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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  35話 陰と闇の狂騒曲

 アドルフォが息を切らしながら市場から戻り、原料となる薬草――――厳密には、定められた種類の薬草でなければ材料になりえないのだが、奇跡的に買い間違いはなかった――――が納入され、ブルーノとロレッキオの側近両名が気を遣って用意してくれた机に調剤器具を設置。急遽開始されたポーション作成はまさしく鉄火場の様相を呈した。
 相手の兵力も定かではない以上、各人が余分にストックを持たせておかなくては急場の対処が困難となる。そうなれば、ティルネルの作業量も必然的に多大なものとなるだろう。解痺ポーションと解毒ポーションを四つ、エルフ秘伝の調剤スキルで作成される薬品において、下級ポーションに該当する《妖精の朝露》が五本。つまり、コルネリオを含むマフィア構成員一人につき十三本もの調剤をせねばならず、時折助けを求めるような視線を向けられながらも手助けの出来ない無力感に苛まれること一時間弱。ガラス瓶に詰められた、澄んだ緑や黄や赤の液体が人数分用意される運びとなった。

 余談だが、ティルネル曰く、薬師が作成したポーションを注ぐ瓶には無事に傷や病を癒せるようにと、一瓶ごとに祈りが込められているのだとか。

 一仕事終え、どこか晴れやかな表情の薬師のお姉さんからその話を聞けた《瓶の逸話》は貴重な向学の糧となろうが、その後ろで大多数のマフィア達がポーションを小瓶からスキットルやウイスキーボトルといった自前の携行用の酒器に注ぎ替えて種類ごとに纏めては、瓶を水路に沈めている光景だけは見せたくなかった。マフィアの暴挙を視界に納めてしまったティルネルに彼らなりのアイテム整理だとか、手持ち圧縮だとか、思いつく範囲での言い訳で事なきを得たが、本当にヒヤヒヤさせられる瞬間だった。
 ………涙目になりながら頬を膨らましている表情は、本当に年長者なのかと疑ってしまうようなものだったが、心情を察するより他あるまい。

 ともあれ、全員にポーションも行き渡り、懸念していた状態異常への対応はティルネルの機嫌を代償に達成された。その後マフィア達は六人一組の小隊(パーティ)を構成し、俺達を枠に納める形で大隊(レイド)を構築。こうしてティルネルとプレイヤーを含めたマフィアPTと、相も変わらず特別枠に収まるコルネリオによる変則レイドが完成したのである。総勢五十名、フルレイドを上回る人的資源は圧巻の一言に尽きる。


「では、我々は水運ギルドの大型船に搭乗する。君達は先日渡した《絹》を隠れ蓑に後方から随伴してもらいたい。可能な限り君達の姿をフォールンに見せたくはないから、船が停泊するまでは隠密を継続しておいてくれると助かる」
「分かった」


 相手が警戒しない外装でカモフラージュし、本拠地に総戦力を雪崩れ込ませる奇襲作戦。
 事実として、警戒心の薄い敵陣には極めて有効に働くだろうが、警備体制に変化がないとも限らない。コルネリオに油断は無縁な存在にも思えるが、その采配が吉と出るか凶と出るかは俺でも判断が付かない。運に委ねるとしよう。


「それと、フォールンは船を大量に造っているのだったね。彼等は何を狙っているか、君達は何か知っているかい?」
「現状は未だ船材という形でしょうけれど、その船はカレス・オーへと引き渡され、リュースラの拠点を攻め込むために使われるでしょう。その混乱に乗じて、フォールンエルフは《秘鍵》を………自らの目的を果たすつもりなのです」


 それについて返答をしようとするも、ティルネルが先んじて答える。
 コルネリオに自分の仲間の危機を直に伝えるタイミングなど、今の一瞬を除けば巡っては来なかっただろう。コルネリオは手で口許を覆い、思案に耽るように視線を落とすこと数秒。一つ頷いて答えを導き出した。


「………なるほど、話が見えてきた。二つの勢力に関しては干渉するつもりはないが、我々を虚仮にしておいて思い通りに事が運ぼうなどとは、全く思い上がったものだよ。ついでに伸びきった鼻も圧し折ってやるとしよう」
「………えっと、つまり………?」
「次の演目までのお楽しみだ。退屈はさせないとだけ言っておこうか」


 コルネリオが劇や演目といったような例えを使うときは、血腥(ちなまぐさ)いオチが付き物のようにしか思えないのだが、それでもティルネルの懸念には協力的に動いてくれそうだ。彼は友人という存在を大切にする。その認識だけは誤りではないだろう。だからこそ、任せていいと心から思えた。

 そんな頼もしいボスも大型ゴンドラに乗り、木箱で作った壁と布の屋根という簡素なカモフラージュに身を隠す。水運ギルドの船頭が船を漕ぎ出すのを確認し、俺達もまた指示通りに《絹》を被って後方から随伴することとする。昨日の追跡のようにゴンドラを連結させていないこともあって、操舵は極めて容易だ。ともすれば先行する大型ゴンドラを追い抜かしてしまいそうになるものの、制動しつつ堪え、努めて低速を維持しながら航行する。

 やがて大型ゴンドラはロービアを南門から抜け、レクステリウムを交戦した森を通り過ぎる。徐々に目的地に迫る景色の流れは、透き通った絹から確認できる。猶予が刻一刻と過ぎ去ってゆく様を否応無しに思い知らされるが、溜息一つで事態が好転することなど在り得ない。ありのままを受け入れるしかないのであろう。ダンジョンの入口である滝も迫ってきたことで、募る焦燥感も返って気にならなくなってしまう。あくまでも、俺の主観であるが。


「あの滝をくぐった先がフォールンエルフの本拠地だ」
「………あの、リンさん………やっぱり………」


 対して、ティルネルは滝が迫るにつれて不安の色をより強めてゆく。
 自分の姉の運命を他者に委ねることに対する不安も、そんな状況を容認せざるを得ない不甲斐無さも、当人にしか知り得ない心痛だ。俺にその一端を計り知る方法はないだろうが、ただ任せきりにしたとは、俺は思わない。


「やるだけのことはやったんだ。少なくとも、何もしないよりかは悪くならないだろう」
「そんな、無責任な………」
「無責任じゃない。フォールンエルフの戦闘時の行動パターンを手に入れて、状態異常に対する対策も用意した。加えて奇襲だ。何も準備していない相手方と比べれば、その差は比べるべくもないと思うがな。………ほら、もうダンジョンに入るぞ」


 覚悟の決まらないティルネルに喝を入れるが如く、絹越しに瀑布がしとどに打ち付ける。重量を頭や肩に受けつつ、絹の表面を流れていく水は川面に落ちる。生じた水たまりもヒヨリが下から押し上げて零し、洞の中に巡らされた水路を進むと、記憶に新しい半円の船着き場に到着する。陸地に立つフォールンエルフの見張りがざわめきつつも先行するゴンドラを桟橋に誘導した。しかし、接岸をさせる事はなく、周囲のエルフとは装備の意匠を画するフォールンエルフの小隊長が歩み出る。


「人族よ、何故此処を訪れた。取引は先日終わったはずだが?」
「へい……ですが……」


 腰に提げた曲刀(サーベル)に手を掛けつつ訝しむリーダー格に、船頭はまごつきながらも言葉を探る。木箱と帆布で拵えたテント、船頭から見て間近に佇むのは《朔》を肩に掛けて腰を下ろすコルネリオである。剣客もかくやとばかりに堂に入った待機姿勢はさることながら、一言でも損じれば船の乗員が減ることなど想像に難くない。ましてや船頭は、その渦中にいるのだから、声が怯えていることに誰が責められようか。
 しかし、言葉に詰まってしまった船頭はいよいよ視線が泳ぎ出してしまい、フォールンエルフはその警戒をより一層強める。この状況に満を持して、コルネリオは《朔》の(こじり)で船頭の爪先を突いて何かを伝えると、船頭は顔を青く染めながらもようやく口を開いた。


「じ、実は……こちらに納品が遅れた木箱が残っておりやして………今からでも届けて来いって上からの命令でして………」
「検品は済ませた。数に相違はないと、貴様も確認しただろう」
「うぐ、だから、上からでして……」
「………今から二分以内に接岸し、両手を頭の後ろに組んで桟橋に降りろ。事の真偽は、荷を確認した後に問うとしよう。指示に従わない場合は敵対勢力を見做し、攻撃する」


 いよいよ桟橋に待機する小隊長格であろうフォールンエルフが剣を抜き、彼を取り巻くエルフが矢を弓に番えた。弓兵は三名。如何に操舵に優れた船頭とはいえ、エルフの狙撃を掻い潜って水没ダンジョンを脱することは至難の業であろう。いや、この船着き場の中でサボテンかハリネズミのようにされるのが関の山だろうか。渦中の船頭も、自分に逃走が叶うだけの業を持ち合わせていないことを悟っているようで、泣く泣く命令に従ってゴンドラを停泊させる。
 聞くに忍びない船頭の嗚咽が水音に混じって聞こえるものの、まだ動き出すには早い。今にも飛び出しそうになるヒヨリの襟首を掴んで拘束しながら成り行きを見守っていると、事態は速やかに動きだした。

 船から降りた船頭を三人の部下に任せた小隊長は桟橋を進み、ゴンドラの甲板に飛び乗って、積載された荷を確認せんとした。当然、不自然に中央部分が口を開けた異質な空間を探ろうと覗き込むが、しかしその仔細を認識できたかは不明である。
 フォールンが空洞を覗き込むと同時、篝火が僅かに見せた漆黒の残像を認識できなければ、俺も何が起こったかはついぞ判然としないままだったかも知れない。しかしそれは、コルネリオが放った一閃であったと認識するに余りある鮮烈さを持っていた。
 そして無音の刃は、接近していたフォールンエルフの小隊長の頸を、恐ろしいほど鮮やかに捉えていたのだ。
 僅かにぐらついた小隊長の身体を、何の感慨も感じさせないほど単調な動作で脇へ押し退け、船から追い落とす。水面を割って沈んでいった彼は、跡形もなく消え去って浮上してくる様子はない。僅かに水中から漏れた青い輝きが、彼の最後の主張だったのかも知れない。
 しかし、自身の直属の上役が容易く害されても、船頭を包囲する弓兵はぼんやりと立ち尽くすのみだ。俺は篝火をスクリーンにしたことが幸いしてコルネリオの一撃を認識できたが、光源のない薄闇に鎖された視界においては、コルネリオの斬撃を認識することは困難極まる。あまつさえ小隊長の最期を大型ゴンドラに遮られて視認出来ないのであったならば、彼等に現状を把握する材料はあっただろうか。


「済まないが、彼を解放してやってくれないか。さもなくば………」


 小隊長を撃破して間もなく、コルネリオが桟橋に降りて弓兵に語り掛ける。しかし、その末尾まで言い終えるのを待たずして、弓兵は用心に番えていた矢を以て狙撃を敢行する。状況を認識せずとも《コルネリオが招かれざる客であった》ことは雑兵の彼等でさえ理解できたのだろう。ソードスキル――――《弓術》スキルは攻撃用のスキルなれど、やはり弓の技能であるそれへの表現には違和感を覚えるが――――特有のライトエフェクトのない通常攻撃である三本の矢がコルネリオに殺到する。咄嗟の判断と決断力から察するに、彼等は非常に優秀な兵士であったのだろう。
 ただし、その抵抗が有効に作用されるかは全く別の話であった。三本の矢のうち一本を《朔》で砕き、残りの二本は遥か後方の岩壁に衝突して小さな金属音を空しく打ち鳴らす。

――――回避された。

 その事実を認めて二撃目に繋げるべきと瞬時に判断した彼等は、それでも弓兵だったのだ。攻撃手段である射撃を行使するまでに踏まねばならない予備動作を、コルネリオが見逃してくれるわけなどなかった。
 左手に納刀された《朔》を握り、その驚異的なAGIで一歩目の踏み込みから最高速度に達したことにより、コルネリオは容易く斬撃を繰り出す。

 初撃、瞬く間に至近距離へと踏み込んだコルネリオに慄いた一人のフォールンを目敏(めざと)く狙い、そのガラ空きの胴を横薙ぎに両断する。

 弐撃、弓を引き絞ったエルフの腕に鞘を当てて射線を逸らしての誤射を後方のフォールンに()て、生じた隙に容赦なく踏み込んでは袈裟に斬り伏せる。

 参撃、誤射によって肩口を射抜かれたフォールンの最後の抵抗である短剣を胴ごと斬り飛ばし、それが一つの作業であったかのように、何の感傷も抱かせない冷淡な所作で漆黒の刀身は鞘に納められた。


「………さもなくば、少し痛い目を………まあ、言ったところで無駄か」


 青い残滓が宙に融けていくなかで、おどけるように肩を竦めつつもコルネリオは水路側に向けて手招きを見せた。
 上陸の指示を受け、大型ゴンドラの隣に自前のゴンドラを停泊させつつ、ゴンドラから降りることとする。


「ふむ、こうも敵意を剥き出しにされては、建設的な対話は望むべくもないというものか」
「………先に殺したのはアンタだぞ?」
「ならば、先に飛び道具を使ってきたのは彼等だ。彼等は加害者、我々は被害者。加えて彼等の横暴で損害も被った。よって、大義は我々にあるというものだ」


 凄まじく一方的かつ横暴な持論に聞こえてしまうが、否定できない内容だった。加えて、現状におけるコルネリオの利害観念はロービア全体に関わるものなので、腑に落ちない思いはしないでもないものの、表立って発言することは避けるとしよう。


「………それに話の通じる相手であれば、端役風情の独断でいきなり船頭を拘束するような真似はしないだろう。仮にも取引相手だったんだ。私であれば上に確認なりするが、それさえ無かったことを考えると、他者との接触を好ましく思っていないと判断することが最も自然なんだ。船頭を拘束する際の通告を聞く限りでは、どうも彼が無能であったとは思えないからね」
「つまり、造船の現場を誰かに知られたくなかったというのか?」
「順当に考えればそうなるだろう。彼等からしてみれば、我々の来訪はただ目障りなだけだったのかも知れないが、むしろこの状況は望ましい。相手の頭数を減らせた上に、しかもそれを悟られなかったのだから」


 コルネリオの言う通り、船着き場の哨戒任務に就いていた小隊の全滅については察知されていない。潜入という観点で評価すれば、それは理想的なスタートとも言えるだろう。


「君達から提出された報告書を基に判断するならば、奥へ向かう通路があるのだったね。そちらへ出向けば、話をつけられる相手への御目通りが叶うことだろう」


 それはつまり、ここのフォールンエルフを統括する存在ということになるのだが、ティルネルの情報を重ねて判断すれば、その統括者たる(なにがし)かが圧倒的な戦闘能力を有していることとなるだろう。仮にティルネルを含む他のエルフと同様に、その某かも上層から降りて来たというのであれば、逆説的に考察して《フォールンエルフはこの層以外にも存在する》と言えるだろう。これが肝入りの作戦という以上は、ここで彼等を阻止できなければ他の層から増員を集めてでも作戦を決行することだって考え得る。
 つまり、ティルネルの姉を救うには、何が何でも彼等をこの層からご退場願わねばならないということになるのだが、その困難は如何なるものか、想像に難い。

 そんな心配を余所に、船頭を大型ゴンドラの簡易テント内に隠れさせたコルネリオは最奥へ、木箱が山積みになっている倉庫へと部下を率いて歩み出した。数的な面ではこの上なく心強いのだが、やはり高レベルなモンスターがどこかに潜んでいると思うと穏やかではない。誰にも死んでほしくないというティルネルの願いはどこまで実現できるかは運によるところも大きいが、こればかりは成り行きに委ねるほかない。最悪はプレイヤーの撤退も視野に入れねばならず、その事はクーネ達も理解していることだろう。
 いろいろな事で覚悟を強いられながら、細い丁字路を警戒しつつ倉庫側へと淀みなく進行する。哨戒兵の乏しさは昨日の潜入と同様であるが、裏を返せば敵の懐に兵力が集中しているとも判断できる。恐らくはコルネリオもそれを認識してか、自陣の兵力の消耗を極力避けるような立ち回りが窺える。
 話が通じないと判断してか、その行動は完全に戦闘前提のものへと切り替わっているが、彼等のカラーカーソルを直に視認した俺でも判断はほぼ同様だ。ティルネルのように友好的Mobに転身するモンスター自体がそもそも希少なのだから。


「さて、ここが君達の報告書にて確認できる《敵陣の最奥》なのだが、あの扉はなんだろうか………気にならないかい?」
「まあ、忙しそうな音はしているな」


 そしていよいよ倉庫に到達する。木箱は既に運び出されてその姿はなく、代わりに広大な空間だけがぽっかりと拓かれている。
 倉庫の奥、大きな二枚扉からは槌のリズミカルで重層的なな音が響く。明らかに造船作業によるものであるし、確実に扉の向こう側に何者かがいる証左となろう。悪戯っぽい台詞とは裏腹に表情を鋭くしたコルネリオは腰のホルダーから再び《朔》を鞘ごと抜いて臨戦態勢を取ると、無言で一つ頷く。

――――あの奥へ行く、ということか。


「いよいよ、決着がつくか」
「まあ、そんなところだろうね。気楽に掛かるとしよう」


 第一層で見たボス部屋の二枚扉とは造りも大きさも隔たりがあるものの、実感する精神的なプレッシャーという意味では大差ないだろう。強いて異なる点を挙げるならば、レイドの大多数がNPCであるという点か。何れにせよ、この奥に敵がいることは変わりない。自分達の命を最優先に、戦うしか出来ない。

 コルネリオによって扉も開かれ、その奥に広がる空間が露になる。

 陸地と水面が切り分けられた広大な空間。ロモロ邸でも見られた造船に用いる資材や道具も散見されるそこは、このダンジョンにおける中枢である《造船区画》であった。
 木箱を材料にしたことで長方形に近いフォルムの(いかだ)じみた形状になってはいるが、それでも頑強な印象を受ける。そして、問題はその船の数であろう。七艘の筏の列が無数に連なる船団の威容は、そこに兵を満載した際の脅威を考慮すればヨフェル城の規模から鑑みて、雪崩れ込む兵力が勝ることは想像に難くない。放置すれば、この層に駐屯する黒エルフはもれなく鏖殺(おうさつ)されることだろう。
 そして、俺達が区画内の全貌を視認すると同時に、フォールンエルフもまた俺達を認識することとなる。本来ならば居る筈のない人族の大部隊を前に動揺しつつも抜き身の曲刀を構え、こちらを包囲するように布陣を整える。しかし、時代劇やハリウッド映画のように大挙して押し寄せるというものではなく、《三人二列の小隊》が一糸乱れることなく瞬時に構成されたのだ。その小隊も五隊の横並びが二列組まれ、統率された組織であることが窺える。

 ………そして、その大部隊の最奥からゆったりと現れたのは、革鎧ばかりのフォールンには珍しい金属と革の複合鎧を纏った長身痩躯の男だ。彼等のシンボルとも言える覆面は二本の角が生え、深紅のマントは明らかに周囲の兵隊とは一線を画する存在であると視覚的にも訴えてくる。外見でさえも厳しいそのフォールンエルフは、レベルを探ろうとした俺に更なる驚愕を齎すこととなる。


「………なんだ、あの色は?」
「黒いんだけど、気のせい………じゃないわよね?」


 クーネの希望的観測に肯定してやりたいところであるが、生憎と夢でも幻影でも蜃気楼でもない。
 そのレベル差に応じて色彩の濃淡を変え、敵としての脅威を報せるカラーカーソルは赤を通り越して既に黒い。血錆を思わせるカラーカーソルを持つ存在は、紛う事なき敵対者として眼前に存在しているのだ。
 
【N,ltzahh:Fallen Elven General】

 何と読むのかは判然としないまでも、将軍(General)の肩書が示す通りの高ステータスであることは最早議論するべくもない。ティルネルが度々恐れていた存在は、恐らく彼である事も間違いないだろう。


「……まさか、人族如きにこれほど踏み込まれようとはな」
「来客を望まないのであれば、玄関に鍵でも掛けることだ。番犬を飼ってみるのも妙案かも知れない」
「なるほど、洒落は嗜めるようだ。その胆力に免じて、忠告を心に刻んでおこう」
「私も君達のユーモアには驚愕を禁じ得ないと思っていたところだよ……ロービアの民の苦しみが、その対価が、こんな粗末な代物になろうとは………フォールンエルフというものは、中々に洒落の利いた種族のようだな」


 粗末な代物という言葉を耳にして、奥に控える巨躯のフォールンエルフが怒りを露にするも、舌戦を交える両雄には届かない。ただの会話に見えるそれにも、鋭い殺気が込められているように思えるのは俺だけだろうか。


「しかし、此処を見られてはこのまま生かして返すことも罷りならない」
「生憎、我々もシマを荒らされて大人しくしていては立場も無いのでね」


 一拍の間を置き、そして……


「……ここで死ね!」
「くたばりな……!」


 コルネリオの縮地からの斬撃を、将軍が凌ぐ。鋭くも澄み渡る剣戟の快音を皮切りに、両者のレイドが動き出し、そこかしこで乱戦が繰り広げられる。

 ……今ここに、人族とフォールンエルフの戦争が開戦されたのであった。 
 

 
後書き
ロービア抗争、序章回。


ティル姉が祈りを込めた瓶を平気で捨てちゃう系マフィアさんマジヤバス!
この行動、ただの嫌がらせかと思いきや《複数のアイテムを一つに纏めて取り回しを楽にする》といった効果を狙っての行為だったりします。小瓶数本を一本の水筒系アイテムに纏めれば、懐がかさばらなくて楽という発想でしょうか。実際にガラス瓶だと落とした拍子に割れてしまったり大変そうですものね。
余談ですが、ティル姉が調合したポーションの総数は本編に控えてこそいませんが、

{42(側近二名を含めたマフィアNPC)+1(コルネリオ)}×13(一人当たりに必要なポーションの総数)

となります。一時間弱で用意するには苦行としか言えないのですが、やってのけたティル姉はきっと有能な薬師なのでしょう。


さて、前々回に『コルネリオ無双はもうしない』と言いましたが、やっぱりマフィアのボスは動かしやすかった所為もあって、ちゃっかり小隊を瞬殺してしまっています。地味にメタル○アライジングみたいなアクションもこなせる《自由の利くキャラ》である為に《ダメ作者製造機》になりかけていますね。最後のセリフはキャラ崩壊ではなく、化けの皮が剥がれた結果です。人当たりも良くて仲間思いで渋くてイイ男なのですが、彼はマフィアです。
何気に敵陣最高戦力である【N,ltzahh:Fallen Elven General】(ノルツァー閣下)の対抗馬であるため、次回はめっきり出番が減るかも知れません。ハイレベル過ぎるボス同士の戦闘を取るか、主人公サイドのRvR(レイド戦)を取るか、優先順位的には言わずもがなですよね……

ということで、次回の更新が地味に不定期になってしまいます。可能な限り早めに更新したいところですが、それもどうなりますことやら……

断言するとしたら、失踪はしないということくらいでしょうかね!
とにかく、また次回お会いしましょう。



ではまたノシ 
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