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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二十九話 ヴァンフリート4=2 (その4)

「総司令部より連絡。敵機動部隊、ヴァンフリート4に侵入」
総司令部よりの連絡に艦橋内はざわめきたった。
「敵機動部隊との開戦までどのくらいありますか?」
「一時間です」

馬鹿な、短すぎる。
「敵機動部隊の規模を確認してください! 司令官閣下、全艦隊に発進準備命令を!」
「うむ。全艦隊、発進準備」

「エーリッヒ、どうした」
「どういうことです参謀長」
「私は開戦までの時間が三時間、最低でも二時間は有ると思っていた。それが一時間とは…少なすぎる…」
「?」

ヴァンフリート4はガス帯やその影響で通信波が通りにくい、索敵もしづらい、その影響が出たか……。
「我々が大気圏を出るまで最低でも一時間半、艦隊の陣形を整えながらなら二時間かかる。違うかい」
「いや、その通りだ」

それとも、総司令部からの連絡が遅れたか?
「今のままでは大気圏を出る前に敵の攻撃を受けてしまう。一方的に攻撃を受ける事になる」
「しかし、ミュッケンベルガー艦隊が…」
俺はミュラーの発言をさえぎった。

「ヴァンフリート4は大軍を動かすのには向いていない。それは敵味方双方に言えるんだ。私が敵の司令官なら、一個艦隊でミュッケンベルガー元帥を防ぎ、残りの一個艦隊で我々を攻撃する」
「!」

「時間が有ると思っていた。だから敵の機動部隊を発見してから行動しても大丈夫だと思っていた。油断した」
「敵機動部隊の規模を確認しました。一個艦隊、第五艦隊です」
「そうか。すぐ上空にでて第五艦隊の後背を突こう」

「敵基地の攻撃はどうする、中止するのか」
「それは駄目だ。補給基地が此処にある限り、敵は引かない。一刻も早く潰さねば」
「では、当初の予定通り三千隻を此処に残し、残り一万隻で上空の敵を攻撃するしかないな」
「第十二艦隊が来る前に第五艦隊の後背を突く」

「………間に合うか?」
「………」
沈黙が降りた。いままで圧倒的に有利な情勢にあると思っていたのだ。それが一瞬で地獄に落とされようとしている。

「偽電を使おう」
「偽電、一体何の事だエーリッヒ」
「”敵基地を攻略した、これより上空に出て敵の後背を突く” と平文で総司令部に連絡する」

「敵に傍受させる気か?」
「ああ、基地が攻略されたとなれば、敵も無理にヴァンフリート4=2にこだわる必要がなくなる。上手くいけば撤退するかもしれない。第十二艦隊も無理にこちらに急ぐ必要はなくなる。時間が稼げると思う」

稼げるだろうか?
「しかし、総司令部を欺く事になりますが」
「敵の戦意を挫くためだといえばいいでしょう。それにもうすぐ敵基地の攻略は終わる。せいぜい一時間程度のずれです」

だがその一時間が俺達の命運を分ける事になるだろう。参謀たちがお互いの顔を見渡す。
「やりましょう」
上手くいくだろうか、時間が稼げるだろうか。残り二時間、長い二時間になりそうだ……。



 帝国軍遠征軍がイゼルローン要塞をへて首都オーディンへ帰還したのは五月十五日のことだった。
ヴァンフリート4=2の会戦だが、グリンメルスハウゼン艦隊は偽電を発信後、三千隻を残し、一万隻を率いて同盟軍の後背に出た。ヴァンフリート4=2に来ていたビュコック艦隊は挟撃されることを恐れたのだろう。こちらが後背に出る前に撤退した。ミュッケンベルガーは後退する敵に追撃をかけたが、決定的な打撃を与える事は出来なかった、掠り傷程度だろう。

ちなみにグリンメルスハウゼン艦隊は一発も撃つことなく終わった。後に判ったのだが第十二艦隊はすぐ近くまで来ていたらしい。第五艦隊から、第十二艦隊へ撤退するとの連絡が入ったそうだ。第十二艦隊はそのためヴァンフリート4=2への進撃を止めた。

 この会戦が両軍が干戈を交えた最後の戦いになった。同盟軍は補給基地を失ったためこれ以上ヴァンフリート星域にこだわる必要性がなくなった。また、帝国軍の方が兵力が多くその点でも積極的に交戦を求めようとはしなかった。ミュッケンベルガーは消化不良気味だったろうが、それでも退き時はわかっている。第一、結果を見れば大勝利なのだ。両軍とも自然とヴァンフリート星域から撤退する事になった。

 基地攻略の戦果は大体原作どおりだった。基地司令官のシンクレア・セレブレッゼ中将が捕虜になった。捕獲者はラインハルトだった。リューネブルクはやはり白兵戦をやったらしい。ローゼンリッターとやりあったかどうかはわからない。だがそれより困った事は妙な捕虜を連れてきたことだった。

ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ中尉、シェーンコップの愛人の一人だ。なんでも基地内でばったり出くわしたらしい。リューネブルクは武器を奪ってとっさにヴァレリーを突き飛ばした。そして”此処は女のいるところじゃない何処でもいいから逃げろ”といった、此処までは良かった。問題はヴァレリーが足を挫いていたことだった。

彼女は涙目になって”動けないわよ、この間抜け、どうしてくれるの”と怒鳴ったらしい。進退窮まったのはリューネブルクだった。女に泣かれるわ、怪我をさせるわ、罵られるわで気がつけば帝国軍の艦の中に連れて来ていた。

何考えてるんだよ、お前。ヴァンフリート4=2に放り出しておけば同盟軍で拾って行っただろうに。俺は断言する。ワルター・フォン・シェーンコップとヘルマン・フォン・リューネブルクの違いは実力ではない、女運だ。シェーンコップは子供を作っても養育費がかからないのに、リューネブルクは原作ではエリザベートなんて何処か頭の壊れた女と結婚して酒びたりになるわ、今回はシェーンコップの女を拾ってくるわ、一遍お祓いして来い!

 彼女の扱いに困ったリューネブルクは俺に相談に来た。気持ちは判らないでもない。女性兵の捕虜は危険なのだ。貴族たちが慰み者にする可能性が高いし帝国での捕虜には人権がないからどんな酷い扱いを受けるかわからない。結局選ぶ道は2つしかない、捕虜になるか、亡命者になるかだ。

彼女もその辺はわかっている、亡命者を選択した。そして気がつけば今度将官になるであろう俺の副官になる事が決まっていた。リューネブルクもヴァレリーもニコニコしていたがあれはどういうことなんだろう。俺ははめられたんだろうか? その内、捕虜交換があるから、その時帰ればいいか。いや、捕虜交換って有るのか?

 グリンメルスハウゼン艦隊の扱いは相変わらず酷い。本来なら最大の武勲を上げた艦隊なのだからそれなりの扱いをしてもいいはずだ。しかし艦隊行動の序列は最後尾だし、イゼルローンでの休息、補給の受け取りも最後だった。これはオーディンについても変わらなかった。皆憤慨していたが、グリンメルスハウゼン提督だけが何も感じていなかった。

 オーディンでは、遠征軍が上げた戦果に沸き上がった。敵一個艦隊を撃滅、司令官を捕虜、敵補給基地を破壊、基地司令官を捕虜、反乱軍はヴァンフリート星系より撤退……大勝利といっていい。しかし俺が嬉しかったのはゲルハルト・ヴィットマンを無事に連れて帰ることができた事だった。ヴァンフリート4=2の戦いでは、一瞬もう駄目かと思ったからね。司令部全員で写真を撮ったときには彼もその中に入った。最後に記念の品をねだられたので、持っていた時計を渡した。あまりいい品ではなかったが、凄く喜んでくれた。彼には軍人になって欲しくないと思う。

 今回の遠征の総括と賞罰が終わった。グリンメルスハウゼン中将は大将になった。原作ではお情け(皇帝の命令)だったが此処では文句なく大将に昇進だった。このまま現役を続けるとか言い出すんじゃないかと冷や冷やした。ミュッケンベルガーも同じ想いだったろう。

他にも皆それぞれ昇進した。俺は二階級昇進で少将の地位を提示されたが断った、ミュラーが一階級で俺が二階級では納得がいかない。今回の遠征はミュラーの力無しでは成功は覚束なかった。どうせならミュラーも二階級昇進させてくれと頼んだがハウプト人事局長が納得しないので、俺を准将に、そして俺の変わりにジークフリード・キルヒアイスを少佐に昇進させてくれと頼んだ。

ハウプト人事局長はちょっと意表を突かれたようだったが、軍務尚書に相談してみると言ってくれた。おそらく大丈夫だろう。上手くいかなくても多分グリンメルスハウゼンが昇進させてくれるはずだ。彼には結構きつい事も言ったからね。それに良くやっているのは事実だし、喜んでくれるだろう。




 
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