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修学旅行

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5部分:第五章


第五章

 するとそこには里香がいた。彼女は周囲を少し見回してからだ。こっそりと彼の傍に近寄った。そうして土産ものの中に隠れるようにして。彼の手に自分の手を絡めてきた。
 そのうえでだ。こう囁いてきた。
「ねえ」
「うん」
「やっと一緒になれたね」
「そうだね。苦労したよ」
「折角の修学旅行なのに」
 それでまた言うのだった。
「中々一緒になれなかったわね」
「全くだよ。自由時間がなさ過ぎるね」
 不平に満ちた声だった。どちらもだ。
「もっとあると思ったのに」
「全然ないし」
「ねえ」
 里香はその困った顔で雄大に言ってきた。
「どうしようかしら」
「どうしようって?」
「このままずっと二人でいられる時間がなかったら」
 彼女が心配しているのはそのことだった。まさにそれだった。
「どうしようかしら」
「それだよね。夜抜け出てこっそりっていうのも」
「難しいし」
「とにかくこんな風になるなんて思わなかったよ」 
 雄大も困り果てた顔だった。その名前と裏腹にである。
「何とかしたいけれどね」
「できないわよね」
 こんな話をしていたらだった。
「おい山本何処だ?」
「何処に行ったんだ?」
 店の外から彼を探す声が聞こえてきた。
「まさかはぐれたとかか?」
「迷子かよ、何なんだよ」
 そしてだ。探されているのは彼だけではなかった。
 里香もだ。彼女を呼ぶ声もしてきたのだった。
「岡っち何処?」
「いないけれど」
「何処に行ったのよ」
「あっ、まずい」
「探してる」
 二人はその声を聞いて声をあげた。
「じゃあ早くお店出ないと」
「それもばれないように」
「こっそり会ってるなんてわかったら」
「何言われるかわからないし」
 実は小心な二人だった。
「それじゃあ俺まず出るから」
「私はその後でね」
「うん、そうしよう」
「ええ、じゃあ」
 こう話してだった。二人は何とか何でもない風を装って店を出てことなきを得た。そんな二人にとっては厳しい修学旅行であった。
 それは次の日も同じだ。それどころか今度は二人は全然別の場所にいた。
「これが銀閣寺か」
「ってまたここに来たのかよ」
「何だかな」
 雄大のグループは銀閣寺にいた。そのわびさびの世界を見ている。
 そして雄大といえばだ。内心ぼやくことしきりだ。銀閣寺のその落ち着いた風情のある美しさも彼の目にはあまり入ってはいなかった。
「折角の修学旅行なのに」
「何だよ山本よ」
「浮かない顔してよ」
「どうしたんだよ。次は南禅寺だし期待していろよ」
「南禅寺に何かあるの?」
 一応それを聞くのだった。
「それで」
「あれだよ。石川五右衛門がいたじゃないか」
「絶景かな絶景かなってな」
「後湯豆腐な」
 ついでに食べ物も出て来た。
「まあ湯豆腐は高くて食えないけれどな」
「あの山門見られるし」
「折角だから見て楽しもうぜ」
「うん、じゃあ」
 それを聞いてまずは頷く彼だった。しかしその表情は晴れないままである。
 
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