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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第十五話 陰謀の都市


 トリステイン西部の大都市アントワッペン。
 このトリステイン第二の都市は、マクシミリアンの改革の波に乗って更なる発展を遂げていた。

 そしてアントワッペン市は、代々トリステイン商人の根拠地でもある。
 アントワッペン市の大通りでは、大小様々な商館が立ち並んでいた。
 多く人々が行き交い出入りの激しい商館群とは、別に人の出入りがまったく無い商館があり、その商館の扉には『差し押さえ』と、張り紙がしてあった。

 この差し押さえの商館の主、アルデベルテ商会は改革で大打撃を受け来週には解散が決まっていた。
 かつては領主以上の権力を持ち、長年トリステイン商人の総元締めと言われていたが、今では滅びの時を待つだけであった。

 マクシミリアンの改革は全ての者たちに富を与えたわけではなかった。

 これまでアルデベルテ商会は主にアルビオンから羊毛の輸入を独占していた。
 多くのトリステイン商人は、羊毛をアルデベルテ商会から買って契約した縫製職人に買った羊毛を毛織物に加工させ、出来た毛織物ををハルケギニア中に売り歩いて生計を立てていた。
 そのため、アルデベルテ商会の機嫌を損ねる事で、羊毛の供給が断たれる事を恐れた商人たちはアルデベルテ商会に頭が上がらなかった。
 トリステイン産の羊毛は数も少なく品質も悪かった、そのせいか値段も微妙に高く、好んでトリステイン産の羊毛を買うような奇特な商人は居なかった。
 だが、マクシミリアンの改革で状況は一変する、生産力アップで家畜が大幅に増加しトリステイン産の羊毛は大量に市場に出回るようになった。しかも餌の向上で品質も良くなった。
 多くの商人はトリステイン産にシフトするようになった事で、大量の在庫を抱えたアルデベルテ商会は存続の危機に陥った。
 これに危機感を募らせたアルデベルテ商会は、縫製職人に金をばら撒き、賃金アップと『今まで通りアルビオン産でないと仕事しない』と、商人らに要求するように煽った。

「いくらなんでも馬鹿にしすぎだ」

 と、一部の職人らは呆れたが、それでも半数以上の職人がアルデベルテ商会の企みに乗った。
 その後、アントワッペンの縫製職人が次々と仕事をボイコットした事で都市全体が騒然とする中、とある縫製職人の工房でが『ミシン』と呼ばれる機械が導入されると、途方にくれていた商人たちが飛びついた。

『マダム・ド・ブラン』

 と、名乗った縫製職人は、ミシンの導入で急成長を遂げ、今では『マダム・ド・ブラン』の衣類はブランド化し、世の女性の憧れとなった。

 アルデベルテ商会は性懲りもなく、ヤクザ者に金を握らせ、マダム・ド・ブランと、その関係者たち、そしてミシンの破壊を命じた。
 しかし、マダム・ド・ブランはこの襲撃を撃退し、この襲撃をネタに逆にアルデベルテ商会を告発した。
 ここにアルデベルテ商会と縫製職人らの陰謀は潰える事になったが、話はここで終わらない、職と信頼を失った職人らがアルデベルテ商会に対して逆恨みの感情を持ち、会長のアルデベルテは元職人らの襲撃を恐れて一日中、商館内に篭もっていた。
 その後、告発されことで商人としての信頼を失い、商売も上手く行かなくなり、とうとう資金ぶりに行き詰ったアルデベルテ商会は解散の運びとなった。

 そんな中、一つの情報がアルデベルテの耳に入った。

「それは本当ですか? 本当にマクシミリアン殿下がアントワッペンにお越しになると?」

 その言葉を発した痩せ型の男、アルデベルテは驚きの声を上げた。
 かつてはトリステイン商人の総元締めといわれた男、その真鍮製の眼鏡の奥は焦燥で窪み血走っていた。

「はい、数日中にお越しになるそうです」

 アルデベルテ商会の番頭の男は、まるで騎士の様に片膝をついて答えた。

 かつては100人以上の奉公人でごった返していたアルデベルテ商会の中は閑散としている。
 ほぼ全ての奉公人は故郷に帰した為、アルデベルテと番頭他、数人しかいない。

「……これは……チャンスです」

 そう言うや、アルデベルテは番頭に近づいた。

「番頭さん、大至急……」

 アルデベルテに耳打ちされた番頭は頷くと外へと出て行った。








                      ☆        ☆        ☆







 この日、マクシミリアンはアントワッペン市へ向かう為に馬車に乗っていた。
 旅の目的は、改革によってアントワッペンを更に発展させた人物に会う事と、領主であるド・フランドール伯にアントワッペンから南に十数リーグの場所にある、廃都ブリージュの捜索許可を得る為である。
 許可なんて家臣に任せればいい……と、思うかもしれない、ブリージュでかつて起こった地殻変動はハルケギニアを崩壊させると言われている大隆起の手がかりになる可能性がある。
 大隆起の事は最高機密に類する為、マクシミリアンが直接動く事にした。 

 マクシミリアンは馬車から田園風景を眺めていた。
 農作業をする平民たちの顔は良く、少なくとも食うに困っていないことが良く分かった。
 健康状態も良さそうな為、初回無料で置き薬をトリステインの全世帯に配布した為、重病以外の病は抑制されている事に手ごたえを感じていた。

「平和だなぁ……」

 ポツリとつぶやき、マクシミリアンは座席に寝転んだ。
 かなり行儀が悪いがアントワッペンまで暇だったからだ。

(カトレアは、今ごろ何をしているだろうか?)

 婚約した男女が頻繁に会うのは良くない……と、いう良く分からない『しきたり』の為、二人は結婚式まで会う事ができなくなってしまった。
 元々、これまでの遅れを取り戻す為に、厳しい勉強の真っ最中で、中々会う機会が無かった事も重なり、二人が会う機会は更に減った。
 その為、カトレアとは手紙のやり取りしかしていない。

(同年代の女の子より、スタイル良かったからなぁ……今頃、どういう風に育ってるんだろう)

 ……12歳という年代は成長が著しい。
 マクシミリアンはビキニ姿のカトレアがキャッキャウフフと浜辺を走る姿を妄想する。
 胸がバインバインと跳ねるスタイル抜群のカトレアがこれ以上無い笑顔を向けた。

「う~ん、カトレアぁ~、むちゅちゅ~♪」

 妄想上のカトレアと、イチャイチャしながら座席の上を転がろうとして、勢い余って落ちてしまった。

 この光景をセバスチャンは馬車の御者台から見ていたが、黙っている事にした。
 見て見ぬ振りをするのも忠義だろう。










                      ☆        ☆        ☆









 その後、アントワッペン市に到着したマクシミリアンは、領主のド・フランドール伯の屋敷で催される歓迎パーティーに招待された。
 領主のド・フランドール伯はトリステイン建国以来の名家で、西部では屈指の実力を誇っていた。

 ド・フランドール伯ボードゥアンは、見た目二十台半ばの好青年で、数年前に先代の父親が亡くなり、その跡を継いでいた。

「ド・フランドール伯、この様なパーティーを開いて頂きまして、ありがとうございます」

 マクシミリアンは、にこやかに挨拶する。

「トリステイン経済を回復させた次代の名君と誉れ高いマクシミリアン殿下に、お越しいただくとは、今日という日を決して忘れる事は無いでしょう」

「いえいえ、伯爵もアントワッペンをここまで発展させた手腕を、僕も参考にしたいと思ってた所です」

 などなど、二人の会話は弾んだ。

「それと……失礼かを思われますが、なぜ、殿下は我が領内へお越しになろうと?

「……そうですね、伯爵の領内に立ち寄ったのは、訳がありまして……」

 と、マクシミリアンは旅の目的の一つのブリージュに立ち入る許可を得ようと、ド・フランドール伯に訳を話した。
 もちろん、大隆起の事は、ちゃんと誤魔化した。

「ブリージュ一帯の捜索の件は分かりました。それでしたら、我々も同行いたしましょうか?」

「いや、それには及ばないよ、行くときはちゃんとした準備をするからね。ともかく伯爵、心配してくれてありがとう」

「御意」

 そうして、ド・フランドール伯は頭を下げたが、まだ何か聞きたそうにしている。

「あの……殿下、目的はブリージュの件だけなのでしょうか?」

「うん? どういう事?」

「それは……その。ブリージュの捜索許可のみで殿下自らお越しになられるのは……その失礼ですが、おかしいと思いまして」

「その事か。いやね、トリステイン第二の都市を、一度見学したいと、常々思っていてね。良い機会だったからブリージュの件と合わせたのさ」

「左様でございましたか。大変失礼しました」

 ド・フランドール伯は納得したような素振りを見せた。が、何処か納得がいかない表情を一瞬見せた事に、マクシミリアンは気付かなかった。

 ……その後、マクシミリアンはド・フランドール伯と別れ、歓迎会に出席した貴族たちに愛想を振りまきながら時間をつぶす。
 愛想を振りまきながらも、マクシミリアンは貴族たちを観察する。

(改革によって、一番、恩恵を受けたのは平民だけど、平民たちが豊かになれば領地は豊かになり、領地は豊かになれば貴族たちも豊かになる。家臣団のみんなは分かってくれたみたいだけど……)

 参加した貴族らの表情を見れば見るほど、マクシミリアンの気分は暗くなる。
 貴族たち半数以上に、愛想を振りまきながら、意識改革とノブレス・オブリージュの徹底を説いて回ったが、のれんに腕押しで、彼らはいかに平民から搾取するか、そればかり考えていてマクシミリアンの話に耳を貸そうとしなかった。
 突如、振って沸いた好景気に便乗して己の欲望を満たそうとする姿は、さながら肉に群がる野獣を連想させた。

(貴族が聞いて呆れる……どこが貴いと言うのか。まったく……嫌だ嫌だ、早い事アントワッペン発展の鍵をつけたら帰ろう)

 その後も言い寄ってくる貴族たちの相手をしながら、時間をつぶし、パーティーはつつがなく終了した。










                      ☆        ☆        ☆







 パーティーの後、ひとっ風呂浴びたマクシミリアンは二人の魔法衛士を伴って廊下を歩いていた。
 酒に酔い風呂に入ってサッパリした為、パーティーの時の様な不機嫌さは若干和らいでいる。

「二人とも、今日はお疲れ様。僕はそろそろ休むから……」

「御意」

「お休みなさいませ」

 ド・フランドール伯に宛がわれた部屋に入ると人の気配がする。

「……ん?」

 真っ暗な部屋で目を凝らすと人影が見えた。
 人影は身動き一つしない。

「……」

「そこに居るのは誰か?」

 マクシミリアンは、杖を手に人影に尋ねる。

「畏れながら……」

 聞こえてきたのは若い女の声だった。

「女の人が僕の部屋に何の用か? 部屋を間違えたのなら、特別に不問にするから早く出て行ってもらえないかな」

 そう言って、ライトの魔法を唱えると、ハイティーンかもしくは20前後の美しい顔が映し出された。

「畏れながら殿下、私は部屋を間違えたわけでは有りません……夜伽に参りました」

「ぶふっ!」

 女の告白に、マクシミリアンは思わず噴き出した。

「よ……夜伽ぃ!?」

「御意」

 よく見ると女の格好は、とても『まともな』格好ではなかった。
 男を誘う為に作られた様な、布の面積の少ない服を着ていたからだ。

「そ、それは、その、誰に頼まれたのか? ド・フランドール伯か?」

「……御意」

 平静を保とうと、女に話しかけると、夜伽を命じたのはド・フランドール伯だと、答えが返ってきた。

「……ド・フランドール伯も意外と下衆な事をする」

 昼間の好青年のイメージがボロボロと崩れ落ちた。

「殿下、お情けを……頂けませんでしょうか?」

 女は急かす様に誘う。

 ……ゴクリ。

 と、思わず生唾を飲み込んだ。
 マクシミリアンは現在12歳半ばで精通はすでに済ませてあるし、性知識は前世の記憶を含めてしっかり備わっている。
 しかも、帝王学の一環に代々王家に伝わる、あっち関係の技術も叩き込まれた……実践はしてないが。

(実践のチャンスでは!?)

 と、本音では、この誘惑に乗りたかった。
 だが、あからさまな謀略への警戒心を抱き、徐々に冷静さを取り戻した。

「……」

 女は黙ってマクシミリアンを見ている。

 一方、マクシミリアンの脳裏に、カトレアの顔がよぎった。

(結婚前だ。せめて、操を立てよう)

 ついに女を抱く気が失せた。

 深呼吸して気分を落ち着ける。

「ごめん、取り乱してた」

「……いえ、お気になさらずに」

「まあ、何だ。抱かずに帰すって、選択肢は無いのかな?」

「それでは、私がお叱りを受けてします」

「それなら……」

 マクシミリアンは部屋の片隅に置いてあったワインボトルを手に取った。

「付き合ってくれないかな?」

「……それでしたら、お相手いたします」

 女は何処かホッとした様な雰囲気を出した。

(なんだ、やっぱり抱かれたくなかったんじゃないか)

 女の本音が少し見えた事で、気が楽になると別の疑問が浮かんできた。

(そういえば、護衛の魔法衛士が入ってこないな)

 いつもなら、部屋の異変を感じて一声かけるのだが、今回はそれが無い。

「ちょっと、待ってて、魔法衛士に話をつけるから。ミス……え~っと……名前を聞いてない」

「失礼いたしました、フランシーヌです。フランシーヌ・ド・フランドール」

「フランドール!?」

 マクシミリアンが驚きの声を上げると同時に、廊下側のドアから、見た事の無い男が数人ほど入ってきた。

「誰だ!」

 マクシミリアンが声を上げる杖を向けようとすると、雲のような物がマクシミリアンの周りを覆った。

「うう!? スリープ……クラウド」

 そう言ってマクシミリアンは昏倒した。
 昏倒する直前、杖を持ったフランシーヌが無機質ながらも何処か申し訳なさそうな顔が目に焼きついた。



 
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