそも〈帝国〉相手に戦争を行っている時点で破綻そのものではないか

「如何なさった理事官閣下」
 議長席に座す窪岡戦務課長が小声で問いかけた。
「申し訳ありませんな、戦務課長閣下。昔のことを少々‥‥」
 豊守は答えながらも眼前の様相に意識を再集中させた。
 ここは軍監本部の会議室、豊守は兵部省の代表者として赴いている。場所こそ陸軍軍監本部で行われているが形式的には〈皇国〉総本営として行われている、陸水軍の軍政を統括する兵部大臣も〈大元帥〉陛下の幕僚として総本営に参画しているのである。

 そしてこの会議も情勢報告からこれからどうすべきかへと焦点が移っていた。

「虎城の防衛線を構築するには何があろうとも皇龍道の戦力増強、陣地作成が必要だ、その進捗が遅れているのはなんとかならぬか」

「疎開の連中が皇龍道を使っている以上はやむをえまいよ、動員も後方との距離がある以上は駒州のようには難しい」
 兵站課の原坂中佐が腕を組んでいった。
「だが龍口湾にて再編を行っている本隊との合流時期を考えるのならば何かしらの方策が必要なのは確かだ、第二・第三軍のうち駒州に戻すもの以外は一時、護州軍の指揮下に入ってもらう」

「内王道と皇龍道の防衛は最低限でいい、〈帝国〉軍が皇都を制圧しようとするのなら皇龍道を使うしかないのだ!ならばそこに戦力を終結させれば――」
 按田中佐が威勢の良い口調で言ったが駒城派の参謀が即座に鋭く反論を飛ばす。
「馬鹿を言うな!東沿道も内王道も主攻路になりえぬのは防衛に適した要衝であるからだ!逆にそこを奪われたら皇龍道の後方を確保するために余計に戦力が――」

「最悪の場合は皇都を放棄し、守瀬山脈と羽鳥湖を盾に後退し、総反攻を検討しても良いのではないだろうか?」

「極論にすぎる!そのような案を実行しようものなら――」

 そもそも議論の前提が噛み合っていない点は致命傷ではあるが豊守が判断する限りではどの案も外交情勢、国家の統制、臣民達の意識を考えない純軍事的地点から見れば明らかな誤謬を犯しているものはない。
 だが問題はどのような策も現実に即しているかと言えば疑問符がついてしまう、なにしろ――

「護州軍も背州も後備軍の動員にはまだ時間がかかる、後備兵の練兵に時間がかかっている事と距離の問題がある。とりわけ背州軍については第二軍が打撃を受けたことで動員数を増やさねばならなりません」
 戦務課の中でもとりわけ鋭い目つきをした大佐が弁舌を振るっている。
「駒州軍の進捗は連絡線が短いこともあり順調そのものです、第三軍、および第二軍の残余も予定通り蔵原に集結させ、各隊の再編を行います。後衛戦闘が上手く食い止められれば皇龍道に合流させる予定でしたが最悪でも内王道から支援を受けて後退できます」

「駒州も余裕があるわけでない、東沿道も葦川の水軍による砲艦頼りでは長く持たん
それに事実として現状では皇龍道の防衛がおぼつかないのも事実だ」

「はい、問題は運用案以前のもの、戦力の動員についてです――戦力が不足している、結局はそれに尽きるわけです」

 駒州出身の参謀達が次々と沈黙してゆく。流石にこれは見過ごせない。 
 ――痛いところを突いてくれる。
 豊守は隣の議長席に座る窪岡に囁いた。
「豊地大佐は護州の出身でしたな」

「護州は近衛にやらせたがっているのだろうよ」

「御育預殿――新城少佐ですか、最大の兵数を保有しているのだから道理ではある、あぁこれは性質が悪い」
 豊守は溜息をついた。今の新城は駒城だけではなく親王もついている。守原家であっても下手に手出しはできない。だが捨ておけば武勲をもって近衛に対する駒城の影響力を強めていく、それはほかの五将家の誰もが忌む事だ――やり過ぎれば駒城にとっても。


「そこで――六芒郭を利用する方策を具申いたします」

「六芒郭だと?あの未完成の?」
 窪岡が目を見張った。

「未完成であろうとも要塞です、物資も一時的に拠点として利用する可能性があった為、させていました為問題はありません」

「警備についている駐留部隊は一千名程度、近衛総軍後衛戦闘隊の抱える兵力は八千を超えていると報告を受けております。
九千の兵が後方を扼することができるとわかっている以上、悪くても一個師団――敵兵力の半数の吸引は見込めます」
 そして重火力を展開するのならば皇龍道の攻勢に出ても苦しい状況となる。〈帝国〉軍の輸送力に限度があるのは分かっている事である。

「六芒郭が陥落しない見込みはあるのか、数があっても敗残兵の集成部隊でしかない。指揮統制が効かないようでは防衛に耐えられる可能性は低いだろう。
ならば最初から皇龍道防衛に充てるべきだ。後衛戦闘隊に組み込まれた九千の兵を再編すれば防衛線構築ができる」

「はい、閣下。ですがそうなりますと現在の後衛戦闘隊を再配置しても二個師団を正面から相手をしなければなりません。
雨季まで虎城防衛線をより強固にする事は無理ではありません、龍州軍の回復と護州軍の動員、近衛総軍の新編部隊の投入が完了すれば雨期の突破を断念させうる程度にはなりましょう」

「‥‥‥」
 
 駒城の方針は敵戦力を皇龍道に集中させ、内王道から後方を扼す状況に持ち込み、雨期まで戦線を膠着させる、という物だ。雨期に入ると防衛陣地を突破するための火力が機能不全となる、そうなれば最早、まともな将なら動くことはない。冬季に入ればなおさらだ。虎城も龍州も豪雪地帯である。戦力が足りないという致命的な欠陥を除けば理にかなった案ではある。つまるところ〈帝国〉軍の兵站状況に拠るところが大きすぎるのだ。

 六芒郭籠城策はそれとはまた異なる、兵站戦ではなく敵の戦略単位兵力を拘束し、突破を断念させるという作戦であるため、より確実な案であるとあいえるだろう。――が不確実性では何も変わらない、それどころか1万もの兵力を虎城防衛線から分離させ、未完成の要塞に押し込めるという点では何も問題は解決していない。

 窪岡の立場からみれば悪手も悪手だ、単純に雨期までこの国を生き延びさせるという目標から考えれば悪い取引ではないのは事実だ。
だが後備軍が戦力化するには時間がかかるし、後備軍を常備軍と同じように扱えるかと言えばそれは軍事的常識から言って難しい。そして龍州軍に続き近衛総軍までもが軍としての体裁が整わない状況になるのはいかにも不味い。龍州軍は避難民の一部から義勇兵を集っている――良くて聯隊程度であるが、戦意高揚の為に必要不可欠だ。
民草の気分を盛り上げる為にも敗残軍の一刻も早い戦線復帰が求められている。


「それは常備の銃兵旅団が後衛戦闘にあたっているからでもある、近衛の後衛戦闘隊が合流すれば護州軍が動員を完了するまで一万の兵力を保持できる。
駒州軍が後方を扼するように行軍すればよい、初動を凌げば敵は冬営を余儀なくされるのは自明の理だ」

「はい、閣下。ですがその場合、最優先防衛対象である皇龍道の兵力が摩耗することになってしまいます。
葦川を盾にしている東沿道やそもそも大軍を動かせない内王道と異なり、幅広く部隊を展開せねばなりません。
つまりは、防衛に不適切であり、短時間でも戦力の消耗を強いられることになります。
六芒郭を利用するべきであると愚考したします。」

「だが仮に一万の兵力を六芒郭に押し込めたとしても、後が続かないのは同じであろう。なら一万の兵力を皇龍道に追加する方が得策ではないか。敵が二個師団をすべて投入し、突破を図るのならば駒州軍を動かせばいい」

「はい、閣下。ですがその前提条件として護州軍が一戦交えることがひつようになります。ただでさえ動員が遅れている現状では敵本隊が合流してからの二度目に耐えうるかは不確実にすぎるかと愚考いたします」

「ふむ‥‥‥」
 窪岡は黙考する。ここで護州が動員を遅らせているのではないかと追及しても益はない。現実として兵数が足りていないことには変わりはないのだ。駒州の構想は護州軍の動員の遅れが足かせとなっている。〈皇国〉陸軍であっても『護州公爵家領』の『護州軍』である以上、その権限に手を出すことはできない。

「理事官閣下からはなにか意見はあるか」

「六芒郭を利用するという点については良案ではないかと思います。その場合は早急に建材、砲等の割り当てを変更しなければなりませぬが、秋から増産を行う予定ですので、補填は可能です。
ですが、動員の面から言わせてもらうのならばここで一万もの兵を見捨てるとなるなら兵部省としては反対せねばならない」

 唸る窪岡を視線で制し、豊守は言葉を継ぐ。
「陸軍の拡充計画については衆民院、大蔵省とも追加予算の承認について協議中であります。全力を挙げて取り込んでおりますが、万もの常備兵力を失うことは看過できない影響が出るのは当たり前でしょう――であるからには相応の方策が必要であると兵部省としては考えております」

 『馬堂家』としての豊守の立場は窪岡とはまた異なる。馬堂家は駒城家の重鎮ではあっても他将家との対立を可能な限り避けようとしている。馬堂家の立ち位置は極めて政治的に微妙なものとなってしまっている。
 新城直衛の台頭により駒城家の重臣団の中でも保守的な者達は反発を強めている。分かりやすいのは佐脇利兼であるが、他の者たちも似たり寄ったりである。新城直衛は既に少佐、そして事実上は聯隊規模の剣虎兵大隊を指揮している。
 おおよそ十年かけて大尉になるのが当然であった者達にとってしてみれば衆民出の男が自分達の頭を飛び越えた栄達を歩み、大隊編成時には親王の権威を笠にきて人務であれこれと横車を押し、面倒を被った者たちも少なくない。

 要するにそういった者達にとって馬堂家は有望な対立用の神輿なのだ。故州伯爵・弓月家と婚姻関係を結びさらに豊久の武勲をもって立場を強化されている馬堂家は駒城家にとっていつ厄介な出る杭と見なされてもおかしくないのだ。結局のところ他将家にも適度に愛想を見せながら駒城の方針に乗っかるしかない。

 ――落としどころはここだろう。護州の策に嵌るのは面倒に過ぎる、現実的な面から護州の案を修正してしまえばいい。えぇい畜生め、親王殿下を外したのはこの為か。

 豊守としてもここで近衛総軍の代表者が反対意見を出してくれれば主家の御育預を死地に追いやる手助けをせずに済んだかもしれない。だが現実は〈帝国〉軍を相手にそれぞれの立場で足掻く将家たちのつばぜり合いしか存在しなかった。

 実仁親王は近衛衆兵隊司令官から近衛総監兼近衛総軍司令長官の代理へと昇進している。神沢中将は近衛総軍司令長官として皇龍道に長期滞在しているためだ。近衛総監部は近衛の軍政機構として権限が集中している。
皇龍堂に入り、情勢が落ち着き次第神沢中将は近衛総軍司令長官代理となるだろう――軍の運用に関する実権は軍監本部と彼が握ったままだろうが。
近衛衆兵は初の本土侵攻を受けて以来、徐々に規模が志願兵の増加により規模が拡大している。実戦に投入されるのはそれこそ年が明けてからとなるだろうが――近衛総軍内で軍事的価値が完全に逆転しつつある以上、衆兵隊司令官が近衛総監と(飾り物ではあるが)近衛総軍総司令官を任ぜられるのは自然なことであった。

 ――閑話休題――


「つまり、いつまで守るのか、敵の行動にどのように対応するのか、なにをもって作戦目標とするべきか、どのように救援を行うべきか、これらを決定してから発令を行うべきではないかと考えます。
兵部省としては戦略単位の兵員をむざむざと捨てられたらまことに困ります。
が課長閣下は如何にお考えでしょうか?」


「‥‥‥理事官閣下の意見はもっともであると考える、六芒郭を利用するならば支援物資の規模、救援作戦実行時期を決定しなければならない。
逆に言えばそれが定まらぬのであれば近衛総軍本体と合流し、皇龍道防衛に充てるべきであると考える」

「‥‥」
 豊地の案を支持する参謀達が視線を交わす。ここで露骨に見捨てるべしと言うわけにもいかない。

「‥‥‥皇龍道の兵力を動かすことはできません、動かすなら内王道を防衛する駒州軍しかないかと」

「であろうとも、だ」

「雨期の訪れ次第だが――10月半ばをめどとすべきだろう」

「なら龍州軍の再戦力化は間に合わんだろう、東方辺境領姫直轄の軍団が動いている可能性は高い。救援が可能なのか?軍団が動くということは連絡線の構築も完了したということだ」

「辺境領姫直轄の軍団が動いた場合は雨期の前に突破を図る可能性が高い、保有する師団は5個師団を超える。ならば皇龍道に3個師団以上を投入するか‥‥逆に六芒郭の包囲部隊に陽動を仕掛け事後は後方を扼することで攻勢を断念させるというのはどうだね」

「万が一、敵が包囲に専念したときは?」

「その時は――――」



 そして――密かに〈大協約〉世界の歴史の分岐点とすらされる決定は誰も彼もが己の閨閥と自身の保身という事情を兵理にまぶして捏ねあげられた物として焼き上げられたのであった。


七月三十一日 龍州 蔵原市周辺、集成第三軍駐屯地 閲兵式典
独立混成第十四聯隊 聯隊長 馬堂豊久


「駒城閣下、西津閣下へ!総員捧げェ銃!!」
 曹長の令に応え、兵達は銃をささげる。彼らが戦地に赴いた際は四万に届かんとする兵力であった。だが戻ってきたのはその七割程度だ。砲兵隊に至ってはまともな装備を整えている部隊を数えた方が早いほどである、それでも龍州軍や集成第二軍に比べれば遥かにマシである。要するに龍州で追い回された敗残兵の中では一番マシな連中でしかないなのだ。

 だが――それでもなお彼らは紛れもない〈皇国〉の英雄達であった。少なくとも民草たちがそう受け止めることを執政府の誰もが望んでいた。
 彼らは反攻主力としては文句なしに苦難を乗り越え、ついには敵を包囲殲滅できるのではと思わせる程の戦果を挙げ――撤退時には一個師団、敵兵力の3分の1を機能不全にして組織的な転進を可能としたのである。

「とはいえ‥‥‥そのあとは龍州軍と近衛の奮戦があるのだがね、そも第二軍とて緒戦から戦線を支えたのだから責められんよ。彼らも正当な評価を得るべきだ。あの戦いでは〈皇国〉軍は誰もが死力を尽くしたよ」
 その中でも勲功抜群として駒城・西津両中将から部隊感状、個人感状を受け取った豊久はそう言って苦いものが多分に混じった笑みを浮かべた。
 駒州より派遣された部隊は遠からず内王道で補充と再編、そして再戦力化に入るのだろう。駒州軍司令官の閲兵がそれを意味している事は誰にでもわかることだ。
「はい、聯隊長殿」

「姫殿下はやはり怪物、か。‥‥‥なんだよ、そんな顔をするな。馬鹿め。戻ればお前たちは女にも困らんし酒だって奢ってもらえるだろうよ」
 疲労と不安をごたまぜにした鈍重な空気が幕僚達を支配している。これは良くないがそうした空気に浸れる程度に余裕ができただけかもしれないな、と豊久は思考をもてあそんでいる。最も酷い時期にはわが身を儚む時間すらなかった。泥のように僅かな時間を眠り、ふてぶてしい笑みを浮かべた聯隊長にあれこれと命令を下され聯隊本部はあまりに多くの為すべき事がありすぎた。
 どのみち、兵も将校達も、自分もいい加減に休まないといけない、休みたい。


「失礼します!駒城閣下より伝令将校殿が参りました!」

「駒州軍導術参謀の御馬です。聯隊長殿はいらっしゃいますか?」
 導術将校らしい額の銀盤が初夏の陽光に反射し天幕の中に光を差し込ませた。

「ここだ、何用かね?」

「聯隊長殿、司令官閣下より貴官と少し話がしたいとお望みです」

「‥‥‥」
 豊久はそっと瞼を揉み、そして視線を目の前の道術将校へ向ける。
「了解した、御苦労だった少佐」





「久しいな、中佐。よく無事に戻ってきてくれた」
 
「もったいない御言葉です、閣下」

「――どうだね、一つ」
 差し出されたのは最高級の細巻だ。
「ありがとうございます、閣下。いただきます」
 自身の義弟が幼馴染と呼べる唯一の男に細巻をわたすと駒城保胤は穏やかにまず労いの言葉を述べた。
「まず――君は良くやってくれた。聯隊の編制目的である各兵科との共同戦術についても十分に有効性と限度を確認できた。
そして前線仕事としても敵が追撃に出す戦力を半減させることにも大いに貢献をし、後衛戦闘においても軍の崩壊を瀬戸際で食い止められた。その勲功は第三軍にいた佐官の中でも随一といっていいだろう」

「ありがとうございます、閣下」

「‥‥‥」
 保胤は煙を吐き、それが霧散していく様子を儚むように話題を変える。
「馬堂中佐、君はもう直衛の事は聴いたか?」

「‥‥‥申し訳ありませんが、実際に下された軍令を聴いたのみです」
 
「馬堂の者でもそういうことがある、か」
 保胤は口元に笑みを浮かべた。考えてみれば当たり前である。それどころではないのは当然であった。

「・今後、貴下の率いる現有兵力、および六芒郭の残置部隊を“新城支隊”と称する事。
・貴下を支隊長、および六芒郭臨時防備部隊司令に任ず。
・新城支隊は六芒郭要塞の防衛並びに友軍の転進援護を任務とする。
君はこれをどう考える?」
 保胤は公式に発令されたものをそのまま豊久に投げかけた。

「新城支隊がどの程度動けるのかですね。母体になるのだって連隊規模の旅団と五〇一大隊。あとは統制の崩れた龍州軍、第二軍の残骸がほとんど。
近衛衆兵だけであれほどの戦果を挙げたとはいえ、現在、どれほどの統制力をもてるか怪しいものです。大隊本部の規模では再編しても統制するには困難を伴うでしょう
六芒郭の残置部隊の将校を吸収しても難しい状況なのではないでしょうか」

「成程、人手が足りないか」

「あとはいつまで守るか、どのような終わりを想定されているかが判然としてない点ですね。それと物資の備蓄状況や補修がどの程度できるのかについても私は把握していませんのでどうにも」
 豊久が敢えて政治的な解釈を外した事は保胤にもわかっている。主家にあれこれと意見する気はないという事だ。
「その点については後で伝令を出すつもりだ。導術では伝えられないからな。
あぁ兵部省からも物資の調達は急がせている。護州からも一部資材の融通を受けている――兵部省の新規調達分から充填する形になるが」

「物資については心配しなくてよいのですね」

「明日、皇龍道から物資が送られる、龍州と蔵原に残った第二軍から抽出した工兵隊も同時に出る。皇龍道に回す予定だったようだがやむを得ん」

「龍州軍はどこに配置されるのですか?」

「内王道、皇龍道の間にある小街道だな、あぁ街道と言っていいのか怪しい物もあるようだが」

「龍州軍の戦力はどの程度残っているのですか?」

「龍州軍の現有戦力は、銃兵二個旅団弱に砲兵、騎兵がそれぞれ一個大隊程度だ」

「‥‥‥龍口湾と泉川でどれほどに」

「新城支隊に組み込まれている者も少なからずいるさ‥‥‥戦力の回復については駒州の後備の一部も龍州に組み込む予定だ」

「軍令が下された以上、私にできるのは少しでも耐えられるようにすることだけだ。
五日後、八月四日には西州と駒州から供出した資材等の段列が六芒郭に向かう
‥‥‥時期が時期だ。兵達には悪いがここで補充と再編を終えたら六芒郭への護衛を命ずる。先ほど言った防衛の期間や収拾のつけ方についての伝令も兼ねてもらう」
保胤の言うことは豊久にも理解できた。〈帝国〉軍の行動が鈍化しているといっても何時活性化するかわからない。故に『聯隊戦闘団』とでも称すべき独立混成第十四聯隊を任ずるのだろう。
「はい、閣下」
 ――そして軍機に関わる自身の代言人として使うことで駒城家は馬堂を信用しているとパフォーマンスができる、と。若殿さまは善人だけど抜けているわけではないのよね。

「頼む、六芒郭の応急処置に投入されている工兵隊もいるのでね。蔵原で合流するまではしばし兵を休ませてやれ。補充に必要な手当てはする」

「はい、閣下――あぁそれと佐脇少佐の事ですが」

「――武勲はあるが総指揮を執ったのは君だ。感状は授与したし受勲の申請もするが昇進まではいかん。そういうことだ」
 そこまでいけば四半世紀前であれば昇進しただろう、今でも軍組織が拡大する戦時ゆえ当てがないわけではない。
 だが駒城はそれをしない、そういうことだ。
「代わりと知っては何だが九月付で君を大佐にするように手配した、もともと仮任命の聯隊長だったからな、戦功抜群であるからには当然の措置だ。他の将家も文句はつけられん、第三軍にいた西州の者達は推薦すらしてくれていた。恩義を感じているのだろう」

「階級章を二つも、ほんの数か月で外すことになるとは思いもしませんでいた」

「当たり前だろう、そもそもからして、あれほどの大型聯隊を中佐に任せられんさ、龍口湾でよほどのことが無ければ大佐にするのは既定の方針だ」

「‥‥‥」
 首元の階級章をなぞる。中佐になるのは三十を過ぎてからだと思っていた。それが今では 大佐の階級章が目の前にぶら下がっている、この戦が始まる前は父の階級だったものが。それがこれほどまでの速さで自分の物に、これが戦時の軍人というものか。

「それが“馬堂”の名の重さでもある、君の武勲がそれを更に重くしている。
将家とは御国の一朝有事さにこそ陛下の藩屏として率先し範として血を垂すべき存在だ
駒城も馬堂も”将家”だ、故にこそ重くなる」

「‥‥‥はい、閣下」
 奇妙なほど澄み切った何かが保胤と豊久の表情を流した。

「戦も節目を迎えた、皇都でもあれこれと動きがあるようだ、“馬堂”もずいぶんと遊んでいる」

「‥‥‥」
 豊久は再び笑みを浮かべた。

「勘違いするな、責めているわけではない。だがこの件で情勢が動くことは避けられん」
 保胤は面会の終わりを告げるように細巻入れを取り出し、豊久に押し付けた。 
「それを忘れないでおくように」

 
 
 

 
後書き
 お待たせしました。色々とありましたがひとまず龍州撤退戦編はこれで一区切りとなります。
来月中には次の話を投稿したいところです。 
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