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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十九話 アルレスハイム星域の会戦

 第359遊撃部隊はイゼルローンを抜けアルレスハイム星域へ向かっていた。もちろん、俺も作戦参謀として参加している。俺自身は出来ればアルレスハイム星域へは行きたくない。原作通りだと優勢な敵と戦闘になるからだ。どうせならヴァンフリート星域へ行きたかった。

この時期ならまだ同盟は後方基地を作っていないので単純な哨戒任務で終わるはずだから。でもわざわざアルレスハイム星域へ行けと命令があっては仕方ない。たしかにヴァンフリート星域は無人だし、戦略的価値が有るとはいえない。となるとアルレスハイムかティアマトを警戒するのは当然だ。そして敵もそれはわかっている。

「どうしたのかね、ヴァレンシュタイン少佐」
「申し訳ありません、クレメンツ大佐。少し考え事をしていました」
「気をつけたまえ。ここはもう戦場なのだ」
「はい。有難うございます、大佐」

 八月にサイオキシン麻薬密売事件を摘発した後、これで事件は収束かと思った。ところが事件は一層拡散した。補給基地で作成されたサイオキシン麻薬は首都オーディンにまで広まっていたからだった。当然と言えば当然だった。軍の輸送船は首都とも繋がっているしオーディンは大都市だ、消費量も多い、売らないわけが無い。

問題は首都のサイオキシン麻薬密売事件の関係者が軍にとどまらず、官僚、貴族にまで広まっていた事だった。それまでオーディンの人間は寄れば軍を誹謗し、笑いものにしていたのだ。自分たちだけが笑いものになるのは我慢できない、エーレンベルクもミュッケンベルガーも彼らに容赦しなかった。たちまち有力貴族、高級官僚が逮捕され首都オーディンは憲兵達が蹂躙する街になった。

 ここにおいて、政官界から軍の横暴に対する非難がでた。その先鋒は国内の治安維持を任務とする内務省だった。憲兵は軍内部の犯罪を取り締まればよい、それ以上は自分たちの管轄である。もともと惑星リューケンの民間人取調べに対しても不満を持っていた内務省はこれを機に捜査の主導権を奪おうとした。そして無様なまでに失敗した。内務省警察総局次長ハルテンベルク伯爵が逮捕されたのだ。

 ハルテンベルク伯爵にはエリザベートという妹がいた。エリザベートがフォルゲン伯爵家の四男カール・マチアスと恋仲になり結婚を考えるようになる。そしてカール・マチアスは生計を立てる手段として、サイオキシン麻薬の密売という犯罪行為に手を染めたのだ。その事を知ったハルテンベルク伯爵は警察官僚としての自分の未来と妹を守る為にカール・マチアスの長兄フォルゲン伯爵と共謀して彼を最前線に送り込み戦死させた。

 そこまでは良かった。問題はその後でハルテンベルク伯爵がサイオキシン麻薬の密売組織を放置した事だった。気持ちは判らないではない。下手につつけばカール・マチアスが犯罪者であった事が公になりかねない。ハルテンベルク伯爵にとってもフォルゲン伯爵にとっても望ましい事ではなかった。

だがこれが裏目に出た。フォルゲン伯爵にカール・マチアスの件で憲兵隊の調査が入った。その後ハルテンベルク伯爵にも捜査が入り、ハルテンベルク伯爵がサイオキシン麻薬の密売組織の存在を知りながら放置した事が明らかになった。ハルテンベルク伯爵は取調べ中に自殺、一説には内務省の人間に謀殺されたといわれた。

 この一件で内務省は混乱し失墜した。あとは軍の独壇場だった。あまりの圧勝にサイオキシン麻薬密売事件は軍の自作自演ではないかと噂が流れたほどだった。
 
 俺の昇進が決まったのはこの直後だった。オーディンの一件が無ければ昇進は無かったろう。第359遊撃部隊の陣容も決まった。司令官にメルカッツ中将、参謀長にシュターデン准将、副参謀長にクレメンツ大佐、参謀にベルゲングリューン、ビューロー少佐。なかなか豪華な面子で正直びっくりした。

俺は艦隊勤務は初めてだし、参謀任務も初めてで判らない事ばかりだったがクレメンツ大佐が親切に教えてくれた。大佐には感謝している。シュターデンは嫌味しか言わないし、ベルゲングリューン、ビューローは俺とあまり話そうとしない。大佐が居なかったらノイローゼになっていただろう。ケスラーに愚痴をいったら、お前はミュッケンベルガーの秘蔵っ子だから敬遠されているんだとからかわれた。冗談だと思いたい。

「先行している哨戒艦より連絡。敵艦隊発見、数およそ9,000隻、イゼルローン回廊方面に向かって移動中とのことです」
通信士からの報告が艦内の空気を緊張させる。やっぱりこうなるのか……。
司令部要員が全員司令官の近くに集まる。みな緊張した表情だ。敵の兵力がこちらの1.5倍だ、無理も無い。

「9,000隻ですか。少々荷が重いですな」
「だからと言って何もせず、引くわけにもいくまい」
 クレメンツ大佐とシュターデン准将が話している。確かにそうだ。敵が2倍、3倍というなら撤退できる。しかし1.5倍というのは中途半端だ。不利では有るがやりようによっては勝てない相手ではない。特にメルカッツは上層部から評価されている分、敬遠されている節がある。何もせずに撤退すればさぞかし中傷の的となるだろう。

「奇襲しか有るまい。幸い小惑星帯がある。そこに艦隊を隠し迎え撃つ」
「確かにそれしかないでしょう」
「それなら敵の横腹を着く事が出来る」

「……兵を分けませんか」
「!! 何を言っているのだ、卿は」
「兵を二分してはどうかと提案しています」

周りが皆、俺を見詰める、まるで気が狂ったかというように。
「話にならん。少佐、口を閉じたまえ」
「待て。少佐、何故兵を分けるのかね」
俺を叱責するシュターデンを止めメルカッツは俺の発言を促した。
 
 敵より劣勢で有る以上、兵力は集中して使うのが常道だ。アスターテを見てみれば判る。ただアスターテと今回では違う部分がある。敵が一つにまとまっている事。敵に近づいて奇襲を掛けるのではなく、敵を待ち受けて奇襲を掛ける事の二つだ。

敵が何も気付かずにこちらに来てくれれば良い。しかしどうだろう、こちらの通信を傍受したのではないだろうか? 通信を傍受すれば内容は判らなくとも敵が居る事はわかるだろう。敵は注意しながらこちらへ進んでくるはずだ。となれば小惑星帯は一番最初に警戒されるのではないだろうか。見つかれば奇襲にならない。返って動きが取り難い小惑星帯では被害が大きくなる可能性が有る。

むしろ正面に兵を置き、敵の注意を向けさせ進軍させる。そして機を見て小惑星帯の伏兵に敵の後尾、または横腹を突かせる。

「なるほど、一理有る。皆、どう思うか」
「危険です。とても薦められません」
「小官はヴァレンシュタイン少佐の意見に賛成です」
「小官も賛成します」

シュターデンを除いて皆、俺に賛成した。
「うむ。参謀長、此処はヴァレンシュタイン少佐の意見に乗ろう」
「提督がそう仰るのであれば」
「どの程度の兵を伏兵にするか? 2,000隻程か」
「そうですな。それ以上は厳しいでしょう」

「4,000隻を伏兵にするべきだと思います」
「4,000隻だと、狂ったか少佐」
常識じゃ勝てないんだよ、シュターデン。

「誰でも正面にいるのが本隊だと思いたがります。そこを突くのです。正面に2,000隻なら伏兵があってもさらに少ない兵力だと思うでしょう。敵の警戒心は薄れると思います。さらに本隊を2,000隻にすれば、後退して敵を引きずり込むのも不自然ではありません。敵は我々が圧力に耐えかねて後退していると見るでしょう。そこを4,000隻で不意を突くのです」
 
 アルレスハイム星域の会戦は俺の考えたとおりに始まり終結した。こちらの本隊の兵力が2,000隻と知った同盟軍は猛然と攻撃を仕掛けてきた。こちらが後退するとさらに攻勢を強め勝利を確定しようとし、そして敗北した。

小惑星帯から出た別働隊4,000隻が同盟軍の後背を突き混乱。それに乗じて反転攻勢をかけた本隊によってほとんど潰走といって良いほどの醜態をさらし敗退した。敵の損傷率は約5割、4,000隻以上になるだろう。アルレスハイム星域の会戦は原作とは違い、帝国軍の勝利で終わった。そしてエーリッヒ・ヴァレンシュタインが用兵家として最初の一歩を踏み出した戦いとなった。





 
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