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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百八十六話 遠征軍帰還




帝国暦 490年 9月 25日      オーディン    エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



オーディンに帰還するとエーレンベルク、シュタインホフ両元帥が空港で待っていた。二人とも顔が崩れそうなくらいニコニコしている。大丈夫か? まさかとは思うが同盟が降伏して張り合いが無くなりボケ老人になったか? そんな心配をさせるくらいの上機嫌だ。おまけに足取りが軽い、弾むような足取りで俺とメルカッツに近付いて来た。

「とうとう反乱軍を下したな、ヴァレンシュタイン。見事なものだ」
「御苦労だったな、メルカッツ。良くやってくれた」
口々に俺とメルカッツを労ってくれた。嬉しいんだろうな。ずっと戦争をしてきた。これまで何度も勝利を得てきただろうが戦争の終結には結びつかず戦闘の勝利で終わっていた。だが今度は戦争の勝利なのだ。胸を張って勝ったと言える。

「有難うございます。思った以上に苦戦しました。シュタインホフ元帥、作戦の総指揮を執って頂けた事、感謝しております」
俺が頭を下げるとメルカッツも“有難うございます”と言って頭を下げた。
「いやいや、大した事はしておらん。それに二十万隻の艦隊を動かすなど初めての事、戦場には出なかったが軍人冥利に尽きるの一言だ。一生の思い出であろうな。感謝するのはこちらの方よ」
シュタインホフが楽しそうに言うとエーレンベルクが“羨ましいぞ”と言って笑った。シュタインホフも笑う。

リヒテンラーデ侯、フリードリヒ四世が待っているという事で新無憂宮に向かう事になった。地上車は四台、それぞれ別に、そして時間をおいて護衛付きで空港から出た。テロ対策とはいえ面倒な事だ。俺は三番目だ、四人の序列でそうなる。軍は階級社会だからこういうのは厳しい。ヴァレリーと一緒に新無憂宮に向かった。

新無憂宮にあるリヒテンラーデ侯の執務室でもニコニコ顔の爺さんが迎えてくれた。大丈夫か? 少し心配になるな。
「ご苦労であったな、二人とも。真に良くやってくれた、陛下も大変に御喜びじゃ」
俺とメルカッツが頭を下げるとリヒテンラーデが上機嫌な笑い声をあげた。益々心配になった。

「これからまだまだやらねばならん事は多い。しかし今日は陛下への御報告を済ませたらゆっくりと休むが良い。明日は祝勝会じゃ、難しい話は明後日からで良かろう」
ちょっと安心した。ボケたわけじゃなかったようだ。勝利を喜んでくれている、そういう事だな。

同盟領で混乱が生じている。帝国軍が帰還したせいかもしれんが反帝国運動、反政府運動が発生しているらしい。しかも大きくなりつつあるようだ。同盟政府のガバナビリティにどれだけ期待出来るのか……。明後日とリヒテンラーデ侯は言ったがこの話は早い方が良いだろう。ルビンスキーの件も有る。謁見後、ちょっと話してみるか。……知ってるよな? この話。……どうにも不安になって来た。戦争は終わったんだけど……。



帝国暦 490年 9月 25日      オーディン   新無憂宮 クラウス・フォン・リヒテンラーデ



陛下への御報告は和やかな談笑の時間で終わった。イゼルローン要塞陥落、フェザーン攻略、ハイネセン攻略の様子や戦いの駆け引きをヴァレンシュタイン、メルカッツから楽しそうに御聞きになられた。そしてヴァレンシュタインがココアが無くなってしまった事、ハイネセンでココアを自ら買った事を話すと声を上げてお笑いになられた。同盟産のココアがなかなか美味しかったとヴァレンシュタインが言うと陛下はフェザーンに遷都すれば予も味わえるかと仰られた。遷都の楽しみが一つ出来たようだ。

報告が終わり退出するとヴァレンシュタインが相談したい事が有ると言って執務室にやって来た。真面目な男だ、今日ぐらいはゆっくりすれば良いものを。もっともこちらも相談したい事が有るのは事実、願ったり叶ったりではある。しかしミュッケンベルガー父娘もこの男を待っていよう、早めに帰さなければ……。ソファーで紅茶を飲みながら話す事にした。

「それで、話とは?」
「同盟領の事です。暴動とまでは言いませんが反帝国運動、反政府運動が発生しているようです」
「やはりそれか。その事は私も聞いている」
面白くない話だ、思わず口元に力が入った。ヴァレンシュタインも渋い表情をしている。

「反帝国運動、反政府運動が皆無である事を望んではいません。そんな事は無理だと分かっています。しかし頻発するのも面白くありません。今後三十年かけて併合する、その障害になります」
「それについては私も同意する。或る程度の安定は必要だ。諦めが悪いとは思うが国に対する想いを無視は出来ん。厄介な事よ」
ヴァレンシュタインが頷いた。

「まさかとは思うが例の連中が動いているのではあるまいの?」
「……閣下は地球教を疑っておいでですか?」
私が頷くとヴァレンシュタインが軽く息を吐いた。
「無いとは思いますが断言は出来ません。同盟政府に注意を促しましょう」
「厄介じゃの」
紅茶を楽しんで飲むという日が来るのは未だ先の様だ。

「それでもルビンスキーが居らぬだけましか。上手くやったの。軍務尚書、統帥本部総長も褒めておった」
冷やかすとヴァレンシュタインが困った様な表情をした。若いのを冷やかすのはなかなか楽しい。
「あれは私では有りません」
妙な事を言う。

「別に犯人が居ると言うか。しかし誰が……」
ヴァレンシュタインが首を横に振った。
「或いはと思う事は有りますが確証は有りません。いずれ確認が取れ次第、御報告します」
「分かった」
妙な話よ。一体誰が……。確証は無いと言ったが……。

「それより同盟の事ですが危険なのは政府の動きです。焦って強硬策を採らなければ良いのですが……」
「馬鹿な、そんな事をすれば却って民衆は反発するであろう。彼方此方で暴動が起きかねぬ。一つ間違えば同盟は分裂するぞ。その程度の判断も出来ぬほどハイネセンの連中は愚物なのか?」
ヴァレンシュタインが首を横に振った。

「いえ、そんな事は有りません。しかし背に腹は代えられぬと考える可能性は有ります」
背に腹は代えられぬ? 如何いう事だ、ヴァレンシュタインがじっとこちらを見ていた。気圧されるような感じがした。嫌な予感がする、この男がこんな目をする時には決まって碌な事が無い。何を考えた?

「混乱が酷くなれば帝国政府は同盟政府に統治能力無しと判断して併合を前倒しにするのではないか……」
「うむ」
思わず仰け反ってしまった。なるほど、それが有ったか……。予感が当たったわ、碌でもない。
「有り得るの。……となると或いはそれが帝国の狙いかと邪推するかもしれんの」
ヴァレンシュタインが“それも有りそうな事です”と言って紅茶を一口飲んだ。私もカップを口元に運んだ。香りが薄い、気分が落ち着くかと思ったが……。次はもう少し香りの強い物にしよう。一口紅茶を飲んだ。

百五十年互いに相手を罵りながら戦争を続けてきた。今後三十年かけて統一するという言葉が信じられないのも無理はないが……。
「妙なものじゃ。我らが反乱軍、いや同盟政府の心配をするとは……。こんな日が来るとは思わなんだわ」
思わず苦笑が漏れた。ヴァレンシュタインも笑う。
「新銀河帝国を創るためです」
「……そうじゃの」
苦笑は止まった。

新銀河帝国。人類を統治する唯一の星間国家。帝国人には新しい国家を創るという意思が個人差は有れど皆が持っているであろう。故に三十年かけて新国家を創るという事を皆が無理なく受け入れられるのだと思う。……私はあと三十年を生きる事は叶わぬだろう。新銀河帝国の誕生を見る事は出来まい。だが帝国の進む方向を見る事は出来る。政治家として果実を味わう事は出来ずとも国の歩む道を示す事は出来たのだ。十分だ、満足して死ねるだろう。だが同盟は如何であろう?

「同盟人には新たな国を創るという思いは無いかもしれん。有るのは征服されたという屈辱だけか……」
「そうですね、自分達の将来への不安も有ると思います」
「そうじゃの。さて、如何する? ……不安を取り除くとなれば保証をせねばならん。……憲法を創るか? 考えているのであろう?」
ヴァレンシュタインの眼を覗き込むと微かに眼が笑った。

「宜しいのですか?」
「何を白々しい事を。ブラッケやリヒター達にも憲法が必要だと言ったのであろう? 気付かぬと思ったのか?」
「そうは思いません」
強かな男よ。あの二人を通してこちらに自分の考えを流した。しかし憲法、何処まで考えている? 確かめねばならん。今度はこちらがヴァレンシュタインをじっと見た。ヴァレンシュタインも見返してくる。

「憲法により国の形を示せば同盟人も納得するか」
「憲法を制定すると帝国政府が言うだけでも効果が有ると思います。もっとも期待と不安、その両方でしょう。しかし絶望は無くなると思います」
「そうだの。……主権は如何する?」
「皇帝主権を考えています」
「ほう、国民主権にはせぬのか?」
ヴァレンシュタインが苦笑を浮かべた。

「それをやれば同盟人達が議会制民主主義をと言い出しますよ」
「ふむ、反対か」
「現実的とは思えません」
今度はヴァレンシュタインがこちらに視線を向けた。強い眼で私を見返してくる。

「残念ですが民主共和政は運用が難し過ぎます。人類向きの政治体制では無いと思います」
「ほう、面白い事を言うの。では誰に向いていると?」
「さあ、神様とかそんなものでしょう。もっともそんな者が存在するのであればですが」
思わず吹き出してしまった。相変らず口の悪い男だ。それでは使えぬというのと同じではないか。だがヴァレンシュタインは私が笑った事が不満らしい。“笑い事では有りません”と強い口調で咎めてきた。

「新帝国が安定すれば人口も増えます。最盛期には六千億、いえ一兆を超えるかもしれません。主権者が増えるという事は責任が分散されるという事です。一兆人に責任を分かち合えと言ってどれだけの人間がそれを真摯に受け止めると思いますか? 主権者が増えれば増えるほど、つまり繁栄すればするほど責任の所在は曖昧になる。人類は衆愚政治の危機に晒される事になります」

「なるほど、確かにそうじゃの。となると銀河連邦が繁栄の後に衆愚政治に陥ったのも当然か」
私の言葉にヴァレンシュタインが頷いた。
「民主共和政を支持する人間は認めたがらないでしょうがそういう事なのだと思います。だから銀河帝国が、ルドルフ大帝が生まれたのでしょう。連邦市民は責任の所在が何処に有るかを明確にしたがったのですよ。そして自らの責任を放棄した。誰だって責められるのは嫌ですからね、気楽に文句を言える立場の方が良い」
「身も蓋もない言い方をするの」
人間は責任を負いたがらぬか、溜息が出た。ヴァレンシュタインもウンザリした様な表情をしている。

「こう言ってはなんですがルドルフ大帝が劣悪遺伝子排除法を創らなければ、臣民の基本的人権の尊重を宣言すれば民主共和政は過去の遺物になっていたかもしれません」
「……残念だがそうはならなかった」
そうなっていれば自由惑星同盟は生まれなかった可能性は有る。確かにヴァレンシュタインの言う通りよ。民主共和政は忘れ去られていただろう。

「皇帝の権力には制限が有りません。皇帝が主権の重さを理解出来ない、或いはその重さに潰されると権力が暴走します。民主共和政はその弊害を防ぐために主権の分散を考えたのでしょうが……」
ヴァレンシュタインが唇を噛み締めている。主権と主権者の関係か。集中させるか分散させるか、結局は主権者の質によって是非が問われる、正解など無いに等しい。何とも不安定な事ではある。

ヴァレンシュタインは現状では臣民は主権に伴う義務を果たせぬと見ている。それ故に待遇は改善すれども主権は与えぬという事なのであろう。憲法の柱は皇帝主権と基本的人権の尊重か。厳しいの、平民達はこの男を支持しておろうが或る面においてこの男は門閥貴族などよりもずっと厳しい評価を平民に下している。門閥貴族達は無知ゆえに平民達には主権など不要と考えた。だがこの男は良く知るが故に主権など不要と判断している。使いこなせぬというわけだ。

「卿、頼めるか?」
「憲法制定ですか?」
「うむ、先ずは草案の作成だの」
「時間がかかりますが?」
「已むを得まい。近々に憲法制定を閣議に諮る。その後陛下の御裁可を得て公表する」
「承知しました」

ヴァレンシュタインが軽く一礼した。本人も自分が創るしかないと考えていたのだろう、躊躇いは無かった。この男なら問題無かろう。改革を唱えたから民主共和政に好意的なのかと思ったがそうではないようだ。そして専制君主政を無条件に信奉しているわけでもない。ブラッケやリヒターにこの男の半分も冷徹さが有れば……。あの二人は改革にばかり目が行き地に足が着いていない、現実を見据えていない……。

「話しは変わる。畏れ多い事ではあるが陛下が退位を考えておられる」
「退位?」
少しは驚かぬか、だから可愛げが無いと言われるのだ。
「新帝国の門出には新しい皇帝が相応しかろうと仰られてな。フェザーン遷都後に位を退きたいと」
「アマーリエ様ですか?」
「うむ。卿は如何思うかな?」
ヴァレンシュタインが小首を傾げている。どうやらこの問題は想定外だったようだ。内心では驚いているのかもしれぬ。少しは表に出せば良いものを……。

「それだけですか?」
「……」
「区切りを付けたい、それだけだと?」
「いや、後継をはっきりさせたいというお気持ちも有るようだ」
「なるほど。……御気持ちは分かりますが……」
「時期尚早と思うか」
ヴァレンシュタインが“はい”と頷いた。

「十月十五日の勅令は陛下の御名の元に発令されました。新帝国の枠組み作りは陛下の治世においてなされるべきだと思います」
「なるほど、五箇条の御誓文が有ったの」
改革による新たな国創りを宣言されたのは陛下、新帝国創成はその集大成か。枠組み作りを陛下の治世においてというのはもっともな事ではある。影響力以前に筋の問題が有るという事だな。ここで退位は無責任と言われかねんか。

「ヴァレンシュタイン、その枠組みというのは何処までを考えているのだ?」
「そうですね、やはり憲法制定、発布が一つの区切りと思います。フェザーン遷都では……」
ヴァレンシュタインが首を横に振った。
「そうよな、そう考えるのが妥当であるな」
陛下には今しばらく待っていただくとするか……。いかんな、この男を早く帰さなければ。話したい事の半分も済んでおらん、事が多すぎる! 已むを得んな、明日も出て貰うか。




 
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