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木の葉詰め合わせ=IF=

作者:半月
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IF 完全平和ルート
偽装結婚シリーズ
  偽装結婚の舞台上

「一つ聞きたい。何故この話をオレに持ち込んだ?」
「そうだな……。里中が大騒ぎする中で、お前だけが私に対して同じ態度を貫いていたからかな?」

 薄い紙切れ一枚に己の名を書き込んだ後、そんな疑問を口に出したのは、ほんの気まぐれだった。
 そうしてさり気なく返された言葉に心が震えたのだって、きっと気のせいに違いない。

「お前が言ったじゃないか。男でも女でも貴様が貴様である事には変わりは無いと――あの言葉、結構嬉しかったんだぜ?」



 水面へと浮かび上がるようにて、意識が覚醒する。
 どうやら暫くの間眠っていた様だと分析して、なんともなしに隣へと視線を移せば、その先には一人の人間が横たわっていた。

 白い寝具と対照的な黒髪は水面に惑う藻の様に広がり、普段は生き生きとした輝きを放っている双眸は固く閉ざされたまま。
 まるで精巧に作られた人形の様に見えるその横顔へと目をやって、無言のまま寝具の上に置かれた相手の片手へと手を伸ばした。

 ――初めて出会った時から、ずっと追いかけていた。
 届かぬ背中と縮まらぬ距離に苛立ち、届いたと思った途端に引き離されるという事を何度繰り返した事か。

 そんな事を何遍も繰り返している間に、恐れる物など何もないと言外に豪語しているあの瞳の前に、対等の存在として立ち塞がりたいと幾度となく思うようになっていった。
 自分を対等な存在として見てくれるのであれば、それが何であろうと構わなかった。
 男でも女でも、奴が奴であるのに変わりはない。
 そう思っていたからこそ、奴への接し方も変えなかったのだ。

 そんな事を思いながら、持ち上げた片手をしげしげと見つめる。
 戦闘時となれば絶大な威力を発揮するその手も、ただ眠りに就いている今の状態ではなんの威力を持たない。
 所々武具を持つ者の習いとして肉刺や胼胝が出来ているものの、その手は細く、少しばかり自分が力を込めれば折れてしまいそうだ。

 こんな手で、こいつは自分を含む戦国の猛者共と渡り合い、勝利を掴んで来たのか。

 胸の奥に驚きを隠しながら、持ち上げた片手から未だ眠ったままの横顔へと視線を移す。
 瞼が固く閉ざされているせいか、まるでその姿はよく出来た作り物の様だった。
 あの目が見えないと言うだけで、こんなにも人間の印象は変化するのかと内心で驚く。
 今のこの状態を目にすれば、誰もこいつの生来の性別を間違えたりしないだろう。

 そんな事を考えていれば、空気が変わった事に気付いた。

「――……人の寝顔見て楽しいか?」
「目を覚ましたのか」

 瞼が震えて、緑色の輝きを帯びた黒瞳が姿を現す。
 起き抜けなせいかどこか焦点の合わさっていない瞳と視線を合わせれば、直ぐに強い光を取り戻した眼差しが自分を射抜いた。
 ――その目に自分の姿が映っていると言う事に、満足を覚える。

「目が覚めて早々……一番に見るのがお前の仏頂面か」
「不満そうだな」

 手にしたままの手首を軽く握ったまま喉の奥で笑ってみせれば、不愉快そうに眉根が顰められる。

 空いた片手で額にかかっていた黒髪を鬱陶し気に払いながら、どこか非難を帯びた眼差しが己へと向けられた。

「そう言うお前は嬉しそうだな」
「嬉しいとも。ようやく貴様に勝てたのだから」
「……初黒星があれかぁ」

 悲しそうに溜め息を吐かれるが、そんな事はどうでもいい。
 その姿を見つめながら、掴んだままの手首に微かに力を込めた。

「……一つ聞きたい事がある」
「言ってみろ。答えられる限りでなら答えてやる」

 何せ今の自分は気分がいいのだから。
 嘯ぶいてみせれば、忌々しそうに眉根が寄せられる。
 そう言った表情を作るのは専ら己の方だったせいか、奴のその顔に満足感を覚えた。

「――――離婚に応じる気はないのか?」

 ……まだそう言うことを言うのか、こいつは。
 胸の奥が波打って、感情のままに奴の手首を握りしめる。そうすれば痛そうに顔が顰められるが、無視した。

「お前の性格には少々問題があるが、それでもお前の事を好いてくれる可愛い女の子は出て来るだろう。もう偽装結婚に付き合う必要だってないんだぞ」

 ぶん殴ってやりたいとは思ったものの、それは先程の乱闘で既に行った後だ。
 これ以上怪我人に鞭打つ様な真似をする訳にもいかないので、ただ口を閉ざす。

「痛い、痛い、痛いぃぃ!! おまっ、オレの骨を折る気か!?」

 そうしてじっと黙っていれば、急に上がった悲鳴に意識に引き戻された。
 どうやら考え込んでいる間に手首にかけていた力が強まっていたらしい。
 力を緩めてみせれば、細い手首に紫色の痣の様な物が出来ていた。

「自分の握力考えろ!! 折れるかと思ったじゃないか!!」
「折れた所で直ちに修復するくせに何を言う」
「何が悲しゅうて、骨が折られるのを甘んじて受けなきゃいかんのだ」

 ぶつぶつと口で文句を言っていたが、不意に強い輝きを宿した目で己を見やる――否、睨む。

 鋭い輝きを宿した黒い瞳はここ数年の間向けられていた詫びを含んだ不愉快な物ではなく、かつて戦場で見えていた時に向けられていたのと同じ物だった。

「――お前、本気でそう思っているのか?」
「何の事だ?」
「離婚に応じる気がないんだな?」

 まるで言葉遊びの様な、そんな会話のやり取り。
 奴が男として振る舞っていた時同様に、気兼ねする事の無い対等な立場の会話――それが愉しくて口元が弧を描く。

「……言った筈だ。オレは貴様以外を妻と呼ぶ気にはならん」
「何を好んでオレみたいな女を……。オレが言うのもなんだが……お前、女の趣味が最悪だぞ」
「――どうやらそうらしいな」

 戯れに痣の消えた細い手首を口元へと近づけて、軽く歯を立てる。
 白い肌に噛み跡がついたが、直ぐさま傷が癒されていく。つくづく便利な物だ、自動治癒能力と言う物は。

 溜め息が聞こえたのでそちらへと視線を向けてみれば、呆れた様な瞳と目が合った。

「離婚する気はないんだな?」
「――くどい。何度も言わせるな」
「……じゃあ、離婚してくれる気は?」
「ない。数年前、偽装結婚の相手にオレを選んだのが間違いだったな」

 やっと手に入ったのだ。みすみす逃す気などとうの昔に消え失せていた。
 気付かない間ならば兎も角、気付いてしまったからにはもう遅い。

「なんというか……気味が悪くなる程素直だな。お前、本当にマダラか? 実は変化した――いたたっ!!」
「――今度間抜けな事を口にすれば、この腕へし折るぞ」
「…………この容赦の無さ……間違いなくマダラだな。しかも万華鏡まで出さなくても……」

 未だに掴んだままの片手に力を込めれば、痣が浮かぶ。しかしそれも、すぐに自動治癒によって消え失せていく。

 その様を見つめていれば、軽い掛け声と共に、奴の上体が寝具の上へと起こされる。
 そうされた事で互いの目線が近くなった。

「正直な話……私には男女間での恋愛とやらはさっぱり分からんぞ――それでもいいのか?」
「――奇遇だな。オレもだ」

 恋だの愛だの、そんな単純に片付けられる物ではないのだろう。
 己自身、どうして此処まで惹かれていたのか分からなかったから、尚更長い間苛立っていたのだ。

 ――――ずっと焦がれ、求め続けて。
 羨望と嫉妬、憧憬と希求、そう言った物ばかりが渦を巻いて。

 己を対等な存在として認知してくれるその目が、軽やかに戦場を駆けては奔放に振る舞うその存在が、ただ単純に欲しかったのだと――今なら理解出来る。

「本当に……なんでこうも素直なんだ……。全く持って調子が狂う」
「ふん。文句を言うのであれば、この里のお節介な奴らに言え」

 それと、気付かせた自分の迂闊さを呪えばいいのだ。
 散々振り回されて来たのだから、これくらいしてやってもいいだろう。

 そういう意味を込めた視線で見つめれば、目の前の相手の肩の力が抜ける。
 慈愛の篭った眼差しは、よく里の子供らに向けている物と似ている様で、少しだけ違っていた。

「あーー、もう。参ったなぁ。此処まで言われてしまえばもう逃げられん。オレの……私の完敗だ」
「――そうか」

 肩に額を乗せられる。
 己の黒髪とは質の違う細い黒髪がその動きに合わせて、はらりと揺れた。

「けど、後悔すると思うぞ。もっと可愛くて気だてのいい娘さんと結婚すればいいのに」
「……なら訊くが。貴様、離婚が成立すればどうするつもりだったんだ?」
「特に予定はなかったな。お前の結婚式には祝儀くらい送ってやらねばと思ってはいたが」

 くすくす、と笑い声がして、視界に映る肩が揺れる。

「全く……。数年だけ付き合わせて、それから綺麗さっぱり離婚してやろうと思っていたのに。お前が駄々を捏ねたせいで上手くいかなかったじゃないか」
「そこまで貴様の思惑に付き合ってやる気はないからな」
「ははっ、だろうな」

 そっと手を伸ばして黒髪を梳いてみせれば、体は震えたものの振り払われる事は無かった。
 もう追いかける必要は無い。手を伸ばせば、届く範囲にいるのだ。
 長年渇していた心が満たされる。

 ――伸ばし続けた己の手は、求め続けていた存在を捕える事に成功したのだから。
 
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