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暗殺者

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5部分:第五章


第五章

 それから数日後。太子はいつものように自身の部屋で寝ていた。
 その警護は厳重なものであり窓は全て二重に閉められ扉の前には兵士達が詰めている。とても暗殺なぞできるとは思えない。当然食事にも気を配り食材を自分で選んで自分で作る程であった。そうして身の回りを慎重に固めていたが今その部屋に何者かが忍び込んだのである。
 その何者かはゆっくりと彼に近付いていく。そうして。彼の身に何かが起こったのであった。
 翌朝。彼に仕える従者が起こしに来た。するとすぐに返事が返って来た。
「話は終わったぞ」
「終わった?」
「そうだ」
 最初は何事かと思ったがそれは間違いなく太子のものであった。彼等もそれはわかりとりあえずは安心した。しかしそれだけではなかったのだった。
「すぐに来てくれ」
 彼はこう従者達に言うのだった。
「すぐにな。いいな」
「部屋の中にですね」
「そうだ」
 そう言葉が来た。部屋に入るようにとのことだった。
「いいな」
「はい」
「それでは」
 彼等はその言葉に従い部屋の中に入った。絹のカーテンや紅い絨毯で飾られた豪奢な部屋である。その部屋の中に太子はいた。見れば既に普段の服装であった。
「服でしたら」
「私共が」
「何、用心の為だ」
 鋭利な笑顔で笑って彼等に述べる。彼はベッドに座って彼等に顔を向けていた。
「これもな」
「そうでしたか」
「確信はあったがそれだからこそだ」
 こうも言うのだった。
「一応はな」
「一応は、ですか」
「すぐに動けるにこしたことはない」
 流石であった。そうしたところまで丹念に気を配っていたのだ。その為普段の服で寝ていたというのだ。彼等は太子の言葉を受けて大きく頷いた。それと共にあることに気付いたのであった。
「それにしてもこの部屋は」
「やけに」
「寒いか」
 鋭利な笑みを向けたまま彼等に問うたのだった。
「部屋の中が」
「ええ、これは一体」
「どういうことですか?」
「これだ」
 彼はここで部屋の片隅を指差した。そこには氷があった。
「氷ですか」
「まさか氷室の」
「そうだ、その氷だ」
 彼等に告げる。先に氷室から出すように命じたあの氷であった。
「それを出してここに置いておいたのだ。塩をかけてな」
「塩をですか」
「氷に塩をかければ余計に寒くなる」
 彼は従者達に述べる。
「それで部屋をことさら寒くさせていたのだ」
「そうだったのですか」
「その通りだ」
 また答えてみせた。
「それは成功したな」
「成功!?」
「何に」
「見ろ」
 ここで部屋の床の真ん中を指し示した。するとそこにいたのは。
 蛇であった。血の様に赤い色の蛇であった。
「蛇ですか」
「そうだ」
 太子は言う。
「わかるな」
「それはわかりますが」
 従者達は彼の言葉に答える。しかしそこには疑念もあった。
「しかし」
「どうして蛇がそこに」
「寝ているのか聞きたいのだな」
 太子はその言葉を受けて従者達に問い返した。見れば彼等はいかにもそうした顔を見せていた。
「そうです」
「どうしてでしょうか」
「考えてもみよ」
 ここで彼は言うのであった。
「考える、ですか」
「そうだ。蛇は何時出るか」
 彼はまた問う。
「夏か、それとも冬か」
「夏です」
 その答えは決まっていた。それ以外にはなかった。
「冬には出ません」
「何故ならそれは」
「寒さに弱いからだな」
「その通りです」
「それでは」
 ここで彼等はようやく気付くのであった。太子にとっては遅まきながらであるが。
「その氷だ」
「その通りだ」
 太子は彼等のその問いに不敵に笑って答えるのであった。その笑みには絶対の自信さえ浮かんでいた。
「わかるな。それに塩もかけた」
「塩もですか」
「そうすれば余計に寒くなる」
 彼はこうも述べた。
「だからこそさ」
「それではやはり」
「寒さは」
「そうだ、蛇に対してだ」
 ようやくといった感じであった。手の内を全て見せたのであった。
「これはな」
「左様でしたか」
「だからこそ塩まで」
「その寒さで蛇を眠らせた」
 蛇を見ながらの言葉であった。冷徹でありながらも実に学問的な、そうした響きの言葉であった。
 
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