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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十三話 改変の始まり

 局長室を出た後、俺は資料室、通称「物置部屋」に向かった。なにはともあれハウプト中将が渡してくれた資料を見なければならない。本来なら兵站統括部第三局第一課に戻らなくてはならないのだが周りには見られたく無い。物置部屋は隠れて読むにはもってこいの場所だ。視聴覚用ブースに座り資料を読み始める。

 第359遊撃部隊 艦艇数6,000隻、兵員65万、指揮官は帝国男爵ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング中将。年齢58歳。第359遊撃部隊はイゼルローン要塞を中心に帝国領、同盟領を哨戒する事を主たる任務とする多数ある艦隊の一つだ。貴族達のための艦隊かと俺は溜息を吐いた。

 帝国軍の実戦部隊、宇宙艦隊は18個の正規艦隊から成り立つ。しかし、実戦戦力はそれだけではない。独立艦隊、遊撃艦隊等の名称で数多くの艦隊が存在する。規模もさまざまだ。10,000隻を超える事もあれば、1,000隻程度の小艦隊の場合もある。これらの非正規艦隊だが存在するのはそれなりに理由がある。大まかに言って次の4つだ。

 1.能力の有る士官に経験を積ませるため。……若い将官や、参謀経験が長く実戦指揮経験の少ない将官に小規模の艦隊を与え習熟させる事が目的だ。当然上手くこなせばより大きな艦隊を任せられる事になる。

 2.特殊任務等のため一時的に編成される場合。……文字通り、特殊任務(索敵、挑発行動、ゲリラ戦等)のために一時的に編成される艦隊だ。

 3.能力はそれほどではないが経験豊富な士官を活用するため。……戦争は正規艦隊の殴り合いだけで行われるものではない。哨戒、護衛、輸送等も戦争においては重要な意味を持つ。これらの任務にはどちらかと言えば才気よりも忍耐、堅実さが要求される事が多い。それらを持つベテラン士官を有効活用するというのが主目的の艦隊だ。

 4.貴族達のための艦隊。……能力の無い貴族ほど軍の中では扱いづらいものはない。例えば自分が司令官だったとして部下に有力貴族の分艦隊司令官がいたらどうだろうか。やりづらいだろう、何かにつけて身分をかさに来て反抗的な態度を取ったり、自分勝手な行動を取ったりしかねない。

まして戦闘中に戦死したらどうなるか。その男の遺族、親族が「お前に殺された」、「わざと危険な任務を与えた」等言い出しかねない。そのため正規艦隊の分艦隊司令官には有力貴族はいない。彼らはみな、下級貴族または平民出身だ。戦争である以上過酷な命令を出さなければならないときも有る。司令官としては気を使わずに無理を言える部下のほうが有り難いのだ。

となれば貴族達をどう扱うかという事になるが、結局解決策は一つしかない。適当な艦隊を与え、放置するという事だ。ヴァンフリート星域の会戦におけるグリンメルスハウゼン艦隊がいい例だ。あれは戦闘中ほとんど役に立っていないし、ミュッケンベルガーも全く期待していない……。

 おそらく第359遊撃部隊、通称カイザーリング艦隊は4のケースに当てはまる艦隊の一つなのだろう。哨戒任務を主としているという事は、何処かで敵とぶつかって戦死しても自己責任、宇宙艦隊司令部は関係ありません、という事に他ならない。やれやれだ、カイザーリングがフレーゲルのような阿呆でないことを祈るのみだが、変だなちょっと引っかかる。

カイザーリング、何処かで聞いた気がするんだが何処だろう、ラインハルト絡みじゃない。ヤンでもない。妙だな銀河帝国正統政府にでもいたかな……アルレスハイム星域の会戦だ!!! なんてこった。サイオキシン麻薬でラリったまま同盟軍と戦い6割以上の損害をこうむったあの戦いだ。

帝国暦483年、帝国軍カイザーリング中将の艦隊がアルレスハイム星域で自分たちより優勢な同盟軍を発見した。カイザーリングは奇襲をかけようとしたが、艦隊の一部が命令を待たずに暴走、数で劣る帝国軍艦隊は同盟軍艦隊の反撃に遭い、6割の損傷を出して敗走している。

暴走の原因だが補給責任者であるクリストファー・フォン・バーゼル少将が艦隊にサイオキシン麻薬を持ち込み、それが気化したことから兵士が急性中毒患者となったためだ。後日、軍法会議ではカイザーリングは何の弁明もせずバーゼルをかばっている。

理由はバーゼルの妻ヨハンナに対する想いからだった。帝国軍上層部の怒りは大きかった。但しこの時点ではサイオキシン麻薬のことを帝国軍上層部は判っていない。帝国軍上層部は部下に対する統制力の欠如、無秩序な潰走が敗因であり、カイザーリングの指揮官としての能力の欠如ゆえに大敗が生じたと考えたのだ。

他の貴族に対する見せしめの意味もあったろう。カイザーリング中将は少将に降格された上退役処分となっている。それも皇帝フリードリヒ四世の重病が快癒したため恩赦があってのことだ。本来なら死刑だったろう。
  
「まずいな」
 俺は思わず口に出した。サイオキシン麻薬、損傷率6割だ。俺は旗艦に配属だから死ぬ事は無いだろうが、サイオキシン麻薬中毒というのは洒落にならない。あれの毒性は極めて強く、特に催奇性と催幻覚性が強いのだ。取締には帝国と同盟の刑事警察が秘密裏に協力した事もある。それほど危険なのだ。

待てよ、旗艦配属でも死ぬ可能性が無いとはいえないか、ロイエンタールの例も有る。トリスタンは生き残ったがロイエンタールは死んだ。カイザーリングは生き残ったが、俺が生き残れる保証は無い。確実に死亡フラグが俺に迫っているのが判る。俺が死亡フラグを折り、生き残る確実な方法はバーゼルをサイオキシン麻薬密売組織の長として逮捕することだろう。どうすれば逮捕できるか……。

 俺はこの日、生き残るために必死で対策を考えた。その事が歴史を変える第一歩になろうとは欠片も思わなかった。もしかしたら既に歴史は変わり始めていたのかもしれない。第五次イゼルローン要塞攻防戦、あの戦闘詳報から。しかし後年、明らかに歴史を変えてしまったと俺が認識したのは兵站統括部の地下2階にある資料室、通称「物置部屋」で過ごしたこの日だった。

 
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