| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

クラディールに憑依しました 外伝

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

舞台裏がありました

 某月某日、と言っても――――――数年後にSAOが稼動開始するある日の事だ。

 俺は結城明日奈の母方、つまり明日奈の爺さんと婆さんの葬祭関係に出席していた。

 関係者席に座る明日奈を確認したが、誰とも目を合わせ様ともせず、失礼の無い程度に俯いている。

 続け様の葬式はボロボロに泣いて酷い物だったが、今は多少マシな方だ、今回も顔を合わせてないし思い出される心配はなさそうだな。

 線香に火をつけてその場を後にすると、会いたくない人間の一人と出くわした。


「やあ、君も来てたのか、遠い所までご苦労だね」


 嫌味ったらしい口調で神経を逆なでしてくる変態メガネ野郎、須郷伸之。

 原作で明日奈の家族とは家族ぐるみでの付き合いがあると言っていたが、こんな所にまで出張ってくるなよ。


「遠いのは須郷さんも同じでしょう?」

「近い将来、身内になる関係者の行事だからね、結城の系列だ、それくらいの融通は効くよ」


 まだ中学生の明日奈をもう自分の嫁扱いですか。


「そうですか、こっちは今回で杉の買い付けが最後になりますからね、出張扱いですよ」


 明日奈の爺さんが所有していた杉並木を管理するのが目的だけどな。


「杉だけでなく、あの山の土地や家まで購入したそうじゃないか、あんなボロ屋なんて潰してしまえば良いじゃないか」

「田舎でゆっくり出来る場所が欲しくて、ビルと排気ガスに囲まれていると、どうもね」


 良く聞こえる耳を持っているな、いや、明日奈関連や結城の情報を細かくチェックしてるだけか。

 大事な金の生る木だもんな。


「僕はまたあんな家でも買い取って、明日奈君に対して粉をかけてるのかと思ったよ」

「まだ中学生でしょ? 流石にそれはちょっと…………失礼」


 嫌な視線を感じて顔を上げてみれば、須郷が俺を睨んでいた。

 ガチで睨むなよ、ド変態が。


「――――ところで、君に是非とも融資して欲しい話があるのだが、一枚噛んでみないかい? 悪い話じゃない」

「前から言っていたバーチャルリアリティへの研究費ですか? 結城の関係者としては充分出資してきた筈ですけど?」

「今回は僕への個人的な融資さ、短期間で確実なリターン間違い無し、乗ってみないかい?」


 レクトに個人的なフルダイブ研究部署を立ち上げるから資金を提供しろってか、

 こいつから見れば俺が結城の金を好き勝手出来るのが羨ましいのかもしれんな。

 いや、こいつ外面だけは完璧だからな、羨ましいのではなく、腹立たしいのかもしれん、それとも見下してるのか?


「具体的なメンバーは? ナーヴギアを開発したメンバーから引抜で?」

「まあ、そんなところさ、既に何人かは僕の下へ来る事になっている」


 あのナメクジ一号とナメクジ二号か、いや、『そんなところ』って、ぼかしてるからな、

 ナーヴギアの開発メンバーではなく、そこに近い人材ってところか、まあアイツ等だろうけど。


「それにしても君は察しが良くて助かる、結城のお偉方はどうも心配性でね、財布の紐が固くて参ってるんだ。

 僕と本格的に組まないかい? 絶対に損はさせないよ」

「とりあえず、研究内容を見てからって事で良いですか? フルダイブがこれからどの方向へ行くのか知っておきたいし」

「――――そうだね、今度メンバーを紹介しよう、それと君が気になっているナーヴギア開発室の見学も掛け合ってみるよ」

「…………では、そちらの予定が整ったら連絡をください」

「ああ、楽しみにしておいてくれたまえ」


 須郷は上機嫌で去って行った。

 ――――お前の目的はフルダイブシステムを使った人間の脳の解析と、記憶を好き勝手に改竄する事だもんな。

 そうなれば、記憶を改竄して世界中の大富豪から資金をいくらでも入手できる。

 いや、アルヴヘイム・オンラインの妖精王オベイロンだけではない、現実世界でも王になれるだろう。

 まあ、それもナーヴギアが順調に大量生産されて世界中に出回れば、の話だがな。




 数ヵ月後、俺は須郷に呼び出され、とある施設の片隅でパラパラとレポートを捲っていると見覚えのある名前が目に入った。


「――――神代凛子、か」

「知ってるのかい? 彼女の研究も素晴らしいが、僕の下でサポートに回って貰うつもりだよ」

「まあ、研究レポートを見るのは初めて――――フルダイブシステムを医療方面へ伸ばす心算なのか」

「病による肉体からの苦痛を脳に届くまでに遮断するのがメインでね、

 フルダイブシステムに少し改良を加える事で充分可能なのだが、臨床がネックになる」

「――――人を雇うにしても、病気の薬代や設備に莫大な資金が必要、か」

「そう、研究途中で被験体が死んでしまう可能性が充分考えられる、積み上げた資金も無駄になる。

 それどころか、遺族への対応で金が飛ぶだろう、そんな研究を続けさせるよりも彼女をどうにか諭して僕のサポートをさせたいんだ。

 僕の研究は彼女の理論から更に先を見たところにある――――彼女の優秀な力が僕には必要なんだ」


 お前、彼女のステータスだけを見て、自分の『装備』に相応しいとか考えてそうだもんな。

 明日奈を捕まえつつ、神代凛子を手に入れて現実でもやりたい放題か、良いご身分だな、おい。


「――――須郷さん、少しよろしいですか?」


 少し慌てた様子で須郷の研究仲間らしき男が現れた。


「失礼だろう、何があった?」

「いえ、――あの…………」


 相当言い難い話の様で、俺をチラリと一瞥した顔には『このまま須郷を連れ去っても良いか?』と書かれていた。

 俺が何も言わず、『どうぞ』と手を向けると、男は須郷に耳打ちをした。


「――――っ、クソ! こんな時に――――すまない、少し急ぎの用ができた、また近い内に打ち合わせをしよう」


 慌てて須郷が立ち去った。

 所々しか聞こえなかったが、海外のスポンサーがどうのとか言ってたな。

 ナーヴギアで人の精神や記憶を書き換える理論を元に金を集めてるだろうから、矛盾点とか重箱の隅をつつかれたんだろう。


「仕方ない、午後は丸々時間を空けちまったし、少しフラついて帰るか」


 昼飯を食い損ねたので小腹が空く、コンビニでも探して適当に抓むとしよう。

 そんな事を考えていると、少し良い匂いが鼻を掠めた――――レストランもあるのか此処?

 匂いを辿って暫く歩くと巨大なエントランスホールの片隅にカフェがあった。

 昼時だと言うのに二人しか客が居ない、研究員は食事時間も不規則なのかね?

 席に近付くと客のシルエットに見覚えがあることに気付いた。


「神代さん」

「――――伊織くん? どうして此処に?」

「時間があるなら相席しても構わないかな? 少し話して置きたい事もできたし」

「ええ、大丈夫よ」

「それじゃあ、飲み物を頼んできます」


 店員にコーヒーを注文して席へ戻った。


「ところでこちらの男性は?」

「――――紹介するわ、先輩の茅場晶彦さんよ、彼は――――」

「ああ、フルダイブシステムの発案者、そして研究員ですよね、説明会で何度か」

「…………私の方も覚えています。研究に莫大な投資をしていただけたそうで」

「いえいえ、今回もスポンサーになれって、さっきまで須郷に呼び出されてね、ウチの家系ってそれなりに金だけはあるし」

「伊織くんの家は京都でも有名どころでしょ?」

「本家の方は、ですけどね。俺が使える金なんて微々たる物ですよ。

 ――――それで、先ほど面白い資料を手に入れまして。須郷は課金制のゲームにするみたいですけど」


 須郷から貰った神代凛子の研究レポートをテーブルの上に広げる。


「――――これは私の研究!? 一体何処から!?」

「さっき須郷に貰いました、サポートにしたいから引き抜きたい人材だと言ってね」

「…………また勝手に…………申し訳ないけど彼のチームに入る予定は…………」

「別にそれは構いません、いくつかこの研究について聞きたい事があるんですが、少し時間もらえますか?」

「…………私に答えられる事なら」


 店員が注文したコーヒーを持ってきたので資料を片付けてテーブルのスペースを空ける。

 コーヒーカップとガムシロップ、レシートを置いて店員はカウンターに戻った。



「さて、お話の続きと行きましょうか、このシステムで体感時間の加速は可能ですか?」

「体感の加速?」

「そう、システム内で過ごした時間が、一瞬の出来事で、まるで夢を見ていた状態にする事は可能ですか?」

「流石にそれは不可能ね、システム側で時間を操作しても、利用者には周りの映像が倍速で流れるだけよ」

「それは利用者の脳が起きているからでは? 一度利用者の脳をスキャンしてシステム上で行動をさせた後、

 脳に夢と言う形で書き込む事は可能ですか?」

「――――残念ながらそれも不可能よ、脳をスキャンするにしても、

 現在の設備とシステムでは電子レンジで脳を焼き切る形になるわ」

「全く新しい設備ならどうですか? 今のナーヴギアだって前は冷蔵庫の大きさ、その前はもっと大きかったんでしょう?

 初めは巨大な施設から一歩も歩けない状態でも、システムを完成させてしまえば持ち歩き可能なレベルまで軽量化出来る筈だ」

「…………流石に、そこまで行くとそれぞれの研究分野からスペシャリストを呼び集めて、長年研究をしない事には…………。

 何より、そのシステムや施設を安全に運用できるか、情報も何もかも足りないわ」

「…………そうですか、それならその日が来るまで、個人的な投資と言う形で良いですか?」

「あの、何故そこまでフルダイブシステムに興味を?」

「…………まあ、個人的な理由なんですけどね」


 俺の携帯端末から画像を一枚表示して神代さんに見せる。

 画像は女の子二人とその両親の家族写真だ。


「――――この家族写真は? 良く似てるし双子の姉妹かしら?」

「その家族とは何の係わり合いも無いのですが――――母親が出産時の輸血から感染症になってしまって、

 気付いたのは家族全員に感染した後で、完治はしないまでも経過は良好でした――――最近までは」

「…………合併症が?」

「ええ、近い内に家族はクリーンルームに行く事になると思います」

「それがフルダイブシステムにこだわる理由ですか?」

「そんなところですね、この家族には影からバックアップする形で関わっているので、俺の事は知らないと思いますけど。

 まあ、フルダイブシステムでゲーム内の時間が加速可能になれば、

 肉体の苦痛から開放されて、家族で過ごす時間も増えるんじゃないかと、そんな事を、ね」

「…………今出来るのは肉体からの苦痛が脳に届かないようにする事だけなの、ごめんなさい」

「いえいえ、二十年先、三十年先にでも出来たら良いなって話ですよ、その為の投資をさせて欲しいのですが?」

「でも、まだ私の研究は形にもなってなくて、机上の空論なんですよ?」

「実現性は高いんでしょう? 他に医療方面でフルダイブ技術を伸ばそうって言う人も居なくてね。

 ――――此処で途絶えさせる研究ではないと思ってるし、少しでもお手伝いさせて貰えませんか?」

「…………今は他にやる事もあって、私自身の手が空かない状態なんです。

 他の人に研究を引き継いで開発を進めるにしても、何年先になるか…………」

「それでも構いませんよ、こちらも出来る限りの融通はさせて貰いますから」

「…………でも」

「――――良いじゃないか、彼もそれなりの覚悟があるんだろう? 何事も始める前から諦めては前には進めない」


 今まで成り行きを見守っていた茅場が口を開いた。


「…………理論上の見直しや、試作機の破棄、他にも莫大なお金を使う事になるんですよ?」

「被験者が亡くなった場合の遺族への見舞金も含めて、覚悟の上ですよ」

「……………………暫く考えさせて貰ってもよろしいですか?」

「――――ええ、連絡は何時でもどうぞ、連絡先は変わってませんから。

 いきなり話を持ちかけてしまって、すいませんでした」

「いえ、――――熱意は充分に伝わりました、伊織くんがこんな人だとは思っても見なかったわ」

「普段はのんびりやってますからね、フルダイブシステムへの投資も結城の家をこんな感じで廻って集めましたから。

 ワンプレイが高額にもかかわらず今じゃ全国のアミューズメントや海外にまで展開を伸ばし、長蛇の列。

 おかげで結城の家から動かせる金も大幅に増えましたよ。

 ――――しかし今回の家庭用フルダイブシステム、ナーヴギアとその後継機への投資を見送らせてもらいました。

 小型化して一般化させるよりも、次のステップを目指すべきだと」

「それが…………医療関係だと?」

「今は希望的観測でも、実現出来ないと決まった訳じゃない――――おっと、そろそろ時間なので、俺はこれで」


 残ったコーヒーを飲み干して席を立った。


 ――――後日談になるのだが、この後正式なOKの返事を貰い、

 資金援助方面から横浜の病院に話をつけて『メディキュボイド』の試作機を置く事になった。

 病院側に迷惑をかけないように電源には専用の小型原パッ――――げふんげふん。

 まぁ、院内に施設を二箇所ほど増設して、正、副、の電源も確保しておいたし、パワー不足になる事はないだろう。

 そして…………SAOのサービス開始はそこまで来ていた。
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧