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暗殺者

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3部分:第三章


第三章

「それも昔から」
「そういえばそうだ。しかし」
 ここで王は言う。
「問題はそれが何の毒かだ」
「何のですか」
「まず考えられるのは料理や酒に毒を入れることだが」
 王はそこを指摘した。これはよくある話だ。実際にこの時代においてはそうした暗殺は実にポピュラーなものであった。とりわけイタリアにおいてはそうである。何しろイタリアはその謀略渦巻くバチカンがあり群雄割拠であったからだ。毒で死んだ者は枚挙に暇がない。
「それはどうか」
「調べてみる必要があると思います」
 太子は述べた。
「それで父上」
「うむ」
「今回の事件の解決、私にお任せ頂けるでしょうか」
「やってくれるのだな」
「はい」
 その低く鋭い声で答えた。その声はまるで剣であった。
「是非共。それでは」
「わかった。では頼むぞ」
「はっ」
 太子は一礼して王に応えた。彼はまず僅かな部下を連れてローズ卿の自宅を訪れた。まだ葬儀も埋葬も終わっておらず家の者達が呆然としていた。その中にあえて入ったのである。
「これは殿下」
「ようこそここに」
「見舞いに来たのだが」
 太子は恭しく自分を出迎えるローズ家の者達にそう言葉を返した。ローズ卿の屋敷は中世の城であり太子から見れば随分古風なものであった。
「どうなったのだ」
「奥の部屋に移しています」
 卿の妻が答えた。見れば涙の為に目が真っ赤になっている。ブロンドの美しい女性だがそのせいでその美貌が台無しになっている。
「そうか。奥の部屋か」
「そうでございます」
 そう彼に答えた。
「宜しければそちらに」
「わかった。だがその前に」
「その前に」
「卿の食事を見たいのだが」
「お食事ですか」
 夫人はそれを聞いて怪訝な顔になった。
「またどうして」
「卿は美食家だったと聞く」
 この時は笑みを作った。これもあえて、であるが。
「一体どうしたものを食べているのか気になってな。台所はいいか」
「ええ」
 太子の言葉であるので断りようもなかったがそもそも断るつもりはなかった。夫人はむべもなく彼の言葉に対して頷くのであた。
「宜しければ」
「わかった。それでは」
 その言葉を受けて台所に入る。台所に向かう時に彼は己の手に指輪を嵌めた。それは一見ごく普通の指輪であるがよく見れば普通にある宝石ではなかった。何か思わせぶりな輝きを持つ宝石であった。
 その宝石を嵌めて台所に入る。細かいところまで調べたが特に何もない。調べながらその指輪の宝石を見ていた。
 調べ終わり台所を出た。彼は一つの結論を得た。
「料理ではないな」
 そうして次に酒蔵に向かう。しかしそこでも同じであった。
「如何でしたか、我が家の素材等は」
「実にいいものが揃っている」
 酒蔵の外で出迎えてくれた夫人に対して答える。これは実際に見たうえでの言葉である。
「酒までな。絶品揃いだ」
「主人は何しろ味に五月蝿くて」
 彼女は今日事切れたばかりの夫を懐かしむ声で太子に説明するのであった。その声が実に痛々しく悲しいものであった。
「それで」
「そうだったか。では次は」
 彼はその話を聞きながらさらに言うのだった。
「ローズ卿のところに行きたいのだが」
「こちらです」
 案内されたのは奥の部屋であった。部屋の中は意外と質素だ。単なる風景画と窓がありそこにはカーテンもない。床にも絨毯といった豪華なものはなかった。あくまで質素な部屋だった。目立つのはベッドだがそれすらも天幕のものではない簡素なものであった。
「ここか」
「驚かれましたか?」
 夫人はこう太子に言ってきた。
「この部屋に」
「質素だな」
 驚くとは述べずこう述べるのだった。
「食道楽だが。それだけか」
「はい、主人は口は肥えていましたがそれ以外の贅沢には興味がありませんでした」16
「それもよくある話だな」
「そうなのですか」
「贅を極めるかそれとも一つのものに凝るか」
 彼は言った。
「人はどちらかだ。ローズ卿は凝る者だったのだな」
「そうなのでしょう。他の遊びもしませんでしたし」
「それはそれでいいことだ。少なくとも食は他人に危害は及ばさない」
「はい」
「精々己の身体を壊すだけだ。少なくとも」
 そうして言う。
「ローズ卿は他人を害してまで何かをする者ではなかった。その彼がな」
「これも。運命でしょうか」
「そうかも知れない」
 いささか冷徹な声で夫人に言うのだった。
「人が死ぬも生きるも。人が決められるものではない」
「神が決められるのですか」
「それとも悪魔が」
 実は彼はあまり神というものを信じてはいない。はっきり言えば無神論者であった。だからこそ宗教にもかなり冷淡なのだ。実を言えば聖職者への課税も彼の提案である。そうした特権も好まないが何よりも神を楯にして私腹を肥やす彼等が気に食わないのである。もっとも第一の理由はやはり財政難の解決であるが。それにしても原因は教会の民衆への搾取というのだから実に性質の悪い話であった。
「それはわからないがな。それで」
「ええ」
 ここで話が動いた。
 
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