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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
平穏な日々
  長い長い休息を

 「納得できません!」

 珍しいことにアスナさんが怒鳴っていた。
 いやまあ、僕とかキリトとかに対しては結構な頻度で怒鳴っているアスナさんなので、珍しくはないのかもしれないけど、今回はその相手が相手だった。

 「しかしアスナ君。 彼がまたプレイヤーを殺したと言うのは事実なのだろう? であるならば、これは順当な処分だ」

 なんとびっくり、お相手はヒースクリフでしたー。 わーい、パチパチー。 ……虚しくなるのでやめよう。

 さて、僕たちが今いるのは、血盟騎士団本部の最上階にある団長の執務室。
 ちなみにこの場合の僕たちと言うのは、アスナさんとヒースクリフと僕。 それから今回の事件の被害者、キリトだ。

 そして、何故アスナさんがここまでヒースクリフに食ってかかっているのかと言うと……

 「彼は確かにクラディールを殺しました! ですが、クラディールは団員を2人も殺し、ラフコフの残党と手を組んでいた大罪人です! そんなクラディールを裁き、団員1名と私の命を救ってくれた彼に処分を下すなんて、いくらなんでも無茶苦茶です!」

 とまあ、こんな感じである。

 クラディールがラフコフの残党と接触し、僕に関わりのあるプレイヤーを殺そうと画策していることを知った僕は、まず真っ先にアスナさんにメッセージを送った。 以前はフレンド登録をしてあったけど、今はそれも解除されているので、寝ているアマリを叩き起こして(比喩ではない。 帰ったら仕返しが怖すぎる)、アスナさんにメッセージを送ってもらったのだ。
 それから僕はヒースクリフに連絡を取り、同時にマップ追跡でキリトの居場所を特定すると、久し振りの全力疾走でその場所に向かった。
 で、ギリギリだったか余裕だったかは知らないけど、とにかくキリトが殺される前に到着していたアスナさんがクラディールを殺す一歩手前の場面に遭遇したわけだ。

 今回の問題になっている点は、僕がクラディールを殺したこと。
 僕の身柄は便宜上ヒースクリフの保護下にある。 その保護がなければ僕は攻略組に復帰できなかっただろうし、今でも軍に追われる身だっただろう。
 何しろ僕は多くのプレイヤーを殺した殺人者だ。 そう簡単に受け入れられるわけがない。
 そんな僕の身柄を便宜上とは言え保護してくれているヒースクリフが僕に出した条件はただひとつ。

 誰も殺すな。

 この『誰も』には当然のことながらレッドプレイヤーも含まれている。 と言うか、僕の場合はターゲットがレッドプレイヤーのみなので、むしろレッドプレイヤーを殺すな、と言われているわけだ。
 敵の多い僕は、もちろん自衛のために殺すことは許可させてある。

 けど、今回の一件はその特例の適用範囲外だろう。
 僕がクラディールを殺したのは自衛のためではないので、まあ当然だ。

 僕自身は大体の処分を受けるつもりだし(捕縛とかは勘弁だけど)、むしろ今回の処分を甘いとさえ思っている。

 「攻略組からの一時離脱勧告。 処分としては随分と軽いものだと思うが?」
 「ですから、処分を下すことそのものに納得がいかないと言っているんです! 度合いの問題ではありません!」
 「ふむ……」

 凄まじい剣幕でにじり寄るアスナさんを持て余したのか、ヒースクリフが僕に視線を投げてきた。
 読み取りたくはなかったけど、『君がなんとかし給え』と視線で訴えられている。 ヒースクリフの頼みとなると無条件で断りたくなるところではあるものの、今回に限って言えば仕方がないだろう。 僕は興奮するアスナさんの肩を叩いた。

 「なんですかにゅっ!」

 勢い良く振り向いたアスナさんの頬に僕の指がめり込む。
 狙ってやったことではあるけど、ここまで盛大に引っ掛かってくれるとは思わなかったので、僕は驚いた。 ちなみにキリトが噴き出す声が聞こえてきたりもしているけど、まずは肩を震わせて大爆発寸前のアスナさんを止めることが先決だ。

 「アスナさん。 少し落ち着いてよ」
 「……ですが」
 「気持ちは嬉しいんだけど、僕はヒースクリフの言い分に賛成だよ。 約束を破ったんだから処分を受けて然るべきだし、処分を受けないとうるさい連中もいるからね。 そうでしょ?」
 「うむ、さすがはフォラス君だ。 今回の件をいい機と見て、フォラス君を捕縛すべしと主張するプレイヤーが出ることは想像に難くない。 先に私が処分を下してしまえばそのプレイヤーは黙らざるを得ないだろう」
 「何しろ相手は聖騎士様だからね。 真っ向から食ってかかれるプレイヤーなんてそうはいないよ。 たとえいたとしても、既に処分を下していればそれを盾に相手の主張を突っぱねられるって算段でしょ?」
 「その通りだ。 君は攻略組にとっても貴重な戦力。 そんな君を牢獄送りにしてしまえばその損失は計り知れない。 加えて、君を牢獄送りにした場合、彼女が暴走する未来が目に見えている」

 アマリのことだ。
 確かに、僕が牢獄送りになんてされようものなら、あのゆるふわ戦闘狂はそれを言い出したプレイヤーを襲撃し兼ねない。 そしてそうなった時、止められるプレイヤーは極少数だけだ。
 現時点ではヒースクリフ。 それから僕。 キリトとアスナさんだったらあるいは止められるかもしれないけど、他のプレイヤーにはまず不可能だろう。

 そこまで説明されてようやく納得してくれたらしく、アスナさんは怒らせていた肩を下げ、勢い良くヒースクリフに頭を下げた。

 「申し訳ありませんでした」
 「いや、私は気にしていない。 ……さて、そう言うわけでフォラス君」
 「なんでしょうか、聖騎士様」
 「君に攻略組からの一時離脱を勧告する。 以降、私が許可を出すまで75層に立ち入ることを禁じ、又、攻略組と故意に接触することを禁じる。 尚、この裁定に不服がある場合はこの場で申し出るように」
 「不服はありません」
 「ふむ、ではその旨を攻略組に通達しておこう」

 格式張った口上を一瞬でやめたヒースクリフは、そこで薄く微笑した。

 「しかし、この処分はすぐに解かれることになるだろう」
 「だろうね。 まあ、その日が来ないことを祈ってるよ」

 そう言って僕とヒースクリフは顔を見合わせて笑うのだった。



































 きっかけはデュエルの時だった。
 クラディールの様子が普通ではなかったことが気になり、僕は僕で独自に情報を収集していた。
 明確な証拠はなかったけど、とにかく嫌な予感がしたのだ。 あの時のクラディールの目と声には、殺人に快楽を見出している者特有の狂気があったから。 まるでそう、ラフコフのような。

 色々と調べている最中にキリトとヒースクリフのデュエルが決定し、その時点で既にクラディールをマークしていた僕はアルゴさんに連絡してクラディールの動向を探ってもらった。 本来であれば、主義によってその依頼内容すらも商品にし兼ねないアルゴさんだけど、今回の依頼はことがことだけにさすがのアルゴさんも黙って頷いてくれたし、そもそもの話しをするとアルゴさんはどんなプレイヤーにも情報は売るけど、犯罪者に情報は売らないことにしているのだ。

 で、そんなこんなで今日。
 遂にクラディールとラフコフの接触の決定的な証拠(具体的には密会の現場を納めた記録結晶)をアルゴさんとは別の情報屋から買い取って、それをヒースクリフに渡そうと思っていたところでアルゴさんから、キリトの訓練に関する情報がメッセージで送られてきた。

 後はもう、2人も知っての通りなので特に説明するでもなく、僕は長いため息を吐いた。

 「ごめんね、キリト」
 「何がだ?」
 「クラディールがキリトを狙った理由は、間違いなく僕への報復だから。 僕があの時、もっとうまく場を納めていればこんなことにはならなかった。 僕がいなければこんなことには……」

 そう。 クラディールがラフコフと接触していたことは僕の責任ではないけど、キリトを標的にしたのは僕の責任だ。
 僕があの時、あの転移門広場でのデュエル騒ぎの時、もっと穏便に処理していればこんなことにはならなかっただろう。 キリトが死の危険に晒されることなく、アスナさんが激昂することもなく、KoBフォワード隊の責任者であるゴドフリーさんももう1人の団員さんも死なずに済んだのだ。

 ごめん。

 アスナさんの執務室のソファーで、僕はそっと頭を下げた。

 「違う」

 しばしの沈黙の後、キリトの声が頭上から降ってきた。

 「お前のせいじゃないさ。 お前がいなかったら俺がクラディールを止めてた。 そうなればあいつの憎悪は結局俺に向けられてただろうし、今日のことはお前がいなくても起こっていた」
 「でも、僕がいたから……」
 「お前がいたから俺は助かったんだ。 だから謝るなよ。 俺はお前に感謝してるんだぜ」

 おどけたように言ったキリトの言葉に、不覚にも涙腺が緩みかけた。
 SAOの感情表現は少し過剰で、それでもどうにか溢れる前に堰き止める。

 「フォラスさん」

 ふと、頭上からアスナさんの声が届いた。
 下げていた顔を上げると、そこには今にも泣き出してしまいそうなアスナさんと、そんなアスナさんを見て慌てたように視線を彷徨わせるキリトがいた。

 「フォラスさんは私たちと交わした約束を破りました。 事情はどうであれ、約束は約束です」
 「お、おい……」
 「キリト君は黙ってて。 ……約束を破った代償は払ってもらいます」
 「うん。 それはもちろんだよ。 もう誰も殺さないって、2人とそう約束したのを破ったのは僕だからね。 約束通り、僕は2人の命令になんでも従うよ」

 約束。
 ヒースクリフの保護下に入り、攻略組に復帰する際、僕はこの2人とこんな約束をした。

 誰も殺さない。

 ヒースクリフの出した条件と全く同じ内容ではあるけど、僕の中の優先度で言えばこの2人と交わした約束の方が大事だった。 言ってしまえば、ヒースクリフの出した条件に頷いたのは、2人と交わしたこの約束があったからで、その優先度は他の有象無象に対する何よりも高い。
 その約束よりも2人の命の方が大事なのは言うまでもないし、アマリが大事なのも言うまでもないだろうけど。

 正直に白状すれば、ある程度の危険を伴うとは言え、クラディールを殺さずに捕える方法はあることにはあった。 それを選択しなかった時点で、僕は2人に責められても何も言えないのだ。

 「ねえ、アスナさん。 僕は何をしたらいいの?」
 「では目を閉じてください」
 「? まあいいけど……」
 「そのまま動かないでください」
 「…………?」

 いまいち要領を得ない命令に首を傾げながら、それでも僕は従う。
 と、アスナさんが立ち上がる気配を感じた。 そして、直後にこちらに向かってくる足音と気配。

 ああ、ここでアスナさんの気が済むまでブン殴られるのか、と。 そんな未来を予想して身構えた瞬間……

 「……え?」

 僕はそっと抱きしめられた。

 「え、え……ちょ、アスナさん?」
 「動かないでくださいと言いました」
 「いや、それはそうだけど……あの、何をしてるんですかって……」

 僕の当惑の声は完全に無視されて、それから僕の頭を抱えている腕に一層の力が篭る。
 立っているアスナさんと座っている僕との位置関係上、そんなことをすればアスナさんのアマリと比べるべくもない立派な胸部(こんなことをアマリに言ったら殺される)に顔を埋めることになるわけで。 けれどアスナさんはそれに動揺している僕に気づいていないのか、あるいは気づいて無視しているのか、そのまま僕の髪を撫で始めた。

 「ねえ、フォラス君」

 それは、とても懐かしい呼ばれ方だった。
 僕とアスナさんが決定的に対立してから、ただの一度も使われなかったそれ。

 「キリト君が殺されそうになってるのを見て、色々わかったよ」

 そして紡がれる声音はまだ仲が良かった頃のように穏やかで

 「ねえ、フォラス君」

 あの頃のように暖かかった。

 「大切な人が傷つけられるって、こんなに痛かったんだね。 私、そんなこともわからなかった……」
 「アスナさん?」
 「わかってあげられなくてごめんね。 今更だけど、あの時フォラス君を責めたりして、本当にごめんね……」

 気がつけば髪にパタパタと滴が落ちてくる。
 それが何かなんて考えるまでもない。

 「ごめんね、フォラス君」
 「謝らないで。 僕も謝らないから」
 「ふふ……」
 「…………?」
 「フォラス君ならそう言うって思ってた」
 「えっと、それはそれとしてアスナさん。 それそれ離してくれるとありがたいって言いますか、離してくれないと困ると言いますか……」
 「離しません。 だってこれ、フォラス君の罰だもん」

 言って、アスナさんは更に力を込める。

 「フォラス君。 ありがと」
 「えっ……?」
 「キリト君のピンチを教えてくれてありがとう。 私を助けてくれてありがとう。 クラディールを殺してくれて、ありがとう」
 「ーーーーっ」

 それはアスナさんが絶対に言ってはいけない言葉。
 だけど、その言葉に力は何もなく、ただひたすらに優しいだけだった。

 ありがとう。

 それだけが僕の胸に突き刺さり、緩んでいた涙腺が更に緩む。

 そして僕は泣いた。
 声を上げず、ただアスナさんに縋るように泣いた。
 人前で泣くなんて何年ぶりだろう。 少なくともここに来てからは初めてで、なのにアスナさんは笑わなかった。
 笑わず、一緒になって泣いてくれた。
 声を上げずになく僕の代わりに、わんわんと泣いてくれた。



































 後日談、と言うかその日の夜。
 昼間に叩き起こしたことに対する仕返しをしてスッキリしたアマリに、僕は今回の一件に関するあれこれを始まりから終わりまで語った。
 再び人を殺したことを責めるでもなく、いつもと同じ調子で笑ったアマリは、そのまま僕の膝枕で眠ってしまい、そんなアマリに感謝しながら僕も眠った。

 なんだか久し振りにぐっすり眠れたのは、ようやくアスナさんと仲直りできたからだろうか? 
 

 
後書き
と言うわけで、《平穏な日々》編は終了。 全然、平穏じゃないと言う点に関してはスルーと言うことで。

さて、次回からは私自身初の試みとなるコラボ編です。 誰とコラボして誰が出るかは、公開までお楽しみに。

ではでは、迷い猫でしたー 
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