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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第三十六話 要塞攻防戦(その1)

■ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

 同盟軍がイゼルローン要塞の前面に押し寄せてきた。いよいよ要塞攻防戦が始まろうとしている。私としては複雑な気持ちにならざるを得ない。眼の前の同盟軍に勝って欲しいのだが、私自身が戦死するような事態は避けたい。無血で持ち主が入れ替わるようなら最高なのだが、ま、無理よね。
 
 以前ヴァレンシュタイン准将に聞いたことが有る。同盟軍がイゼルローン要塞を攻略できる可能性は有るのだろうかと。准将の答えは“今の大軍をもって攻め寄せるやり方では無理だろうね”、“素手で要塞を取るぐらいの事を考えないと”と言うものだった。素手で要塞を取る? 馬鹿にされてるのかとも思ったけど、准将にはそんな感じは無かった。本気なんだろうか?

 その准将は今、熱の所為で蒼い顔をして司令部の椅子に座っている。病弱と言うわけではないのだが虚弱なのだ、この子は。オーディンにいるときも月に一度ぐらいは体調不良で仕事を休んでいる。本来なら部屋で休みたいのだろうが、戦闘が始まるとなればそうも言ってられない。蒼白に成りながらもじっと耐えている。視線は中央の巨大スクリーンから離れない。そのスクリーンには同盟軍が映っている。

 私は隣にいて時折冷たい水を飲ませたり、タオルで汗を拭いたりしている。“大丈夫ですか”と聞くと微かにうなずく。見ているこちらが辛い。この体が弱いのも周りの反感を買う原因の一つ。彼が休むたびにシュターデン少将などは“帝国軍人にあるまじき軟弱さ”、“柔弱極まりない小僧”などと悪罵を放つ。今も周囲の目は険しい。半病人が何でこんな所にいるのか、そんな眼だ。もっとも彼本人の前でそんな事を言う人間はいない。彼がミュッケンベルガー元帥の直々の指名で司令部入りしたことを皆知っているから。

 同盟軍が動き出した。「D線上のワルツ・ダンス(ワルツ・ダンス・オン・ザ・デッドライン)」、同盟軍が血の教訓によって得た艦隊運動の粋だ。要塞主砲“トール・ハンマー”の射程限界の線上を軽快に出入りして敵の突出を誘う。タイミングがずれれば、トール・ハンマーの一撃で艦隊が撃滅されてしまう。一方帝国軍は同盟軍をD線上の内側に引きずり込もうとする。その際、自分たちまで要塞主砲に撃たれてはならないから、退避する準備も怠らない。虚々実々の駆け引きが続くが、これは兵士たちにとって恐ろしいほどの消耗を強いる事になる。
 
 二時間程過ぎた頃、このまま膠着状態になるかと思ったときだった。顔面を蒼白にした准将がミュッケンベルガー元帥に話しかけた。
「閣下。二時間程指揮をお預けいただけないでしょうか」
「どういうことだ。ヴァレンシュタイン准将」
「卿は何を言っている。無礼だろう」
「二時間程指揮をお預けいただきたいのです」

 シュターデン少将が叱責するのにもかまわず、准将はミュッケンベルガー元帥に指揮権の委譲を願った。信じられない、何考えてるの、この子。 
「控えよ、准将。半病人の分際で無礼だろう。その体で何が出来る」
「…二時間でよいのか」
「閣下!」
「はい。二時間で結構です」

 元帥はシュターデン少将が止めるのも構わず、准将に話しかける。表情は厳しいが怒りはない。ただじっと准将を見ている。准将も元帥から視線をはずさない。周囲はみな呆然としている。私もだ。
「…二時間で勝てるのか」
「はい、勝ちます」
「負けは許されぬぞ」
「はい。勝ったら一つお願いがあります」
「……」

「いえ、小官個人のことでは有りません」
「そうか……。よかろう、任せる、二時間だ」
「はっ」

「要塞内総員に伝達。一撃を覚悟せよ」
准将が最初に下した命令は周囲を唖然とさせるものだった。しかしその直後、オペレータたちが警告の叫びを上げる。
「ミサイル来ます!」
「迎撃光子爆弾発射します!」
「間に合いません!」

 その声と共にイゼルローンに衝撃が走る。爆発光が白く光り私たちの視界を焼く。さっきの命令はこれがわかっていたの?
「一体何が起きたのだ! 何故判らなかった!」
シュターデン少将の怒声に答えたのは准将の静かな声だった。
「反乱軍がトール・ハンマーの死角からミサイル攻撃をかけてきたのです。正面の敵の動きは囮です」
「囮…」
「反乱軍、来ます!」

ワルツを踊っていた同盟軍が要塞主砲の死角からせまる。司令部の総員が准将を見る。しかし准将は何も言わない。
「何をしている! 命令を下さんか!」
「その必要は有りません。あの通りです」
「!」

二千隻ほどの艦隊が天底方向から同盟軍を打ち崩していく。避けようとすればトール・ハンマーの射程内に入ってしまう、逃げられない。
「卿が手を打ったのか」
「いえ、あれはミューゼル少将です。彼ならこの程度は言われなくてもやるでしょう」
ミューゼル少将、准将が天才だと言っていた少年だ。でも私には准将の方が怖い、全てを見通しているとしか思えない。

「閣下、艦隊が出撃許可を求めています」
「出撃を許可します。但しトール・ハンマーの発射命令がすぐ出ます。その場合、速やかに天底方向に退避することを伝えてください」
トール・ハンマー? 射程内には同盟軍はいないけど? 大丈夫なの准将、熱でおかしくなってない?

■ヤン・ウェンリー

 味方の攻撃部隊は敵の小部隊の攻撃を受けて一方的に打ち砕かれていく。全く巧妙で効果的だ。このままではどうにもならない。しかしあの艦隊とて無限に戦えるわけではない。どうする、ミュッケンベルガー元帥、見殺しにするか。
「帝国軍、イゼルローン要塞より出撃して来ました」
「グリーンヒル参謀長、チャンスです。予備を投入しましょう。それ以外味方を救う方法はありません」

帝国軍は誤った、あのままならこちらに打つ手はなかったのに。帝国軍はあの艦隊を見殺しにすべきだったのだ。混戦に持ち込めばトール・ハンマーは撃てない、こちらにも勝機はある。
「待機中の艦隊に命令。直ちに出撃して帝国軍を攻撃せよ」
グリーンヒル参謀長の命令に艦隊が動き出す。その時だった、オペレータが悲鳴を上げる。
「イゼルローン要塞が! 主砲を発射しようとしています!」

どういうことだ? この距離ではあたらない。いや帝国軍が巻き添えを食う。
「敵艦隊、天底方向に急速移動!」
「トール・ハンマー、来ます!」
続けざまにオペレータが声を上げる。白く輝く巨大な光が要塞より発射される。何を狙ったのだ?

「! やられた」
「どうした。ヤン大佐」
「参謀長、やられました。あれを見てください」
私は味方の予備部隊を指差した。動き出したはずの艦隊はバラバラになっている。

「どういうことだ? 一体」
「トール・ハンマーです」
「トール・ハンマー? しかし射程内ではなかったはずだ」
「そうです。しかしトール・ハンマーが来ることで反射的に回避行動を取ってしまったのです」
「ばかな…」
「あれをご覧ください」
「!」

敵艦隊は天底方向に移動し味方部隊を攻撃している。最初にいた小部隊と合流し圧倒的な攻撃をかけてくる。壊滅状態になるのも時間の問題だろう。
「敵は最初から艦隊を天底方向に移動させるつもりだったんです。但し艦隊を出せばこちらが予備部隊を出すのもわかっていた。だから…」
「時間を稼ぐためにトール・ハンマーを撃った。予備部隊はこれまでの経験からトール・ハンマーが来ることで反射的に回避行動を取ってしまった……」
「はい」

沈黙が落ちた。司令部内も皆沈黙している。味方部隊を助ける事は出来ない。
予備部隊が味方部隊を助けるには艦隊を再結集しイゼルローンの要塞主砲の死角から近づかなくてはならない。それまでに味方部隊は一方的に撃たれ壊滅状態になるだろう。ミュッケンベルガー元帥だろうか? そうは思えない。どうやら敵には恐ろしく切れる相手がいるようだ。まさかトール・ハンマーを時間稼ぎに使うとは……。

■ ジークフリード・キルヒアイス

「見事だな、そう思わないかキルヒアイス」
「はい。まさかトール・ハンマーを時間稼ぎに使うとは思いませんでした。ミュッケンベルガー元帥でしょうか」
「まさか、こんな事が出来るのは…あの男だけだろう」
「ヴァレンシュタイン准将……ですね」
「ああ」
「彼は俺に味方を作れと言っていた。必ず奴を俺の味方にしてみせる。俺を認めさせてやるさ」
「はい……」

■ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ
 
司令部内には沈黙が漂っている。誰も何も言わない。シュターデン少将でさえ無言でスクリーンを見ている。准将が指揮を取ってからあっという間に戦況が変わった。帝国軍の勝利だ。しかし、誰も何も言わない。同盟軍の攻撃部隊は火達磨でのたうっている。

「閣下、指揮権をお返しいたします」
「もうよいのか? 未だ時間は有るが」
「はい。我が侭を聞いていただき有難うございました」
「うむ」

「閣下」
「なにかな、ヴァレンシュタイン准将」
「あの部隊を壊滅させたらですが…」
「壊滅させたら?」
「反乱軍に停戦を要請しては如何でしょう」
停戦? 准将、あんた本当に何考えてるのよ?

 
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