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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二十一話 貧乏くじ

グリンメルスハウゼン艦隊旗艦オストファーレン艦橋

■ナイトハルト・ミュラー

 
 オストファーレン艦橋に入室すると提督席には一人の老人が椅子に腰掛けていた。
「失礼します」
「なんじゃな、一体」 

「本日付けで第285遊撃部隊副参謀長を拝命いたしました、ナイトハルト・ミュラー中佐です。よろしくお願い致します」
「おお、ミュラー中佐か。グリンメルスハウゼンじゃ、よろしく頼む」
「はっ」

 着任の挨拶を終え、俺は艦橋の中を見渡した。変だな、エーリッヒがいない、何処かに行っているのかと考えていると従卒を従えてエーリッヒが艦橋に入ってきた。少し大人びたか、今年で20歳だったな。誕生日は4月だったからまだ19歳か。

「エーリッヒ!」
「ナイトハルト」
エーリッヒは一瞬嬉しそうな顔をしたがすぐ済まなさそうな顔をした。どういうことだ?

「久しぶりだな、少し話さないか」
「ああ、そうだね。参謀長室に行こう。その前に紹介しておこう、私の従卒をしてくれているゲルハルト・ヴィットマンだ。ゲルハルト、彼は副参謀長のナイトハルト・ミュラー中佐、士官学校からの友人だ」

「ゲルハルト・ヴィットマンです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
ゲルハルト・ヴィットマンは黒髪、碧眼、ソバカスのある少年だった。
「ゲルハルト、彼にコーヒーを頼む。私にはいつものやつを」
「はい」

 参謀長室に入ると席に座るや否やエーリッヒが口を開いた。 
「すまないな、ナイトハルト。卿にも貧乏くじを引かせてしまった」
「どういうことだ、エーリッヒ」

「知らないのか……。卿を副参謀長にと頼んだのは私だ」
「中佐で副参謀長だ。何処が貧乏くじなんだ」
「これを見ればわかる」

エーリッヒは執務机から資料を取り出し突き出してきた。表情に疲れがあるなと思いつつ資料を受け取る。艦隊の編成表だった。俺はしばらく編成表を眺めた。これは……。しばらく見ているとゲルハルトが入ってきた。俺にはコーヒー、エーリッヒにはココアを持ってきている。
ゲルハルトが部屋を出て行くのを確認してから話しかけた。

「相変わらずココアか。コーヒーは苦手かい」
「どうも私は甘党らしい。コーヒーはだめだ。それよりどう見た」
「酷いね、これは。碌なのがいない。どうしてこうなった」

 第285遊撃部隊の分艦隊司令官達はその多くが門閥貴族の子弟から成り立っていた。言ってみれば厄介者を集めたと言っていい。参謀たちも酷い。俺たちより2、3期上の世代だが碌な連中じゃなかった。

「サイオキシン麻薬事件のせいさ」
エーリッヒが苦い表情で言う。ココアは甘いはずなんだが……
「あの事件の後、逮捕者の後を埋めるために大幅な人事異動があった。その際、エーレンベルク元帥とミュッケンベルガー元帥は各艦隊の厄介者も異動させたんだ。その異動先の一つが……」
「この艦隊か……」

エーリッヒが頷く。どうりで酷いはずだ。
「本来ならそれで問題は無かった。ミュッケンベルガー元帥はこの艦隊を前線に出す気が無かったからだ。出すとしても単独行動だろう。反乱軍との戦闘の決戦部隊としてじゃない」
「そうなのか」

「当初この艦隊には参謀長がいなかった。参謀長のいない艦隊なんて有るかい? 出撃が決まってあわてて私に決まったのさ。ミュッケンベルガー元帥はこの艦隊を前線に出す気が無かったというのはそういうことさ」
「ではなぜ?」

「グリンメルスハウゼン提督が出撃を希望した。悪い事に陛下が好きにさせてやれとミュッケンベルガー元帥に言ったらしい」
「……」
「勅命があったようなものだ。ミュッケンベルガー元帥としてもどうしようもない。貧乏くじというのはそういうことさ」
エーリッヒは自嘲するかのように話した。かなり参っているようだ。こんな顔をする奴じゃなかったんだが。

「最初から判っていたのか」
「グリンメルスハウゼン提督が出撃を希望した事、そして陛下の意向があったことは知っていた。この艦隊の裏の事情がわかったのは参謀長になってからだ。卿を副参謀長にと頼んだのは参謀たちが何処まで私に協力してくれるかわからなかったからだ。実質は私と卿でこの艦隊を動かす事になるだろうと思っていた」
「そうか……」

「大佐で参謀長というのが罠だというのは判っていた。グリンメルスハウゼン提督のお守りをさせる気だというのはね。しかし此処まで酷い事になっているとは思わなかった。甘かった」
うめくように言うエーリッヒを責める事は出来なかった。エーリッヒは慎重な男だ。時には驚くような大胆さを見せるときもあるがだいたいにおいて慎重だといっていい。俺がエーリッヒの立場だったらどうだろう。副参謀長には信頼できる奴を選ぶ、エーリッヒだ。

「貧乏くじかどうか、まだ結果は出ていないだろう」
「……」
「そんな顔をするな、エーリッヒ。二人でやれば何とかなるさ」
「……」

「サイオキシン麻薬事件だって何とかなったじゃないか。今回はギュンターの代わりに俺がいる。うまくいくさ」
「そうだね、確かにそうだ。まだ落ち込むには早すぎるようだ。頼みにしているよナイトハルト」

 エーリッヒは木漏れ日のような笑顔を見せた。こいつは昔から俺たちに対してだけこの手の笑いを見せる。容貌が容貌だけに何ともいえない甘やかさだ。俺は一瞬だが見とれてしまい苦笑した。無邪気に微笑むエーリッヒには先程までの暗さは無い。そう、俺たちは大丈夫だ、きっと上手くいく。頼りにしているぞエーリッヒ、だから俺にも頼ってくれ。


 
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