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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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外伝 黒の修羅 前編

「くそっ!だから保守点検は入念にやっておけとあれ程言ったというのに!!」

 日本帝国軍の高官の一人が机に拳を打ち付ける。
 朝鮮半島、鉄原群――――北朝鮮と南朝鮮の元軍事境界面であり、高い山脈に囲まれた平野であり、穀倉地帯として有名だった場所だ。

 今、其処にBETAの前線拠点であるハイヴが建造されつつあった。

「あそこの山脈は天然の城壁、山を越えて進軍しようものならあっという間に光線級の餌食だ!!しかも穀物輸送用の高速トンネルをBETAが我が物顔で進軍してきている!!!」

 本来、高速トンネルではBETAを誘い込み。あえて崩落させることで時間稼ぎと共にBETAを間引く対策がなされていた筈だった。

 しかし、その高速トンネルは杜撰な保守整備により自爆装置・隔壁シャッターともに機能せずBETAが素通り状態なのだ。
 光線級に高所を取られることは戦略上致命的であり、高い山脈に囲まれた鉄原ハイヴへと攻め入ろうにも山脈を乗り越えようとした瞬間に遮るものは何もなく光線級の餌食だ。

「……残る手段はトンネルの充填封鎖か爆破しかないな。」
「爆破のほうが簡単だBETAも道連れに出来る!!」
「しかしBETAの生命力を甘く見てはならない、彼奴ら生半可な崩落ではすぐに穴をあけてしまうぞ。」

「この陣地の守備は諦めBETAによって山脈が無くなるのを待つのも手ではないだろうか。」
「鉄原のすぐに近くには京幾道がある!この工業地帯を失えば朝鮮半島での補給に重大な問題が発生する可能性が高い!!
 ここで戦線が瓦解すれば日本は目前だ!!」
「鉄原群の民間人の移送すら完了していない、彼らの護衛も必要だ。」


 荒れ模様の会議、その様子を詰まらなく見つめる瞳があった。黒き斯衛軍服に身を包んだ青年だった。

「詰まらないのは分かるけど、もっとちゃんとしてよ。大事な事なんだから。」

 横からひそひそ声で肘を付きながら苦言を呈す黒の斯衛軍服に身を包んだ少女を眠そうな半目で見やる。
 長かった黒髪、それを入隊と同時にバッサリと切り落としてしまった彼女、しかしそれでも彼女の印象は変わることがない―――芯のある女だ。

「………」

 一秒ほど彼女を見て、もう一度会議の様子を眺める―――やはり詰まらない。
 この議論の要点は二つ、この拠点を捨てるか維持するかだ………逆転しようという気はこの場の誰にもさらさら無い。

 勝つ気のない戦いの会議何ぞ詰まらなさ過ぎて反吐を通り越して欠伸が出る。
 戦うのなら勝つための話し合いでないとやる気は微塵も啓発されはしない。

「仕方のない人だね」

 ありもしない頭痛を感じたのか、少女がガックシと肩を落としてため息をついた。
 この人と一緒にいるとこういう気苦労ばっかりするよ、と同僚に愚痴っていたのを聞いた記憶があった。

(………俺何ぞさっさと見捨てれば此奴も自由な身の上なのに、物好きな女だ。)

「お集りのお歴々の方々よ。もう少し意義のある議論を成しませぬか?」
「これは発花(たちばな)どのそれはどういう意味でしょうか?」

 声を発したのは山吹を纏う斯衛軍人であった。

「ええ、皆さま先ほどから目的にバラつきが見受けられます。先ずは退くか攻めるか、それを択一せねばならないでしょう。」
「其れは尤もだ、国連上層部からは徹底抗戦という指示を受けてはいるが……正直、既存戦力では不可能に近い。」

「ならば、我が日本帝国と国連の利害は一致しています。日本は未だ本土防衛の体制が整ってはいない。
 ならば、我が国には一日でも多くの猶予が必要なのです。其の為にも攻めるしかないでしょう。」
「しかし山脈が……」

「ではここで退いたとして一体何処で巻き返しを行うつもりなのですか?幸いなことに平野周辺は山脈、光線級から隠れる場所は幾らでもある。
 みなさん、BETAの多くがハイヴ建設に費やされている今こそが彼奴等を足止めする好機!ここで退けば奴らの増殖を許し、半島そのものが日本への橋頭堡(きょうとうほう)となる。」

 山吹を纏う斯衛の軍人、この遠征部隊の指揮官である発花中佐が一同を見渡しながら丁々発止に紛糾する議論を纏めていく。

「退くだけでは意味はありません、時間を、猶予を稼いでこそ我らの勝利への鍵となる。」
「しかし……主力の中韓連合軍は山岳地帯での戦闘に不慣れだ、装備・練度のバラつきが激しい国連軍も難しいだろう……我が軍も難民の護送で手一杯だ。」

 トンネル封鎖作業、それは周辺の山越えをしてくるBETAを排除しつつ、内側からも出てくるBETAを相手にしながら一か所にとどまり続ける……という事だ。
 大量のBETAの蠢く真っ只中で足を止める危険性―――並みの部隊では不可能だ。

「ご安心を……山岳地帯での超密集格闘戦。我ら斯衛が最も得意とするところです。」


 並みいる日本帝国軍将官、彼らを前に斯衛軍遠征部隊の将は宣言した。






「――――」
「詰まらなさそうだな柾。」

 上官である発花中佐が警護役であった己に語り掛けてきた。

「結論が最初から決まっている割に長い会議を見物させられたのです、それくらいは大目に見てください。」
「こら!忠亮ッ!!―――中佐申し訳ありません!この人には私からよく言い含めておきますので。」

「よい、伊上少尉。彼の言い分も尤もだ、確かに詰まらぬ会議ではあった。」

 正直な心境を口にした己を黒の少女が口を酸っぱくし、代わりに謝罪を述べる。
 しかし、上官である彼は同じ意見のようだった。

「物事の善悪に目を向けたとき、負戦にもそれなりの楽しみ方というものがある。―――が、しかしそれは、人類の存続という前提があったらればこそ。
 この戦い、確かに詰まらぬし、それを指揮する連中もまた詰まらん人間どもよな。」

「中佐、それはどういう……」

 先ほどの一向に議論を纏めれぬ帝国軍将校らを思い浮かべて山吹の中佐は鼻で笑う。
 その意味を問わんと黒の少女が問うた。

「例えばだ、伊上少尉。避難する民間人の護衛、それを一切無視しそのリソースを前線投入や物資輸送に割り振った場合、我が軍の戦果はどれ程になると思う?」
「そんなことが許されるはずは―――」

 帰ってきたのは問、しかも答えが明瞭過ぎるが、決して選んではいけない想定だ。

「許されるさ、我らが守るべきは日本国民とその益に限定される。この国の人間を守るのはこの国の軍隊の仕事だ―――覚えておくといい、国際社会において守るべきは人道などという影も形もない幻想ではない、損得勘定のみだよ。
 それをはき違えては、真に守るべきモノを殺す事にしかならない。」
「じゃあ見殺しにしろと……避難民の中には小っちゃな子供だっているのに。」

 苦虫を百匹ほど纏めて噛み潰したような苦々しい表情で黒の少女が言う。
 其れを興味なさげに聞いていた黒の青年は“愚かな”という感想を抱く。

「君のいう事は良くわかるぞ少尉、善でありたいその願いは人として至極真っ当だ。
 だが実際、善には犯せぬ非道がある。取れぬ手段が多い、枷が多い。……故に善は悪に対し常に不利だ。
 だがな、善であり続けるが故に滅びてしまえば、それは無責任という悪だ。」
 「だから私たちは今必死に戦っているんじゃないですか!!」

頑張ったのだから認められるべきだ、頑張ったのだから成果がついて然るべきだ。
――彼女の言葉にはそういう前提が見え隠れする。
実際、彼女はその費やした労に見合うだけの結果を今まで得てきたことが多いのだろう。

その才、努力、強運それらは認めよう、彼女の力は一級品だ。
だが、そうはならない事態は常に付き物なのだ―――いくら頑張っても報われない、そんなことはザラにある。

必死に戦った、だが尚足りぬ場合―――余計なものをそぎ落とすしかない。


「ゆい、ではお前は日本のいま、笑っている日本の子供たちがその目前で親兄弟を食い散らかされて―――その絶望と恐怖の中で生を終えるのを良しとするか?」
「それとこれとは話が違うよ!!!」

我慢の限界、今自分たちが置かれている状況をそのままに口にした。


「同じことだ、今ここで日本と無関係な人間の命と、俺たちが守るべき命。その差は明瞭だろ。」

「同じ命なのに差別しろっていうの!?」
「朝鮮人と日本人だ、その命の価値が同じとなぜ思う。そもそも……同じ命が一個でもあるというのかッ!?
 命の価値は平等、同じ重みだと?……痴愚の戯言だ。
 俺たち日本の軍隊にとって日本人の命以上に重い命があっていいわけないだろうがッ!!!俺たちは何を守るために存在しているッ!?」


命の価値は平等ではない、相対的に変化するものだ。
たとえ話をしよう、Aという人間が居た。
其処にBという見も知らぬ人間が通りかかった、そのBにはCという恋人がいた。

さて、このBという人間の命の価値はAとCでそれぞれにおいて同価値を有しているだろうか?
答えは否である。

Bという人間が不慮の事故、病気などで命を落としたとしても、それはAからすれば赤の他人の出来事であり、その死にも生にもさほどの興味も無くAという人間の人生に寄与することは殆どないだろう。

だが、Cにとっては違う。
自身にとって掛け替えのない命の喪失、それはCの人生に大きな影響を及ぼすだろう。その死に嘆き悲しむだろう。

この反応を見てわかる様に、人間の命とは平等ではない。絶対値で価値が決まっていてその全てが同じというものではない。

誰に、或いは組織にとってどういう人間かによってその命の価値は変化する。
正義と同じく、人命とはその価値が多様に変化する非常に曖昧なものでしかないのだ。

其れを差し置いて、やれ平等だ尊重だ―――現実を見れぬ阿保の戯言だ。理論が無い、実証が無い、よくそんな出鱈目を吐けるものだ。感心すら覚える。


「それはわかってる……けど!守りたいんだよ!!」
「では奴らを救うために戦力を割き、BETAの日本上陸を許して―――お前は死んだ人間たちにどう謝るつもりか?どう責任を取るつもりか?
 可哀想だから助けました、その結果あなたたちが死ぬ未来を選んでしまってごめんなさい―――とでも謝るつもりか?
 そいつらの中には、既に逝った戦友たちの家族、恋人、友人もいるだろう。お前はそいつらに会ったとき、そいつらを直視出来るか?」

 悔しそうに睨みあげる黒の少女、それをただ凍てついた瞳で見ろ下す黒の青年。
 この青年の言葉は事実だ、血税で賄われる軍費。一人当たり数億かかる教練費用。一機当たり百億以上する機体―――それらと、国民の命を背負って自分たちは此処にいる。

 此処にいる理由は人道を守るためじゃない、この朝鮮半島の真後ろに迫った日本を守るためだ。
 びた一文払っていない連中を救うためではない。そもそも、そんな連中、この土地がこの場所になければ守る必要すらないのだ。

 それでも、守らねばならないものとして人道を挙げているが―――実際、そんなものはお荷物に過ぎない、他国の避難民の警護に戦力を割けば割くほど日本へBETA上陸の危険は増大してゆく。
 
 自分たちが真に守護すべきものは一体何なのか、その責務と責任の在処を追求した場合、人道なんという物は最も優先順位が低くて然るべきものなのだ。
 それでやれ人道だ倫理など……無責任な身勝手極まる戯言である。

「綺麗ごとで誤魔化すな、線引きをしろ、区別を付けろ。己の責任の所在を自覚しろ―――俺たちの剣は、無節操な独善を振りかざすためにあるわけじゃない。」

「それでも人として守らないといけない一線ってあると思う!私は私の武士道を、折りたくないッ!!」
「ふんっ勝ってにしろ―――女子供の幻想(だだ)に付き合う義理はない。時間の無駄だ、偽善を唱えたければその軍服を脱いで日本でやっていろ。」

 いつもそう―――君は二言目には日本に帰れ。
 その言葉を聞くたびに辛くなる、分かっている………彼が私の身を案じてくれていることを。
 だが、そのたびに自分が彼にとって何の支えにも助けにもなっていないと言われているようで胸が痛くなる。


「君は、どうしてそんなに頑ななの………?」
「俺の守りたいものは絵空事じゃないからだ。依って立つ物が絵空事では最強には―――――なれない。正義には届かない。」


 最強でなくては正義ではない。
 敗北した正義は、その時点で悪に成り下がる。弱さは悪であり罪だから、どんなに正しくても負けてしまえば悪になるのだ。
 だから、己が依って立つべき正義。何が何でも守り通したいと感じる一念、それが必要なんだ。

 この嘘が暴かれる戦場になら、それがあるかも知れない。
 無くても、この戦いを勝ち抜いていけば――――戦いの中に最強への血路(みち)がある。

 最強と正義、その二つが揃った究極の理想を手に入れるまで、止まれない。止まるわけにはいかないのだ。
 例え道半ばで果てるのだとしても。


 青年は戦場の荒野を目指す、少女はその背を追う。
 彼が投げ捨てる物を必死に拾い集めながら、その遅い足で懸命に――――。
 
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