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無理が通って道理も通す

作者:がんつ
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間違いはここから

ねむい。
ここにくるといつもこうだ。
今は朝の9:30。
今日は月に一度の定例会議の日。

20人ほどは入れる会議室の前方には今や教育の現場でも使われているような巨大なスクリーンがあり、その右横に先月の営業成績やこれからの交渉の取り組みについてスクリーン表示されるグラフを刺しながら男たちが入れ替わりで何やら熱心に語っている。

しかし自分には関係ない。

暑い日も寒い日も自分はいつも快適な部屋の中で与えられた事務的作業をこなすだけである。
では、なぜそんな人間がここにいるのか。
答えは至って簡単。自分がOLだからだ。

ここにいるのは、いわゆるお茶汲みのためである。
会議は短い時は30分ほど、長い時は午前を目一杯使って行われる。

その間、飲み物を飲まない人間などいない。
むしろ会議なので喋れば喋るほど、喉はかわく。
話し合いに夢中になっている最中、「ちょっと失礼」なんて言ってお茶を淹れるサラリーマンなど見たことがない。

まぁ、この会社以外で働いたことないから実際のところは分からないが。
とにかく自分の役目は飲み物が無くなった者に対し、すかさず補充をするわけだ。
この作業が非常にめんどい。

夏場は冷たい麦茶が減るかと思いきや、冷房をガンガンかけているので意外にも暑いコーヒーの方がウケがよかったり、冬場には暖房をつけているからアイスコーヒーや麦茶なんかがよく減っていく。

こうしていると喫茶店で働くウェイトレスになった気分である。
飲み物を淹れるとき以外は他の人達の邪魔にならないよう部屋の後ろの角で待機だ。

動かない間は、とにかく時間の流れが遅い。
そして脚が疲れる。

人間、動いている時より立っている時の方が脚の疲れは増すと言われているが本当にその通りである。
あー、暇だ。

耐えきれず、腕時計をみる。
デジタル文字で「10:28」と表示されている。
会議が始まってからまだ1時間ほどしか経っていない。

今までの経験から今日の会議が長場になると予想できる。
つまり、あと最低でも1時間半はこのままである。

「はぁ~……」
周りに聞こえないよう、小さくため息を吐く。
今日は家に帰ってから、晩御飯何にしようかな。
あ、そういえばソース切れてたな。帰りにスーパーで買わなきゃ。

そう頭の中で思いつつ、腕時計をみる。

「10:29」

「はぁ~………」

あと何回、溜息を吐けば今日の会議は終わるのだろう。

そんなことを心の中で思いながら、ゆっくりと時は過ぎていき、念願叶ってようやく地獄の時間から解放されるのだった。

今は12時30分。

ちょうどお昼休みの時間だ。
自分が働いているこのオフィスビルの周りには結構な数の食事のできる店がある。
と言ってもOLが入れる店なんて限られてくる。

サラリーマンなら定食屋や立ち食いそばの店なんて気軽に入れるだろうがOLはそうはいかない。何故なら、見映えが悪いからな。

そのため、いつの間にかコンビニで買ってきたオニギリやパン、手作りの弁当なんかでお昼を過ごすのが定番となってくる。

自分もはじめの内は外に食べに行っていたのだが、空いている店を探すのに一苦労し、せっかく入れても店の前で並んでる他の人達を見ると早く食べて、席を空けた方がいいと思い、ゆっくり味わってる暇もない。

そしてそのうち、コンビニで買ったオニギリの方がゆっくり食べることもできるので美味しいと思い、最終的に節約のため、お弁当を作ってくるようになる。

昨日が休みだったこともあり、今日は早起きして少し張り切ってお弁当を作ってみた。

女性向けに作られた少し小ぶりの2段重ねのお弁当の蓋を開ける。

下の段にはふりかけをかけたご飯、上の段には卵焼き、きんぴらごぼう、唐揚げ、タコさんウインナー、デザート用に皮をうさぎの形に切ったりんごが入っている。

なんだよ、早起きしてそのレベル?と思うかもしれないが、これが全部手作りなのだから勘弁してほしいところだ。

それに週の半ばくらいにもなるとほとんど冷凍食品に頼るようになる。
だからこそ週明けくらいは全てを手作りにしてバランスを取るようにしているのだ。

さてさて、解説はこのくらいにして限られたお昼休みだ。早く食べはじめよう。

「いただきます」

手を合わせて小さくおじぎをするとご飯を食べ始める。

ぱくぱくと食べ進めながら、周りを見てみるとオフィスには自分以外、誰もいなかった。
寂しいと思うかもしれないが、これには理由がある。
ちなみにイジメられてるとかじゃないから安心してほしい。

さてさて、気を取り直して食べていこう。
幸い、オフィスには小型のテレビがあり、それを見ていつもお昼を過ごしている。
テレビの電源を入れるとそこにはサングラスをかけた司会者の男性が共演者の芸人をしきりに弄っていて、その度に笑いが起きる。
自分もそれを見ながら、時に笑いつつ、ご飯を食べていき、10分程度で完食した。

ふぅ、美味しかった。
お昼ごはんを食べ終え、食後の一服。

といってもタバコを吸うわけでもなく、イスに座って休憩所の近くにある缶コーヒーを買ってそれを飲んでいるだけだ。
テレビの電源を消し、小銭を片手に自販機の前にいく。

最近、缶コーヒーにハマりつつある。

それほどコーヒーが好きというわけでもなかったが、食後に飲むようになってから習慣の一部となっていった。
なぜか紙パックで飲むコーヒーとどこが味が違う気がするのだ。
そろそろ某大手通販会社で箱で頼んでみようか悩んでいるところである。

1缶、60円とかなんだよ?
自販機の1/2。
びっくりでしょ?

さて、そんなこんなでお昼休みが終われば午後の仕事開始。
午前中は会議で終わったらその間の分もまとめてやらなければいけない。

といっても、めちゃくちゃ量があるわけじゃない。
ほんの少し効率よく回していけばいつも通りの時間に終わる。
仕事の内容はどこにでもあるような事務的な作業。

会議に使う資料のコピー、足りなくなった備品の手配、実際にプリントアウトして資料として使えるか、資料に間違ったところはないかの最終確認など、誰にでもできそうな作業だ。

こんなことでお給料がもらえるなんてホントに自分は恵まれてるなぁと実感する。

自分が働いているこの会社は最近、世間でよくいわれるブラック企業とは全く逆の会社である。

オフィスの中では、たまに笑い声が聞こえてきたり、仕事が早く終われば上司と部下で仲良く呑みにいったり、呑気な言い方だがのほほんとしている感じである。

もちろん、仕事はキッチリこなしている。
上司がいわゆる「できる人」で部下がそれを見ているから同じように育っていくのでは。と思っている。

そんなことを考えながら、来週使う資料のコピーを何十部が印刷したあと、次は備品の発注と今日使った会議室の片付けを行ったあと、手元の時計をみる。

16:53

あと7分で定時だ。
どうしよう。微妙な時間だな。
今から何かするのは、中途半端過ぎるし、かといって残業するのは課長が極端に嫌がるからなぁ……

前に残業申請した人がいたのだが、めちゃくちゃ嫌そうな顔でしぶしぶ納得していた感じだった。
多分行きつけの飲み屋の席を確保できないからだな……
残業申請すると課長は必然的に居残りだし。

その時のことを思い出しながら、自分のデスクに戻ると書きおきが貼られていた。

そこにはやけに力強い字で「お仕事お疲れさん。午前中は立ちっぱなしで疲れたでしょ?今日は定時で上がったことにして帰っていいよ」
と書いてあった。

おそらく、課長の書き置きだ。
なんて心配りができる人なんだろう。
年が離れていなければ惚れてしまいそうだ。

いや、惚れてはいけない理由があるんだが……

まぁそれはいい。
せっかくのご好意だ。
遠慮せず甘えることにしよう。

ということでカバンを整理して帰り支度を始める。
帰り際、同じ部の何名かの男性社員とすれ違った。

そして「今日も可愛かったね」なんて声をかけられる。

「あはは……」
引きつった笑みを浮かべながら、足早にその場を立ち去る。
はぁ…
可愛いって何回も言われるけど、相変わらず嬉しくない言葉だ……

会社から自宅まで徒歩15分。

自転車通勤もOKだか、スカートを履きながら自転車に乗るのは中々できない。
見えてはいないものもあるし………
そんなことを考えながら途中でスーパーに寄る。

切れていたソースとあとは夜食用にあらかじめ1口サイズに切れているチョコレートを買う。
確か冷蔵庫の中には何かしら食べるものがあった。

そうだなぁ。
せっかくソースを買ったので焼きそばとかどうだろう?
作るのも簡単だし。

うん、そうしよう。

ということで、中華麺が置いてあるところ棚まで戻り、それをカゴにいれてレジに並んだ。
あ、お肉買うの忘れた……
ま、いっか。
たまには野菜だけのヘルシー焼きそばでも。

スーパーで買い物をしたあと、真っ直ぐに家に帰り、マンションへと辿り着く。
そしてポストに何か入っているか確認してからエレベーターに乗り、自分が住んでいる階まで上がる。

「ただいま~」

玄関を開けた瞬間、誰もいないのにこんなことを言ってしまう。

いや、もし「おかえり~」なんて言葉が返ってきたらそのまま回れ右して一目散に交番を目指すだろう。
もしくは霊媒師を探す。
なんてことを想像しながら、カバンをソファの上に投げ捨てるとウィッグをとる。

「はぁ~、蒸れるし、かゆい~!」

ボサボサと頭をかきながら洗面所にいく。
ザバザバと顔を水で洗いながら化粧を落とす。

「ようやく外せるよ…」
小声で言いながら上着をめくりブラジャーを外す。

え?!帰ってきた途端、ブラジャー外すの?!若い女性が!?
と思う人もいるかもしれないが、これが社会で働く女の実態だ。

なーんて、んなわけがない。
いや、実際にはいるかもしれないが自分は違う。

何が違うんだよ?って思うだろう?
何がって?
性別から何もかもだよ!!

そう自分は、いや……オレはオトコだ。 
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