| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

この異世界に統一神話を ─神話マニアが異世界に飛んだ結果─

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

01

 
前書き
一話一話は異様に短いです。 

 
 神話伝承の類いに興味を見出だし始めたのは、いったい何歳(いくつ)の頃の事だっただろうか。

 始まりの理由は、よく覚えていない。気が付いたときには、のめり込んでいた。

 絢爛な神々。勇猛な英雄達。そして魅惑的な精霊種。最初は、ただ彼らの活躍を享受するだけだった。その輝きに。その栄光に。夢と幻想を懐いて、眼を輝かせるだけだった。

 いつからだっただろうか。『神の実在』を信じなくなったのは。

  英雄は、神々は、本当に居たわけではないのだ、と、いつのまにか受けれ入れていた。

 しかしそれは、俺が神話伝承への興味や憧れを棄てた、ということと同義にはならない。逆だ。俺は、神の非実在性の裏に、ある目的を見いだしていた。

 全ての神話は、その地に住む人々の起源を写す鏡だ。

 例えば、『地母神』という概念がある。神々の中でも、母性や女性の象徴としての役割が強い女神達の事を、総称してそう呼ぶ。

 その中でも、あらゆる神々の起源となる母たる大女神は、その神話の広まった土地で愛されたもの、神聖視されたもの、求められたものを司る。

 例えば大地なき島々(ギリシア)では大地の女神(ガイア)が。
 例えば二つの川に挟まれた地(メソポタミア)では海の竜女神(ティアマト)が。

 愛された故に。求められた故に。
 他ならぬ『命の源』、人類の最初の疑問たる『なぜ私は生まれたのか』『どうやって誕生したのか』……その概念の回答として、彼女らが、祭り上げられた(創造された)語りあげられた(想像された)


 例えば、ひとつの英雄譚がある。そこに記されたのは、それが語られた当時にあった重大な事件や、疑問に思われたことが反映される。

 砂漠の王国(ダヴィデ)海の民(ゴリアテ)を、五つの会戦(ハメシュ・アヴァニム)を以て撃滅し。
 (バァル)(モト)と争い死に、そしてまた春が来て(甦って)(モト)を殺す。

 その出来事が、人類にとって大きなターニングポイントであった故に。
 その発見が、人類にとって重要な現象であった故に。

 そんな、神話の裏を探るのが、俺の目的になっていた。全ての神話を繋げて、再解釈し、感動する。それが俺の、『神話伝承への興味』のカタチだった。

 神話の裏を探るのは、楽しかった。

 全ての神話の奥に隠された出来事を、概念を紐解けば、人類の起源が──人が辿ってきた(アカシック・)全ての歴史(レコード)が分かるのではないか。それが、俺の中にあった期待だった。

 いや、それはもしかしたら建前に過ぎなかったのかもしれない。俺が知りたかったのは。期待していたのは。

 ──人類の誕生に、その歩みに、もし、本当に神々や英雄がいたならば。

 多分、それだったのだ。

 超越存在の否定を以て、逆説的に超越存在の実在を証明する。

 いつか、最初の創世記(エヌマ・エリシュ)よりもなお古い、始まりの神話(オリジナル)閲覧し()たい。

 それが俺の、夢だった。
 
 誰一人として理解しない、日登(ひのぼり)煌我(こうが)が、22歳の今日このときまで抱き続けてきた、幻想(ミソロジー)

 俺が、異世界で出会った、青い少女に気づかされた、願いだ。


 ***


「ぐぅ……」

 体の節々に痛みを感じて目を覚ました。目を開ければ視界に入るのは机の上に山積みになった資料やノート、模型など。全く整理整頓されていないが、俺には一応どこに何があるのか理解できているから問題ない。

 しっかし……そうか、寝落ちしてたのか。
 高校生くらいまでは寝落ちなんか経験したことも無かったが、大学に進んで以降はよくやらかすようになったなぁ。気を付けないと。

 ともかく、昨夜の作業の続きに戻りたいと思う。

 俺の職業を端的に表すなら、『統一神話学者』、だろうか。多分、正確には『比較神話学』とでも言うのだろう、国内ではマイナーな学問のジャンルを探究する研究者──の、そのまた異端児だ。

 子供の頃から世界中の神話やら伝承やらが大好きだった俺は、大学はそういった方面の学校に進みたかった。しかし俺の学力で行ける大学には、そういった学校は殆どなく。結局、進学先では俺の望んだような研究はできなかった。

 だから、卒業した今、俺は自力で研究を進めている。

 英語と数学はからっきしなのだが、英語以外の言語なら、多少は簡単だった。何でだろうな。何で英語だけ出来んのじゃろうな。

 そういうわけで、取り寄せた資料や、時には自分で資料を作ったりしながら、俺は求めていた。

 『始まりの神話(オリジナル)』を。この地球に人類が誕生してから、今日に至るまで。どのような経緯を辿ってきたのか──それを象徴する、全ての神話の起源。

 と、俺が勝手に想像している神話だ。
 あらゆる神話は、何らかの現象や出来事を、人の理解の及ばない領域のこと、として、古代の人々が書き表した物語である、と俺は考えている。だったら、人類の辿ってきた道を全て表した神話だってあってもいい。

 今、現存が確認されていて、物語性のある最古の神話はメソポタミアのシュメール神話だ。俺は、それよりもなお古い神話を求めている。

 調べることは、楽しい。
 幼い頃も。大学時代も。卒業してから今日に至るまでの半年間も。誰も理解はしてくれなかったけれども。誰一人として『統一神話』を求めはしなかったけれども。

 俺はきっと、自己満足でそれを調べている。俺自身が、人類の始まりを見たいから。

 ただ願わくば──俺の成果を求める人が現れてくれると、もっと嬉しい。必要とされないのは、いくら期待していないとは言っても少々辛い。求めてくれる人がいるのは嬉しいことだ。

「誰もが統一神話を求める世界──なーんてな」

 そんな妄想を懐きつつ、俺は今日の作業を開始する。

 統一神話の探究方法は、いたって簡単で単純だ。一柱の神格と、もう一柱の神格の権能や特徴を比較して、似通ったところを発見すれば『共通神格』である、と位置付ける。

 そうやって見つかった共通部分……相同性を記録し、また別の神や英雄、事件と見比べる。そうやって、起源を探るのだ。

 共通神話の有名なところでは、『なぜ人は短命なのか』という事を説明した『バナナ神話』、古代の人類を襲った大災害を描いた『浄化の大津波(ウトナピュシュテム)』や『裁きの光(セクメト)』、あとは人類の最後に、世界中の英雄が甦って故国を護る、『終末戦争(カリ・ユガ)』か。

 それとイナンナ系女神の存在かなぁ……ヤンデレェ……。いや、俺は好きだけどねヤンデレ。


 今日の俺は、数日前に図書館で見つけた、聞いたこともない名前の神々が描かれた叙事詩と、既存神話の照らし合わせである。全体的な雰囲気は、バビロニア神話に近いか。かなりシュメール神話に近い、初期の頃の神話のような気がする。重大な役割を持つ兄弟の主神が、神聖数たる『三柱(トリムルティ)』ではなく二柱だ。これはトリムルティが一人の父と、その二人の息子で構成されるメソポタミア系の神話に近い。

「ん? この神、イナンナ系じゃない……ぐっ……!?」

 その時だった。

 突然、頭痛がはしった。脳髄の中心を揺り動かすように、ずきり、ずきりと、痛みが続く。

「なん、だ、これ……!」

 自慢ではないが、体力が無いためフィールドワークに向いていない、と言われたほどの俺は、当然痛みにも耐性がない。これは、かなり、きついぞ……!

 痛みは、鋭い熱へと変わる。

 俺はよろよろと立ち上がると、洗面所に向かって歩き出した。頭を冷やしたい。

 しかし、体力の限界は俺を完全に蝕んだ。


 ぐらり、と傾く体。痛み。頭に激痛。

 俺の意識は、そこで暗転している。 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧