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なかったことに

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5部分:第五章


第五章

「殺人事件じゃないってことはです」
「もっと別の事件だということですね」
「そうです。ですから」
「はい、それではその方向で」
「やらせてもらいます」
 本郷の話はこれで一段落になった。そうしてだ。
 ここでだ。役は警部にこんなことを話すのだった。
「一つ気になったのですが」
「あの一家のことですか?」
「いえ、アメリカのことです」
 この国のことだというのだ。彼等が今仕事をしているこの国のことをだ。
「前から肥満が問題になっていますね」
「ええ。それは確かに」
 警部もそのことには苦笑いになって答えた。
「日本でも有名になっていますか」
「話は聞いています。ただ」
「ただ?」
「その反動か拒食症の人も多いのですね」
 役が今話すことは肥満についてではなくだ。このことだった。
「それもですね」
「そうです。我が国はそうした話の宝庫になっていまして」
 メンタル面から来る病のだ。実は肥満もそれに入るケースがある。これこそがアメリカ社会が病んでいる証拠だとだ。上から目線で話す学者もいる。
「そうした話もあります、確かに」
「そうですね」
「はい、あの家族にはです」
「皆肥満していますね」
「使用人の人達までですね」
 役は話を微妙に変えた。拒食症から肥満にだ。
「ただ。ベネットちゃんだけは」
「痩せてましたね、とても」
「あれは何かあったのでしょうか」
「さて」
 そう言われてもだ。警部は首を捻るばかりだった。
 そしてだ。こう役に話すのだった。
「タレントだからでしょうか」
「それで食べ物に気を使っていた?」
「肥満だとやはり」
 タレント生命に関わる。そういう話だった。
「ですから」
「だからですか」
「はい、ベネットちゃんは普段から非常に少食でした」
 警部はこのことも話した。
「お昼に口にするのは。牛乳か野菜ジュースを少々だけだったそうです」
「それだけですか」
「それも少しだったそうです」
「それはかなりですね」
 役は警部の話を聞いてだ。それからだった。
 本郷に顔を向けてだ。こう彼に言うのだった。
「この事件は終わりそうだな」
「そうですね。簡単にですね」
「殺人事件ではないことはもうはっきりしている」
「ただ。どういう事件か」
「それを突き詰めるだけだ」
 こう話す彼等だった。そうしてであった。
 彼等はまたあの屋敷に向かった。今回も警部と共にいる。
 今回も不機嫌な顔の一家に出迎えられる。その彼等に対してだ。
 本郷がだ。最初に言った。
「ベネットちゃんは殺されていませんね」
「だからそんなこと最初から言ってるじゃないか」
 息子がだ。再び忌々しげに返す。太った顔が怒りでむくんでいる様に見える。
「あいつは殺されたんじゃない」
「じゃあ何で死んだかですよね」
 本郷はその彼にまた言った。
「何で死んだかですよね」
「何かって?」
「ベネットちゃんは痩せていましたね」
 本郷が次に言うことはこのことだった。
「そう、まるで」
「まるで?」
「餓えているみたいに」
 微笑んでだ。こうその息子に話すのだった。
「何も食べていないみたいな有様でしたね」
「だからあいつはタレントだっただろ?」
 息子はさらにむきになって話すのだった。
 
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