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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百七十九話 終結


帝国暦 490年 4月 16日    帝国軍ビッテンフェルト艦隊旗艦ケーニヒスティーゲル  フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト



「手を緩めるな、このまま押し切るぞ!」
「はっ」
檄を飛ばすとオペレータ達がそれに応えた。悪くないな、将兵の士気は高い。不意を突かれ思いがけない形で戦闘に入ったが皆が慌てる事無く対処している。日頃の訓練の成果が出たようだ。後でワーレンに礼を言わなければならんな。酒の一杯も奢るか。

ミュラー艦隊の来援を待つまでもない。このまま押し切って反乱軍本隊の後方に出れば奴らはたちまち混乱する筈だ。それに乗じて司令長官率いる帝国軍本隊が前進すれば反乱軍は総崩れになるだろう。そうなればこの戦い最大の功労者は俺、俺が率いる黒色槍騎兵という事になる。おそらくはこれが反乱軍との最後の戦い、俺にとっても艦隊にとってもこれ以上の名誉は無い……。

「閣下、反乱軍本隊から増援が来るようです」
オイゲンが心配そうな口調で反乱軍の増援を指摘した。やれやれ、上手くいかんか。思わず舌打ちが出た。反乱軍も必死だな。
「……こうなってはミュラー艦隊の来援を待たざるを得んな」
俺が答えるとオイゲンがほっとしたような表情を見せた。

……如何いう事だ? 反乱軍の増援より俺の反応の方が心配だったのか? 俺は攻撃は好きだが無謀ではないぞ、オイゲン。いくらなんでも一個艦隊で三個艦隊を撃破出来るなどとは思わん。まして分散しているなら各個撃破も可能だが反乱軍は集まっているのだ。ここはミュラー提督と協力して反乱軍を撃破する、それが用兵の常道だろう。

「しかしここで戦闘になるとは、司令長官も不本意でしょうな」
「反乱軍も必死なのだ。このままでは本隊と副司令長官率いる別働隊で挟撃されるのは目に見えているからな。ここで我々を撃破して別働隊を待ち受ける、そう考えているのだろう」
ディルクセン、グレーブナーの会話にオイゲンが頷いた。

まあそんなところだろうな。しかし何とか戦闘にはもち込んだが反乱軍にとって状況が明るくなったとは言えない。戦況はどちらかと言えば帝国軍の方が優勢だろう。黒色槍騎兵が相手にしている二個艦隊は明らかに動きが悪い。おそらくは新編成の艦隊で練度が低いのだ。本隊も優勢に戦闘を進めている。今頃反乱軍の司令長官は頭を抱えているに違いない。

そして帝国軍は反乱軍領域内奥深くまで侵攻したが余力が十分にある。なんと言ってもここまで戦闘らしい戦闘をしていないのだ。イゼルローン要塞を無血で攻略した事で損害が無い。ヤン・ウェンリーを捕殺出来なかった事は残念だがそれを失策と言うのは贅沢だ。

ここで戦闘になった事を司令長官閣下は不本意に思われているかもしれんがイゼルローン要塞を無血で攻略した事だけで十分だと思う。俺はここで戦えた事に満足だ。おそらく他の艦隊司令官も同じ思いだろう。損害を少なくしたいという気持ちは分かる、将兵達のためだという事もだ。俺も無理をしたいとは思わない、だが無理をせずとも勝てるのだ。

「反乱軍、増援部隊が合流します」
オペレータの声が艦橋に響いた。これで正面は三個艦隊になった。だが心配はいらない、もうすぐこちらもミュラー艦隊が合流するのだ。動いたのはミュラー艦隊の方が早かったのだが迂回した分だけ遅くなった。今頃ミュラー提督はやきもきしているだろう。

「もうすぐミュラー提督が来る、慌てることなく対応しろ」
「はっ」
俺が声をかけるとオペレータ達が笑みを浮かべて頷いた。頼もしい奴らだ、こいつらならミュラー艦隊が来るまで問題なく耐えられる。その後は攻勢に転じて反乱軍を粉砕してやろう。メルカッツ副司令長官の別働隊を待つまでもない、一気に決着を着けるのだ。



帝国暦 490年 4月 17日    帝国軍総旗艦ロキ  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「反乱軍、後退します」
ワルトハイム参謀長の声は比較的落ち着いていた。まあ普通は後退とかいうと誘引の危険が有るんだが現状では問題無いだろう。理由は簡単、ビッテンフェルトとミュラーを抑えている部隊の旗色が悪いのだ。三個艦隊を回しているが戦線を維持出来ずに少しずつ後退している。同盟軍は本隊も後退し戦線を一つに纏めようと考えているらしい。

本当は全軍で一気に退いて態勢を立て直したいのだろうがそれをやれば帝国軍に逃げられかねない。その事が同盟軍の動きに制約を付けている。まあ悪い考えじゃない。しかし分かっているかな、戦線を後退させているわけだがその分だけメルカッツに近付く事になるという事を。そして距離と時間をロスしている事を。分かってはいるが已むを得ない、そんなところかもしれない。

逃げるという手も有るな。同盟軍が一番嫌がる手だ。後退している同盟軍はこちらに付け込まれないようにと、そして逃げられないようにと必死だろう。不意を突いての急速後退は難しくはないだろう。そして睨みあい、駆け引き。不可能じゃない、しかし現実的でもない。戦況は優勢だしこのまま戦闘を継続してメルカッツを待った方が良さそうだ。多少犠牲は出るが已むを得ん。下手に逃がすとまた何かしでかしそうで怖い、被害も多くなるような気がする。

戦況が優勢という事も有るのだろうが皆、活き活きしている。不本意に思っているのは俺とヴァレリーだけのようだ。そんなに戦いたいかなあ。勝つのは分かっているんだ、たとえ戦闘が無くても昇進はさせるんだが……。戦い過ぎるのも問題だが戦わなさ過ぎるのも問題か。俺とラインハルトを足して二で割ると丁度良いのかな、軍人なんてそんなもんかもしれん。

同盟軍の後退は続く。こっちはそれを追いながら攻撃をする。俺の右にはアイゼナッハ、左にはレンネンカンプ、その左にケンプ。なかなか豪勢な顔ぶれだ。多少用兵に柔軟性が足りない部分が有るかもしれないが攻撃力は問題無い。俺の正面にウランフ、レンネンカンプの前にヤンだ。そこは注意しないといかん。

「全軍に伝えてください。無理な攻撃はするなと。このまま戦線を維持しメルカッツ副司令長官の来援を待ちます」
「はっ」
“敵は訓練不足だ、一気に押せ”、そう言った方が士気は上がるんだろうな。皆もそれを望みもどかしい思いをしているのかもしれん。

もどかしい思いをしているのはヤンも同じだろう、周囲に足を引っ張られすぎだ。そうか、ヤンと戦う時は集団戦の方が良いのかもしれない。一対一だとヤンは自由に動くが多対多なら何処かでヤンの足を引っ張る奴が居る、或いは周りの事を考えて自由に動けない。その分だけヤンの怖さは減少する。

ヤン・ウェンリーが集団戦で力を十二分に発揮するにはヤンと同等の能力を持つ奴が必要だろう。例えばラインハルト、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ビュコック、メルカッツ……。そこにヤンが加わる。うん、ドリームチームだな。それともプロ野球のオールスター戦か。どんな戦いをするのか見てみたいものだ。

「閣下?」
ヴァレリーが不思議そうな顔をしている。
「何です、フィッツシモンズ大佐」
「いえ、なにやら楽しそうでしたので」
周囲を見るとリューネブルク、ワルトハイム、シューマッハ達も訝しそうにしている。

「そうですか。……戦況は悪くないですからね、その所為でしょう」
俺が答えるとヴァレリーは曖昧な表情で頷いた。いかんな、気を引き締めよう。まだ戦いは終わっていないんだ。集中、集中。……リューネブルク、何が可笑しい。ニヤニヤするんじゃない。俺達は戦争をしているんだからな。もっとまじめにやれ。



宇宙暦 799年 4月 18日  ハイネセン  最高評議会ビル ジョアン・レベロ



自由惑星同盟最高評議会は沈痛な空気に包まれていた。参加者は皆押し黙り積極的に口を開こうとしない。そしてビルの外では大勢の同盟市民が自分達の未来を案じてデモを繰り広げている。こちらはそれぞれが大声で自分達の要求を叫んでいるだろう。自分達を守れと。

「それで戦況は如何なのかな、アイランズ国防委員長」
ホアンが問い掛けるとアイランズが辛そうな表情をした。
「良くありません。軍は帝国軍の本隊をなんとか捕まえ戦闘に入りましたが劣勢です。新編成の艦隊が練度不足でどうしても動きが鈍い。帝国軍にそこを突かれているようです」
彼方此方から溜息が漏れた。

「もう直ぐフェザーン方面から帝国軍の別動隊が来るでしょう。そうなれば同盟軍は挟撃されます。勝ち目は有りません。ボロディン本部長からも形勢を逆転するのは難しいと報告が有りました」
また溜息が聞こえた。誰も視線を合わせようとしない、俯いているだけだ。

大きく息を吐く音が聞こえた。トリューニヒトだった。ここ数日ろくに寝ていないのだろう、眼が充血している。
「已むを得ないな。宇宙艦隊には降伏するように伝えてくれ」
皆がトリューニヒトを見た。彼方此方から“しかし”、“それでは”という声が聞こえた。だがトリューニヒトが首を横に振ると皆が口を閉じた。

「これ以上戦っても犠牲が増えるだけだ。勝算が無い以上、無意味な戦いは止めるべきだろう。国防委員長、降伏するように伝えてくれ」
「……分かりました。ボロディン本部長に伝えます」
不思議なほど衝撃は無かった。来るべきものが来た、そんな感じがした。私は何処かでこうなる事を覚悟していたのだろう。いや私だけではない、皆もそうかもしれない、ホッとした様な顔をしている。

「それで我々は、政府は如何するのかね。降伏するのかな?」
私が問うとトリューニヒトが顔を顰めた。
「いや、アルテミスの首飾りが有るから無理だろう。今の時点で降伏すれば同盟市民が暴動を起こしかねない」
「では?」
「帝国軍が首飾りを壊してから降伏する。その方が無理が無いと思う」

確かにそうだな。同盟市民も諦めるだろう。
「帝国が同盟をどのように扱うかは分からない。劣悪遺伝子排除法を廃法にした事、改革を進めている事を考慮すれば酷い扱いにはならないだろうとは思うが確証は無い。我々は同盟市民の生命、財産を守らなければならない。そして民主共和政……。各委員長も同盟市民を守るためには何が必要なのか、纏めてくれ。自由惑星同盟は滅ぶかもしれんが講和条約でそれらを守るために私は粘り強く交渉するつもりだ」
力強い声だった。自らに言い聞かせるような響きが有った。



帝国暦 490年 4月 18日    帝国軍総旗艦ロキ  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



総旗艦ロキの艦橋は爆発した様な騒ぎだった。彼方此方で肩を叩き合ったり握手をしている人間がいる。おそらく帝国軍艦艇の彼方此方で同じ様な光景が起きているだろう。まあ気持ちは分かる。同盟軍が降伏した、そして同盟にはもう宇宙戦力は無い、これで同盟の命運は尽きたに等しい。皆が喜ぶのは分かるんだが……。

「閣下、おめでとうございます」
ワルトハイムが祝福してくれると皆が口々に“おめでとうございます”と言ってくれた。ヴァレリーも祝ってくれた。ホッとした様な顔をしている。両軍ともそれほど損害は多くない。一安心だろう。

「有難う」
何とか笑みを浮かべることが出来た。どうせならもっと早く降伏してくれれば良かったんだけどな。そうすれば犠牲はもっと少なくて済んだ。それに同盟政府はまだ降伏していない。なんか中途半端だ、戦闘も降伏も。溜息が出そうになって慌てて堪えた。

愚痴っていても仕方が無いな。
「フィッツシモンズ大佐、オーディンに連絡を。反乱軍の宇宙艦隊は降伏、メルカッツ副司令長官と合流後ハイネセン攻略に向かうと」
「はっ」
「参謀長、反乱軍のビュコック司令長官と会談をします。二十四時間後、総旗艦ロキへの訪艦を希望すると伝えてください。なお、所定の手続きに従って武装を解除して頂きたいと」
「はっ」

ヴァレリーとワルトハイムがオペレータにそれぞれ指示を出し始めた。二十四時間有ればミサイルの廃棄とレーザー発射口の閉塞が終了するだろう。一応念のため油断するなと全軍に通達した方が良いな。少し疲れたな、時間は有る、一眠りしようか……。



帝国暦 490年 4月 19日    帝国軍総旗艦ロキ  ドワイト・グリーンヒル



帝国軍総旗艦ロキの艦内は柔らかな明るい光に溢れていた。漆黒の外見からは想像も出来ない光景だ。艦内の彼方此方から私とビュコック司令長官に好奇の視線が向けられているのが分かった。囁き声も聞こえる。彼らの気持ちは分かるが見世物になった様な感じがして気分が悪かった。

降伏後、二十四時間が経った。この宙域には帝国軍の別働隊も集結し同盟軍は十五万隻を超える帝国軍に包囲されている。政府からの降伏命令には已むを得ないと思いつつも多少のわだかまりが有った。しかし今十五万隻を超える帝国軍に包囲されている事を考えれば政府の判断は正しかったのだと理解出来る。トリューニヒト議長の判断だと聞いたが見事な決断をしたものだ。

一人の士官が近付いて来た。まだ若い、年齢は二十代の半ばから後半だろう。軍服の模様から判断すると中将だ。中肉中背、聡明そうな表情をしている。一メートル程の距離で立ち止まり挙手の礼をほどこした。
「小官はクラウス・ワルトハイムと申します。同盟軍の宿将たるビュコック司令長官とグリーンヒル総参謀長にお会い出来て光栄です」

嫌味には聞こえなかった。性格は素直なのかもしれない。ビュコック司令長官と共に挙手の礼を返した。
「敗軍の将には些か過分な言葉ですな、恥じ入るばかりです」
ビュコック司令長官が答えるとワルトハイム中将が少し困った様な表情をした。侮辱してしまったとでも思ったのだろうか。

「ヴァレンシュタイン元帥の元へ御案内します、こちらへ」
「御手数をおかけする」
ワルトハイム中将の案内で艦内を歩く。暫くして一人の士官が待つ扉の前に着いた。見覚えが有る、ローゼンリッター、リューネブルク……。無言のまま敬礼を交わす。ワルトハイム中将がドアを開け“どうぞ”と言った。部屋の中に入った。

黒髪の若い士官が奥で待っていた。小柄で華奢な身体を黒いマントが覆っている。帝国軍宇宙艦隊司令長官ヴァレンシュタイン元帥。こちらに近づいてくると挙手の礼をして“エーリッヒ・ヴァレンシュタインです”と名乗った。こちらも名乗り礼を返すとソファーへと案内された。席に座ると直ぐに女性士官が紅茶を持ってきた。この士官も見覚えが有る。名は忘れたがあの時、リューネブルクと一緒にいた女性士官だ。彼女は紅茶を配ると一礼して部屋から出て行った。

「敗残の身を閣下にお預けします。我々は如何様なる処分をされようと構いません。ただ部下の将兵には御配慮を賜りたい」
ビュコック司令長官の言葉にヴァレンシュタイン元帥が軽く笑みを浮かべた。苦笑だろうか。
「御安心を。我々は勇敢に戦った敵を賞賛はしますが侮辱するような事はしません。それは貴方方も含めてです。それにこれ以上意味の無い血が流れるのは避けるべきだと考えています」

大丈夫だろうと思ってはいたがきちんと言質を取ったことでホッとした。口調も誠実さを感じた、信じて良さそうだ。紅茶を一口飲んだ、美味い、かなり良いものを使っている。
「降伏してくれたことには感謝しています。皮肉では有りませんよ、本心です。これ以上敵も味方も犠牲は出したくありませんでした。何度か降伏勧告をしようかと考えたのですが侮辱と取られては却って犠牲が増えると思い止めました」
傲慢さは感じなかった。微かにだが口調には安堵の響きが有った。

「降伏は政府からの命令でした」
私が言うとヴァレンシュタイン元帥は“政府の”と声を出した。声にも表情にも驚きが有った。
「アイランズ国防委員長の命令ですか?」
「いえ、トリューニヒト議長の命令です。これ以上無益な戦いは避けるべきだとの事でした」
「……しかし自由惑星同盟政府は降伏しませんが?」
ヴァレンシュタイン元帥は不思議そうな表情で私を見ていた。如何いうわけか幼さを感じた。その事がおかしかった、相手はこの宇宙で最も危険な相手なのに。ビュコック司令長官も同じ事を感じたのかもしれない、幾分苦笑を浮かべながら口を開いた。

「アルテミスの首飾りが有ります。あれが役に立たない事を我々は知っていますが市民は知りません。現時点での降伏は同盟市民の間に混乱を生じるだけでしょう、場合によってはそれによって政府自体が瓦解しかねません。そうなれば無秩序な抵抗が起き犠牲が増えるだけです」
「なるほど」
ヴァレンシュタイン元帥が二度、三度と頷いた。

「トリューニヒト議長ですか、以前から思っていたのですがやはり単なる扇動政治家ではないという事ですね」
「……」
「お会いするのが楽しみです」
そう言うとヴァレンシュタイン元帥は紅茶を一口飲んだ。口元に微かに笑みが有った。



 
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