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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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ナイトオブハイウェイ

 
前書き
色々突っ込んでみました。 

 
ひとしきり泣き腫らして高町家の精神がある程度落ち着いた頃に、マキナはボソッと一言。

「腹減った……」

接客業を営む彼らにとって、客を必要以上に待たせるのは無礼千万。そこから始まる業績低下や信用喪失などを想像して冷や水を浴びたようにハッと冷静になった彼らは、慌てて業務に戻る。だが彼らの姿から普段以上に活気が湧いているのは、誰の目から見ても明らかであった。

「やっぱり夕方とかの余裕が出来る時間帯に来た方が良かった?」

「店商売してるんだから、高町家もその辺の割り切りは出来るものだと思ってた。結局自分達の世界に入っちゃったけど……」

「いやそこはしょうがねぇだろ。死に別れたはずの家族との再会なんだし、ああなるのも当然じゃんか」

「“報復案”を選んだ以上、マキナちゃんにとって私とお父さん達の再会はあくまで通過儀礼って事なんだね……」

そんなこんなで割と意図的にこんな状況を作り出したマキナ達は美由希にカエル料理―――はなのはに止められたので頼まず、普通の料理を注文して運ばれてきた食事をいただいた。なお、ジャンゴはイストラカンから帰る途中の一件でもう暴食しなくなっているため、今回も普通の量を食べた。

やがて昼食のラッシュも過ぎて店内が落ち着いた頃、ようやく簡単な話し合いの場が出来上がった。

「何から話せばいいのかわからないけど、まず先に……なのはにまた会わせてくれてありがとう。管理局から殉職と聞いていたのに、こうして生きた姿を見ているのはまるで夢を見てるみたいだ……」

「そりゃそうだろうね、向こうはそう信じ込ませるように情報を操ってきたんだし。私は参加してないから知らないけど、管理局の偽装葬式って親族にすら顔見せさせなかったんじゃないの?」

「実はそうなんだ……遺体の損傷が酷くてショックだろうからお見せできないと言いくるめられてしまって、そのまま管理世界の局員用共同墓地に丁重に葬ったと……」

「はぁ、ホント手の込んだやり口だ、反吐が出る。まぁ実際に助け出したのは、なのはを匿っていた病院の人達と、そして……こちらのジャンゴさんなんだけど」

「ジャンゴ……? そうか、君がサバタ君の弟である太陽の戦士なのか……」

双子という事もあってサバタと顔立ちはそっくりなジャンゴの姿をじっくり見て、士郎はかつて自分がヴァンパイアにされて家族に刃を向けてしまった時の事を思い出した。サバタの手で体内の暗黒物質を全て浄化してもらった事で、今は人間として生きているが、当時は闇に飲まれて悪夢を味わっていたのだから、その記憶が消えることは無いだろう。

「初めまして、ジャンゴ君。俺はなのはの父で、高町士郎という。こちらが俺の妻でなのはの母の桃子、兄の恭也、姉の美由希だ」

「桃子です。なのはを助けてくれて、本当にありがとうございます……!」

「恭也だ。おまえ達兄弟には何度も借りを作ってばかりだから、いつか恩返しでもしたい所だ」

「私が美由希だよ。困った事があったらいつでも言ってね」

高町家の皆に注目されながら自己紹介をされて、少し緊張しながらジャンゴも頷いて自己紹介をした。しかしジャンゴは内心、この家族……特に高町士郎に対して複雑な感情が湧きあがっていた。それは自分の家族が一人も生きていない事による悲哀か、それとも理想の家族の姿を見出した事による羨望か、はたまた自分の父親は苦悩の末に葬ったのに高町士郎は助かって家族と暮らせている事による嫉妬か、本人も気持ちが混乱してよくわかっていなかった。一つだけ確かなのは、目の前の家族が眩しく見える事だった。

おてんこ!

「少しいいだろうか?」

「うおっ!? な、なんだこの変なひまわりは!?」

「ひまわりじゃない! 私は太陽の使者、おてんこだっ!!」

「太陽の使者……? そうか、あなたがそうだったのか……」

念のため姿を隠していたおてんこが現れた時は当然彼らも驚いたが、アリスの件で太陽の使者の存在を耳にした事があるので、そこまで取り乱したりはしなかった。そもそも例外であるアリスが人型なので、そのまま流れでてっきりおてんこも人型だと勘違いしていたのが驚いた原因であった。

「高町士郎、私達はシャロンからサバタがこちらの世界で成した事をあらかた聞いてきた。その中でヴァンパイアとなっていたお前をパイルドライバーで浄化したが、奇跡的に人間として生還したという出来事があった。私にとって正直に言うと眉唾物だから、改めて本人の口から訊きたい。それは事実なのか?」

「……事実だ。俺は昔、用心棒みたいな仕事をやっていたのだが、迂闊にも敵から不意打ちされて致命傷を負った。それで家族の所へ帰らなきゃという思いで病院に向かったが結局無理で力尽き……次に気付いた時にはヴァンパイアになっていた。それからは自分が人ではない存在になった事は本能的に理解したが、自我を飲み込むほどの吸血衝動やラタトスクの洗脳術によって、俺の精神は全て封じられていた。だけど2年前、フェイトという子をかばったサバタ君の月光仔の血を吸った事で記憶が回復し、洗脳に抵抗できるようになったんだ。そして色々あって俺は最後にサバタ君の手でパイルドライバーに焼かれて……こうして人間に戻ることが出来た。多分、俺が戻れたのは本当に奇跡だったんだろう」

「なるほど……ああ、確かに奇跡だな。色々もどかしいぐらいに……」

「ところでこっちも気になってる事がある。吸血で記憶を取り戻した話をしていた際、サバタ君は『親父の場合もあった』と言っていたが、もしや……」

「今お前が想像している通りだ、高町士郎。サバタとジャンゴの父、リンゴもヴァンパイアとなっていた。そして影のイモータルに身体を乗っ取られながらもその支配に抗い続け……最後は彼の血と魂を受け継いだ息子たちによって浄化された」

「…………」

「そう、だったのか……自らの手で父親を……。という事はサバタ君やジャンゴ君にとって、俺が助かった事実は心情的にあまり受け入れがたいだろうな……。すまない……」

「ううん、あなたが謝らなくてもいい。お父さんの事は僕も納得してるし、あなたが助かった事を妬むなんて事はしたくない。それに……あのサバタが何も言わなかったんだ、なら僕も受け入れるよ」

「そうか……君は……いや、君達兄弟は本当に強いな。だが君達の事を知れば知る程、大人として悲しくなってくるよ」

士郎の言葉の意味を真に理解できたのは、この場ではおてんこのみだった。子供ばかりこんな目に遭っている、という事実が高町士郎に一人の親として無力感が湧く事を、ジャンゴやなのははまだ理解できなかった。

そんな風に暗い空気が流れる中、コーヒーを飲み終えたマキナがお代わりを求めた後、「そろそろ話を戻していい?」と尋ねた事で、この話題はここで打ち切られた。

「で、どこまで話したんだっけか……え~っと、そうそう。助かった経緯とかは後で説明するけど、とりあえず要点をざっくりまとめると……現在なのはの立場はかなり危険だ。管理局の“裏”から暗殺部隊を送り込まれるところからもそれはわかる」

「暗殺とはまた随分物騒な話だな……リンディさん達は信頼できると思って託したんだけど……“裏”に対応できない辺り、残念ながら見込み違いだったか。それで、要するに俺達はそいつらからなのはを守ればいいのかい?」

「それは“避難案”……つまりなのはが地球に帰って二度と次元世界に関わらないように生活するならば、の話だった。だけど彼女はそれを是としなかった」

「なんだと……?」

一瞬士郎から殺気を放たれて正面にいるマキナは背筋に冷たい汗が流れるが、彼以上の化け物とは2年前に戦った事があるため、すぐに落ち着くことが出来た。そこからヘリとマザーベースで話した事になのはの意思も付け加えた内容を、懇切丁寧に高町家に伝えた。

「管理局に与えられた偽りの名声を超えて真実となる。そうすれば“裏”に狙われる事も無くなり、友達も守れて一緒にいられる“報復案”か……」

「その綱渡りも同然の道を、なのはは選んだ。ちゃんと念押しして尋ねたら彼女はその覚悟も示し、その想いの強さを私は認めた。後は連中の動向に気を付けながら行動していく予定なんだけど、その前に家族に生きている姿を見せた方が良いと思って、先にここに連れてきたわけ。生還しておいて危険な道を進む以上、家族にも納得してもらわないとね……」

「こっちもそのつもりだ。ただマキナちゃん、君の配慮には感謝しているよ。君が道を示してくれなかったら、俺達はなのはと再会する事も出来なかったかもしれない」

「せめてなのはには家族をもう少し大事にしてもらいたい所だけど……今はちょっと難しいかな。あ、そうそう忘れる所だった。士郎さん達には心苦しいと思うけど、もしなのはの友人と会っても、なのはの生存の事はギリギリまで伏せておいてくれると助かる。相手が“裏”である以上、下手をすればなのはだけでなくその友人にも危険が及ぶから重々気を付けてほしい」

「了解した。裏社会の経験は俺の方が積んでるからね、そういう連中が本気で口封じしてくるとかなり厄介なのは理解してるよ。……さ~て、色々話が済んだところでそろそろ本題に入ろうか、なのは?」

「は、はい!?」

「これから久しぶりに、家族みんなで“オハナシ”しようか……?」

「わ、わかってたけど……地球に帰ると言われた時点でこうなるのわかってたけど! やっぱり怖いよぉ~!!」

士郎がオハナシと言った瞬間、恭也と美由希、桃子からもギラリと目が光っていた。オーバーワークによる過労も撃墜した原因の一つであると知った時から、高町家はなのはの状態に気付けず止められなかった事をずっと後悔していた。そして彼女の生存が判明したこの時、それが爆発したのだ。

「姉御……なのはがめっちゃくちゃ助けてほしそうな目で見てくるけど、放っておいて大丈夫なのか?」

「心配しなくても大丈夫だよ、アギト。単になのはが隠してた分のツケが今来ただけだし、一度みっちり話すのも大事っしょ。ま、このコーヒーでも楽しんで適当に待ってよう」

「コーヒーはちょっと苦過ぎるから、僕は出来ればジュースが良いな。トマト以外ので」

何気に子供舌なジャンゴに、おてんこは苦笑いした。干し肉などはともかく、基本的に太陽の果実という果物とか、チョコレートとか、ソーダ味やコーラ味のアイスバーとか、そういう甘いものばかり食べてきたから大人の味覚は全く経験してないなぁ、と太陽の戦士として戦ってきた事の意外な弊害を見つけたおてんこは遠い目をする。

「(別に自炊や料理が出来ないという訳ではないし、味の好き嫌いはあっても何でも食べられるから特に問題は無いがな……)」

その後、マキナはコーヒー、アギトはミルク、ジャンゴはオレンジジュースを飲みながら、高町家のオハナシが終わるまでなぜか店内にあったインベーダーゲームで時間を潰すのだった。


うぉ~は~♪
ピッピッピッピッピピピピピピピピ……ピピピピッピッピッピ。


彼らの視界の向こうで繰り広げた高町家のオハナシという名の家族会議は、最終的に日が完全に暮れて閉店した頃にようやく終わった。しかしなのはがちゃんと意思を示して彼女の家族を渋々ながらも納得させた辺り、彼女の意思が固い事を改めて証明していたりする。

「せっかく来てくれたんだ。なのはも久しぶりに家に帰りたいだろうし、もう遅い時間帯だから皆さんも今夜はうちに泊まっていったらどうかな?」

「じゃあせっかくだし、御呼ばれさせてもらうよ。お世話になります」

ジャンゴが了承した事でマキナ達もその意向に従った。翠屋と高町家本宅は別の場所にあり、なのはは4ヵ月ぶりの実家を前にしんみりした表情を浮かべ……、

「ただいま」

「おかえりなさい」

静かに……暖かく迎え入れられた。一方でジャンゴはなのはの家を見上げて、世紀末世界の仲間達の事を思い浮かべる。

「……皆は大丈夫かな?」

「それって世紀末世界の?」

「うん。太陽樹の守護や結界があるとはいえ、イモータルに襲撃される可能性はゼロじゃないからどうしても心配になるんだ」

「私もあっちにシャロンがいると分かった以上、すぐにでも迎えに行きたい所だけど、こういうのは焦ってどうにかなるものじゃないしね。ま、気長にやろう」

「せめて僕達をこっちに連れてきたあの子に会えれば、帰る方法もわかると思うけど……どこにいるかわからないから望み薄かな」

「……?」

ちょっとした認識のすれ違いもありながら、二人も煌々と照らされる家の中へと入るのだった。

それから桃子の手による夕食が振る舞われて、母親の味というものを再び味わえたなのははその事に感謝するが、その隣でジャンゴとマキナは二度と感じられないと思っていた母親の温かさを料理から感じ、士郎と桃子が微笑ましく見守る中、複雑な気持ちのまま食した。

「ところでジャンゴ、君はどれぐらい強いんだ?」

「やっぱりそれ訊いちゃうんだ、恭ちゃん……」

「一剣士として、そしてサバタとも何度か剣を交えた仲として、どうしても気になってな……。それで、どうなんだ?」

「一応サン・ミゲルのウェポンマスター(シャイアン)より上ではあっても、基準がわからないからどうとも言えない。過去のサバタとの決闘では辛くも勝ちはしたけど、実力自体はほとんど同じだったから負けた所で何もおかしくなかった。多分、状況や相性があの時の勝敗を分けたんだと思う」

「ほう……?」

「もしサバタが生きていたとして今再び決闘をした場合、今度こそ彼が勝つかもしれない。意志の強さは正直に言って、サバタの方が強いと思ってるから」

シャロンから次元世界でサバタが成してきた事を聞いてから、ジャンゴはその事をより強く理解していた。どこにいてもサバタは常に一本芯が通った生き方をしている、と。それに同意して、なのはも言葉を繋げる。

「確かにサバタさんの意志はとてつもなく強いよね。命尽きる最後の瞬間まで、大事なもののために頑張ったんだもの。でも、消滅した後も何故か強くなってる感じがするのは気のせいかな?」

「サバタ様なら何でもアリ」

「その一言だけで全て納得しちゃうんだね、マキナちゃんは。何ていうか……その……とても凄い信頼感?」

「別に気を遣わなくても狂信的と直接言っていいよ、なのは。崇拝し過ぎなのは自覚してる。でもサバタ様への恩を常に意識してたら、いつの間にかこれが当たり前になってたのさ」

そう言ってマキナは誇らしげに笑い、サバタを崇拝している事に何の後悔もしていないのが見ているだけで伝わる程だった。

「へぇ~……何だかマキナちゃんの事が少しわかった気がする」

「ん? なのは、私の攻略でもする気? 言っとくけど同性の攻略はお勧めしないよ」

「違うってば!? 私ノーマルだよ!? ちゃんと普通に男の人が好きだよ!?」

「ふ~ん? で、お相手は?」

「ふぇっ!? お、お相手って、その……」

「なのは! まさかもう好きな男が出来たのか!? お父さんまだ認めないぞ!!」

「えぇ!? ちょっと待ってお父さん! 私何にも言ってな―――」

「なんだと!? どこの馬の骨とも知れない男になのははやらんぞ!」

「知らない内に妹に先を越された……」

「あらあら、なのはもやっと青春が来たのね~♪」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんもお母さんも、勝手に話を飛躍させないでよ!? そもそも相手いないから!」

「あ、なんだ、いないのか……。あはは、つい勘違いしてしまったよ」

今の光景を見てジャンゴは「親がこんな調子じゃ、一人も相手作れないんじゃないかなぁ……」と思った。そしてアギトは「なのはの奴、隙あらばいつもからかわれてるな……」と彼女の苦労を遠い目をしながら共感する。

「ところで士郎さんがなのはの相手に求める条件って、結局どうなってるのさ?」

「条件? そんなの魔法とかそういうの無しで俺や恭也に勝てるか、最低でも匹敵する実力があってようやく認められるぐらいだな」

「魔法無しで御神流師範代に勝てるレベルの実力者なんて、サバタ様を除いたらせいぜいうちの会社のCEOか、最近出てきた筋肉の凄い上院議員候補ぐらいしか思いつかないよ。…………ん? 今気づいたんだけどその理論で行くと、なのはの相手はガチムチじゃないと認めない系?」

ふとマキナはアメフトでもやってそうな筋肉質の大男がなのはの隣に立っているイメージを思い浮かべる。高町家も士郎が言った条件を吟味して、同じようなイメージを思い浮かべたのだが……少しすると全員そろって首を横に振った。

「なのははまともな人とお付き合いをしたいです。想像するだけでも、こんな相手は嫌だよ……」

「自分で条件を言っておいて何だが……これは“無い”な……」

「アンバランス過ぎる……いくら強くてもこれでは、なのはが可哀想だ……」

「ガチムチかぁ……適度なら私は大丈夫な方だけど、なのはにそっちは厳しいよね……」

「あら、士郎さんも昔はかなり筋肉ムキムキでしたよ? 今は老練の強者って感じで、私はとても頼もしく思っていますよ」

とにかく多少の好みの違いはあれど、なのはにガチムチは似合わないと高町家は本能的に理解した。というか本人が嫌がっているので、当然ながら選択肢から除外された。

「まあ……あれだ。ちゃんと養える収入があって程々に強く、困難にくじけない根性があって、なのはをしっかり愛して幸せに出来る男なら、父親として認める事にするよ」

「普通にまともな条件になったね。まぁ私達がどうこう言った所で、結局決めるのは本人だし」

「それがわかってるなら、なんで話をあそこまで盛り上げちゃったの……?」

「盛り上げたのは私だけじゃないでしょ。そもそも高町家のノリが妙に良いのが原因だと思う」

「いや、あれはノリって気がしないんだけど……?」

「むしろ高町家の素じゃねぇの……?」

多分わからないと思うので、面倒になったジャンゴとアギトは考えない事にした。そして部屋を宛がわれた彼らは静かな眠りに着き、この日の夜は更けていくのだった。







新暦67年9月16日、2時14分。

街灯以外、全ての明かりが消えた深夜の海鳴市。そこに突如、二つの影が降り立った。

「こんなところにいたか」

「見つけたよ……」

「眠り姫の覚醒」

「あの方の描く理想郷……」

「それを叶えるためにも」

「あなたの命、貰い受ける……」

謎の会話の直後、移動を開始した二つの影は闇夜に隠れながら、ある場所へと向かう。影の向かう先にあるのは……高町家。






新暦67年9月16日、2時17分。

皆が寝静まる高町家。なのはは2階の自分の部屋で就寝し、ジャンゴ達は1階の客室で横になっていた。時間帯もあって外では自動車の走る音も聞こえず、小さな呼吸音のみが規則正しく家の中で響いている。

そんな何の物音もしない家の2階の……まだ夏という事もあって夜も蒸し暑く、網戸を張って開けたまま涼しい風を通している窓の縁に、ポトリと何かが落ちてくる。月の光に照らされて見えるソレは、黒々とした艶のある表皮から無数の足が伸びている生理的嫌悪感を抱く虫らしきもの、しかも2匹だった。ポリプロピレンで作られた網戸は牙で容易く噛み千切られ、ソレは部屋の中へ静かに侵入……なのはの眠るベッドへ忍び寄る。

カサッ……カサッ……。

ソレは慎重に……しかし、確実に迫ってくる。目標にされているなのはは未だに眠りの中にいて、ソレに気付く様子は微塵もない。ソレはベッドの足、もしくは垂れ下がる布団のからよじ登り、彼女を起こさないようにゆっくり……ゆっくりと近づき……即死性の猛毒の詰まった牙を剥く。そしてそのまま、成すすべなく…………。

「ジャンゴッ!!!」

「ッ!!!!」

ギジュッ!!

太陽の光を放つ剣によって真っ二つに両断されるのだった。

突然ジャンゴがベッドに覆いかぶさるように勢いよく突撃して来た事で、流石のなのはも目を覚ますが、状況を全く把握できていなかった。するとジャンゴのすぐ後ろからおてんこが「無事か!?」と尋ねられた事で、混乱する頭の中でも何とか自分の身体に何もない事を確認して頷く。

「これは……暗黒物質で変異したムカデか? 姉御、一体どこのどいつがこんなものを……」

「静かに! この気配……何かいる――――ッ!!」

同じく部屋に入っていたマキナとアギトが、ジャンゴに斬られて絶命している虫を確認した後、何かに気付いてレックスを狙撃銃PSG1の形に展開、窓越しに遠くにいるナニカに向ける。

一方、狙撃銃を向けられた方はこの事態を見て、不気味にも頬を吊り上げていた。

「なるほど。流石は太陽の使者と戦士」

「男爵の暗殺ムカデに気付くなんて……」

「でも失敗は予測済みだ」

「でないと面白くないもの……」

影の一つが大きな筒状の何かを取り出し、狙いを高町家の2階に向ける。月の光で露わになった筒状の何かの外見は、かつて“蜜蜂(HoneyBee)”と呼ばれた兵器と非常に酷似していた。“蜜蜂”は当時から優れた命中精度、破壊能力を誇っていたが……こちらは現代改修を施されているため、その脅威となる性能も当然上昇している。しかもそれだけでなく射程距離も飛躍的に上がっている。闇の中で鈍く光を跳ね返す“蜜蜂”を持った影は、何の躊躇も無く引き金に手をかけ……撃った。

「ミサイル!?」

「そ、そんな……なんでそこまで!?」

突然のミサイル攻撃にジャンゴとなのはは驚き、対処する時間も逃げる時間も一切無い事に気付いてしまう。もしあのミサイルが着弾すれば、この家や住人はいとも簡単に吹っ飛ぶ。せっかく再会したものの、家族を自分のせいで巻き添えにしてしまったと後悔するなのはだが……咄嗟にジアゼパムを服用したマキナは冷静にミサイルをどうにかしようとしていた。

「(着弾する前に空中でミサイルを撃ち落とせば、爆発の被害はかろうじて無くせる……。チャンスは一瞬、撃てるのはたった一発のみ。……サバタ様、どうか……! ……………………………………………)ッ!!!」

BANG!!

マキナの狙撃銃から一発の銃弾が発射される。彼女達の命運を乗せた、たった一発の銃弾はジャイロ回転をしながら闇を突っ切る炎に一直線に伸びていき……!

カッ! ―――――ドォンッ!!!

ミサイルの燃料部に直撃、引火して真夜中の街の空に赤い閃光を発生させた。突然の爆発で周囲の住人は慌てて飛び起きるが、それよりもミサイルを狙撃銃で迎撃してみせた事にジャンゴ達、そして二つの影はあまりの驚きで目を丸くしていた。

「カウンタースナイプ!」

蜂蜜(狙撃)濃度(実力)は彼女の方が上のようね……」

「驚いたよ、闇の書の先代主の娘」

「ここまで腕を上げていたなんて……」

BANG! BANG!

「ッ! どうやら彼女にボクたちの位置がバレているようだ」

「眠り姫を起こすのはまたの機会にしましょう……」

そう言った二つの影……緑の髪の少年と紫の髪の少女は、自分達がいる倉庫の傍に停めてあった、それぞれ髪色と反対の色をした丸いフォルムのバイクに乗って夜の道路を走り去ろうとする。

一方……、

「ところがぎっちょん! そう簡単には逃がさんよ!!」

影の逃亡を遠くからスコープ越しで見ていたマキナは急ぎジャンゴに位置を伝えると、彼は咄嗟に2階の窓から跳躍、自分のバイクを路上に召喚して飛び乗る。そのまま慣れた手付きでエンジンをかけ、アクセル全開で追跡を開始した。

「ちょ、ジャンゴさん!?」

「お~流石サバタ様の弟、やる事がわかれば機敏に動くね。さて……と、なのははここにいて。私もちょっくら仕返しに行ってくる」

「待って、マキナちゃん! 私も一緒に……」

「駄目、なのははここを守るんだ。この襲撃を自分の責任だと思うなら、その尻拭いぐらい自分でしてみせて」

「でも……!」

「姉御はなのはが家族を失ったら元も子もない、って言ってるんだ。まあ任せとけ、ヤバくなったら姉御の首に縄くくり付けてでも逃げるさ」

その言葉を受けてもなのははもどかしさを感じており、完全に納得はしていなかった。だが時間も無い事でアギトはひとまず彼女に背を向け、ジャンゴと同様に2階から飛び降りてバイクを動かす準備をしていたマキナの下へ飛翔する。部屋に家族が慌てて駆け込む隣でなのはが窓から見守る中、マキナはそのままアギトとユニゾン、ジャンゴの跡を追いかけるようにバイクを走らせた。

そして先に影の二人組を追いかけたジャンゴは、おてんこの気配探知を頼りに追跡を続ける。ユーリの改造によってかなり乗り回しやすくなったため、全速力かつ最短距離で目標へ向かう事が出来ていた。そして二人組が料金所ごと突破した高速道路に彼も入り、トンネルの入り口に差し掛かった所で二人のすぐ後ろに着く。

「追い付いた!」

「このダークマターの濃度、やはり連中はイモータルか!」

「おや、追い付かれてしまったよ」

「いいわ、少しだけ遊んであげる……」

「おまえ達の目的はなんだ!? なぜなのはを襲撃してきた!?」

「彼女はあの方の悲願を果たすために必要なんでね」

「確保さえできるなら生死は問わないの……」

「?」

「質問はここまでだ。我らはポー子爵、兄のエドガー」

「妹のヴァージニア。お手並み拝見といかせてもらうよ……」

「来るぞ、ジャンゴ!!」

直後、一瞬だけブレーキをかけたエドガーはジャンゴの横に並んで強引にバイクをぶつけ、壁に挟んで叩き付ける。その勢いを利用して振り下ろしてきた紫色の西洋剣を、ジャンゴは咄嗟に右手に展開したブレードオブソルで受け止め鍔迫り合いになる。このままでは自分もバイクも持たないと判断したジャンゴは、アギトの指導のおかげで扱えるようになった魔力操縦でバイクを安定させ、エドガーのバイク後部を強引に蹴る。いきなり不安定になったエドガーは立て直しが間に合わず反対車線の壁に激突、スピンしてかなり後れを取った。

しかしヴァージニアは何もしていない訳ではなく、緑色のライフル二丁でジャンゴに向けて射撃してくる。即座にジャンゴはバイクの座席に足をかけ、魔力のコーティングを施した剣で防御、左手に構えた太陽銃フーパーから出る輪の弾丸で反撃する。フレームがフーパーなのは、この速度では攻撃力より攻撃範囲を重視した方が良いと判断したためだ。威力はそこまで高くないとはいえ、迂闊に攻撃を受けるのは愚策と考えたヴァージニアは回避を優先、ドリフトで大きく回り込むように避ける。しかし速度を落とした事で接近を許してしまい、ジャンゴの持つソル属性の剣が彼女に迫る。だがそれも想定済みだったヴァージニアは片方のライフルで剣の軌道を逸らし、更にもう片方のライフルで銃撃してきた。

「ッ!」

慌ててブレーキで速度を落とした事で、銃弾はジャンゴの頬をかすめるだけに留まる。しかし回避のためとはいえ速度を落としたせいで、後ろに離されていたエドガーも一気に接近。咄嗟にドリフトし、エドガーと剣による攻防を繰り返す。だが一瞬だけ離れたらそのタイミングでヴァージニアの銃撃が来るため、ジャンゴは有効な一手を打てずにいた。

「そろそろ退場願おうか」

「悪く思わないでね……」

両方から巧みなコンビネーションで迫られて挟み撃ちの状況に追い込まれたジャンゴは、とにかく片方をどかして状況の打破をしようと、エドガーに太陽銃を撃とうとする。が、寸前にヴァージニアの銃撃がジャンゴの左手と太陽銃にヒット、その威力で左手をやられた上に太陽銃を手放した直後、エドガーの斬撃が追い討ちをかけるが如く太陽銃に直撃……大きく損傷しながら夜のハイウェイに落としてしまう。

「くっ……太陽銃が!」

「これで終わりだよ!」

太陽銃を失った事でソードしか武器が残っていないジャンゴは、エドガーの剣を何とか寸での所で防ぐものの、背後のヴァージニアの銃撃に対応する術が無くなってしまった。まるでハイスピードカメラの様に周囲の時間がゆっくりとなる感覚の中、左手の痛みなどで冷や汗を流しながらジャンゴはこの絶体絶命の状況をどうにかしないといけないと思いつつも、明確な答えが見つからないまま……彼女の右手にあるライフルの銃口が彼の心臓に向けられてしまう。

「さようなら、太陽の戦士……」

BANG!

「――――っ!?」

「あれ……撃たれてない?」

「遊び過ぎたか、彼女も追い付いてきてしまった」

今の銃撃でヴァージニアはライフルを持っていた右手を撃たれ、ジャンゴは攻撃が来なかった事につい驚き、そしてエドガーは増援の存在に苦々しい表情を浮かべる。右手を押さえて後ろを向いたヴァージニア達は、ヘッドライトを光らせて猛スピードで迫る黒いバイクを視認した。

「落し物配達に来ましたぜ、ジャンゴさん!」

「見つけて拾ったのアタシだし、そのせいかなんかめっちゃボロボロになってるけどな!」

「マキナ……! アギト……!」

「これ以上の戦闘はボク達でも危険だ、撤退するよジニー!」

「ええ、エディ!」

引き際を見極めたポー子爵はバイクから煙幕を発射、ジャンゴ達を一気に引き離そうとブーストをかけて突っ走る。なお、左手をやられたジャンゴは右手で怪我の部分を押さえているのでバイクの速度が緩慢になっており、彼の状態に気づいたマキナはジャンゴのバイクと速度を合わせる。そのためポー兄弟は煙幕の向こうに消えてしまい、もう追い付けないと判断したジャンゴとマキナは一旦路肩にバイクを停める事にした。

「あ~あ、逃げられちゃった」

「しょうがねぇよ。ジャンゴの左手もそうだけど、太陽銃はこんな状態だし……」

アギトがジャンゴに見えるように、先程彼が落としてしまった太陽銃を抱える。だが太陽銃は全体的にヒビが入っており、今のままではまともに使う事すら出来そうになかった。おてんこはその太陽銃の有り様を見て、悩まし気に唸る。

「う~む、損傷し過ぎてこのままでは使えそうにないな」

「まさかまた太陽銃を失う事になるなんてね……あ、痛っ!」

「はいはい、治療中は大人しくしてね~っと。今は太陽銃よりジャンゴさん自身の事を優先してもらえない?」

「わ、わかった……。またマキナに助けられたね、ありがとう」

「どういたしまして」

彼の感謝を受けたマキナは、とりあえず落ち着いたら安全な場所まで移動する事を提案し、ジャンゴもそれを了承した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月16日、2時58分。

ある高速道路のトンネルの出口付近にて。

「ねぇ、すずか。これ……本当に効くの?」

「月村の技術を結集したし、大丈夫だよアリサちゃん」

「というか、あんたが大部分を作ったんでしょ?」

「まぁ、威力はとにかく派手にしたよ? 試した事は無いけど」

「いや、そこは試してよ。なんか不安になるじゃない」

「確かにピーター・スティルマンって人の教本を参考にしてるから、どちらかと言えば建造物の爆破解体に向いちゃってるかもしれない。でも……」

「でも?」

「私達の親友にミサイル撃っといて手加減してあげる必要はないよね?」

「そこは確かに同感だわ。じゃあ……景気よく行きましょうか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月16日、2時59分。

「何とか逃げ切れたようだ」

「そうみたい……」

「太陽の戦士だけならともかく」

「闇の書の先代主の娘まで来られたら……」

「流石に苦戦は必至だろうね」

「一人ずつなら何も問題ないのに……」

「今回は彼らの実力がわかっただけで良しとしよう」

「目的を果たす前にやられたら駄目だものね……」

先程の戦いを思い返して苦渋の表情を浮かべるポー子爵。そんな二人がトンネルの出口に差し掛かると、目の前に何か奇妙な物体が置かれている事に気付く。円筒状の物体をいくつも繋げた一抱えもある何か……それに付けられていたタイマーの表示は次のようになっていた。

『00:00:02』

「ねぇジニー」

「なに、エディ」

「嫌な予感って、ヴァンパイアも感じるんだね」

「ワタシも同じ事を思ってたわ……」

『00:00:00』

刹那、周囲が閃光に包まれて大爆発が起きた。

 
 

 
後書き
ポー子爵:ボクタイDSより。原作では丸い棺桶スーツで体当たりや、パンチかキックの連打で攻撃してきますが、この小説では戦闘法がかなり異なります。
HoneyBee:MGSVTPPより、蜜蜂はどこで眠る、で回収するミサイル兵器。なお、このミッションで初めてサヘラントロプスが砂嵐に紛れて登場しています。
太陽銃の故障:ゾクタイ序盤では奪われますが、今回は攻撃を受けて故障という事にしました。
スティルマン:MGS2プラント編 爆弾解体の教官。一応重要人物なのに、以降の作品で名前も出番も全くない人。

結構訓練してきてるのでマキナは何気に強いですよ。あとバイク戦は本当ならエピソード1でもやりたかったのですが、ちょっと機会が作れなかったのでエピソード2に盛り込みました。ラストの爆弾はなんか流れで入れたくなって、こうなりました。
 
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