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至誠一貫

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第一部
第二章 ~幽州戦記~
  八 ~人、それぞれの想い~

 
前書き
2017/8/20 全面改訂 

 
「せっ、はっ!」
「そこ、手を抜くんじゃない! もっと真剣にやれ!」
「は、はいっ!」
「なんや……ウチ、おらんでもええんちゃうか?」
「いや、それはないが……。しかし、張り切っているな」

 翌朝。
 董卓殿の承諾をいただいて、選り分けの為の調練を始めた。
 無論、皆に任せっきりではない。

「張遼殿。このような場合、如何に兵を動かせば宜しいのでしょう?」
「張遼、でええで。関羽?」
「で、では張遼。それでだが」

 愛紗は、熱心に張遼を質問責めにしている。

「張飛! 兵が遊んでいるではないか! 目を届かせろ!」
「にゃー、華雄が鬼になっているのだ」
「ふむ。だが理にかなっているぞ、鈴々。やはり我らが調練では、見直すべきところが多々あるな」

 そう。
 人一倍張り切っているのは、あの華雄。
 昨夜鈴々に無様に敗れた後で、何やら思うところがあったらしい。
 自ら、調練の指導役を買って出てくれた。
 確かに華雄は武を恃みにするところはあるが、決して実力がない訳ではない。
 正規軍としての場数を踏んでいるのは、やはり伊達ではないのだろう。
 鈴々はもちろん、愛紗と星にも初めて見て聞くものが多いようだ。

「それで賈駆殿。ここはこれで如何です?」
「そうね。悪くないけど、ちょっと型にはまり過ぎかもね」
「ではでは、こうしてはどうでしょう?」
「それ、これで無意味になるわよ?」

 一方、軍師達も遊んでいる訳ではなく。
 いつの間にやら、戦術や戦略の勉強会を始めている。
 稟も風も、才は十二分にある。
 だが、やはり実地となるとまだまだ未熟さが否めない。
 その点、賈駆は董卓殿を補佐する立場。
 廷臣達との折衝も行っているらしい。
 私の知る歴史でも、一時はその曹操を危機に陥れた程の智謀の持ち主だ。
 それ自体は、どうやら変わらぬものらしい。

「土方さん。お茶を淹れましたので、どうぞ」
「忝ない」

 私は……どちらかに参加したいところなのだが、

「主。これは我らの役目ですぞ?」
「そうです。主が前線に出るまでもないようにするのが、我ら臣下の役目」
「だから、お兄ちゃんはでーんと構えていればいいのだ」

 調練の方は、この有様。

「歳三様。お気持ちはわかりますが、軍師の仕事はお任せ下さい」
「そうですよー。お兄さんを助けられなくては、風達の居場所がなくなるのですよ」

 ……こんな感じで、弾き出されてしまった。

「皆さん、張り切っておられますね」
「然様ですな。拙者の出番もないようにござる」
「ふふ。でも、人は一人で全てを行えはしませんから」

 私は頷き、茶を啜った。

「……む、美味い」
「ふふ、良かったです。土方さんの国のお茶と比べて、如何ですか?」
「そうですな。渋味を楽しむ緑茶や、味わい深い番茶などがあり申した。これは、何と言う茶にござるか?」
「はい。烏龍茶と言います。茶葉を乾燥させた後で、発酵させた物です」
「ふむ。まるで英国利(えげれす)人が好む、紅茶と似ている」
「英国利人、ですか?」

 首を傾げる董卓。

「遥かに海を越え、やって来ていた異国の者達にござる。その他にも、仏蘭西(ふらんす)亜米利加(あめりか)阿蘭蛇(おらんだ)など……多種多様な異国の民が出入りしていました」
「そうですか、交易の盛んなお国なのですね」
「……いや。つい二十年ほど前までは、鎖国をしていたのでござる」
「何故ですか? 国境を閉ざせば、人も物も停滞してしまいます」
「……かつては南蛮人と呼ばれた、別の異国の者が我が国を盛んに訪れていた時期があり申した。伴天連なる異教を教え広める者が、みだりに人心を惑わしたのでござる。その時、政を司る将軍が、国を閉ざし国の安寧を図り申した」
「将軍? それは、私のような立場ですか?」
「いや、我が国では将軍、と名乗れるお方はただ一人だけ。徳川氏の棟梁だけが、その資格がござった」
「では、丞相のようなものでしょうか?」

 丞相、というと……私の知る曹操か。
 帝を差し置き、政務を行うという意味では……ふう、これではまるで勤王志士ではないか。
「似て非なるもの、とでも申しましょうか。我が国では実質、武士が国を支配する体制でござった。帝や朝廷は権威の象徴と位置付けられていましてな。……それも永きに渡り続きましたが、それも今では新たな政府が樹立され、帝の親政という形に変わり申した。拙者は、それを認めぬ立場として、戦っていたのでござる」
「激動の世、だったのですね。今此処も、そうですが……」

 規模こそ違えど、確かに私の今いるこの世も、また戦乱の世。
 だが、頑迷な武士や、旧きにしがみつく者どもがおらぬ。
 その意味では、我が意を通しやすい、とも言えるな。

「ところで、董卓殿。一つ、伺って宜しいか?」
「はい。何でしょうか?」
「あくまで、仮の話でござるが……。もし、貴殿がこの先、この大陸で一番の権力を持つ機会があったとしたら」
「……一番の権力、ですか?」
然様(さよう)。皇帝陛下も凌ぐ程の権力を手にする事になったとしたら、如何される?」
「私は、陛下にお仕えする身です。そんな地位は望みません」
「ふむ。ですが、地位や権力は、望まずとも手に入ってしまう場合もありますぞ」
「……私は、ただみんなと静かに暮らせれば十分です。徒に権力を求めれば、それだけ多くの民を苦しめるだけです」
「では、権力には固執なさらぬ、と?」
「はい。それは、土方さんも同じなのではありませんか?」

 ジッと、私を見つめる董卓。
 口先だけではない、これが彼女の本心なのだろう。

「そう、見えますかな?」
「見えます。そうでなければ、あのような秀でた皆さんが、あんなに貴方様を慕う訳がないでしょう?」

 か弱げな見た目に騙されると、手痛い目に遭いそうな相手だ。
 芯はしっかりしているし、他人を見る目もある。
 ……なるほど、張遼や華雄程の将が付き従うだけの事はある、か。

「董卓殿。ご無礼の段、平にお許し願いたい」
「いえ。仮の話でしょう? でしたら、何の問題もないですよ」
「いや、貴殿のような、心根清らかな方を疑ってかかるような物言い、無粋でした」
「心根清らかですか……。へ、へう……」

 董卓は、真っ赤になった顔を両手で挟み、俯いた。
 ……むう、何だ、この保護欲をかき立てられる仕草は。

「申し上げます!」

 そこに、董卓軍の伝令がやって来た。
 同席している私に気付いたのであろう、何やら戸惑っているようだ。

「私は席を外した方が良さそうですな」
「いえ、構いません。共に戦う仲間ですから、隠し事をするつもりはありません」
「で、では。并州刺史、丁原様がお見えです」
「丁原のおじ様が?」
「はっ。援軍に、との事です」

 丁原か。
 だが、并州の刺史……?
 荊州刺史、と書物にあったが、あれは誤りなのだろうか?
 そして、この董卓とは対立する筈だが……この親しげな様子からして、まるで想像もつかぬな。

「わかりました。こちらに通して下さい」
「ははっ!」

 伝令が、立ち去っていく。

「宜しいのですか? 私がいては、障りがありましょう」
「いいえ。土方さんならば、是非紹介したいのです。きっと、丁原のおじ様も気に入ると思います」
「……では、ご同席致そう」



 ややあって。
「おお、月。久しぶりじゃの」

「丁原のおじ様!」

 姿を見せた丁原は、男であった。
 しかも、白髭も豊かな偉丈夫。
 どうやら、名のある将全てが女子(おなご)、という訳ではないという事か。
 まだ見ぬ武将がどのような出で立ちか、逆に興味深いというものだ。
 ……そして、丁原と言えば、あの武将がいる筈。

「おじ様。恋さんは?」
「おお、恋なら今参る。……ほれ」

 背の高い女子が、現れた。
 燃えるような赤い髪に、至るところに見られる入れ墨。
 ……だが、その闘気たるや、尋常ではない。
 手にした方天画戟といい……まず、間違いないだろう。

「恋さん。お元気でしたか?」
「……ん。月も、元気そう」

 そして、丁原と二人、私を見た。

「月、この者は?」
「あ、はい。義勇軍の指揮官、土方さんです」
「義勇軍?」
「拙者から自己紹介致す。董卓殿、宜しいか?」
「そうですね、お願いします」

 私は、二人に向き合い、

「お初にお目にかかり申す。拙者、土方歳三。董卓殿が仰せの通り、義勇軍を率いて黄巾党と戦っている者にござる」
「ふむ……。義勇軍のう」

 丁原は、まじまじと私の顔を見つめる。
 義勇軍だからと侮りを見せるならば、それなりに応じるまでだが。

「何か?」
「……いや、いい面構えをしておるの」

 感心したように、頷き、

「ワシは、丁原、字を建陽。并州刺史をしておる。恋、お前も自己紹介せよ」
「……恋は、呂布。字は、奉先」

 無口なのだろう。
 どことなく、掴み所のない雰囲気を漂わせているが……見た目に騙される奴も、いる事だろう。
 これが、あの呂布か。

「土方殿、で宜しいかな?」
「はい」
「貴殿、かなり修羅場を潜っておると見たが? どうじゃ、恋?」
「……ん。お前、強い」
「ほう。あの呂布殿にそうまで言われるとは、光栄至極」
「む? 恋を知っておるのか、土方殿?」
「……無双の強さを誇る赤髪の者がいる、そう風の噂にした事がござりまする」
「恋の強さがそこまで広まっているとはのう」

 危ういところであったが、どうにか誤魔化せたらしい。
 ……と、足下に気配を感じた。
 見知らぬ犬が、紛れ込んだのか?

「ハッ、ハッ、ハッ」

 パタパタと尻尾を振り、私を見上げている。
 毛並みの良さから見て、野良犬とも思えぬが。

「何だ? 私に何か用か?」
「ワンッ、ワンッ!」

 人懐っこい犬のようだ、しかし何故ここにいる?

「……セキト」
「ワンッ!」

 犬は、呂布のところに駆けていった。

「呂布殿の犬でござったか?」

「……(コクッ)」

 セキト、と言ったな。
 呂布と言えば赤兎馬だが。
 ……まさか、あの犬に跨がって……とは思えぬ。

「……お前、不思議」
「拙者が?」
「……ん。セキト、誰にでも懐かない。けど、お前に、懐いた」

 ふむ。

「はっはっは、ますます不思議な御仁じゃのう、土方殿?」
「……は。拙者はとんと、わかりませぬ」
「いやいや。月、この御仁、ただの無名な輩とも思えぬが」
「おじ様もそう思われますか。既にあの韓忠と程遠志を討ったのですよ、土方さんは」
「何と。程遠志と言えば、この辺りでは最大の勢力を誇っていた賊将ではないか。いくら、月が加勢したとは申せ」
「いえ。私は何もしていません。土方さんと、配下の方々のお力で」
「……むう。ますます信じられん。しかし、月が嘘を言う筈がない……むむむ」

 ふむ、どうやら誇張して受け取られてしまっているようだ。

「丁原殿。拙者達は、確かに韓忠と程遠志は討ち取りました。ですが、韓忠はともかく、程遠志は将を討ち取ったのみ。賊軍そのものは、董卓殿がおらねば手に余っていたでしょう」
「土方殿はこう仰せだが、どうなのじゃ? 月」
「はい。確かにお手伝いはしましたが、それも土方さん達が程遠志を討ち取って、賊軍が混乱していたからこそ、です。そうでなければ、数で劣る私の軍では、少なくない被害を被ったでしょうから」
「諦めよ、土方殿。貴殿が並の男ではない、それで佳いではないか」

 佳い……のか?

「はっはっは、佳きかな佳きかな……う、ゴホゴホ」
「……大丈夫?」

 不意に咳き込んだ丁原の背を、呂布がさすった。

「おじ様……。やはり、お身体の具合が宜しくないのでは……」

 董卓が、顔を曇らせる。

「何、ワシも老いたという事よ……ああ、恋。済まんな」
「……親父。無理、ダメ」
「そうですよ、恋さんの言う通りです」
「いやいや、こんな老いぼれでも、まだまだ休ませては貰えんのじゃよ。賊がこのように跋扈する有様では、な」
「とにかく、横になって下さい。土方さん、申し訳ありませんが」
「いや、拙者にはお構いなく」

 董卓と呂布に付き添われ、丁原は天幕へと入っていった。
 ……事情はわからぬが、少なくともこの世界では、董卓と丁原が争う事はなさそうだ。
 そして、呂布も……あの、叛服常ならず、という印象は受けなかった。
 董卓もまた、呂布を利で釣るような人物とも思えぬ。
 私が取るべき道……判断を誤ると、従ってくれた皆に申し訳が立たない。
 人物の見極め、今少し学ぶとしよう。
 戦場の事、軍略の事は、皆に任せればいいのだからな。



 その夜。

「ご主人様。今日の調練の成果、以上となります」
「うむ。やはり、脱落者がかなり出たようだな」
「はい。ですがその分、精兵を集める期待にもつながるかと」

 愛紗が中心になり、調練の報告を受けた。
 初対面の時にあった脆さや頼りなさが影を潜め、将としての自覚が芽生えてきた気がする。

「うえー、疲れたのだ……」
「どうした、鈴々。その程度で音を上げていては、明日は務まらないではないか」
「でも、華雄が張り切り過ぎなのだ。星は、そう思わないのか?」
「…………」
「にゃ? 星、聞いているのか?」

 鈴々の声に、星がはっとした表情をする。

「どうした、星? ぼんやりするなど、お前らしくもない」
「い、いえ……。何でもありませぬ」

 何故か、私と目を合わせようとしない。

「少し、疲れたようです。先に、休ませていただきますぞ」

 そして、さっさと天幕を出て行った。

「星、何だか様子がおかしいのだ」
「そうだな。しかし、体調が悪いとは思えないが……。ご主人様、明日の調練は、星は外しましょう」
「……いや。少し待て、何やら悩みを抱えているのやも知れぬ」
「では、ご主人様にお任せしましょう。私は、張遼ともう少し、計画を詰めて参ります」
「あまり根を詰めるなよ、愛紗?」
「大丈夫です、お気遣いありがとうございます。では」

 愛紗の笑顔には、無理はなさそうだ。
 ……さて、星の様子を、見てくるか。



 星の天幕は……此所か。

「星。入るぞ」

 てっきり酒でも飲んでいるのかと思ったが、本当に横になっているようだ。

「如何したのだ、星?」
「…………」

 答えがない。

「体調が悪いのなら、そう申すが良い。私とて、無理をさせるつもりはない」
「……体調など、悪くありませぬ。ただ、悔しいのです」
「悔しい?」

 星は、私に背を向けたまま続けた。

「そうです。あれほど未熟さばかりが目についた愛紗が、見事に変貌した。それは、主の寵愛が契機になったのは間違いありますまい」
「……そうだ。私も、それを望んだ」
「愛紗が変わったのは、我が軍に取っても大きな事。されど……」

 星は、こちらに顔を向けた。

「ならば、主から愛されるのは……愛紗だけ、なのですか?」
「星?」
「……私とて、女としての魅力には自信があります。なのに、主は私を女として見ていただいていない」
「そのようなつもりはない。星とて、十分過ぎる程魅力的ではないか」
「ならば」

 星は起き上がり、私に抱き付いてきた。

「抱いて下され。……愛紗のように」
「星……」
「尻軽女とお思いか?……これでも殿方に、身体を許そうと思ったのは……は、初めてなのですぞ」

 星の身体が、熱い。
 抱き付かれて表情は見えぬが、恐らくは真っ赤になっているのだろう。

「良いのか? 本当に」
「……あまり、女に恥をかかせるものではありませぬ。それに、優れた殿方が複数の女から言い寄られるのは、この世の常です」
「優れた殿方、か。では私は、そのような男なのだな?」
「……二度は言いませんぞ」
「……わかった。星、お前の気持ちに応えよう」
「主……。嬉しゅうございます」

 いきなり、接吻をされた。
 何とも情熱的な……だが、愛おしい。
 そのまま、星の寝台へと、倒れ込んだ……。



 気がつくと、夜が白み始めていた。

「主。……主の国でも、このような事をなされていたのでしょう?」
「否定はせぬ。本気で好いた女子もおったが……昔の話だ」
「では、今は如何でござるかな?」

 そう言いながら、星は私の胸に、顔を載せてきた。

「しかとは申せぬ。星も、愛紗も……十分に愛おしい故、な」
「ふふ、正直な御方ですな」

 だが、拗ねてはいないようだ。

「主。いただいた寵愛、この星、決して無にはしませぬぞ」
「一層、励んでくれると言うのか?」
「はい。さしあたり、調練に身を入れましょうぞ」
「……しかし、無理はするな? 特に今日は、ちと厳しいと思うぞ」
「……嫌な御方ですな、主は」

 私の腕に、星の胸が当たる。

「さて、暫し一眠りするか」
「御意。この星、お供しますぞ……どこまでも」
 雀の囀りを聞きながら、私はまどろみ始めていた。 
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