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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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第二十二話:フィルター越しの対話

 
 
 俺は文字通りのナマモノの、楓子とマリスはレトルトカレーと丼の夕飯は、これといって特別な何かがある訳でもなく、ごく普通に食べ終えつつがなく終わった。
 バカみたいにアレンジの調味料を入れたりしない限り、誰が作ろうとも同じ味になるレトルト食品は偉大だな。

 ……そう言えばラノベに物凄くまずい飯をつくるヒロインがいたが―――味覚が酷いなら兎も角、太るから味見をしないとか言っていた事が、特に心底アホらしいと思った。
 その理屈が現実に通用するなら、料理人はデブばかりになってんだろうが。
 本当に相手を思うなら、まずテメェがおいしいと思える料理を作れよ……。


「……お代り」
「其処に置いてある、てめぇでやれ」


 と、予想通りこれだけで満足しなかったマリスが、食後のアイスを食べる楓子を横目に丼を差し出してきたので、親指でテーブルに置いてある炊飯器と鍋(レトルトパウチ入り)を指差す。
 カセットコンロという若干前時代的な装置の上に鍋も置いてあるので、温め直すのもツマミを捻るだけで済むため実に簡単だ。

 俺の言葉を受けたマリスは何故かすぐには動かず、暫くの間ジッと何が言いたいのか固まっていたが……やがて腰を上げて自分で盛り付け、自分で袋を破って中身を掛けた。 


「……」


 何処となく“納得いかない”といった感情の見える目を向けてきやがるが、そんなもの向けられようがコッチにとっちゃお門違いだ。

 最初の一杯を用意した理由は皆で食べる為、取りあえずブツクサ言われぬ様に用意した。
 親父のお陰か習慣付いてしまった事を実行したまでだ……その後は知らん。
 というか、俺の領域じゃあ無い。
 それに、マリスは元々死神ではあれど、人間の文化を傍で見てきた存在だ。
 余計な知識すら貯め込んでいたのだから、何も分からないという事こそあり得ない。

 まさか右も左も分からない赤子じゃあないのだし、あの程度ならばマリス自身でも用意出来るのだから、まだ食いたければ自分でやれ―――そう、俺はただ促しただけだ。
 何も間違った事はやっていないし、言っていない。
 睨まれた所で、反省する必要も構ってやる必要も無いんでな。

 ……マリスが二杯目を半分食べ終えるのを待ってから、俺は話をするべく口を開く。


「ロザリンドについて、さっきから考えてたんだが……」
「……紅薔薇の剣姫について?」


 答えたのはマリスだけで、楓子の奴は珍しく何も反応せず、食後のデザートだとアイスを食っている。
 アイスクリームごときでコイツが話に食いつかない訳無いとも思うのだが、無反応なら無反応でスムーズに話すが進むだろう。

 寧ろずっと黙ってくれりゃあ、そっちの方がよほど有り難いがな。


「今日ぶつかってみて分かったが……攻撃を喰らいまくってた事と言い、炎と爆発から起きる反応を知らなかった事と言い、精神的に付け入る隙はかなりある。……こっちを見逃す余裕もあったしな」
「……麟斗が頑張っていなければ、そもそも見逃されたかも分からなかった。……【A.N.G】相手にアソコまで戦えたのはすごい、だから麟斗はパートナーとして尤も最適」
「どれだけ褒めようが、既にパートナーだからこれ以上何も出来やしねえよ」


 マリスの言う通り、俺が必死こいてぶっ叩かなければロザリンドの考えは変わらなかったかもしれず、ぶん殴った甲斐も一応は“ある”と言えるかもしれない。

 だが……苛立ちは全く止まらねえ。
 確かに化物相手に、取りあえず通じる徒手空拳だけで挑んでたんだ。
 ならばこそ当然の結果だってのはあるが……理屈じゃねえんだよ、こういうのは。


「……チッ」


 俺は舌打ちを一つかまして、苛立ちを誤魔化す為に、とある不思議だと悩んだ事柄を頭に思い浮かべた。
 ロザリンドの性格は正にノートに書いてある通りであったが、それが生んだのは“付け入る隙がある”という優位を呼び込む事実以外にも、実はもう一つある。

 ノートに書いてある、ロザリンドの詳しい性格設定を簡潔に言うなら、
 『高潔な性格で騎士道精神を重んじ、正々堂々や一騎打ちを好む。そして無駄な流血を嫌い、無関係の物を巻き込む事や、弱者を斬る事に躊躇いを覚える』
 ……と、言った感じだ。
 俺が微妙な弱者であったり、本来ならば巻き込まなくても良い人間だと向こうが思っていたからこそ、見逃してもらえたという訳だろうな。

 要するにノート通りの性格をしているので、彼女だけを見るのならば『概念を得て現世に降り立った人間は、ノートの設定に性格まで縛られる』という事になる―――――が、此処で簡単に納得してはいけない要素がかま首を擡げる。
 それは性格も良いと描かれていた“メープル”の邪悪さや、目に付く物を全て殺戮しなければいけない筈な“マリス”の優しさ。
 これはノートに書いてある性格とは、特にマリスはまるっきり違うと言って良い。

 だから俺は『内面だけはノートに縛られない』という可能性が高いと踏んでいる。
実際、演劇部で己の名前が気に入らなかったのならば、今の身体は嬉しくて仕方無い……のだろうか?
 少し気になって来たな……質問して見るか。


「マリス。ロザリンドの前世はどんな人物か知っているか?」
「……記憶している。死神にとって、狩るべき魂と見逃す魂の分別を付ける為、知識は必要と言えるから」
「なら教えて欲しい。演劇部で、玉子とか言う名前だってのは分かってるが……」
「……十七歳で亡くなった。以後、幽霊として彷徨っている」


 僅か十七歳までの人生か……其処に関しては、コレ以上踏み言って聞かない方が良さそうだ。
 

「……生前から漫画が好きで、幽霊となってからも他社の背後から漫画を除き読んでいた。……ちなみに、幽霊に背後に立たれると肩が重くなる」


 何ともいやな話だ。
 ホラーな精神的負荷に加えて、物理的負荷まで掛けるのかよ……。


「……愛読書は『ベルサイユのばら』。当時、大ブームだった」
「喋り方から何となく察っせるが……男役が板についているのもソレか?」
「……あと、演劇部で男性役をやる事が多かったのもあげられる」


 しかし『ベルサイユのばら』ブーム時に無くなったのか。
 ……確か1970年代の作品だから―――計算すると40代か? なら中身と年齢と喋り方が、全くもって合わないな。
 また謎が生まれやがった……。


「なあマリス。アイツが1960年代生まれだとするなら、余りにも抜け過ぎてると思うんだが?」
「……幽霊は精神的にも成長が止まる。だから若くして没したのならば、精神的成長も其処でストップする」


 ああ、なるほど。
 態と演じている可能性も考えていたが……脅威も演じるも何も、元より老獪さはないと。
 なら、ある程度崩しやすくはなる。

 同時に内面的には縛られない、という仮説が絶対的な物になった。
 そうなると、メープルの中身が犯罪者予備群だった可能性も捨てきれなくなる為、別段解決した事ばかりではないのが歯がゆいが。


「もう一つ質問いいか?」
「……その前にお代り」
「てめぇでやれ」


 ……何度頼もうが自分で食うわけでもなく、自分で用意できる飯を盛り付ける義理はねえ。
 またも渋々といった感じでマリスはレトルト丼を作り終えると、音もたてず椅子に座り直し、三分の一ほど平らげてから口を開いた。


「……それで、質問とは?」
「デコ助の奴が【A.N.G】に狙われている理由、心当たりはあるか?」


 俺がその話を出した途端、楓子の肩がビクッと震える。
 俺の質問を聞く傍ら丼を食べていたマリスの手も、無表情こそ変わらないが、明らかに不自然な位置で止まった。


「知っているな?」
「……心当たりは、ある……心配させたくなかったから、黙っていた」
「そうか……取りあえずは信じる」


 コイツはわずか半日程度の付き合いだが、殺すと脅してくる事を除けば、ノートの設定を丸で無視したがよろしく、気遣いも出来て聞き分けも良く、だからこそ話自体に受け入れ難いぐらい不自然な点はない。
 そもそもすぐに話した所で、あの時苛々していた俺がちゃんと聞き入れていたかどうか、自分ですら分からないしな。


「……《絶対少女黙示録(エンジェリック コード)》は【A.N.G】を生み出す要因になった……けれど、まだ強い霊力を帯びたまま。霧散する気配も、ない」
「つまり攻略のヒントを得る以外に使い道があると?」
「……楓子が《絶対少女黙示録》に記述すれば、何かが起きる可能性がある」
「曖昧だな、随分と」
「……今回起きた事は、私たち死神にとっても予想外中の予想外」


 まあそりゃあそうか。
 死人が甦るなんて話、言い伝えなどでは度々聞いたりもするが、現代では当然の事ながら聞く事はないからな。

 前代未聞にも程があるのなら、推測の範疇を抜け出ないのは仕方がない。


「そういえば“楓子が記述した場合”っていったな。コイツ以外じゃあ何も起きないのか?」
「……《絶対少女黙示録》楓子の強い妄執を浴び、誕生した代物……今だ波長に染まっているのならば、そう考えるのが妥当」
「じゃあじゃあ考えて足してみようよ! マリスたんがパワーアップ出来る様な設定!」


 今の今まで話に参加しなかった楓子だが、漸く口を開いて出来てたのは……意外や意外、普通にまともな意見だ。


「逆に相手を弱体化させる事も出来るだろうな」
「ね、我ながら良いアイデアだよねっ!」


 無い胸を目いっぱい逸らす楓子に、俺は今だけはツッコミを入れるのも控える。
 別段、可笑しな拘りを馬鹿みたいに吹聴した訳じゃあないからな、咎める理由がない。

 早速自分の部屋に駆け上がっていった楓子は、やけに輝いている顔でペンを右手に《絶対少女黙示録》をめくり、白紙ページを前にして妄想を膨らませ始めた。
 阿呆な事ばかり考えるこいつだが、想像力の豊かさだけならそれは称賛しても良い。
 ―――問題はそれが突飛かつ要らない方向まで傾いていく事だ。
 今回はただパワーアップさせればいいだけなので、奇妙な長文を書き連ねられても、正直ページが無駄なだけ。
 アッ、と言わせる発想は後々考えればいいのだし、今は確実性を期してほしい。

 ……改めて考えると不安になって来たな。
 本当に余計な設定を付け加えないと良いが。


「えーと、『殺戮の天使は愛の力を受ける事で【漆黒の流星(トワイライト コメット)】に目覚める。この力は己の力を五倍まで引き上げる力を持ち―――』」


 何故だろうか、猛烈に嫌な予感が……。


「『――――効果が切れると三倍の速度で死ぬ』!」
「阿呆が」


 俺は額目掛けて掌底を放ち、思い切り仰け反らせてドタマを床に激突させた。
 何とも言えない良い音がした。


「うぐほっ!? ……に、兄ちゃんは分かって無い! リスクのないパワーアップなんて美しくないよ!!」
「仮にその技が具現化したとしたらマリスは“お前の所為”で死ぬ上、見る事も触れる事も出来ないなら二度と会えなくなるんだがな?」
「う゛っ……!?」


 本当は勝つためにはそんな、物語を盛り上げる為に存在している美しさとかいらない、と言いたかった。
 だが、また馬鹿な事言って反論するだけだし、分かりやすい例えの方がコイツの頭に入りやすいだろう。


「……ううっ……」
「マリス?」


 マリスが不意に、死にそうなぐらい哀しげな声を出したので、俺は思わず覗き込んでしまう。
 だが、その手元を見て声を出した原因を察し、途端に若干湧いた不安が一気に流れ出でた。
 何せ……心配する必要などないからだ。


「……丼が無くなった」
「テメェで作れ。何度言や分かる」


 ほらな。
 少しでも心配しかけた俺が馬鹿だった。

 ……というか、何が何でも俺にもう一回作らせなければ気が済まねえのか、お前は。
 つぅか中々話が進みやしねえ……真面目に考えようとしているのは俺だけか?


「楓子、俺が今から言う事を一言一句ボケずに書き移せ」
「えー……だって―――」


 部―垂れるのは予想の範疇内だ。
 だから俺はすぐに、不平を言いかけたデコ助の前髪に手をやる。


「……黙れ、根こそぎ行くぞ?」
「お兄様! ご命令をお願いいたします」


 真剣にペンを取って描く気になってくれた事に、俺は安堵してた溜息を吐き、
 『殺戮の天使は“アクチュアル”と唱える事で、紅薔薇の剣姫よりも強力な剣を、己の手の内に具現化出来る』
 と、シンプルにそう書かせた。


「……“アクチュアル”」


 更にマリスに唱えさせ、両の手を見つめる。
 ―――が、何も起こらない。


「って事は、あたしが皆の設定に後から付け加えても、何も起きないのかな?」
「……考えられる理由としては、具現化した事で既に設定が固定されている事と、《異なる概念》が混ざっている事が挙げられる」
「そうなると、デコ助の奴を狙うのはお門違いだろうが……相手はこれを知らないからな」
「……これからも狙ってくると、予想できる」


 だからといって狙いは的外れなのだと示す為に、全員の前で実証して見せるなんて滑稽な真似が出来る筈もない。

 それにもしかすると俺達が思いつく以外の方法が存在し、それを利用して悪様出来てしまう可能性もあるのだ。
 なら尚更、どちらだろうと渡す訳にはいかねえか。
 ……やっぱり如何傾こうと、結果的にアイツを守らねばならない結果なのが、何故だか非常に釈然としない。
 全ての元凶は、他ならぬデコ助の奴だってのに。


「兄ちゃん……コレから私の事、精いっぱい守ってよね」
「断る」
「それでも実の兄!?」


 猫なで声ですり寄って来た楓子に、当然の否定を返す。
 自分でも驚くぐらい脊髄反射的に言葉が出てきた。


「マリスが居るだろうが。アイツに守ってもらえ」
「でもロザリンド様と殴り合ってたし、いざとなったら守ってくれるよね?」
「だが本格的に役に立た無いとも分かった。だからもう動く気はねえ」
「またまた~、照れなくても良い―――のぼうっ!!」


 肘打ちで側頭部をど突いてやった……のだが、起き上りこぼしみたく上半身が戻ってきて、再び俺に絡んでくる。

 至極ウゼえ。


「どうせ守ってくれるんだから素直になっとけよぉー」
「既にこの上ない位素直な意見だがな」
「ねぇねぇ、だから言ってよ? あたしの目を見て『君は俺が守って見せる』って言ってよ?」


 どうもそれが言って欲しかっただけらしい。
 コイツは何度俺に『ホンマものの阿呆だ』と思わせれば気が済むんだ。


「んな事言って何の意味がある」
「だって乙女の夢じゃん! 面と向かって言って欲しいじゃん!」
「ほざけ」


 それに、何が乙女の夢だ。
 中二病患者の妄想の間違いじゃあないのか?
 まあ、己の胸の内に秘めているのならばそれも有りだと言えるだろうが。


「言ってよ、ねえ言ってよ!」
「邪魔だ」
「ふんげっ!」


 何時になくしつこく絡み付いてくる楓子の額目掛けて、中指の第二関節をぶつけ無理矢理はっ倒して道を開ける。
 主な話は終わったし、そろそろ俺も風呂入りたいんでな。


「もういいよ……兄ちゃんの馬鹿、ケチっ……」


 テレビの前でキスを迫られた時と同じ様に唇を尖らせ、されどあの時とは違い涙目で拗ねる楓子。
 しかしあの時とは違い、タオルや寝間着を探している間もずっと体育座りで拗ねたままで、すぐ忘れて暴れ回るコイツにしては珍し過ぎる行動だった。

 話題を出した際に震えた事と言い、この時間のデコ助は何かがおかしい。
 考えられる理由があるなら……俺とマリスがロザリンドに負けた事が応えているか、それとも――――――狙われていることの重要さと深刻さを、あいつなりに漸く理解したのか。

 ……これ以上は風呂の中で考えるか。


「風呂に行ってくる」


 服を小脇に抱えて立ち上がれば……マリスがその透明な目で、俺の事をじっと見つめている事に気が付く。
 俺の対応に何か思う所でもあるのか。

 ……いや、違うな。


「テメエで作れと何度も言ってるだろうが」
「……ショボン」


 是が非でも俺に作らせたいらしいマリスに、俺も是が非でも作らない意思を示してから、呆れの溜息を抑えられないまま風呂場へ向かった。

 あと口で擬音を出すな。
 何か単純に鬱陶しい。
















「……あ……ダメ、楓子、其処はダメ……」
「ほらほらここぉ? ここが良いのぉ?」
「……ダメ、そこもダメ……」
「駄目と言われると余計にやりたくなっちゃうなぁ……ほぉら追加しちゃうよぉ」
「……もう止めて、楓子……」
「ごめんねぇ? マリスたんの可愛い反応で、もう火が着ちゃったのよ……もう止まらないわっ!」
「……あ、ダメ、ダメダメ、来る、来ちゃう……」
「フィニッュウウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウッ!!!」
「……逝ってしまった……」


 馬鹿みたいなやり取りを交わしながら、絶賛TVゲーム中の二人を俺は後ろから眺めている。
 口煩くウザったい親父が居ないのなら夜間でも好きに出来るだろうと、TVの傍に置いてあったゲームを取り出し、ゾンビを撃ち倒すゲームをしていた。

 案の定というべきか予想通りと言うべきか楓子達もよって来たので、そいつ等二人で遊べるゲームに変えたのだ。
 何故二人なのかと言えば “矢鱈と古いから” の一言に尽きた。
 今二人がバカやっているゲームは、簡単に言えば爆弾を迷路の中に設置し、道を作ったりて敵を倒すというモノ。
 二人なので、折角だからと協力プレイを選択している。
 ……筈なんだがな。


「ほらほらもう一緒行くぜよー!」
「……楓子の鬼、悪魔……」


 何故か楓子はアイテムを総取りした上、有ろう事かマリスのキャラを爆殺する暴挙にまで及んでいやがる。
 連鎖爆発を利用すえう以外にも敵の居る方向に誘導するわ、袋小路に張ったと見るや否や爆弾で蓋をするわ……相手が初心者なもんだから割と簡単な罠にも掛る為、悪逆の限りを尽くし放題だ。

 マリスもマリスで疑わないから、いっそ笑える位に引っ掛かる……。


「ふぅ……」


 そんな二人を見ながら、俺はゲームを掘り出す前に立てていた作戦の最終確認をする。
 出来る事自体は少ないからこそ、俺みたいな初心者中の初心者でもある程度の作戦は立てられた。

 問題はこれが上手く行ってくれるかどうかだが……この作戦はロザリンドの性格的を考慮に入れた物であり、踏まえればあながち成功確率が低いとも言えないものだ。
 ノートを見る限りでは他に厄介そうな能力もないし、精神年齢が女子高生のままだからこそ、立案出来た点もあるからな。


「ぎゃはははははは!! またも引っかかるとは愉快なりぃ!!」


 騒がしく喚き立てる楓子を普通に俺は睨むが、しかし咎めの言葉を投げかける事はしない。
 元はと言えば、俺が二人にゲームを紹介したのが発端だ……。
 だから無視しておけば他に害は無い。


「……麟斗、仇を取って、お願い」


 ――――害はないと、思った傍からこれか。

 眼だけ向ければ相変わらずの無表情だが、やはりコイツも身体を持った身。
 悔しいものは悔しいのだろうか。


「素直に対戦モードでも選べ」
「……麟斗は妹が可愛い。だから動かない」
「えっ……そ、そんな急に言われてもこま―――」


 気持ち悪い妄言を全て聞き入れてしまう前に、左フックを掠らせてはっ倒してからゲームのリセットボタンを躊躇い無く押す。
 見事、画面が真っ黒になって最初に戻った。


「ぎぃやああああああああ! アイテムが強化が経験値がああああああ!?」


 ムンクの『叫び』みたいな恰好をして、楓子は耳を劈くほど絶叫する。
 うるせえ。


「責任とってよ兄ちゃんっ」
「あ?」


 協力プレイならお断りだ。
 この手のゲームは好きじゃあないし、碌な結果にならないのは見えている。


「責任とって結婚して」
「ほざくな」


 ゲーム云々以前の問題だった。
 オマケに黒過ぎるそのジョークを顔を赤らめて言うので、気持ち悪い事この上ねえ。
 だから俺は即座に顎へ向けけて膝蹴りを当て、無理矢理上を向かせて仰向けに寝転がした。

 顔見たくなかったんで。


「うぐふっ…………い、幾ら何でも断り過ぎっ! 温厚な私でもホントに怒るよ!」
「そうか」
「むっきいいぃぃぃぃぃいい馬鹿にしてるねっ!! 私が本気出せば超怖いんだからね!?」
「そうか」
「全国から五千人もの舎弟だって集まるし!」
「あぁ、そう言う設定か」
「本気出したらフルコンでフルボッコに出来ちゃうんだから!!」
「格ゲーでさえ俺に勝てない奴がねえ……」


 本当に本気出して俺に勝てるなら、ベラベラ語らず殴ってると思うがな。
 兄貴や親父よろしく。

 楓子といい舞子といい、如何してこう自分にはまだ隠された“何か”があると、公言して憚らないんだ……。
 信じるのは勝手だし、人は何に向いて居て何の才能があるのか、自分だって分からない部分が多い。
 だが現実基準ではなくラノベ基準のソレをリアルに求めたり、ガチで信じ込むのは可笑しいにも程がある。

 ……そういえばロザリンドも似たような事言っていたな。
 明らかに全力で放たれた一撃を全力ではないと言ったり、先程までは全力じゃ無いだのそろそろ本気を出すだのと回りくどかったり。
 まあ、本物の実力が備わっているか否かという違いこそあれど、基本の部分は同じだ。
 なら念の為、もう少し作戦に『付け加えて』置くか。
 本気を出してもらわないと意味がないんだ……出し惜しみされたらかなり困るからな。


「兄ちゃん何無視してんのさ! あたしの怒りは収まって無いよ!」
「そうか、良かったな」


 ゲームコントローラを押し付け、マリスが真剣に画面を睨んでいるからか、デコ助の奴もまた渋々ゲームを再開し始める。


「マリス、コイツの子守を頼む」
「……頼まれた」
「むー……あたしは子守なんて必要ないもん!」
「……楓子、私の事嫌い?」
「ううん、だいしゅきーーーーっ!」


 言いながら涎を撒き散らし、舌をベロベロ蠢かせ、指をワキワキ動かしながら、ガニ股でマリスへ飛びかかっていった。
 コイツが突拍子もない奇行に出るのは何時もの事なので、俺もまた何時もの様に本でぶっ叩き転がした。


「セクハラもいい加減にしろ。今度はフロントキック打ち込むぞ」
「ごめんなさい、これ以上は勘弁して下さい、兄ちゃん」


 楓子は空中に飛び上がってから、余りにも綺麗な土下座を決めた。
 何の必要性があるのだろうか……その動作に。

 大人しくゲームを再開してまた協力プレイを指定しする……が、そこから先は前の展開の焼き直しだった。
 楓子も何度罠を掛ければ飽きるのか知らんし、マリスもマリスで何度引っ掛かれば気が済むんだろうか。


「オヒョヒョヒョヒョアイテムゲットオオォォォォォォオオオオ!」
「………私が発掘したのに……」
「オオオオオオオオォォォォォォオオオオオオオ―――――お休み」
「……?」


 コテンと横になり……楓子の動きは其処で止まった。

 雄叫びを上げながらそのまま眠ってしまった楓子を、マリスは無表情ながら不思議そうに見つめている。


「放っておけ。そいつは全力で遊んで、行き成り力尽きる奴だ。宛らスイッチ切ったみたくな」
「……なるほど」
「お前も部屋に戻れ。……明日は明日でやる事があるからよ」


 今日のウチに《絶対少女黙示録》に記された項をと照らし合わし、作戦の確認をしておけば、一応用意してあるもう一つの対策の準備、そして作戦の前準備も行える。
 事がどちらに傾くか分からない以上、無駄に時間を浪費したくはない。


「……戻らない。まだ寝ないから」
「なら勝手にしろ」
「……麟斗も寝かせない」
「寄るな」


 ちゃんと迷惑だという事を伝えたのに、何度位置をずらそうがマリスは強引にひっついてこようとする。
 なのに、予想以上に疲れていたのか起こる気力が湧かず……俺はもう諦めて、背中にピトッとくっ付くマリスを放っておく事にした。


 ……急に、静かになった。
 さっきまでデコ助の奴が馬鹿騒ぎしていたからか……余計にそう感じてしまう。
 つまり、実質的にマリスと二人きりという事だ。

 だからなんだって話だが。


「……麟斗は、何だかんだ言いながらも妹想い」


 そんな突拍子もない事を口にされた所為で、大して反応も出来ず振り返ってマリスを見つめてしまう。
 恐らく俺は今心外だと、若干睨みつけているかもしれない。


「……自分が狙われていると知って、動揺しない人間はいない。楓子は元気な子。でも夕方頃は様子がおかしかった」
「そうか」
「……興奮から冷め、【A.N.G】に狙われているという状況を理解し、動揺したからだと私は思う……麟斗も気が付いていた筈」
「……」


 否定はできない。
 何せ、そういった事は実際に考えていた。
 僅かな時間語り合ったマリスでさえ見抜いているなら、長年過ごした俺などどれだけ違和感を感じたか。


「……だからさり気無く遊びに誘った。自分がゲームをする事で、自然に意識を誘導した」
「偶然だ」
「……一人にさせたくなかった、一人で寝かせたくなかった、だからゲームを持ち出した」
「偶々だ」


 これは偽りなく本当だ。

 久しぶりに煩いのが居ないからとゲームをしていたら、二人が後ろから見ている事に気が着いたので、キリも良いし作戦の確認もせねばならないしと、そう考えて動いたら勝手にそうなっていただけだからな。
 今この居間に居るのも、作戦の基礎は出来いて後は確認作業をするのみだったから。
 別に集中力も要らないなら、態々移動するなぞ面倒臭いことはしねえ。


「……私の知る麟斗は、麟斗自身が思っているよりずっと、周りに気遣っている」
「昨日今日来たお前に、俺の何が分かる?」
「……昨日今日来たからこそ、客観的に見る事が出来る」
「そう見えたなら、お前の眼は洞だ」
「……ならそれでいい。これ以上の問答は無意味」


 そこで話は途切れ、再び作業に戻ろうとする……のだが、マリスは未だ離れてくれやしない。


「話は終わったろうが。なら離れろ」
「……まだ終わっていない。だから離れない」


 これ以上何の話をする気だ……?


「……悔しい思いをしたくないのならば、誰かを守りたいのならば……《婚約者(パートナー)》として覚醒すべき」
「それも前に問答が済んだばかりだろうが。『異質な概念』とやらがある、だから可能性しかないと」
「……でも、裏を返せば可能性はあるという事になる。努力はして見るべき」
「筋トレでもしろと?」
「……麟斗にその気さえあれば、たった一晩でも《俺嫁力》は高められる」
「無理だな」


 現れた直後といい、今での会話といい、そしてデパートでの一件の事といい……理解して納得し、呑み込む事が出来る考えはあれど、じゃ思いを一つに重ねられるかと言えば話は別だ。
 ましてや相手は数年だけでも傍にいた中の良い人間ではなく、元々人外的な存在で昨日今日会ったばかりマリシエル。
 竹馬の友でも確実に想いを合わせられる訳ではないのに、それが見ず知らずの死神ともなれば、より一層難易度は跳ね上がっちまう。

 何より俺自身が重ねる事など“出来ない”と思っているのだから、可能性があっても実行自体は不可能だろうに……。


「……無理じゃない、出来る」
「!」


 離れるどころかより密着してきたマリスに、俺は思わず目を見開いてしまった。

 いやくっ付くだけじゃあ無い……腕を回して抱きしめてきたのだ。
 脈絡もなく、ぬいぐるみの様に質感が良い訳でもないので理解も出来ない……そんな行動を取られれば、誰だって目が皿になる。

 更に今のマリスの服装は下着の上に薄手のシャツを一枚着ただけ。
 寝間着とはいえ俺は半ズボンと、上半身はTシャツそれ一枚。
 ……彼女の身体の柔らかさと感触が、直に俺の肌から伝わってきて、冷静さを幾らか乱されてしまう。


「……だから、セ○クスしよう麟斗」
「断る」


 今ので一気に頭の血が冷えた、どうも有難う。
 しかも “だから” ってなんだ “だから” って。
 無理じゃない、出来るから文脈が繋がってねえだろうが。コミュニケーションもあったもんじゃあ無い。


「……肌を重ねれば、心も重なり想いを一つに出来る……そう聞いた」
「楓子にか」
「……ずっと前に見たドラマで」
「フィクションと行動させんな……」


 俺はそれ以上何もいわず、回されているマリスの腕を外すと、頭を押して遠ざける。

 ……限界だ……いい加減頭にきてんだ。


「これ以上戯言ほざくなら、キレるぞ」
「……麟斗は私の事が嫌い?」
「嫌いだな。出会って行き成り、んな事言い出す奴なんか」


 ゲームならばおいしい展開だとか、デコ助の奴ならば大歓迎だと喜ぶだろうが……俺はそうは思えない。
 寧ろ不気味でしかない。
 想像してみればいい……出会って初っ端の美少女が、行き成りひっついて来て家まで上がってきて、服を脱ぎ始めたら……と。
 コイツは何を考えているのか、何故自分に肌を見せられるのか、どんな思惑を濁らせているのか、俺にはおぞましくて仕方がない。

 今回に限っては理由こそハッキリしているが、だからといって行き成り極論へ飛ぶ理由が分からない。
 今必要なのは《俺嫁力》を引き出す事であり、間違っても素肌を重ねる事じゃあない。
 俺が頑なに理解を示さない事に焦れたのだとしても、本当に俺の事を分かっているのならそんな発言自体飛び出さない筈だ。

 大方、楓子や御袋から聞かされたデマを信じ込み、愚直に実行しているのだろう。
 馬鹿な考えを押し付けられ、事実だと信じ込まれた心外感。
 そこから来る怒りも、引き剥がした理由の一つだ。

 何より……好きでもない奴となど、少なくとも俺ならまずやりたくない。


「……ごめんなさい」


 未だ近付こうとしていたマリスは、俺の一言で近寄るのを止めた。

 心なしか落ち込んでいるように見えるのは、恐らく気のせいではない筈だ。
 反省してくれたのならいいが……。


「お前は死神だったな」
「……そう」
「だからこそ“そんな事”が平然と言えるんだろうな。元が人ではないから価値観が理解出来ないし、それに人間的な情緒が欠如してんだろうよ」


 蛇足かもしれないが、コレから箍の外れた行動をされても困ると思い、一応言い諭す事にする。


「ぬいぐるみも今まで触った事ない物に対する興味からだろ。……俺達の為を思って一刻も早い行動を優先しているとしても、俺にとっては理解できない奇行でしかない」


 話している間マリスは、親父に叱られている際に目を逸らす楓子とは対照的に、ずっと俺の目を見つめたまま聞いてくれていた。

 透明な瞳が俺を見据えるが、此方も目をそらさず敢えて視線をぶつけて話を続けた。


「だからお前と想いを一つに重ねるなぞ無理、無駄だ。よしんば努力しようとも不可能に近いんだよ」
「……」


 マリスは何も言い返さない。
 ただじっと、俺の事を見ているだけだ。


 そしてその瞳を一層見開き―――――



「違うっ……」


 眼の色と同じ、透明な涙をこぼした。


「それは絶対に違うっ!!」
「……!?」


 デパートの時の様に、確りと新まで響く程の感情が込められている声で、マリスは俺に向けて叫んだ。

 否……その振りしぼられた声から感じる剣幕は、デパートの時とは比べ物にならない。
 声のボリュームを落とせという暇もなく、マリスは俺へと言葉を叩きつけてくる。


「私たち死神は貴方達を見る事が、話を聞く事が出来る!! でもっ……干渉する事は、触れる事は出来ない!!」


 感情をぶつけながら俺の手を握り、更に至近距離から思いの丈をこれでもかと放ってくる。


「だから貴方に初めて触れられたとき……私を敵だと思い、皆を庇う時に触れた時、貴方の温かな体温を感じた!! 暖かいという言葉が、どれだけ素敵な物かを知った!」


 訴える間もずっとその透明な瞳は俺を捉えて放さない。

 そう透明。
 そういえば俺は、コイツの瞳をずっと透明だとは思えど、虚ろだとは思えなかった。

 当たり前だ……初めて触れる事が出来る、はじめて干渉できる、そんな存在と喜びを前にして、虚空を見つめながら話す筈がないからだ。
 こいつはどんな時でもずっと、相手の目を見て話してくれるからだ。

 自分の意見だけを盲目に持つ者、理由もなく虐げ続ける者、兄貴と比べる者、自分のルールと価値観を何より優先する者、妄想を全て俺に当てはめようとする者。
 そんな俺のこと自体を見ない周りの奴等とは違っていて……だからこそ、透明だと思ったのだ。


「貴方の手が私に触れた時に思った! この人をパートナーにしようと、パートナーにしたいと!」
「……何故だ」
「分からない! 敢えて言うなら、直感としか言えない!」
「……お前にしては、非合理的だな……」
「そう、とても非合理的な理由! だけど私はこの人と離れたくないと思った、心を重ねられると思った!!」
「その直感が外れているならどうする気だ?」


 『異なる概念』の存在を考慮に入れたとしても、想いが重なりそうな場面はあったのに、実質成功した試しがない。


「時間の問題にきまってる。麟斗は何処か心が寂しいけれど、でも冷たくはなかった。温かい心も持っていた」
「……」


 俺は……人間として最低限、抱く筈の感情を優先して動いただけだ。
 なのに、面と向かってそうまで言われれば流石に直視しずらいモノがある……。

 だがそうだろうとも、俺も目線は逸らさない。


「麟斗と出会えて、私は運が良かった」
「……運か」


 感動している所申し訳ないが……正直、俺自身は “運が悪い” としか言いようがない。

 いきなり転生して訳分からない世界に放り出され、愛情はあれどそれ以上にストレスがたまる奇妙な家系に生まれ、その所為で髪の毛の色まで変わって一時奇異の目で見られ、幼馴染は理不尽の連続ばかり叩きつけてきて、癒しであった妹は今は毒素に他ならず、教師達は兄貴ととことん比べてきて、調べた上で選んだ高校は兄貴の卒業校で周りの状況は変わらない。

 更に【A.N.G】なんて者が生まれ周りにも迷惑をかける羽目になり、その所為で御袋のラブコメ病は悪化し、親の理不尽はさらに加速する。
 何より、普通の人間と同じものが食えねえんだ……コレを “不幸” と言わずして何といえばいい。

 だが不幸から逃れようと必死扱いてばかりか、と言われれば当然そうではなく……何となくや直感で日々を過しているのも、其方に傾く日々のほうが多い事も否定はできない。
 寧ろ、そういった人間の方が……万事理詰めで行動する人間などごく少数じゃなかろうか。
 そして普通の人間が「なんとなく」日々行動しているように―――このマリシエルもまた、同じだっただけなのか……。


「麟斗は言った、ぬいぐるみが珍しいから触っていたと……」
「ああ」
「違う。私は誰かに触れるのも、触れられるのも好き……気持良い感触も人肌の暖かさも好きだから、何より楓子が麟斗へくっ付いていたのが、とても羨ましかったから……」


 つまり……今までずっと冷たい空間の中で過していたのだから、知りたい物がやっと目の前に来たのだから、温かみをより長く直に感じて居たいと、そういう事なんだろう。

 何時もの突飛な行動は、突飛でも何でもない……理屈あってのことだった。


「当たり前だろうが……飯食うのも、初めてだよな」
「そう。優子の作るご飯はとても美味しかった。麟斗が用意してくれた丼も美味しかった。そこで、“美味しい”という言葉がどれだけ素敵なモノなのかを知った……」


 美味しい物をもっと食べていたい。
 温かみこそ理解出来るまで時間を要するが、コレばかりは考えるまでもない当たり前のことだった。

 自分の大好きな物を、何の制限もなく好きなだけ食べて居たい。
 誰でも一度は考えるだろう、その願いの中の『大好きな食べ物』が、コイツにとっては大多数の食物だった……ただそれだけなのだ。

 相手は死神だから、殺戮の天使から、人間じゃあないから―――何より理解に苦しむ行動しかしないから。

 そんなものをフィルターとしていたのなら、想いを重ねる事をあり得ない思うのが当然だった。
 真実に近付こうとして、実際はずっと遠ざかっていたのだ。
 俺の周りにいる人達と同じ事を、知らず知らずのうちに俺も実行してしまっていたのか……。


「……何も変わらないな、人間と……俺達と。ただ初めて尽くしで、抑制が効かないだけだ」
「……麟斗……」
「可か不可か……俺自身だけで、決めていい事じゃあ無い……悪かった」


 未だにマリスの両手に包まれて、指を伸ばしたままだった左手を動かし、ちゃんと握ってやる。


「……温かい……とても……」

 
 既にいつもの口調へと戻ったマリスだが、それでも俺が聞いた限りで、まだ情感を込められた声音で呟く。
 常人にとっては体温など気に留めるものでもないし、俺自身マリスの話を聞いたとて、その感覚が変る事など無く、当たり前以外の何物でもない。

 けれど、今は何故かとても温かく、そして尊いと思えた。
 ……左手の甲が、特に熱を持っていると感じた。


「……」
「……」


 手こそ放してくれたものの、互いに背中合わせとなったままで、何を喋るまでもなく静寂の中二人して座っている。

 煩くないのは好きだが……静かすぎるのも、それはそれで困りものだ。


「……そろそろ寝るぞ。明日もまだ、やる事はあるからな」


 せめてベッドで寝ようと、二階に上がるべく立ち上がって―――服の裾をマリスに掴まれた。


「……皆で、此処で寝る」
「何でだ……」
「……もし【A.N.G】が強襲してきた時の為、私がすぐに守れるように」
「……」


 軽く非常な事を言ってしまえば、今この時の穏やかな感覚は……マリスの思いの丈をぶつけられた影響からの、恐らく一時的な物かもしれない。
 時間が経ってしまえば、俺もコイツがくっ付いて来る事や食べ過ぎる事を、疎ましく思うかもしれないだろう。


「……そうか」


 だから、気持が続いている間だけ……コイツの我儘や思いを聞いてやろう。
 ……悪罵にも似た言葉をかけた、せめてもの詫びだ。

 どうも此方の世界へ来る前から、こういった硬い床の場合は壁にすがった方が、俺はよく寝れる。
 なので癖の様に壁の方で座ったまま眼を閉じれば―――マリスが俺の手を握ってきた。


「……このまま、寝ていい?」
「好きにしろ」


 それだけ言うと、俺はまどろみに抗わず、意識を沈めていった。



 
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