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出来ることなら、もう一度。

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出来ることなら、もう一度。




 ピッピピィィィィ――――


 笛が鳴らされ、会場が歓声に包まれる。
 全国中学校総合体育大会バレーボール競技の部。決勝戦。
 最後の一点を決めた俺は、喜ぶチームメイトを冷めた目で見ていた。


 試合はお互いにセットを取り合う激しい展開になった。だが、俺がスパイクを打って点を決めたのは最後の一点だけ。二年であった俺は、三年の先輩セッターからボールを上げられなかったのだ。
 思えば、そういった節は数多く見受けられた。地区予選から、県大会、関東大会、そして全国大会とレギュラーの中では一番打点が少なかった。周りは全員三年生で俺だけ二年。しかも監督からはエースと期待されているだけにこの結果に納得がいかなかった。


 だけど、スパイカーが点を取るためにはセッターからボールを上げてもらわなければならない。現実、俺に上がったボールは全てレシーブが甘く、バランスを崩した体勢で何とか返ってきたものばかりだった。
 ロクな体制で打つことも出来ず、体に無駄に負担をかけてしまっていた。


『ありがとうございましたぁっ!』


 整列して挨拶。それからすぐに表彰式だったのだが、監督に体調不良を訴えて俺は観客席に戻った。


 学校ごとに分かれて座っている席に戻った俺が受けたのは軽蔑の視線だった。後輩からも同級生からもレギュラー落ちした先輩からも受けた。
 雰囲気にいたたまれなくなった俺は、離れた周りに誰もいない席に座る。


 こうなってしまったのは自分に問題があるからであることを知っていた。勿論それだけではないのだが、一年という歳月は長すぎた。


 自分が頑張ればいい。ジュニア時代からそう思ってきた。だから、ジュニア大会でも最優秀選手賞に選ばれたし、チームの優勝だってした。だけど、その自分だけが頑張ればいいという考え方がだめだったのだ。
 中学生はちょうど思春期に当たる。その時期に周りに合わせないでいると必然的に浮いてしまうのだ。勿論、監督は自分の努力を認めてくれている。だけど、チーム内の関係には手を出さない主義だった。
 これが一番の原因だと思う。そしてもう一つが――――。


「おめでとー、アッキー」


 灰羽アリサとの関係だった。
 去年の秋ぐらいに自分から勇気を出して告白したら、見事成功してできた彼女である。二つ年上だから、もうすでに中学を卒業して高校一年生なのだが、こうして大会の応援にも来てくれる。


 自分自身としては周りから浮いているだけで抑えたかったから黙っていたかったのだが、彼女はそうでもなかったらしい。どうやら初めて告白されたらしくて本当に嬉しかったようで、みんなにニコニコしながら話していたという。それが広まった。


 それからだろう、孤立し始めたのは。靴は隠され、ノートには落書きされ、教科書はトイレに捨てられ。いじめも受けた。それでも彼女には心配を掛けたくないから務めて笑っていた。でも、もう限界だった。もう耐えられない。


「ああ、ありがとう」
「だけど、全然打たなかったわね? どうしたの? 作戦?」
「え? あ、ああ、うん」


 咄嗟に誤魔化した。ほかの部員の方に視線を向けると相当数が睨んでいた。慌てて視線を下に逸らす。
 そんな俺の態度を見て何かを察したのだろう。誤魔化せずに、隣に腰を下ろして手を握り、俯いている顔を覗き込もうとする。


「どうかしたの?」
「……どうもしてないよ」
「嘘。だって、アッキー泣いてるもん」


 思わず握られてない方の手で目元に触れた。濡れていた。それから今まで耐えていた壁が壊れた気がする。止まらなくなった。
 隣で慌てているアリサを横目に溢れて零れ出す涙が学校指定のジャージにシミを作るのにも構わず静かに泣いた。


 拍手が起こる。どうやら表彰式が始まっているようでチームメイトが嬉しそうに笑っていた。
 本来であれば自分もあの場にいる筈なのに、会場の隅で泣いているなんて悔しすぎた。そして、情けなかった。目元をジャージの袖で拭って顔を上げる。彼女が心配そうにしているが、頑張って気丈に振る舞った。


「谷地」
「え、か、監督」
「座ったままでいい。話があるんだが……」


 監督は隣のアリサに視線を向けた。卒業生でもある彼女は監督――――顧問の先生のことを知っているようで挨拶を交わした。それから強い眼差しを向け合うが、先に折れたのは監督の方だった。
 呆れたように溜め息をつく。どうやら一対一で話したいようではあったが、彼女の意思を尊重しようと思って、話を先に進めるように促した。


「やれやれ……かなりつらい話になるがそれでもいいのか?」


 二人は同じタイミングで同じように頷いた。


「……ハアッ、いいかよく聞けよ。お前が部内で孤立していること、クラスで虐められていることは事実だな?」
「はい」


 アリサは驚いて彼の顔を見る。全く動揺していない姿に事実であることを思い知らされる。それでも話は進んでいくが、落ち着きを失った彼女を制するために握られていた手を強く握り返した。それで少し落ち着きを取り戻せたようだった。


「教師側としてもいろいろと対策を講じてみたんだが……まったくの逆効果でな。逆に被害を広げかねないと判断していたんだが、このままでは危ないと俺一人の独断で下した」


 その先は聞きたくなかった。何を言わんとしているのかが容易に予想できてしまったからだ。でも、それがもしかしたら最善なのかもしれない。
 自分が不安に押しつぶされそうにも拘らず、不安そうにしているアリサを落ち着かせるためにまた強く手を握った。


 ――――谷地、学校をやめて仙台に戻った方が良い。


 ◯


「……アッキーはやめるの?」
「…………ああ」
「どうして? アッキーは何も悪くないのに、どうして?」
「いいんだよ、それで。俺はあの中にはあわなかった。邪魔ものだったんだから」
「そんなことない! そんなことないのにぃ……あんまりだよぉ」


 彼が学校をやめて仙台に帰るということは、それは二人の別れを暗示している。それをお互いに感じ取っているからか、どこか気まずいものを感じる。
 そして彼の中に一つ固く決意したものが一つ。東京を離れるにあたって、一つのけじめとして彼女に切り出さなければならない。まるで追い打ちをかけるようで、実際にかけるような形になってしまうが、こればかりは、どうしようもなかった。


「アリサ」
「……なあに?」
「別れよう」
「……っ、…………分かった」


 全部自分が悪い。こういう状況になったのも、彼女を悲しませてしまったのも、自分が自分の都合ばかりを優先した結果こうなったのだ。
 別れをこうして切り出すのも身勝手だと思ってる。迷惑ばかりをかけた。


「……アッキー、私待ってるから」
「……え?」
「アッキーがまたバレーでここの東京体育館に来るのを待ってるから」


 …………本当に自分には合わないほどいい人だよ。敵わないなあ。


 谷地廣秋。中学二年生の夏の終わりだった。


 ◯


「お兄ちゃん、朝だよ、起きて」


 ドア越しに妹の声が部屋に響き、僅かに寝ぼけていた頭を完全に覚ました。懐かしいけど思い出したくもない夢を見ていた気がする。
 そうカレンダーに目を向けるとあれから三年が過ぎ去っていった。


「お兄ちゃん、起きた?」
「おおー。すぐ行くよ」
「分かったー」


 ぼさぼさになった紙を手櫛でガシガシと荒く整えると部屋着から制服へと着替える。それから部屋を出てリビングに向かうと椅子に座って朝食を食べているのは妹である仁花だけだった。母親の姿が見えないからもうすでに仕事に行ってしまったようだ。


 キッチンに行き冷蔵庫からお茶を取り出すとコップに注いでテーブルに向かう。
 朝食はトースト。お茶ではなくて牛乳にすればよかったと少し思ったが、別にそんなに気にすることでもないし、また立ってキッチンに行くのが面倒だったから構わず食べ始める。


 ……二人の間に会話はなく、テレビも付けていない為、トーストをかじるサクッという小気味のいい音だけがリビングに木霊しているようだった。


 別に二人の仲が悪いわけではない。話しかけられれば返すし、勉強だって教えられたり、教えたりする。だが、中学への進学を東京にした廣秋が二年で転校してきていきなり戻ってきたのだ。その理由は仁花は教えてもらっていない。母にも聞いてみたが、悲しそうな顔をして何も教えてくれなかったのだ。勿論本人にも聞いた。はぐらかされたけど。


 仁花は兄である廣秋との関係に悩みを抱えていた。
 小学校までは何も気にせず思いっきり遊べていたような気がする。だけど二年という年月が彼を身体的にも精神的にも大きく変えていた。勿論自分も変わった。……もうちょっと胸が大きくなればいいけど。
 それに同じくらいだった身長が何時の間にか見上げなければならないほど高くなっていたのにも驚いた。百九十くらいあると思う。バレーをやっているから大きくなったのかな?
 バレーといえば――――


「そういえば、バレー部のマネージャー始めたんだって?」
「え!? う、うん」
「そっか、頑張れよ」
「うん。……お兄ちゃんはバレーやらないの?」
「…………うーん」


 この目だ。バレーの話になるとどこか遠いところを見ている。何を見ているのかは私には分からない。けど、どこか遠いところへ行ってしまいそうであまり好きじゃない。
 社会人チームに顔を出して時々やっているみたいだけど、でもやっぱり同じバレー部にいたいっていう気持ちがないわけでもない。むしろそれが一番大きいかもしれない。


「……顧問って誰だっけ?」
「武田先生だよ」
「じゃあその先生に話してみるわ。それで許可もらえたらやってみるよ」
「う、うん! きっと大丈夫だよ、お兄ちゃん強いからっ」


 ◯


「武田先生」
「はいって谷地君でしたか。どうかしましたか?」
「いえ、あのバレー部に入りたいんですけど……」
「本当ですか!? あっ、でも……」


 そう悩むのも当然である。
 夏休みが終わって、九月になると春高の地区予選が始まる。この時期に変に部員を増やして不和を起こすわけにもいかない。それに問題を起こされても困る。だから八割方断られると廣秋は思っていた。


「分かりました。今日いきなり正式に入部というわけにはいきませんから、仮入部という形でも大丈夫ですか?」
「あ、はい。問題ないです」
「よかった。では、放課後職員室に来てください。私と一緒に体育館に行ってから、コーチと部員に紹介します」
「分かりました。無理言ってすいません」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「お願いします。では、失礼します」


 意外だった。本当に許可出されるとは思ってなかった。少なくとも東京にいた時に通った中学校ではほぼ断られていた筈である。
 ……あ、そっか。
 あの中学校は私立。この高校は公立。この差が大きいのかもしれない。
 どちらにせよ、楽しみになってきた。


 そうして迎えた放課後。
 廣秋は武田先生に連れられてバレー部が活動している体育館に向かっていた。緊張はしないが、また昔みたいに蔑視されたらと思うと身がすくむ。
 でも、あれは自分の態度が悪かったからだと思うから、ちゃんと周りに合わせれば大丈夫なはず。


「谷地君、着きましたよ。行けますか?」
「はい、大丈夫です」


 そうですかというよりも早く武田先生は重い引き戸を引いた。
 ボールが弾む音。シューズがコートにこすれる音。どれも懐かしい。一つ深呼吸をして体育館に入るともうすでに武田先生を囲むようにして集合していた。


 ちらっと一通り見れば、仁花が嬉しそうににこにこしていた。それでもほかの人から向けられる視線は痛い。
 大丈夫、頑張ろう。


「皆さん、仮という形になりますが、バレー部に入ってくれる谷地君です。本入部は手続きが終わってからとなりますが、今日から皆さんの仲間になる人です。では谷地君、自己紹介と意気込みを」
「はい。……二年、谷地廣秋です。部活には入っていませんが、バレーはやってました。ポジションはウイングスパイカーです。…………っ」
「……? どうかしましたか?」
「……出来ることなら。…………出来ることなら、もう一度、東京体育館に立つために頑張ります。よろしくお願いしますっ……!」


『お願いしやぁっす!!』


 彼のやり直しの一歩目だった。





 
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