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喧嘩

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1部分:第一章


第一章

                    喧嘩
 そのはじまりは本当に些細なものだった。
「何よ、そっちが悪いんでしょう!?」
「悪いのはそっちだろう!?」
 二人は教室で向かい合って言い争っていた。押したの押さなかっただの、そんなやり取りになっていた。
「あんたがあの時ああ言ったからこうなったんでしょう!?」
「そっちがあそこでああやったからだろう!?」
 そんなやり取りである。取り立ててあれこれ言うようなものではない。周りから見れば本当にいつものことだった。
「やれやれ、またあの二人なのね」
「飽きもせずまあ」
 そんな二人を呆れつつも温かい目で見つつ言うのだった。
「あれだけよくよくいつも喧嘩できるよ」
「何が楽しいのやら」
「まあ喧嘩する程っていうしね」
 そしてこんなことも言うのだった。
「またすぐに仲直りするさ」
「そうね。またね」
 皆そう思っていた。だからこそこの時は何もしなかった。ところが次の日。皆すぐにその異変に気付いたのだった。
「あれっ、あんただけ!?」
「そうよ」
 天道美奈は不機嫌な顔で皆の声に応えた。
「それがどうかしたの?」
「どうかしたのかって」
「ほら、あの」
「あいつは?」
 皆戸惑いながらも彼女に言う。
「ほら、山崎君」
「あいつは何処なんだよ」
「さあ」
 しかし美奈は不機嫌なままでいるだけだった。その小柄でショートにした髪が揺れる。それと共に大きなはっきりとした黒い目が不機嫌そうに閉じられる。よく見れば可愛い顔をしている。唇はとても小さく鼻だちもいい。実に女の子らしい顔をしていると言えた。
「何処かにいるでしょ。死んでるかも知れないけれど」
「死んでるかもって」
「これってまずいよな」
「ええ。確実にまずいわ」
 皆彼女の態度に不安に満ちた顔で言葉を交えさせる。
「この流れはね」
「洒落にならないぜ、おい」
「とりあえずはよ」
 クラスメイトは慌てて狼狽しながらもそれでも言い合う。
「あいつが来てからな」
「そうね、山崎君」
「あいつが来てからだよ」
 こう言い合ってとりあえずはもう一方を待つのだった。暫くして教室の後ろの扉から黒い髪をおさげにした背の高いすらりとした少年がやって来た。眉は思いきりしかんでいてこれまたはっきりとした大きな目もそれに合わせていてそのうえで教室の中に入ってきたのだった。
「よお、おはよう」
「おじゃようってよ」
「おはようよ」
 間違えた一人にすぐに突込みが入る。しかしこれで和らぐようなやわな雰囲気ではなかった。
「まあとにかくよ。こりゃ山崎君もね」
「同じだな」
「予想はしてたけれど」
 実はもう何人かはこの有様を予想していたのだった。
「それでも。困ったわね」
「両方かよ」
「いつもは朝になったらもう仲直りしてるのに」
「何でなの?」
 皆で困り果てた顔で言うしかなかった。
「まだ喧嘩が続いてるなんて」
「想定の範囲外よね」
「全くよ」
「で、どうする?」
 一人が憮然と美奈の横の席に座ったその少年山崎良美を見てまた言う。二人は一瞬目が合ったがすぐに顔を背け合う。右に左に完全に百八十度になってしまっている。
「あの二人がああだとよ。こっちも気が気でないぜ」
「いつも仲いいから余計にね」
「ああ、困る」
 結論はこれであった。クラスの誰かと誰かが仲が悪いとそれだけでクラスの雰囲気全体が悪くなってしまう。とりわけ普段は仲のいい者同士がそうなると余計になのだ。
「で、どうするかだけれど」
「誰か考えある?」
「って言われても」
 皆クラスの端に集まってそこでひそひそと話をする。普通に席に座っているのはその良美と美奈だけだが二人の首は相変わらずの角度であった。
「こんなことなかったから」
「ねえ」
「いつも朝になったら戻ってたからな」
 だから皆昨日は笑ってられたのだ。しかし今日は違っていた。
「とりあえず仲直りしてもらうか」
「そうね」
「それしかないわね」
 とりあえずはこれであった。
「何はともあれそうしてもらわないと」
「あの緊張状態がずっとなんてな」
「もう耐えられないんだけれど、今の時点で」
 二人の間には剣呑極まるオーラが発散されていた。それはクラス中に満ち今にも爆発しそうである。皆そのオーラを感じて震えているのである。
 
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