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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  32話 闇に堕ちた者達

 ゴンドラを固定する最中に、背後で巨大な蟹《スカットル・クラブ》が水面を割って出現したものの、どうやらヘイト自体はこちらに向けられていなかったようで、そのまま無視して大型船の追跡を続行する。やはり第四層のテーマを踏襲したように、ダンジョンは主要なエリアには通路が設けられているが、それでも行き届かない場所には船着き場を設ける形で対応しているようだった。浮き島のようにポツポツと陸地を配するような構成は、水路を泳ぐことも強いられそうだ。

 大型ゴンドラの船頭は、入口近辺の船着き場には目もくれずに船体を苦も無く操り、曲がり角を難なく転回しては奥へ奥へと進んでゆく。その勝手知ったると言わんばかりの淀みない操舵は、船頭の腕の良さよりも、ロービアの住人を苦しめる仄暗い取引が長期に渡って横行していたことを暗に示しているようにも思える。いつも通りの仕事を淡々とこなすような櫂捌きに視線を投げかけつつ、ふと思う。まさか自身の暗部の根幹にまで暴かれようとしているとは夢にも思ってはいまい、と。
 それを示唆するかのように、隠れ率は松明に照らされた瞬間でさえ100パーセントという数字を微動だにさせない。つまり、彼等には《ここは完全に隠し通せている》という自信の現れなのだろう。現状は全く警戒はされていないようだ。


「………終点か」


 やがて、ゴンドラが速度を落とし始めると、息を殺しつつ水路から桟橋の足を伝って這い上がり、適当な木箱の影に身を隠す。
 《軽業》スキルの恩恵か、初動が確実に速くなっている上にModで跳躍力も強化されていて、係留用の杭を蹴り飛ばして地面とほぼ水平に跳躍、二歩目で身体を反転させ、そのまま姿勢を維持して遮蔽物に貼り付くという一連の動作が流れるように完結し、しかも無音であるのだから誰に気付かれることはない。後の隠しダンジョンの下調べはきっと楽になることだろう。《隠密》スキルと《軽業》スキルの組み合わせは、あながち油断できないのかも知れない。

 ………と、スキルの相性はさておき、今は偵察に専念するとしよう。

 自分の直感を信じるならば、現在地はダンジョンにおける最奥部であろうか。六本ほどの水路が合流する半円形の広大な空間は、俺から見て奥側にあたる弧を描く壁面に通路分のトンネルが口を開き、水に満たされている。対する手前側の――――厳密には、木箱を隔てて俺の背後に位置する――――平面の壁周辺は陸地となっていて、中央部には桟橋に下る幅広の階段が伸びている。その陸地部分には細いシミターとダークグレーのレザーアーマーを纏った長身痩躯の戦士が数人待機している。ロービアンマフィアの敵となるのだから、こちらもスーツで決めているのかと思えば、意外にもファンタジックな装いに肩透かしを受けてしまうものの、こういうものはあくまで設定でしかないと割り切りながら、戦士のカラーカーソルを確認すると見事な赤。固有名は《Fallen Elven Novice》とあり、有らん限りの視力を以て確認すると確かにティルネルのような長い耳を有していることが分かる。彼等は全員がエルフということになるのだろうか。

 次いで、陸地に散開する戦士に気を取られているうちに桟橋には追跡を続けてきた大型ゴンドラの船上では動きがあったようで、水夫を伴った船頭と、リーダー格らしきエルフが何やら会合を設けていた。彼等の話す内容を何とか聞き出したいところではあったのだが、距離という障壁を隔ててしまってはどうすることも出来ず、積荷に紛れた女性陣に任せるしかない。
 しかし、水運ギルドと取引先の管理職はそのままどこかへと場所を移し、いよいよ木箱の荷卸しが始まってしまう。水夫が桟橋に立つエルフに木箱を手渡し、更に奥へと運び込まれてゆく。他の箇所からも木箱を積んでいた為か、膨大な積載量となった木箱はそれだけで山を築いている。

 ともあれ、ヒヨリ達が隠れた木箱は手前に積まれていた事もあって、積荷に埋もれることだけは避けたらしい。かなり早い段階でゴンドラから降ろされるのだが、やはり細身には堪えるのか、二人で運ばざるを得ないような木箱が三つほど奥に運ばれてゆく。その最後の一つ、零れ出した殺意の残滓を辿るように、遮蔽物を移りつつ彼等の背後を追うべく、木箱を運び込むエルフの行列の最後尾の背後へ滑り込むように開け放たれた鉄の門を抜ける。

 行列で先が見えないが、それなりの長さであろう一本道はこのまま通過するには危険度が高過ぎる。無音動作によって気配こそ悟られていないのだが、ふとした拍子に振り向かれても対処の仕様がないので、やむなく扉側の壁と天井の隅、壁に掛けられた松明の灯りから外れた場所に貼り付き、保護色で闇に紛れることで遣り過ごす。
 そして、高所に移動することで視覚から障害物が失せて、一先ずは目に映る範囲で地形の把握が叶ったのは思わぬ副産物であった。どうやら通路の全長はおよそ二十メートル、その先の突き当りから更に左右に道が伸びているようだ。

 背後から迫る足音こそ聞こえないが、いつ新手が現れるかも分からないので、最後尾が突き当たりを曲がった時点で床に降りて全力のスプリント。突き当たり手前で左右を目視し、荷卸しの最後尾の姿しかない事を確認した上で、一つ手近な部屋に潜り込む。幾つかベッドが設置されたところを見ると休憩室だろうか。中にエルフや水運ギルドが居なかったことに胸を撫で下ろしつつ、可能な限り薄くドアを開け、外部の音が入ってくるギリギリの状態を保つと、行列の足音が耳朶を打つ。ほぼ雑踏然とした纏まりのない足音はやがて遠く離れて、存在感を増した静寂に溶け込むようにて消え行ってしまう。どこかで足を止めているのか、余韻が静まってから暫くは無音が続く。
 その静寂を貫くように突然クエストログ更新を報せるサウンドが鳴ったおかげで心臓が飛び出しかけたものの、女性陣が上手くやってくれたことを示す何よりの知らせを聞き届ける。寿命が一気に縮んだ心地さえするが、感謝だけはしておこう。

 それから十数分のインターバルを経て、ようやく荷卸し集団が部屋の前を通過して去っていった。積荷を船から受け取ってから指定位置に降ろすまで、二十分弱は要することになる。ヒヨリ達を回収するには不足はないだろう。荷卸し担当のエルフが一本道に差し掛かるより早く、彼等の背後を掻いて通路を突き当たりまで進むと、下階へ通じる階段を発見する。足音が途切れることなくフェードアウトしたことを考えれば、この先に荷を運んだことはほぼ確実だろう。手早く階段を下ると、その先はこれまでの細い通路とは打って変わって広大な倉庫となっていた。やはりこのダンジョン自体が他者に知られていないと思われているのか、見張りは一切いない。そして、左右の壁際には無造作に重ねられた木箱の山と更に奥、正面の巨大な二枚板が一際目を引くものの、この空間のどこかにいる仲間の回収が最優先だ。無音動作を解除して、三度木箱を小突いて鳴らす。
 くぐもった音が室内に響くと、ほぼ規則性のない位置にある木箱の蓋が開き、中から仲間達がふらつきながら姿を現す。皆一様に顔色が悪いのだが、苦情は発案者に向けて貰うとしよう。


「燐ぢゃん、ぎもちわ゛る゛ぃ………」


 密閉空間で船に揺られ、更にエルフに乱雑な運ばれ方をした彼女達には漏れなく平衡感覚にダメージを受けてしまっているらしく、助けを求めてきたヒヨリの様子からして如何に過酷な状況であったかが伝わってくる。SAOには存在しない状態異常ではあるが、言うなれば《箱酔い》だろうか。


「ヒヨリ、待て。水をやるから落ち着いて深呼吸だ」
「………む゛ぅぅ」
「我慢しろ、ここでぶちまけるなよ?………それと、いい加減移動しないと見付かるぞ。付いて来てくれ」


 恐らく最もダメージが深刻であろうヒヨリに肩を貸しつつ、一時的な避難所として利用した休憩室まで、死屍累々と化した女性陣をなんとか運び込む。時間的にかなり際どいものがあって、通路の曲がり角から木箱が見えた時には冷や汗が溢れ出るような嫌な感覚さえしたが、ドアを閉じる瞬間を目撃されてはいなかったのか、それとも不審に思わなかったのか、とにかく素通りしてくれたから事無きを得た俺達は、女性陣の体調を回復するまで小休止を取らせることとした。幸いにもベッドが設けられた部屋、一息つくにはお誂え向きというものだ。


「リンさん、少しだけ宜しいですか?」


 女性陣がベッドで回復を図るなか、ドアの傍に寄りかかる俺にティルネルが声を掛けてくる。いつになく深刻な面持ちは、未だ十日に満たない付き合いでも分かるくらい、何かを思いつめているようにも見える。


「どうした、休まなくていいのか?」
「はい、私は問題ありません。それよりも、お話したい事がございまして………」
「聞かせてくれるか?」
「水運ギルドから秘密裏に木箱を買い上げていた集団、彼等はフォールンエルフという、遥か昔に禁忌を冒し、聖大樹より追放された者達の末裔なのです」


 禁忌を冒し、堕落した者。故に《フォールン》か。


「ほう、で、どうしてそんな悪者が空の木箱なんか買い漁るんだろうな」
「森エルフを扇動しての、四層におけるリュースラの拠点である《ヨフェル城》への襲撃、だそうです。その為に必要な船の材料として、彼等は人族の用いる木箱に目を付けたそうです。エルフは生きた樹を切り倒すことが出来ませんし、それにエルフという種族は基本的に人族とは交流を持ちませんから………」
「ヨフェル城の黒エルフは襲撃について何も知らない、ということか?」


 俺の問いに、ティルネルは無言で頷く。

 理由は定かではないが、人間に船材を集めさせることでエルフに課せられたルールは回避しつつ、加えて黒エルフの情報収集が可能な領域の外で行動することによって、秘密裏に計画を進行させる手練手管。更に黒エルフと敵対関係にある森エルフを利用する権謀術数。(いや)らしい集団だと評さざるを得ないだろう。

 しかし、ティルネルの同胞が狙われているとあっては聞き逃すのも難しくなってくる。どうにかして力になってやりたいところだが、その為には障害が存在する。
 先ず、現状においてヨフェル城へ入る手段がないということだ。黒エルフの拠点として存在する()の城は、第三層におけるキャンペーン・クエストのシナリオを攻略しておくことで入手できる身分証明が必要となるらしい。エルフの為に尽力したという証が無ければ、衛兵に門前払いを受けて踵を返すことを余儀なくされることだろう。ティルネルを伴って向かったとて、戦死者扱いか、さもなくば敵前逃亡者となっているかも知れない状態の彼女を矢面に立たせるのは、どうしても避けたいところだ。
 そして、キャンペーン・クエストのストーリーが絡んでくる話であれば、敵対するモンスターはフォールンエルフだけではなく、森エルフまで相手どらなければならない場面も予想しておかねばならない。しかも、話を聞く限りは共同戦線を敷くものと見て間違いはないだろう。つまり、単純に事態を纏めるならば《ソードスキルを使用するモンスターが大量に出現する》という危険性さえ大いに考えられるのである。
 システム的にも、戦力的にも、対処が困難な問題だ。このまま手をこまねいているのもティルネルからすれば不本意であろうが、その為に行動した結果として、ここにいる仲間と友人を危険に晒すような真似だけは御免被る。


「襲撃の日取りは分かるのか?」
「………五日後には、カレス・オーの軍勢に船が提供され、襲撃が決行されると聞きました………幸い、他の皆様には音が小さ過ぎたようで、私しか聞き取れなかったようですが………」
「キャンペーン・クエストを進めてくるのは厳しいか………」
「それと、彼等は双方の争いに乗じて秘鍵を奪取するつもりのようです………第三層での秘鍵確保は成功したようですので、今はヨフェル城にあるとも聞きましたが………」


 どこまで深く情報を収集したのか。エルフの聴覚の鋭さに戦慄しつつ、しかし現状で可能な手段を模索するが、どれも一歩届かないものばかりだ。

 それに、ヨフェル城に秘鍵があるとすれば、黒エルフの捜索部隊――――黒エルフの国であるリュースラ王国の《エンジュ騎士団》なる組織は一部分を駐留させるにしても上層へ引き上げていると考えて然るべきだ。加えて、彼等が確保した秘鍵がヨフェル城にあるとすれば………


「待てよ、じゃあ、ティルネルのお姉さんは、あの城に居るかも知れないってことじゃないのか?」
「………確保された秘鍵の守護は、姉の任務でしたから………間違いなく、ヨフェル城に駐留しているでしょうね………」



 絶望的としか思えない。これほどまでに追い込まれることになろうとは思いも寄らなかったが、俺達には状況を打開する手段など皆無だ。これほどに無力を思い知らされることもないだろうが、今は嘆いていても何も始まらない。


「とりあえず、ここを出るぞ。街に戻らないことには何も始まらないからな」
「………そう、ですね」



 力無く立ち上がるティルネルを見届け、なんとか息を吹き返した女性陣を先導しながら係留しておいたゴンドラまで戻る。マップデータに記録しておいた往路を辿りながら歩を進める。
 半円ホール周辺しかフォールンや水運ギルドは確認できず、とくにモンスターと遭遇することもなく入口まで辿り着き、被せておいた絹を剥いだ後に連結を解いて街へと向かう。

 結局、結論を先延ばしにしたことはティルネルも理解しているのだろう。

 ………しかし、それについて責められないことが、何よりも辛かった。 
 

 
後書き
フォールンエルフ登場回。


前半と後半で話の流れが変わるパターンでしたね。木箱に潜入した女性陣は皆、自分達がどんな目に遭うのかを想像していなかったが故の大惨事でしたが、女の子としてのプライドを全員が守り切ったのは不幸中の幸いでしたね。この作品ではゲ○インという属性は出さないつもりでいます。(出さないとは言ってない)

………と、前回に引き続き、今回もまた燐ちゃん達はキリアスコンビと同じダンジョンにいながら擦れ違ってしまっています。分かりやすい話をすれば、冒頭に登場した蟹が、燐ちゃんからキリトさんとアスナさんを分断した張本人となります。これはプログレッシブでも描写のある場面ですね。リアルタイム感を出すために利用させていただきました。



さて、長かった第三章もあと三話ほどで収まりそうです。なんとかスパートを掛けていきたいと思います。



ではまたノシ 
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