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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  37話 夕暮れの水面

 激戦を終え、弛緩した空気を感じる間もなくマフィアレイドはロービアへと帰還。
 コルネリオを初めとするマフィア一同は仕事を終えたとばかりに大型ゴンドラから降りてアジトへと流れ込んでゆく。船上に残された船頭は、心なしか二十歳は老け込んだような疲労感を漂わせながら、それでも五体満足で戻ってこれた以上に何も望まないとばかりにその場を後にした。もう厄介事は勘弁願うとばかりに、足早に去ってゆくゴンドラはどこか哀愁を感じてしまった。
 俺達もコルネリオと側近の後について執務室へ足を運ぶ。勝手知ったるとばかりに女性陣がソファに座るのを見計らい、あの厳しい側近二人が紅茶を振舞っていたのが俺としては驚愕を禁じ得ないが、それでも彼らなりの労いなのだろう。初対面の際の緊張感はなく、軽くお礼を返す余裕があるほどに彼等に慣れた女性陣の声を聴きつつ、俺はコルネリオを向き合う。
 執務机についたコルネリオは《朔》を壁に掛け、コートや手袋を外しており、それなりに弛緩した印象を見せる。


「さて、彼等はまだ何か諦めていないような素振りであったけれど、今は我々の勝利としておくとしよう。少なくとも、この界隈で勝手な真似を働く気は()げた筈だ」


 大事を為した達成感というよりは、いつも通りの仕事で一日を明かしたかのような、どこか素気無さを感じでしまう感慨の浅さが見受けられるものの、コルネリオは満足げに語る。
 彼の観察眼をして《未だに諦めていない》という見解は少々気に掛かるところだが、この層から去ってしまったと思われるフォールンを追うにも、行方の知れない彼等を追うのは困難窮まる。仮に行き先が上層であれば、未踏破状態の迷宮区とフロアボスという障壁が存在するし、仮に追い縋ったとしてもノルツァーの相手をするならば俺達では役者不足だ。彼を相手に立ち回るにはステータスが根本からして足りていないのだ。歯痒いが、現状では彼等については静観させてもらうしかなさそうだ。
 それでも、あの無数にあった筏を焼き払った功績は大きいだろう。森エルフの戦力は知れないが、それでも大量のフォールンが乱戦に乗じるような事態だけは回避できたのだ。あの中に森エルフが使用するはずだった筏も混ざっていれば戦闘自体を回避できたかもしれないが、この層でも存在するであろう《キャンペーン・クエスト》の事を考慮するならば、それは過ぎた願いというものだ。クエストの要である《秘鍵》をティルネルの姉が携えているとして、どこかのプレイヤーがクエストの継続を開始したならば、そのストーリーが紐解かれる段階で必ず戦いは生じる。果たして《ティルネルの姉である騎士キズメル》が如何なるプレイヤーと出会ったかは俺の知るところではないが、この戦いが何かの助けになれば幸いというものだ。


「ともあれ、君達の協力が無くしては我々も立場を失う羽目となっていたことだろう。だからこそ、ここに誠意を示すべく、その活躍に報いることとしよう」


 相も変わらず側近の二人に声を掛け、恐らくはアイテムの宝庫となっているであろう奥の部屋から革張りのスーツケースを運ばせた。それは、古びた色合いでありながらも逸品の風格を思わせた。隠しクエストや隠しダンジョンで養った鑑識眼が嘘を吐いていないならば、それにはかなりの名品が納められていると訴えてやまない。思わず釘付けになった俺の視線を知ってか、コルネリオは苦笑しつつ、されど申し訳なさそうに言葉を繋げる。


「……生憎とこの一式しか渡すことが出来ないのだが、かつて上層より訪れた名のある仕立師が遺した逸品だそうだ。受け取って戴ければ幸いだ」
「そんな高級品、いいのか?」
「我々には過ぎた代物ということだ。それに、少しだけ素性調査をさせてもらったところによれば、君達は遥か上層を目指す旅人だと聞いているからね。何かの助けになるのではないだろうかと思ったのだよ」


 確かに優秀な装備は大歓迎だ。戦力の増強に繋がるのであれば拒む道理こそないのだが、問題はその数量であろうか。
 これだけの人数でクリアしたクエストでありながら、コルネリオの発言からして得られる報酬は一人分だけというアンフェアな状態だ。一般のMMOであればPTチャット内で紛争が勃発しかねないシチュエーションであるが、この女性陣はそんな事では頓着しないだろう。しかし、彼女達だって報酬アイテムを入手する権利は十分に有している。このままそそくさと受け取って自分のストレージに納めるには、罪悪感が重過ぎた。


「燐ちゃん、貰わないの?」
「そうですよ、頂かなくて良いんですか?」
「いや、アレだ。クーネ達だっているからな……話し合いくらいはしても良いんじゃないか?」


 差し出されるスーツケースの取っ手に宿る魔力に抗いつつ、それを受け取らない俺に疑問符を浮かべるヒヨリとティルネルに返答しながら、それとなく取得者を選定するように場を促す。


「私は軽金属装備だから、布系装備はビルドが逸れちゃうかも知れないわね……ごめんなさい」
「うーん、マフィアのオジサンのチョイスだとフォーマルなイメージ? ボクはパスかなー」
「アタイは自分で作れるから必要ないよ。そもそも高級品ってのはどうにも肌に合わないのさ」
「………あの、私……(タンク)なんで………その、えっと………ごめんなさい!」


 しかし、譲り合いとしても惨憺たる酷評が飛び交い、コルネリオの表情に暗い影が落ちた気がした。
 相当なレアアイテムにも係わらず、この不人気については彼女達なりの理由があってのことなので責められないが、しかして厚意を無下にされる光景を目の当たりにされては、とても居た堪れなく思えてしまう。


「………盛大にフラれたようだ」


 視線を机の天板に落とし、盛大な溜息を一つ零す。
 側近はボスの心痛にさえ見向きもせずに沈黙を以て横に立ち、もう一人は無言のままにスーツケースを差し出してくる。誰もコルネリオを労わらないまま時間が過ぎ去るのかと思いきや、ヒヨリが発言する。


「そう言えば、燐ちゃんってずっと同じ鎧だよね?」
「え、ずっと……って、いつからなの?」


 投げかけたのは、俺でさえ気にも留めなかった疑問だ。いや、俺からしたら大した問題でもないから放置していただけなのだが、やはり女子とは細かな所に意識を向けられるものなのだろうか。
 そんな思いはよそに、ヒヨリはクーネに投げかけられた疑問にあっさりと答える。


「えっとね……はじまりの街で買ってからだから………」
「……つまり、初期装備みたいなものってことね」
「失敬な。このコートはそれなりに優秀だぞ」
「それ以外は初期装備だって言ってるの。………リン君の事だから、ヒヨリちゃんにだけ良い装備をあげてるんでしょう?」
「………そういえば、そうだな」


 指摘通りだ。コートを入手してからというもの、防具の更新はしていなかった。
 なまじベータテストの頃のデータが頭に残っていると、その感覚からくる目安に基づいて装備を妥協してしまう考えがあったとも思える。確かにヒヨリを優先して強化していたという背景こそあった。だが、それはあくまで自分を疎かにしていた理由には為り得ないだろう。ましてや技量でどうにかなってしまっていただけに優先度自体は限りなく低かったのかも知れない。


「前線を支えるんだから、自分を大事にしないとダメ。じゃないと、貴方はいつか大事な人を危険に晒すことになるわ………ヒヨリちゃんとティルネルさんを守りたいんでしょう?」
「………そう、だな。俺が貰い受けよう」


 不思議と、重みのある言葉には反駁の余地はない。むしろ後押しされた気さえしたことで、側近が差し出すスーツケースの取っ手を掴むとオブジェクトが輝いて霧散し、代わりに装備アイテムの名称の他にも、頭一つ飛び抜けた数値のボーナス経験値や取得コルが列記されたウインドウが現れる。コルや経験値は俺以外にも与えられたらしく、タダ働きが起こらなかっただけ安心できた。
 そしてウインドウを精査したところ、部位ごとの名称の差異はあれど、シリーズとしての統一銘は【villain】。《悪人》を意する名を冠した防具を贈られたことについては複雑な気分であるが、しかし性能という面で言えば文句の付け様がない。ましてやスタートラインで入手できる店売りとは比べるだけおこがましいというものだ。


「袖を通してみると良い」
「………じゃあ、遠慮なく」


 贈り主から言われたことも手伝い、やむなくその場で装備を更新する。
 安物の革鎧から、シンプルながらフォーマルなウェストコートタイプのベストとシャツにスラックスのセットに装備が一新される。やはり布系装備の特色であろう軽重量は身に付ければ文字通り肌で実感できるものだ。加えて防御力(DEF)に至っては店売りの革鎧を凌ぐのだから驚かされる。身体を捻ってみるが、始めから成形された鎧とは異なり違和感はない。布の柔軟性故に挙動を妨げないという利点は大きいだろう。


「ふむ、やはり渡して正解だったようだね。似合っている」
「ホントにしっくりくるな………」


 もしかしたら、この装備を継続して強化していけば、そのまま当分は一線級の働きをしてくれそうだ。未だ戦闘にて性能を確認していないとしても、ニオのように防御力を以て前線を維持するのではなく、機動力と手数で攻撃を相殺して隙を生じさせる俺のスタンスからすれば、この装備はまさに福音にも似た存在だ。


「燐ちゃん、すごいカッコイイよ!」
「ええ、なんだか風格があります!」
「………なんだか、本当にその道の人みたいな見た目よね」
「ちょっと威圧感がスゴイかなー……ボク的には、全然恐いとかじゃないけど……」
「まあ、アタイはアリだと思うけどね?」


 そして女性陣から浴びせられる総評は喜んで良いものか悩まされるが、そんなものは構ったところで栓無き事だ。装備とはあくまで自身を強化する為の存在。外見で選り好みして、いざというときに恩恵に与れなかった場合ほど後悔しきれない事はないだろう。無論、俺の言えたことではないが。


「さあ、仕事は済んだ。君達も戻るべき戦いの場があることだろうし、引き留めるのも心苦しいというものだ。共に戦えたことを、誇りに思うよ……では、息災に」


 すべては終えたと言わんばかりに、コルネリオは場を速やかに締めくくる。
 彼等と共にする時間は終えたのだ。当初のスタンス通り、彼は俺達を尊重してくれたし、俺達に譲歩もしてくれた。それは、今思えば貸し借りという相互間の利害勘定を発生させないための線引きだったのかも知れないとさえ思える。だからこそ、終わりは呆気ないのだろう。


「コルネリオさん、聞きたい事があるの」
「………どうしたのだね?」


 それでも一切の会話を受け付けないというわけではなく、ヒヨリの問いには僅かながらに反応するようだ。


「また、遊びに来てもいい?」


 質問を受け、僅かな逡巡が沈黙を齎す。
 そこはかとない刺々しさは、ともすれば拒絶の意思かと思わされるものの、しかしコルネリオは僅かに口角を上げて答えたのだ。


「……訪ねてきた友人を追い返すような真似はしないさ。それに、フォールンの情報を提供してくれた君達の友人にも礼が済んでいない。恩知らずにはさせないでくれよ?」


 返答を終え、それを聞いたヒヨリは嬉しそうな笑みを浮かべて、そして矢継ぎ早に再び声を弾ませた。


「コルネリオさん。私はね、ヒヨリっていうの! こっちのお姉さんがティルネルさんで、お洋服を貰ったのが燐ちゃんだよ!」



 唐突な自己紹介。しかし、出会った当初から現在に至るまで、俺達は確かにコルネリオを初めとしたマフィア一同には名乗ることはなかった。
 友人となる相手には自己紹介を。初対面の時にしそびれてタイミングが曖昧になってしまったが、如何なる理由であろうとそれを完遂することこそヒヨリの流儀なのだ。不思議とコルネリオは唖然とすることなく自然体で耳を傾ける。当惑する者がほとんどのヒヨリの勢いに押されないのは、このアインクラッドにおいては貴重な存在に思える。つられて自己紹介に便乗したクーネ達の名前まで聞き、コルネリオは静かに頷いた。


「皆の名は覚えた。今度は菓子でも用意しておくとしよう」
「またね!」
「ああ、また会おう。今日は戻って休むと良い」


 最後にヒヨリとコルネリオが挨拶を交わした後、皆が一様に外へと向かって出ていった。終わってしまえば呆気なかったように思えるものの、コルネリオであればアジトへいつでも迎え入れてくれるだろう。今は拠点へと戻ることが先決か。なぜならば夕刻も遅い時間だ。戻って休むには、プレイヤーという立場からすれば狩りや迷宮区攻略のピークとなる時分であろうが、大型クエストを終えた今とあっては疲労感が先行してしまうことだろう。クーネ達のスタンスも根源には《無理をしない》という大前提があるので、これから無理に圏外へ足を運ぶこともないだろう。モチベーションの継続には休息も必要不可欠なのだ。

 最後にコルネリオに一礼しつつ、女性陣の後を追って街路へと出る。
 明日はレベリングそのものを取り止めて一日休みとするクーネ達の意見に影響されてか、俺達も同様の方針を取ることとなった。休息は重要である。とくに、明日に攻略を強行しようものならばヒヨリから反感を買ってしまうことなど火を見るよりも明らかであろう。

 今日の日付は十二月二十三日。


――――明日は、この浮遊城で迎える初めてのクリスマス・イヴだ。 
 

 
後書き
第三章最終回。


さて、37話で確定した燐ちゃんのキャラデザはコートとフォーマルな服装です。

これからは基本的にこの服装ですね。前線で防御力度外視の高機動片手剣使いというのが燐ちゃんのスタンスですので、布系装備というものは優秀なファクターになるかも知れません。回避・攻撃相殺特化というピーキーなキャラになってしまったという事実は否めませんが。


この後は燐ちゃんがクリスマス・イヴに奮闘したり、アルゴとロービアンマフィアの晩餐会に招待されたり、新装備を引っ提げた主要メンバーズ参加のフロアボス攻略だったりと大忙しなのですが、そこはまた別の機会にでも取っておくとしましょう。あくまで隠しクエストがメインですので、次回からは別の章となります。
また、次章は時間軸も大きく離れてしまいますので、第二部としてお話を進めたいと思います。

……その前に、一応はオリキャラ枠であるマフィアの方々(主要メンバーのみ)の設定資料が手元にありますので、恒例のキャラ紹介コーナーにぶち込もうと思います。またしても誰得gdgd回ですね。



ではまたノシ 
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