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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十六章 ド・オルニエールの安穏
  第五話 ド・オルニエール

 
前書き
 ……明けましておめでとうございます。

 一月ももう終わりだけど……。 

 
 ―――肩身が狭い。

 アンリエッタが下賜した領地であるド・オルニエールに向かう士郎の心境がそれであった。
 ド・オルニエールの領地は、トリステニアの西へ馬で一時間程の距離にあり、それは丁度魔法学院からトリスタニアへ行く時間と同じぐらいであった。そう言った距離や移動時間の関係から、ド・オルニエールは気軽に行き来する事が出来る領地であった。
 と、いうわけで、士郎たちは夏休みが終わる前にと、一度下賜された領地の検分しに出かけたのだが……。
 
「―――あ~……前々から思ってたけど、もう少しまともな移動方法ってないの?」
「……へ~何か文句でもあるって言うの。馬に乗るでもなく、ただ荷台に乗っているだけでありながら」
「ん? ま、ね。思ったよりも揺れるのね馬車って。これなら何かクッション……」
「……何故そこで俺を見る」
「あら? 言わないとわからないの?」
「ふ~ん。この程度の揺れでクッションが必要なんて。ああ、そっか。自前のクッションが薄いせいなのね……上と同じく」
「……いい度胸ね」
「何が? ああ、羨ましいわね。あたしも自前のクッションが薄ければ、シロウにお願い出来たんだけど……」
「この小娘」
「何よお・ば・さ・ん」
「―――へぇ」

 …………もう嫌だ。

 ド・オルニエールの領地へと向かう士郎たち一行は総勢七名。
 ルイズと士郎の主従コンビ。そしてタバサがいなくなった事から暇を持て余し気味のキュルケ。水精霊騎士隊の副長のセイバー。士郎付きのメイドとしてシエスタとジェシカの二人。そして周りが皆行くと言うことから付いて来たティファニア。
 この七名が僅か一時間であるがド・オルニエールまでへの旅の一行であった。
 一行の足は基本馬であったが、凛とシエスタ、そしてジェシカの三人は二頭の馬が引く馬車に乗車していた。
 最早ギスギスではなくバギギギとでも言うような空間になる一行の中、士郎は現実逃避的に遠い目となる。
 本来ならば、ここに水精霊騎士隊の他の隊員も全員来るはずであった。
 そう、つまり男が四人加わる筈であった。
 では、何故このような結果となったのか?
 全ては遠坂凛が原因であった。
 水精霊騎士隊の隊員と言いながら、今では実質遠坂凛の手下となっているギーシュたちは、今回も何かしら指令を受け(隊長である士郎に秘密に)行動を取っていた。
 
 ……最低でも訓練は倍だな。

 顔を俯かせ、士郎が澱んだ瞳でギーシュたちのこれからの運命を決めていると、地獄の鬼さえ逃げ出す修羅場の空気の中、ため息混じりの声が上がった。

「っはぁ……ほんと仲良いわねあなたたち」

 一行の先頭を進んでいたキュルケが、ジト目で振り返りながら一触即発な空気の中心であるルイズと凛、ジェシカの三人を睨んだ。

「「「―――はぁっ!!?」」」
「……仲良いじゃない」
「「「…………」」」

 全く同時に反応したルイズたちの様子に、一瞬目を丸くしたキュルケは、馬車の隅で縮こまって震えているティファニアに苦笑を向けた後、馬の足を緩め士郎が乗る馬と並んだ。

「少しはフォローしたら?」
「……無理を言うな」

 キュルケの呆れたような声に、士郎は項垂れ疲れた声を漏らした。

「で、どんなところなの? あなたが下賜されたド・オルニエールって」
「詳しくは知らないが、確か年収は一万二千エキューだと聞いたな」
「へぇ、なかなかのあがりじゃない」
「まあ、確かに、しかし、領地などもらってもな。経営なんて全くの素人だというのに」
 
 士郎が頭を掻きながら困ったように笑う―――と。

「そっちは任せときなさい。土地の管理については慣れたものよ」
「何であなたがシロウの領地に口を挟むのよ」
「あら? 駄目なの?」
「駄目に決まってるでしょッ!!」

 凛とルイズが言い争い、再度空気が悪くなる背後の馬車の雰囲気に、士郎はまたもや肩を落としてトボトボを馬を歩かせた。
 そんな士郎の肩を同情気味に肩を叩くキュルケ。
 後ろからは更にヒートアップする些かいの声。

「そう言えばあなたリネン川の決闘でも大分荒稼ぎしたそうねっ!」
「ああ、あれ。まあ、確かに大分もうからせてもらったわね。でもまあ、もう殆んど使っちゃったけど」
「なっ、使ったって―――シロウで儲けたんでしょっ! なら少しはシロウのために残しておきなさいよっ!」
「必要経費よ」
「必要経費って……一体何に使ったのよ!」
「直ぐにわかるわ」
「いいから、さっさと教えなさい―――っ!!」

 ルイズの噴火の如き怒りの咆哮を背後に聞きながら、士郎は空を見上げる。
 雲一つない青い空を、一羽の鳥が気ままに飛んでいる。
 このまま何処か遠くに行きたい(逃げたい)
 自然と潤む視界の中、ぽんと肩を叩かれる。
 さてはキュルケがまたも案じてくれてるのか、と思い振り向くと―――。

「シロウ。渡されたおやつが全てなくなりました。おかわりはありますか」

 ほっぺにクッキーの欠片を付けたセイバーが真剣な眼差しを向けていた。

 …………。

 士郎はそのまま再度空を仰ぎ、遠い空へと翔けていく鳥の後ろ姿を見つめながら返事をする。

「……荷台にあるから適当に持って行ってくれ」
「わかりました」

 うきうきとした感情を隠せない声で返事をしたセイバーが、今にも戦闘が始まりそうな馬車へ向かって嫌がる馬を向かわせていく。
 ふと、士郎は何も悲しい事がないのに、何故か頬を一筋の涙が流れた。





 いつ爆発するかも分からない空気を他所に、士郎たち一行は無事にド・オルニエールの地へと辿り着いた。

「―――見渡す限りの荒野ね」
 
 馬車から下りた凛が、眼前に広がる光景に何処か引きつった笑みを浮かべながら呟いた。
 同じように馬から降りたルイズたちも同じような顔でド・オルニエールの土地を見渡していた。
 凛の言葉の通り、士郎が下賜されたド・オルニエールの土地は、年収一万二千エキューのあがりがあるとは思えない程の荒れた土地であった。ちらほらと見える畑らしきものは、どうみても豊かとは言い難いものばかりで、それ以外は雑草が生えた荒地が広がるだけ。

「ま、まあ、重要なのは畑じゃないし……」

 凛が頭を振りながら馬車に戻っていく。

「う~……やっぱりここが一万二千エキューの土地とは思えないわよ。これって一体どういう事なの?」

 ルイズが頭を抱えていると、丁度その近くに荷馬車を引いた年配の農夫が通りかかった。

「あ、ちょっとわたし、あの人に聞いてきます」

 シエスタがびょんっと手を上げ、通りかかった農夫に向かって駆け出していく。

「ん? なにかなお嬢ちゃん?」
「あの、ちょっとお聞きしたいんですが、ここはド・オルニエールの土地ですよね」
「ふむ、確かにここはド・オルニエールじゃ……ですが。どうかいたしましたか?」

 シエスタと話す途中で、遠くで見つめてくる士郎たちに気付いた農夫は言葉を改めた。
 どうやらシエスタがどこぞの貴族一行の従者だと気付いたようだ。
 貧相な老いた馬を引く農夫は、馬と同じく見るからに貧乏臭い格好の老いた老人だったが、シエスタとの会話を聞くに訛りのない綺麗な言葉であった。

「あ、えっと……その、年収一万二千エキューの土地って聞いていたんですが、それにしては随分と荒れているなと思いまして」
「ああ、そういうことですか」

 老農夫は、微かに頬を上げると、昔を思い出すように目を細めた。

「先代の領主様の時代は、確かにその通りの土地でしたが。もう十年前の事です。後継がいないまま、先代がお亡くなりになられたことから、この土地はお国に召し上げられることになったのです。結果として、若い者はこの土地を離れていき、残ったのはわたしのような老人ばかり。今では年寄りが数十人ばかり細々と土地を耕し暮らしているだけでございます」

 老人から聞き出した話を聞いた士郎たち一行は、全員が同時に「はぁ……」と溜め息を着いた。
 シエスタの後ろをついてきた老人は、士郎たち一行を見渡すと首を傾げた。

「あの、どうか致しましたか?」
「あ~……いや、何でもありません。そうだ、少しお聞きしたいことがあるのですが」

 士郎は気遣う老農夫に小さく首を振る。

「はい、何でございますか?」
「屋敷がある筈なんですが、何処かわかりますか?」
「お屋敷、ですか? お屋敷はあちらでございますが……よろしければご案内差し上げましょうか?」

 荒れた農道の先に指を向けた老農夫は、士郎たちに振り返ると笑みを向けた。

「よろしいのですか」
「ええ、どうせ暇ですし」

 士郎の遠慮気味の言葉に、老農夫は大きく頷いてみせる。

「なら、よろしくお願いします」
「お屋敷にご用事があると言うことは、もしや新たな領主のエーミヤ・シェロウ殿では……」

 頭を下げる士郎をまじまじと見つめていた老農夫は、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

「……衛宮、士郎です」

 頭痛を堪えるように眉間に手を当て俯く士郎に、手を叩き喜色を帯びた声を上げた。

「おお、やはりそうでございますか。お屋敷が改装されておりましたし、新たな領主が来るのではと皆で噂をしておりました」
「……屋敷を改装?」

 老農夫の言葉に、俯いていた士郎の身体がピクリと動く。

「ええ、前々から若いお貴族様がたが屋敷に色々と手を加えて……あの、どうか致しましたか」
「……いや」

 顔を上げた士郎が、直感的に隣に立つ一人の女―――凛に顔を向ける、と。

「…………」
「何で目を逸らす」

 スイっと目を逸らす凛に、ジト目の士郎が責めるような口調を向ける。

「……なによ」
「あなた、何か知っているわね」

 しかし逸した視線の先に立つルイズが、士郎と同じようなジト目で凛を睨みつけていた。
 
「はぁ……さっきも言ったでしょ―――必要経費って」

 未だ疑いの目を向けてくるルイズたちの視線に背を向け馬車へと向かう凛は、後ろ手にひらひらと手を振った。

「見ればわかるわよ」





「これは……予想外だったな」
「そう、ね」
「わぁ……」

 老農夫の案内で辿り着いた先で、士郎たち一行は目の前に光景に感嘆の溜め息を着いた。長い間人の手が全く入らなかったためにほぼ獣道と化した道を行き、鬱蒼とした森を抜けた先にその屋敷はあった。
 士郎たちは荒れ果てた道行で、与えられた屋敷もまた、同様に荒れ果てているだろうと予想していたのだが、その予想は良い意味で裏切られた。
 確かにその屋敷は今の流行から程遠い古い型であったが、それでもまるでつい先日(・・・・・・・)建てられたかのような輝きが見られた。厳しい目で見れば、所々に年月による劣化も見られるが、穴が空いたり壊れた箇所はなく、あったと思われる場所は綺麗に補修がされている。
 どうやらまだ工事中であるのか、今もまだ、金槌が釘を叩く音が屋敷のあちらこちらから聞こえ、目の前を作業員だろうか、板を担いだ若者が……。

「―――あれ? 隊長、もう来たんですか?」

 長い板切れを肩に担いだ作業着を着た少年が、屋敷の前に立つ士郎たちに気付き足を止めると慌てた声を上げた。

「レイナールか? お前こそどうしてここに?」
「は? どうしてって、それは―――ッ!! ッ!? す、すいませんっ! すっ直ぐに終わらせますッ!!」

 レイナールは士郎の疑問に応える言葉ではなく、唐突に謝罪の言葉を口にすると、勢い良く頭を下げその場から脱兎の如く駆け出していく。士郎はその様子に目を白黒させたが、直ぐに後ろを振り向くと、非難がましい視線を背後の人物に向けた。

「……凛、一体何をした」
「失礼ね。別に何もしてないわよ。ただあの子たちにお願いしていただけよ」
「お願い、ですか?」

 馬車から下りてきたティファニアが首を傾げると、凛は小さく肩を竦めた。

「大した事じゃないわよ。ただ、屋敷を片付けといてって言っただけ」
「…………それは」
「何とも……」
「酷い話ね……」

 ルイズとジェシカ、そしてキュルケが目頭を押さえながら首を振った。
 どうやらレイナールだけでなく、士郎とセイバー以外の水精霊騎士隊の隊員が全員いるようだ。レイナールが駆けていく先には、土魔法で何やら土台を作っているギムリの姿があり、屋根の上には、金槌を振るうギーシュの姿がチラリと見れた。
 これまでのこの領地の荒れ様から、この屋敷の状態もかなり酷いものだったことは容易に予想できる。もしかしたら、今にも崩れ落ちそうな程に酷い状態だったのかもしれない。それが、新品―――とは言わないまでも、中古物件として問題なく売れるだろうレベルにまで修復するのには、これまで相当の苦労があった事だろう。
 魔法学院で学ぶ貴族の子弟が、汗水たらし平民の土作民の如く昼夜問わず働いていたのだろう。
 その苦労を忍び、心の中で涙を流したルイズは、その元凶であろう女を厳しく睨みつけた。

「ちょっとあなたっ、ギーシュたちはあれでも士郎の部下なのよっ! 何であなたが勝手に使っているのよっ! って言うか、貴族を何だと思っているのよっ!」
「はぁ、うるさいわね。いいじゃない。元々はあっちが言い出した事なのよ」
「え?」

 凛の言葉に、ルイズは目を丸くしてピシリと硬直した。
 キュルケとジェシカは変態を見るかのような目つきで黙々と作業を続けるギーシュたちを見た。

「自分から言い出したって、あの人たち被虐趣味でも持ってるの? まあ、貴族様等は何かと特殊性癖を持っているとは聞くけど、若い身空でそれは……」
「さあ、一人は確実に持っているのは間違いないけど……もしかして調教された?」

 キュルケが視線を向けると、恐れが多分に混じった眼差しを躱すように目の前で手をひらひらと振った凛は、くいっと顎で板切れを風の魔法で切断しているレイナールを示した。

「あの子が言ってたのよ。あのお姫様から士郎が領地を貰ったって教えたら、『それは事前に調べておいた方がいいかもしれませんね。陛下のお立場なら、ちっぽけな領地のことなんか覚えていないと思いますし。話を聞く限り、随分とほったらかしにされていたようですから、領地もどれだけ荒れているか、もしかしたら屋敷なんて崩れ落ちているかもしれませんよ』ってね」
「それが、どうしたのよ」

 ルイズが戸惑った声を上げた。
 確かにここまでの領地は荒れ果てていた。屋敷もまた、ギーシュたちが修復していなければ、住むのにも時間が掛かっていただろう。レイナールの心配は的を射ていた。
 だが、凛の話を聞く限り、レイナールは領地の現状を心配してはいても、自分たちが荒れ果てているだろう屋敷を修復するなどとは口にしていないようだが……。

「ええ、だから『あら? そんなに心配してくれるの? だったら、今度下見に行く予定だから、先に行って、屋敷の準備をお願いしてもいいかしら』って言ったのよ」

 ふふ、と小さく笑うと、凛は綺麗に修復された屋敷を前に腕を組み、うんと一つ満足気に大きく頷いた。

「やっぱりお願いして正解だったみたいね」
「……悪魔」
「悪魔ね」
「小悪魔じゃなくて悪魔ね」
「あ、あの……それは、ちょっと……」
「リン……流石にそれは」
「……やっぱり赤い悪魔だ」

 士郎たちの呟きをどこ吹く風か、凛は堂々と胸を張り自身の手際を褒めるかのように満面の笑みを浮かべていた。 














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 ギーシュたちが心身を犠牲にして修復した屋敷は、二階建ての昔流行したタイプの石造りの屋敷であった。玄関の前に扇状に広がる階段があり、重い樫の玄関の扉の先には、広々とした高い天井のホールが広がっている。
 玄関を入って右手には、二十人は優に抱えられる食堂があり、更にその奥には厨房があり。入って左手には応接間兼書斎が置かれている。
 玄関ホール正面にある途中で左右に分かれる階段を登れば、六つの部屋がある二階へとたどり着く。
 六つの部屋はそれぞれ広さは違っており、その中でも一番狭い部屋(それでも人が二、三人楽に寝て過ごせる広さである)をジェシカとシエスタの部屋とし、一番広い部屋が士郎の部屋となった。ちなみに、ルイズの部屋は二番目に広い部屋となっている。
 なお、士郎の部屋に置かれた新調されたベッドは、皆の意見(士郎の意見を除く)により四、五人は広々と眠れる程に大きなものとなった。
 屋敷の外の庭には、馬小屋と猟犬用の檻があったのだが、新たにセイバーのために竜用の小屋が建てられていた。
 そして、屋敷には地下室もあった。階段の下にあるその地下室の扉はしかし、硬く閉ざされており開く事は出来なかった―――のだが、もしや宝物庫かとの話を聞いたとある人(赤い悪魔)の鶴の一言により強制的に(凛の崩拳により)突破されることとなった。しかし開かれた地下室の中には、壊れた樽や板、庭の手入れの道具等が埃被って転がっているだけのただの物置であった。
 さて、そんな古びた物置であった地下室だが、凛と士郎の話し合いの結果、士郎の工房となった。ちなみに、凛の工房も屋敷の中に設置されたのだが、その位置は誰もわからないとのことであった。
 凛曰く、万が一間違って入っても、痛みもなく逝けるから心配するなとの言であった。
 なお、その話を聞いたルイズたちの猛烈な抗議(屋敷に致死性のトラップを仕掛けるな等)により、危険度はかなり引下げられたそうだが、危ないのは未だ変わっていない。
 それはさておき、この世界では初めての士郎の工房であるが、はっきりと言って大した設備はない。もちろん凛の工房とは違い、侵入したからといって問答無用に身体の自由を奪われたり、トラウマを植えつけられるような凶悪なトラップも設置されてはいない。そこは一見すれば、何処にでもある物置のようにも見えたが、幾つか普通ではない点がある。
 一つは壁や運び込まれた棚等に置かれたモノである。
 槍、剣、刀、ナイフ等様々な刀剣がそこにはあった。しかも、どれもこれも並ではなく、素人目からしても、業物であるのが伺いしれる程の凄みが滲み出る品々であった。もしも、これらを好事家の者たちが見れば、一振りだけでも屋敷を土地込みで購入できるだろう金額を支払ってでも購入するだけの垂涎ものばかりであった。
 しかし、もしもそういった好事家たちから求められたとしても、士郎は一振りたりとも売ることはないだろう。それは、これらの剣に愛着を持っているからではない。むしろその逆とも言っていいだろう。何故ならば、この工房に置かれた剣のほぼ全てが偽物だからだ。
 そう、この工房にある剣の殆どは士郎が投影した剣であった。
 しかし、その中に一振りだけ違うモノがあった。
 数十はあるだろう刀剣の中に、本物が一振り。
 本物―――と言うのは少しばかり違うだろうか、正確には、士郎が自らの手で鍛えた剣であった。
 普通の物置のようにも見えるこの工房で、普通の物置にはないモノを使って。
 それは炉であった。
 地下室の中央に設置されたソレは、一見すれば鍛冶場にある炉。
 しかし、その実態は少しばかり違う。 
 確かに、形だけを見ればソレは炉であり、その目的もまた同じである。
 だが、ソレは炎を使わない特殊な剣を打つために特化された―――魔剣を造る為の炉であった。
 地脈から汲み上げた魔力を用いて剣を鍛え、魔力を宿した魔剣を生み出すその炉は、何処にでも造れるようなものではなかった。様々な制約があるが、最も重要な点は、土地である。炎を用いず魔力により剣を鍛えるその炉に必要な魔力は尋常ではなく、一級品の霊地である筈の冬木であっても辛うじて使えるといった所であった。
 しかしこのド・オルニエールの土地は凛が求めたように、霊地としては別格。凛が管理していた冬木と比べても段違いであった。
 凛曰く、このレベルの土地は日本―――いや、地球(あちらの世界)では有り得ないとの事であった。
 その言葉通り、炉が完成し、早速剣を打ってみると、冬木にある炉で打った剣とは桁違いの剣が生まれた。
 試しに打っただけの、単に魔力が込められただけの剣であるにも関わらず、出来上がった剣は、宝具は言い過ぎにしても、それに迫る程の力を秘めていた。
 ただ試しに打っただけの剣がそれである。
 故に士郎は、それ以降炉を使用してはいなかった。
 余りにも危険であるからだ。下手をすれば、劣化版宝具と言える武器が溢れかえってしまう。
 自分の手には余る。
 だからこそそう判断したのだ。しかし、士郎は不安を感じていた。何故ならば、炉を造ろうと言いだしたのは、士郎ではなく凛であったからだ。今思えば最初からおかしかった。最初から凛は急ぐように霊地を探していた。良い土地を求めるのは魔術師としては何らおかしくはない。土地の恩恵は魔術師にとっては死活問題だからだ。しかし、魔剣を生み出す為のこの特別な炉は、一度の使用でも莫大な魔力を消費する。その負担は、土地の管理者である魔術師にもかなりの負担を強いる。実際、以前冬木で凛に無断で炉を使用した際、管理者である凛は会うなりいきなりガトリングの如き勢いでガンドを叩き込んできたほどの怒りを見せたぐらいだ。
 なのに、ここにきて凛は主導して炉を造り始めた。それも、冬木にある炉よりも更に出力が高いものを。それだけ負担が大きくなるというにも関わらず。
 まるで、これから現れるだろう、脅威に対抗するために―――。
 
「―――あれから鍛っていないようね」
「凛、か」

 唐突に掛けられた声に、士郎は驚いた様子もなく応える。
 凛が地下室に入った瞬間には気付いていたからだ。しかし、これは士郎が格別気配に鋭いという訳ではなかった。凛が気配を殺していなかったのも理由ではあるが、今回はそれ以上に別の理由があった。

「こんな夜更けにどうしたと問いたいが―――それよりもその手に持っているモノ(・・)は何だ?」
「あら、気付いちゃった?」
 
 おどけたような声で笑う凛は、肩に担ぐように抱えていたモノを地下室の片隅に置かれたテーブルの上に乗せた。
 ゴドン、と硬い金属の塊を落としたかのような音が響き、硬い樫の木のテーブルが軋みを上げた。

「……で、ソレは一体何だ?」
「そう警戒しなくてもいいじゃない」

 士郎の視線はテーブルの上に置かれたモノに注がれていた。その目には隠しようもない程の警戒が宿っていた。
 ソレは一メートル程の長さを持った棒状のナニカであり、隙間なく赤い布で包まれている。確かに怪しいが、士郎が警戒しているのはその見た目故にではなかった。まるで拘束するかのように、封じるかのように巻きつけられた布。正確な所は不明だが、魔力を封じる為のモノなのは間違いないだろう。その能力は、解析をしなくとも非常に高いのは伺い知れる。それこそ、カレンの使うマグダラの聖骸布に匹敵する代物にも見える。もしかしたら、これもまた、何かの聖骸布なのかもしれない。
 だが、問題はそこではない。
 問題は、そんな一級品の概念武装であっても、封じる事が出来ない程の力を放つその中身だ。
 封じられていながらも暴力的なまでの魔力を放つそれは、触れる事さえ躊躇う程である。

「ソレを前にして良くそんなセリフが言えるな」
「怒らないでよ。折角のプレゼントなのに」
「…………ぷ、プレゼント、だと?」
「そうよ」

 凛が口にした言葉と目の前の特級の危険物が繋がらず混乱する士郎に、テーブルの上に腰掛けた凛が妖艶な流し目を向けてくる。

「あなたの為に用意したのよ。嬉しいでしょ」
「……これほどまでに嬉しくないプレゼントは久々だな」

 ここで初めてと言えないのが色々と酷い。
 士郎は頭痛を耐えるかのように眉間を押さえながら凛を睨みつけた。

「で、いい加減教えてくれないか、これのことを」
「さあ、正確な所は私にもわからないわ。ほら、この間ギーシュが温泉を掘り当てたじゃない」
「ああ、あったなそんな事も」

 ついこの間―――昨日の事であるが、ギーシュが屋敷から程近い場所で温泉を掘り当てた。ギーシュ曰く、ヴェルダンデが穴を掘っていたら掘り当てたそうだが、穴を掘っていた理由については決して口を割ることはなかった。
 この様子だと、どうやら背後には凛がいたようだ。
 
「ギーシュに穴を掘らせたのは、ソレのためか」
「……霊地を探し回っていた時にちょっとおかしなものを見つけたのよ」
「おかしなもの?」

 士郎の問いに応えず、凛の視線はテーブルに置かれた布の塊へと向けられる。

「この辺りを流れる霊脈の中に、一つだけ異常な流れを見せるものがあったの」
「どういうことだ」
「あなたも最低限の知識ぐらいあるでしょ。霊脈は不規則に見えて実は規則性がある事ぐらい」
「……まあ、それぐらいは」
「……あんた」

 どことなく決まり悪そうに視線を逸らす士郎を、凛はジト目で睨みつけた。

「まあ、いいわ」

 溜め息を着きながら呆れたように頭を振った凛は、その長い美しい足を組み士郎を改めて見つめ直す。

「その霊脈というのが、土地の状況から考えて絶対にある筈のない霊脈なのよ。だから調べてみたの。具体的には、その霊脈の起点と思われる場所をギーシュの使い魔に掘らせたんだけど。良かったわ。都合良く穴を掘るのが上手い使い魔がいて」

 まるで自分の使い魔のような感想を口にする凛に、士郎は乾いた笑みを口元に浮かべた。どうやらギーシュたちは、自分たちだけでなく使い魔も使われているようだ。
 士郎の懊悩を他所に、凛は研究者が研究成果を語るような喜々とした様子で話し続ける。

「―――で、問題の霊脈の起点の中心から掘り当てられたのがコレというわけ」
「つまり、コレは霊脈を生み出すほどの力を持ったナニカと言うことか」
「そういうこと、実際それを取り上げてみたら案の定霊脈は消えたわ」
「霊脈を生み出す、か……」
 
 霊脈を生み出す―――異常だ。
 凛は軽い調子で口にしたが、そんなモノはまず有り得ない。現存する宝具と比べても比べられない程。例えあったとしてもそれは、神代で語られるような代物だ。だが、そんなモノが現実に、それも目の前にある。

「そんなとんでもな代物をプレゼントされるこっちの身にもなって欲しいんだが」
「あら、どんな魔術師も知れば親子供を質に入れてまで手に入れようとするような代物を前にとんだ言い草ね」
「はぁ……そもそも、これを俺に渡してどうして欲しい。それにどんな魔術師も欲しがるというのなら、欲しがるのはお前も同じ筈だろ」

 士郎の言葉にふんっ、と鼻を鳴らした凛は、スカートの中身が見えるような大きな仕草で足を組み直した。

「私がこんな物騒なモノを欲しがるわけ無いでしょ。コレ、ほんとにとんでもない代物よ。詳しく説明したら長くなるけど、一言で言えばそう―――魔力回路の塊、いえ魔力製造炉と言った方が正確かしら。下手にいじって暴走でもさせでもしたら……最低でもド・オルニエールの領地ぐらい軽く吹っ飛ぶでしょうね」
「―――おい、そんな物騒な代物を俺にプレゼントしたなのかお前は」

 士郎の怒ればいいのか悲しめばいいのか、それとも笑えばいいのかわからないといった複雑な顔にニッコリと笑顔を向けた凛は、大きく頷いた。

「ええ、そうよ。嬉しいでしょ」
「……っ、く、ぁ、ああ、とても、嬉しい、な」

 腕を組み、色々と考えた結果、引きつった笑みを浮かべ凛を睨めつける士郎。

「―――それで、魔力製造炉というが、出力的にはどの程度だ。領地が吹っ飛ぶとか、霊脈を生み出すとかを聞くと、余り聞きたくはないんだが……」
「そう、ね……」

 壁に寄りかかりながら顔面を両手で覆った士郎が、指の隙間から凛を見下ろす。凛は士郎の非難の視線を気にする事なく指先で唇を押さえながら「ん~」と唸りながら小首を傾げ。

「―――竜種、かな? それも最低でも幻獣の」
「くそっ……やはり聞かない方が正解だったか」

 頬に指を当てながら、えへっ、とでも言いそうな凛の姿に、士郎は完全に頭を抱えた。
 暫くの間放心したかのように天井を見上げていた士郎だったが、諦めたように溜め息を吐いた。

「それで、俺にこれを渡してどうするつもりだ」
「もう、わかっている筈でしょ」

 聖骸布に包まれながらも、(おぞ)ましい魔力を纏うソレを撫でながら、凛は笑った。



「――――――剣を鍛ちなさい」



 ゾッとする程に美しい笑みで。





 
 

 
後書き
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