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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
74層攻略戦
  久方振りの死闘を 05

 「スイッチ!」

 僕に代わってグリームアイズのタゲを取り続けてくれているキリトの背に、僕は力一杯叫んだ。
 それに間を置かず、左右の剣を強振したキリトがバックステップでグリームアイズから距離を取る。

 「ーーーーっ!」

 瞬間、無言の気合と共に僕はグリームアイズへと肉薄してソードスキルを発動させる。

 橙色の光芒を散らしながら、右手のエスペーラスを振るう。 コンマの差で左手のマレスペーロが跳ね上がり、グリームアイズの腹部を裂いたかと思えば振り下ろされる。 次いで、逆手に握り変えたエスペーラスを一杯に引き絞り、跳躍と同時に一閃。 そのまますれ違って飛翔した僕は、床に火花を散らしながら着地した。

 ()()スキルの4連撃、『デュアル・クロス』。

 二重に重なった橙色の十字架に蝕まれたグリームアイズは咆哮とは違う絶叫を吠える。
 それが収まる頃には、グリームアイズの背後に着地した僕が再び剣の間合いへと踏み込んだ。

 双剣スキル3連撃、『トライエッジ』。
 グリームアイズの足元をすり抜けざまに切り裂いた青の軌跡は3本。 堪らず体勢を崩すグリームアイズに今度は追撃も仕掛けずに跳ぶと、呆然としているキリトの隣に降り立った。

 「やっほーキリト。 時間稼ぎありがとね」
 「お、おう。 いや! そうじゃなくて! もう大丈夫なのかよ⁉︎」
 「ばっちり。 全快とはいかないけど、7割までは回復したよ」
 「うわ、マジだ……」

 呆然から心配、そして呆れ。
 キリトの表情の変化はそんな感じだった。

 それもそうだろう。
 何しろ僕のHPはさっきのさっきまで1割どころか数ドットしか残っていなかったのだ。 それがたったの10秒で7割まで回復していれば驚く前に呆れても仕方がない。

 貴重なレア素材を大量に使って精製する特製のポーションなので、そのゲームバランスを壊しかねないほどの回復量と回復速度に見合っただけ残した希少品だ。 ストレージに入れてあるストックも3本しか残っていない。
 対してグリームアイズは、どうやらかなり高度な戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルを持っているらしく、今の連撃で丸々削り取った1本分のHPを回復させている。 あれもまたゲームバランスを崩しかねないだろう。

 「うわー、削ったのにあれはないわー」
 「とか言いながら笑ってるぞ? そんなに楽しいのか?」
 「ふふ、キリトも笑ってるよ。 やれやれ、兄弟揃って戦闘狂とか、天国のパパとママが嘆いてるよ」
 「お前が言うな」

 状況にそぐわない穏やかなやりとりでキリトがニヤリと笑い、僕がニコリと笑った。

 「で、勝算は?」
 「んー、安地でも言ったけど、やっぱり防御が手薄だね。 ただ、HPバーを1本削ってからのバトルヒーリングが異常に高い。 あれは多分、HPを減らせば減らすだけ回復力が増すだろうね」
 「うへー、めんどくさいな」
 「ま、勝算があるとすれば短期決戦になるかな。 キリトのそれも僕のこれも同系統のスキルっぽいし、手数でゴリゴリ力押しだね。 と言うわけでプレゼント」

 ヒョイと投げたポーションを受け取ったキリトがそれを飲み下すと、ギョッと目を丸くした。
 多分、自分のHPバーに加わった大量のバフアイコンに驚いているのだろう。
 攻撃力上昇、防御力上昇、筋力値上昇、敏捷値上昇、最大HP上昇、隠蔽率上昇、スキル冷却時間の短縮、HP自動回復。 それら全てのバフがあのポーション1本で付与されるのだ。
 こちらのポーションも相当なレア素材が必要になるけど、だからと言って出し惜しみをしている場合でもない。 暢気におしゃべりしているけど、状況は最悪に近いのだ。

 「グォオオオォォォ」

 トライエッジで与えておいた移動阻害の効果が切れたらしく、今度は完全な咆哮と共にグリームアイズがこちらへと向かってきた。

 「キリトは左手側をよろしく。 左右から挟み込むよ」
 「りょーかい」

 短い作戦会議の後、僕とキリトは同時に散会した。
 先ほどのソードスキル2連発が効いているのか、ターゲットは僕。 右手に持った大剣を振り下ろしてくるけど、今の僕にとってそれほど脅威にはなり得ない。

 「アマリとアスナさんはそのままそこにいて! 何があるかわからないから、軍の人たちの護衛を最優先に!」
 「了解ですよー」「わかりました!」

 それぞれから返ってくる頼もしい返事にもう一度笑って、左右の剣を煌かせる。

 今度はソードスキルを使わない連撃。
 僕が装備しているエスペーラスとマレスペーロは、雪丸と同じく軽さと鋭さに特化させた剣だ。 通常の片手用直剣に比べると短い刀身だけど、それらが持つステータスは尋常ではなく高い。
 数値的な火力で言えばキリトの持つエリュシデータに迫り、そのくせ羽のように軽く、耐久値も申し分ない。 欠点らしい欠点を挙げるとすればやはりリーチの短さだけど、僕はこのくらい短い方が使いやすいし好みなので問題になってはいない。 この二振りに関して言えば、リズさんの『反則級って言うかチートよ、これ』と言う弁には素直に賛成だ。

 先の宣言通り、手数でゴリ押ししている僕が鬱陶しくなったのか、グリームアイズはその大剣を横薙ぎに振るう。
 けど、僕の攻撃はソードスキルではないので即座に回避に切り替え、身を低くした。

 すかさず切り返しの大剣が降ってくるけど、さあグリームアイズ、僕ばかりに集中してていいのかな?

 直後に響く轟音と衝撃。
 屈めた視界で開けたグリームアイズの足の間から、キリトの攻撃が見えた。
 左右の剣が描く軌跡が鮮やかなイエローの菱形を描き、グリームアイズの背を刻む。 堪らず絶叫するグリームアイズの足元で僕もソードスキルを発動させた。

 跳び上がる勢いを上乗せして繰り出すのは、7連撃にもなる高速の突き。
 最後の一撃をわざと大剣に当て、その衝撃で距離をとった僕は、硬直が終わるや否やまたも斬りかかる。
 今しがた使ったソードスキル、『ポラリス・スティング』の硬直時間は、双剣のソードスキルの中では平均的だけど、それでも他の武器によるソードスキルの硬直時間に比べればかなり短い部類だろう。

 威力よりも速さを優先した双剣のソードスキルの殆どは、硬直時間が短く設定されている。 加えて連撃が主軸のスキルであり、僕ようなスピード特化型のプレイヤーにはうってつけだ。

 ガリガリと削れていくグリームアイズのHP。
 予想通りHPが減っていくとバトルヒーリングによる回復力が飛躍的に上がっていく。 けれど、僕とキリトの両手から絶え間なく溢れる剣戟は、バトルヒーリングの効果すら意に介さずひたすらHPを喰らい続ける。

 HPバーが残り1本になった瞬間、僕とキリトは同時に叫んでいた。

 「キリト!」「フォラス!」

 「「止めだ‼︎」」

 そして発動するのは、当然のことながらソードスキル。
 まずはキリト。

 綺麗なライトブルーの光を帯びた二振りの剣が瞬く。 もちろん初見のそれは、恐ろしい攻撃力とスピードで、徹底的にグリームアイズの身を刻んだ。
 16連撃にもなるソードスキルは残ったHPの7割をも喰らい、そして止まる。 ここまでの連続技だ。 技後硬直は相当なものになるだろう。
 このまま放っておけば手痛い反撃にキリトは曝されることになるけど、僕がそんなことを許すはずがない。

 「あはっ」

 僕の笑い声と同機して、エスペーラスとマレスペーロが純白の光芒を弾けさせる。
 使用するソードスキルは、双剣スキル上位剣技、『サウザンドエッジ』。 上下左右から殺到する24本の剣戟は、ゾッとするほどの速度で回復していくHPを削り、最後の一撃で完全に喰らい尽くした。

 爆散するグリームアイズ。
 そのポリゴン片を見に浴びながら、僕は囁くように言った。

 「さようなら、青き瞳の悪魔。 あなたは確かに強かった。 僕だけでは勝てなかっただろう。  だけど、僕たちの勝ちだ」

 おやすみ 
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