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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
平穏な日々
  紅色との日 02

 ヒースクリフを追い返した僕は、アルゴさんから貰った情報を整理したり、寝ているアマリの顔を眺めてニヤニヤしたり、アルゴさんに色々な情報を送ったり、寝ているアマリの髪を撫でてニヤニヤしたり、アイテムの整理やスキル熟練度の確認をしたり、寝ているアマリの頬をプニプニしてはニヤニヤしたり、装備の耐久値をチェックしたり、寝ているアマリの小さな鼻をツンツンしてはニヤニヤしたり、寝ているアマリの長い睫毛を弄ってはニヤニヤしたり、その度に「んにゅ……」と漏らすアマリの様子を見てはやっぱりニヤニヤしたり、まあ、そんな感じで時間を潰していた。

 アマリは基本的に眠りが深いので、僕が本気で起こしにかからない限りは起きないだろう。 前に一度、寝ているアマリを起こすのが忍びなくて、そのまま起こさずにずっとアマリの寝顔を堪能していたことがあったけど、その時はぶっ通しで20時間くらい寝ていた。
 こちら(SAO)に来てからも、あちら(現実)にいる時も、僕はあまり纏まった睡眠をらない体質なので、そう言うところは羨ましく思わなくもない。 さすがにずっと寝っぱなしって言うのは勘弁だけど。

 このままいつかのようにアマリの寝顔を堪能して夜まで待つのも悪くはない提案ではあるけど、残念なことにエギルさんから呼び出しのメッセージを受けてしまった。 なんでも、ベッドを新調してくれる木工職人とコンタクトが取れたとか。
 詳しい話しを聞くためにエギルさんがいる50層に向かおうと決めた僕は、ベッドの上で幸せそうな寝息を立てているアマリに振り返る。

 「いってきます」

 返事は当たり前だけどない。 それでも僕は笑って寝室から出ていった。









 で、現在。
 僕は50層の主街区、アルゲードに来ていた。
 転移門広場から西に伸びる目抜き通りにあるエギルさんのお店による前に、僕はそう言えば食事がまだだったことを思い出した。
 どうにもアマリとの生活が長い僕は、アマリがいないと食事を疎かにしがちだ。 食事に対して頓着がないと言うか、食事の優先順位が低いと言うか、とにかく、アマリが空腹を訴えない限りその事実を忘れてしまうことすらある。
 別にエギルさんのお店に寄ってからでもいいけど、僕はさしたる理由もなく、つまりはちょっとした気まぐれで転移門広場から東に向かった。

 キリトが何故か贔屓にしている謎のNPCレストランは論外として、アルゲードのレストランはNPCが運営しているものにしろプレイヤーが運営しているものにしろ、あんまりピンとこないお店が多い。 それこそキリト辺りはその雰囲気が好きなんだろうけど、僕はこの街の雑然(キリトの言葉を借りるなら『猥雑』)とした雰囲気は苦手なのだ。

 とは言っても、エギルさんやキリトに会いに来るので、大体の地理は把握している。 ある程度落ち着いた雰囲気の、アルゲードでは大分落ち着いた雰囲気のお店を探すのには苦労したけど、それでもなんとかギリギリのラインにあるそこを見つけた時は柄にもなく安心したものだ。

 閑話休題。

 久し振りにそのお店、《マロッキーノ》に向かう道中、いつも騒がしいアルゲードがいつも以上に騒がしいことに気がついた。 見れば進行方向には人集りができていて、全く進めそうにない。

 何があったんだろう?
 なんて首を傾げては見たけど、小柄な僕ではあの人垣の先は見れないのだ。 飛び越えられないことはないけど、さすがに街中でそんなことをして目立つのも嫌なので、少ない隙間をスルスルと縫うように進んでいく。

 どうやらここに溜まっている人たちは何かを見ようとしているらしく、心渡りを使えるだけの《意識の空白》がある。 こう言う時、心渡りは本当に便利だ。

 「あ……」

 人混みを渡っていた僕は、ようやく見えてきた人垣の発生源を見て、思わず声を出してしまう。

 そこにいたのは紅と白の少女。
 集まった人が鬱陶しいのか、その綺麗な顔に厳しい色を添えて歩く少女が近づけば、人の波が自然に避けていく。 さながらモーゼのような現実に苦笑していると、少女もまた、僕に気がついてしまった。

 「あ……」

 数瞬前の僕と同じように思わずと言った風情で声を上げ、それから最短距離で僕の前に立つ。
 その頃には周りにいた人たちが道を譲っていて、気がつけば僕と少女は向かい合っていた。

 「まさかこんなに早く会えるとは思っていませんでした」

 栗色の髪を風に揺らしながら、紅と白の少女は言った。

 「少し、お時間を頂けますか?」









 「それにしても相変わらず凄い人気だね」
 「目立つのは仕方ないですけど、あまりいい気分ではありません」

 今までのように嫌悪の籠った視線ではないものの、それでも十分に厳しい目線を僕に向けたアスナさんは、目の前に置かれたカルボナーラ(正確には『っぽい何か』)をつつく。
 美人なアスナさんが街を出歩けば大体あんな感じになるけど、やっぱりいつまで経っても慣れないらしい。 今日は随分とお疲れモードだ。

 あの後。
 アルゲードの街で再会したアスナさんは、どうやら僕に用があったらしく、かと言って街で話していると周囲からの視線があるので移動することにした。 適当なお店だったり、あるいは別の層に行っても良かったところだけど、元々ここ、マロッキーノに来る予定だったので、そのままアスナさんを連れてきたと言うわけだ。

 ちなみに、迷路のようなアルゲードの街の中でも一際入り組んだところにあるため、僕たち以外にお客さんはいない。

 「だったらいっそ変装でもしたらどう? 騎士服を脱げば大分違うと思うよ」
 「変装……それはあなたのようにですか?」
 「うん? うん、まあそんな感じ」

 適当に頷きつつ僕はヴォンゴレ(やっぱり正確には『っぽい何か』)をフォークで巻き取る。

 アスナさんが言う変装とは、僕の今の格好に対する指摘だ。

 圏外に向かう際に縛っている髪を下ろし、普段は隠蔽スキルの効果を上げるために黒系統の服を重用しているけど、今日は白のパーカー風の上衣に明るい青白色のパンツを履いている。 更にアクセサリーアイテムに分類されている眼鏡までかけているので、よく知らない人が見ればまさか僕がフォラスだとは気がつかないだろう。 と言うか、元々の外見もあって女の子と勘違いされることの方が多かったりもする。 おまけにカモフラージュ用に短剣まで装備しているので、雪丸のイメージが強い僕の正体は簡単にはバレない。

 アスナさんとは違う意味合いで有名な僕は、気軽に街を歩くと騒動になりかねないのだ。 自慢や自惚れではなく、純然たる事実として。
 《戦慄の葬者》 《骸狩り》 《災厄》 《復讐鬼》 《笑う殺人狂》
 僕を指す異名はどれもこれも物騒なものばかりだ。
 それらは僕の行いが悪かったので仕方がないとは言え、街を歩けば騒然とされるのはあまり良い気分ではないので、普段のお出かけは大体こんな格好をしている。 もっとも、僕の異名を知っていようとも、その外見まで知っているプレイヤーは攻略組を除けば少ないから、そこまで気を遣う必要はないのかもしれないけど。

 「それにしてもって言うならこれもそうだけど、まさか同じ日の内に血盟騎士団の団長と副団長に会うなんてびっくりだよ。 もしかしてKoBって結構暇なのかな?」
 「暇だなんてとんでもありません」
 「へえ、じゃあなんだってこんなところに? こう言ったらあれだけど、この街はアスナさんには似合わないよ」
 「あなたを探していました。 キリトくんに聞いたところ、よくエギルさんのお店に顔を出すと言われたので」
 「エギルさんのお店は反対側だけど?」
 「ええ、知っています。 あなたがお店に顔を出し次第、連絡を頂けるようお願いしてきました」

 サラリととんでもないことを言ったアスナさんは、カルボナーラを上手くフォークに巻いて、上品に咀嚼する。

 「……美味しい」
 「ふふ、でしょ? ここは僕のお気に入りだからね」
 「レシピを聞いたら教えてくれると思いますか?」
 「んー、無理だと思うよ」

 以前のアスナさんであれば、食事中でも関係なく用件をさっさと切り出して話しを早々に終わらせただろうし、そもそも僕に食事に誘われても絶対に断ったはずだ。
 それがどう言うわけか、今はこうして食事を共にして、あまつさえ歓談までしている。 一昨日エギルさんのお店であった時にはいつも通りだったのに、昨日にはその態度が一変していた。 何があったのかは断定できないけど、どうやら謎の心変わりがあったらしい。
 それでも頑なに突き放したような敬語を止めない辺りはアスナさんらしいと言えばらしいけど。

 さて、そろそろアスナさんの思惑を聞いておこう。 主に僕の精神衛生のために。

 「ねえ、アスナさん」
 「はい」
 「アスナさんは僕のことが嫌いだよね?」

 思わず変な言い回しになったのは仕方ない。 昨日もそうだったけど、こんな感じのアスナさんを目の前にすると、どうにも変な感じがするのだ。

 「少なくとも一昨日あった時は凄い嫌われようだったって自覚してるんだけど、僕の勘違いだったかな?」
 「それは……」
 「ああ、別に責めてるわけじゃないよ。 僕はアスナさんに嫌われる……憎まれるだけのことをしたし、それを許してもらおうなんて更々思ってない。 でも、昨日あったらなんだかいつもと違ったから、それが気になっただけ」
 「…………」
 「憎んでるって言うならそれでいいし、むしろそうあるべきだとも思う。 ねえ、本当のところを聞かせてよ」

 逃げ場を求めるように視線を泳がせたアスナさんは、最終的に俯いてしまう。 間を保たせようとしたのか、手に持ったフォークが僅かに動くけど、残念ながらカルボナーラは既に完食されている。

 尚も無言が続いたけど、やがてポツリポツリとアスナさんの言葉が紡がれる。

 「一昨日、あの後キリトくんと一緒にご飯を食べて、その時に色々と聞きました。 あなたのこと。 《白猫音楽団》のこと。 リーナさんのこと。 アインちゃんのこと。 エリエルのこと。 アマリとのこと。 あの時のこと。 全部、全部聞きました……」
 「……そう」
 「それまでも知っていたつもりでした。 あなたの友達として、血盟騎士団副団長として、可能な限り情報収集をしていたつもりです。 でも、キリトくんから話しを聞いたら細部が異なっていて……。 もう、何を信じたらいいのかわからなくなって」
 「何を信じたら?」
 「フォラスさん、あなたは本当に復讐を望んだのですか?」

 無言になるのは、今度は僕の番だった。

 「あの復讐は、本当にあなたが望んだものだったのですか?」

 ーーやめろ

 「キリトくんが言っていました。 『あいつは狂ってなんかない』と」

 ーーお願いだからやめてくれ

 「確かにあなたはプレイヤーを殺しました。 ですが、それはあなたが殺したかったのですか?」

 ーーそれ以上は言うな

 「あの事件に関わった多くのプレイヤーはあなたを非難しましたが、キリトくんやクラインさんはあなたを擁護していましたよね? 直接の関わりがなかったエギルさんやアルゴさん、それに団長も、やはりあなたを擁護した。 今更ながら、それを思い出しました」

 ーーそれ以上言えば戻れなくなる

 「そんな人たち全員に話しを聞き、そうしたことで益々わからなくなって……」

 ーーやめろ

 「ねえ、フォラスさん」

 ーーやめろ

 「あなたは本当に復讐を望んだのですか?」

 ーーやめろ

 「あの復讐は、本当にあなたが望んだものだったのですか?」

 ーーやめろ

 「あなたは本当に狂っているのですか?」

 ーーやめろ

 「フォラスさん」

 ーーやめろ

 「あれは、本当はアマーー「やめろ‼︎」

 ようやく口にできた拒絶は、大音量となって店内に響いた。

 「やめろ……。 それ以上は、やめてくれ」

 続いた声は自分でも驚くくらいに掠れていて、アスナさんに届いたかはわからない。
 それでもどうにか声を絞り出して、今までの全てを否定する。

 「違うよ、アスナさん。 僕は復讐を望んだ。 あれは僕が望んだ復讐だ。 キリトが何を言ったかなんて知らないし、外野が何を言ったって関係ない。 僕は狂っている。 僕は狂っている。 僕は狂っている。 だから復讐を始めたんだ。 だからアスナさんたちに刃を向けたんだ。 僕は、僕は……」
 「そう、ですか……」

 ブツブツと呟く僕に何を見たのか、アスナさんはそれっきり何も言わなかった。
 その気遣いがありがたくもあり、同時に少しだけ苦しい。

 違う。
 僕は狂っている。
 復讐を求めた。
 僕が復讐を求めた。
 だから、僕は狂っている。

 狂っているんだ。 
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