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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第77話 ホッホ峡の決戦Ⅵ


 K式黒色破壊光線を撃ち放ち、着弾した箇所から 凄まじい黒煙が立ち登っていた。

 黒煙に覆われてしまった為、目視する事が出来なくなった。……が、完璧な手応えを感じたのはガーネットだ。

「っし!! アレじゃ、絶対に無理だろ! みたかーーっ! 僕の力をっっ!!」

 胸を張りながらそう言うガーネットに冷やかな視線を送るのはトパーズだ。

「やーっぱ、なっさけないじゃん。こんな離れたトコから、それも最大級の魔法撃って、それで誇るなんてネ。やっすいな~。直接負けた癖に」
「むむッ!! この作戦はアイゼル様からだろっ! それに、トパーズはアイツと戦ってないから、そんな事が言えるんだ! それに……」

 からかわれたガーネット。だからムキになって言い返す、それだけの筈だったのだが、明らかに表情が激変した。それは、先ほどまでのモノではない。心底安堵している表情と、やられた時の恐怖心がごちゃ混ぜになり、上手く感情を表情に出されていない様だ。

 ただ、判る事は1つだけ。

アイツ(・・・)アイツ(・・・)には近づいたら駄目なんだよっ! 殺れる時に、殺らないと……、こっちが……」

 魔人の使徒である故に、普通の人間よりは圧倒的に力を持つ。
 なのに、そのガーネットが此処まで言う相手だ。トパーズも嫌味を続けて言おうとしたのだが、口を噤んだ。

「止めなさい。一先ず、ルック。そして エネミースキャンです。まだ クラッシュ仕切れてないかもしれないですから」

 そこに割ってはいる様に、提案をするのはサファイアだ。
 彼女も人間と戦い そして 二度までも敗れている。だからこそ、ガーネットの気持ちが良く判るのだ。だが、トパーズだけは楽観視していた。

「なーに言ってんのよ。黒色破壊光線なんだよ? あれ喰らって生きてられる人間……なん………て?」

 人差し指と親指で円を作り、そして 遠視をしていたトパーズ。楽観視していたその表情は、途端に青ざめることになった。


 その理由はたった1つだ。


 黒煙が、このホッホ峡に時折吹き抜ける風により飛ばされ そして晴れた。 そこには必ず黒色破壊光線によって出来上がった大穴(クレーター)が出来ている筈だった。そして、恐らく先ほどの人間は原形をとどめていないだろうとも思えていた。

 筈、だったんだ。


「アンビリー……バボ………」

 サファイアも、トパーズに続く形で遠視をして、それ(・・)を確認し、驚愕していた。

「な、何馬鹿な顔してんだよ! あの魔法を受けて、無事、無事なわけ、無いんだっ!! ぼ、僕は当てた! 命中させたんだっっ!!」

 そう、否定はするものの、その先で何が起きているのか、もう既に判っている。何処かでガーネットも判っていた。

「……そんな、馬鹿な、馬鹿な事があって、たまるか……っ」

 ガーネットは、自身の目で確認したと同時に、唖然とした。
 

 黒煙が晴れた先には、あの男(・・・)が立っていたのだから。










 《黒色破壊光線》


 数ある攻撃魔法の中でも文句なしのNo.1の攻撃力を誇り、威力は低くても、発動させる為には最低でも魔法Lv2。最も凶悪な攻撃力、その魔法そのものの潜在威力の全てを引き出す為に必要なのが魔法Lv3だ。

 つまり、最強の魔法だと言う事。

 だからこそ、この光景は敵はおろか、味方側も唖然とする他無かった。
 ユーリは、あの魔法を防いだ。……いや、斬ってのけたのだ。その残存魔力が周囲に飛び散ったが、自分たちまでに届く事はなかった。

「……うっそぉ…………」

 唖然とするのは、マリア。勿論 ユーリの実力を知っている。あの(・・)指輪をしていた時の自分自身の最強の魔法でもあり、水の系譜 魔法では最強クラスと言われている《ウォーター・ミサイル》を難なく防いでしまった事も記憶に新しい。
 それだけでなく、ミルの幻獣も消し去ってしまった。そして、何よりラギシスの黒色破壊光線も、どうやったのか 受けても耐え、立ち上がってくれた。

 その力は未知数だと想っていたけれど、まさか 黒色破壊光線をこうも安々と防いでしまう、斬ってしまうとは思いもよらなかった。見えない位置から高速で飛来する魔法を斬るなど、一体どれほどの眼をしていると言うのだろうか。

「ふふ、流石、の一言ね……」

 志津香も勿論驚いている事は驚いているが、その種を知っている分、マリアよりは驚きは少ない。ユーリの技能の1つである《リ・ラーニング》を知っている唯一の仲間が志津香だから。
 ラギシスから、黒色破壊光線を受けた事によって、その体が学習したんだろう、と推察は出来た。

「ふぅ……。マリア、幾ら使徒相手でも 黒色破壊光線を無尽蔵に打てるとは思えない。全て 防ぎ切ったら、魔力が消耗すれば砲撃の間隔も伸びる。良いタイミングで チューリップを動かして、砲撃をしてくれ。タイミングはカスミとマリアに任せる」
「え、ええ! 判った! カスミ、それで良い?」
「は、はいっ! 勿論です。砲弾ももう既に装填済みです!」

 この心強い言葉に 内心では飛び上がって喜びたい気分だった。見えない位置からの黒色破壊光線など、相手側にチューリップ3号が奪われて、使われた。と思える程に、絶望しかけたのだから。

「……っ ゆぅ……?」

 この時、安心しかけたこの時 志津香は確かに見た。
 
 ユーリの右手。剣の柄を握り締めているその手が血塗られていると言う事に。暗闇の中で 僅かな光しか届いていないこの場所で、はっきりと見る事が出来た。

「ゆぅ!」
「馬鹿、出てくるな志津香。まだ3発目だ! 狙われる可能性も高いし、余波の威力も高い! この正面はオレに任せて、万が一の側面からの敵に注意をしてくれ!」

 こちら側に来ようとしている志津香を手で牽制したユーリ。

 それは、有無を言わせない迫力もあった。……が、志津香を止める為には 迫力だけでは決して足りない。志津香がユーリ自身の傷に気づいた事に、ユーリも気づいた。そして、志津香の性格上 危険な事をさせ続けるなんて事はさせない、させたくないと思うだろう。
 彼女の心の強さはこの解放軍の中でもトップクラスなのだから。

 だからこそ、ユーリは 理由をも込めたのだ。
 黒色破壊光線が飛んでくる正面を派手に抑えている以上、その派手さから、側面が死角になりやすい。大きな魔法を使ってくるのであれば、尚更紛れて攻撃してくる可能性が高い。

 だから、そこを志津香に任せたのだ。小回りの効かないチューリップ3号を、そして マリア達をしっかりとフォローしてくれ、と。

「っ……!」

 志津香は、唇を噛み締めた。ユーリが言おうとしている意味を、そして その意味に込められた本当の意味も判ったから。

 ユーリは、また 自分が背負おとしている。

 危険を一手に引き受けて。極めて危険な事を率先している。幾らそれが一番の方法だとしても、到底納得なんてできるものじゃない。……心情的にはそうだ。今はそれしかないのは判っている。
 自分自身の最強の魔法をあの魔法にぶつけた所で、飲み込まれて終わってしまうだろう。……それに、見えない位置から飛んでくる魔法をタイミングよく打ち落とすなんて芸当は無理だったから。



――……ユーリの背中を守ると決めていた筈なのに……。



「志津香……」

 そんな時だ
 そんな志津香の心境を悟っているかの様にユーリは振り向かずに声をかけた。

「ここは任せろ。……そして、任せたぞ。……皆を守ってくれ」

 振り向いてはいない。だけど、その顔は笑っている事に志津香も気づいた。






 そして、そうこうしている間に、あの破壊魔法が再び飛来してきたのだった。

間髪入れずに、ユーリは その凶悪な魔法を一刀両断にする。

 傍から見れば鮮やかな業、いや 最早 人間の業ではなく、神業、神技だと言えるだろう。魔法の常識では遠距離からの大火力を 防ぐのは戦士には、不可能だとされている。魔法処理を施した防具の装備や 同じ魔法使いの防御の魔法、或いは攻撃魔法で相殺する以外には。

 それを覆す者がいるのだから、場が沸くのも無理は無いことだった。

 そして、背後には守らなければならない。……この状況下で 対処できるのはユーリだけなのだ。圧倒的にリーザス(こちら)側には魔法兵が少ない。
 紫の軍は魔法使いで構成されているが、現在は ランやトマト、ミリ達の部隊に満遍なく配置させており、強大な火力を誇るメルフェイスやアスカは エクスの部隊、後方からの火力部隊として配置している。配置が甘かったと言えばそれまでだが、数で劣るこちら側にとっては最善の策だ。身体のサイズが大きく、タフなヘルマンの兵士を打ち破るのに魔法の力はやはり必要だ。

 だからこその配置だった。……ただ唯一の不安材料が《魔人》の存在だった。

 だが、それも 戦争をしていくのなら、必ずぶつかる相手だ。
 遅いか、早いか、そのどちらかのみ。

「だからこそ、その一戦一戦をただ……」

 ユーリは、再び飛んでくる魔法を目で捕えると、吠えた。

「全力でやるだけだ!」

 怒号と共に放たれた居合の一閃は、黒色破壊光線を完全に切り裂き、勢いはまだ留まらず、飛ぶ斬撃となって その根源の元へと迫っていく。

 だが、その斬撃は岩場に直撃し、届く事はなかったが 岩場を削り取り、その下に待機していたヘルマン兵達を押しつぶしていた。使徒達の魔法に頼りきり 高みの見物を決め込んでいた者達は、何が起きたのかさえ判らずに、潰されたのだ。如何にヘルマン最強の3軍とはいえ、その全てが優秀とはいかない様だ。






 だが、冷静さを失ってしまうのは、使徒の3人組とて例外ではなかった。




 再三の黒色破壊光線が斬られたのだから、それも仕方が無いことだといえばそうだろう。

「び、ビースト……」

 サファイアは、信じられないようなモノを見て、唖然し。

「な、なんなんだよー……、アイツ、アイツは……!! やっぱり、ただの反則だっ! チートだぁぁぁっ!!」

 その恐怖を知っているからこそ、怒りを無理矢理に向けて、叫びを上げる事で、その恐怖を賢明にかき消そうと、忘れようとさせるガーネット。

「所詮、人間……なんて、言、えないわよ。あれは……。わ、わたしが アイゼル様に、任された、っていうのに……」

 主に絶対の忠誠、愛さえ感じている故に、任された仕事をこなせないトパーズは、泣きベソをかいていた。


 あの相手には、何度撃った所で、斬られてしまう。ただ悪戯に魔力を消費するだけだと判断したのも当然の成り行きだった。そして 何よりももう、八方塞がりだと言う事も理解出来た。

 黒色破壊光線が、あの戦車を破壊する為には必要不可欠。だが、それはあの妙な男のせいで、防がれてしまう。斬られてしまう。故に 戦車の進行を止める事が出来ない。

 任されたと言うのに、果たせない事実が、彼女達の心を苛んでいた。


「ぐっ……、こ、こうなったら、ダイレクト、アクセスして、クラッシュするしか……!」
「ば、馬鹿言うな! アイツの実力は 有り得ないんだ! アイツは、ただの兵士じゃないっっ!」
「馬鹿はどっちさ! ガーネット! このまま あの戦車を素通りにさせる気?? アイゼル様の命令は絶対っ! 期待を裏切れ、っていうのかよ!?」
「ぐっ、な、なら こ、黒色破壊光線を斬っちゃう様なヤツの所に言って、どうするって言うんだよ! 仲良く3人とも 3枚に下ろされて終わりになるだけだっっ!!」


 ガーネットは本気で怖がっている様だ。
 ただの人間に、いや もうここまでくれば相手は人間だとは思わない方が良い。

 魔人アイゼルの()だ、そして 遥か格上、ケイブリス派の魔人と同じ様な存在だと。


「なら、どーするっていうのさ。ガーネット」
「アイゼル様に、アイゼル様に報告して……、御力添えを、それしか……」
「し、しかし、ガーネット……」
「選択の余地は……」


 使徒達が、相談をしていた時、彼女達にとって 最も最悪とされる人物がやってきた事に、誰も気づいていなかったのだった。
























 

 K式の黒色破壊光線を使用する為には、条件がある。

 赤色 《紅色破壊光線》
 青色 《藍色破壊光線》
 黄色 《黄色破壊光線》

 その3種の色が複合する事が大前提、最低条件だ。
 発動させる為には、それらの3種の魔法を発動させなけれえばならない為、本命の黒色破壊光線を撃つ前に、特徴的な3種の色が発生する。故に暗闇の中での黒い魔法を見切る事が出来るのだ。

 だが、今はその色の片鱗さえ見えない。

「(魔力が切れ、回復に努めているか、或いは、魔法を諦め、接近を選んだか……)」

 ユーリは勿論、それも判っていた。
 暗闇と言っていい中で、あの魔法を見極める為に、3種の色を確認していたから。

「……アイゼルを呼ぶ、か。だな。だが 今高火力の砲台を引っ込めたのは事実だ」

 ユーリは、剣を鞘へと仕舞う。
 右手には 魔法を切り裂いた後遺症、なのだろうか、鮮血が滲み、そして 滴り落ちていた。

「ちっ……。まぁ 拳を作れば、見えないな。……流石に、後2,3発撃たれてたら、やばかった。根比べはこちらに軍配だ。……小娘ども」

 ユーリは、撃ってきた先にある高台を睨みつけ、そして 明らかに軽傷ではないであろう右手を無理矢理握り締めた。

 止血と同時に、仲間達に 特に鋭い志津香に悟られない様にしたのだ。

 

 そして、マリア達の元へと戻る。

「何とか、なったな。……チューリップ3号や、他の位置からの攻撃は大丈夫だったか? マリア」

 右手をかばいつつ、マリア達の元へと合流した。
 それなりに、ヘルマンの兵士達の倒れている姿が見えるし、拘束をしている者もいたが、こちら側、解放軍の方には目立った被害は無さそうだった。

「っ……、ゆ、ユーリさんっ」
「……どうした? マリア、なにかあったのか?」
「そ、その……志津香が……っ!」

 マリアの口から出た言葉を訊いて、ユーリは、自分自身の脇の甘さを痛感せざるを得なかった事に気づくのだった。







――それは、ユーリが懸命に、魔法攻撃を防いでいた時の事だ。



『マリアっ!!』

 志津香は、ユーリと話をした後に、マリアの方へと駆け寄っていた。

『あいつらは、あっちの丘、あの上から撃ってきてる。今は、今なら ユーリが抑えてくれているから、奇襲がし易い! この場所、マリアとカスミに任せるから!』
『なっ、し、志津香っ!!』

 駆け出そうとする親友に、マリアは慌てて制止の声をあげる。たった1人で、向かおうというのだから。周りに護衛をつけられる様な兵士はいない。そんな余裕はないのだ。

『駄目。……もう 絶対に、駄目。また、また ゆぅに……、ユーリに全部背負わせる気? そんなの、私が許せない。……私自身の事も、許せない!』

 強い決意の目だった。
 それは、カスタムを守ろうとした時の目よりも、もっともっと強い目だった。

『ま、待ってって! 1人じゃ……』
『マリアは、ここを任せたわ。……アイツ(・・・)は、私を信頼して、『この場を任せる』と言った。なら、私は信頼出来るマリアに、ここを頼みたいの。……ここで、戦車や皆を守って。……お願い』

 志津香の目は、強さだけじゃない。なにかを、心配している目もその奥にはあったのだ。

 その目を見て、マリアはもう何も言えなかった。……間違いなくユーリの事だとは判ったけれど、何も言えなかった。
 ユーリに頼りすぎている面は、マリア自身も痛感しているのだから。幾ら仲間、だから当たり前だと、ユーリが自身が言っても、返しても返しきれない程に、借りが溜まっている。もう借金地獄だと思える程に。

『っ……、志津香、気をつけてよ! ユーリさんが、何があったら一番悲しむのか、辛いのか、知らない筈ないでしょ!?』
『……当たり前よ』

 志津香は、それだけを返して 背中に声をかけながら、マリアは志津香を見送ったのだ。















――全てを聞いたユーリ。


 そう、志津香の性格は判っているつもりだった。……似た者同士だと言う事。
 家族を失う悲しみを、誰よりも知っている。……自分達は誰よりも知っている筈だから。だからこそ、志津香がこういう行動に取る事は、判っていた筈だった。……負傷した事を見抜かれた時点で、考えるべきだった。

「……志津香は、あの使徒達がいる所に行ったのか?」
「うん……っ。わ、私 止められなくて……、志津香の想いも知ってる、から……。ユーリさんの事も、2人の事、知ってるから……」

 マリアは、涙目になりながらそう言う。
 それを見たユーリは、軽く笑った。

「判ってるよ。志津香は、オレに任せろ。……志津香は魔法使い(ソーサラー)なんだ。前衛(アタッカー)は必要だろ? ここを、任せられるか?」
「う、うんっ! あの魔法も止んだみたいだし! これなら、私たちだけでも十分! だから、ユーリさんは、 志津香の事、お願い!」
「ああ。あの黒色破壊光線は、撃つ前に 3種の色を放つ。見極めろ。暗闇だからこそ、見る事が出来る事はあるんだ」
「うんっ! 私も双眼鏡でちょこちょこ見てたから、大丈夫! それに、それに……、心強い援軍も、来てくれたから!」

 マリアが振り向いた先には。

「ユーリー! きたおーーっ! アスカに任せるおーっ!!」
「お待たせしました。バレス将軍……、バレス殿からの伝令で来ました。何やら魔法攻撃を受けてると思われると。……大丈夫ですか!」

 アスカとメルフェイスの2人。
 紫の軍、魔法部隊のトップ2だ。

「ははは。バレスの采配には頭が下がる。実に的確だ」

 このタイミングで、増援をよこした。それもバレスがいる場所を考えたら、かなりの遠間で、戦況を把握する事は著しく困難の筈だったのだが、豊富な知識と老獪な処世術が、この場に功を成した。

「マリア、さっきの説明を2人にしてくれ! 2人がいてくれれば、幾ら黒色破壊光線であっても、感知や防護も問題ないだろ? 頼りにしてる!」
「う、うんっ! 任せて。だから 志津香を……!」
「ああ、そっちは任せろ!」

 ユーリはそう言うと、アスカとメルフェイスに軽く話をすると、直ぐに向かっていった。

「ユーリは、何処でも忙しいお。……そして、とーっても、頼りになるおー!」
「そう、ですね。……そして、期待に答えないといけませんよ。アスカっ!」
「勿論だおー! 魔法なら、負けないおー!」

 歳は明らかにおかしいが、祖父の力と本人の才能が合わさって、リーザス軍一の才能を誇るアスカ。そして それに次ぐ魔力の持ち主であり、難がある秘薬を使用しているのだが、それが魔法ブーストとなって、強大な力を持つ事が出来たメルフェイス。

 2人は、最大の魔力を使って、チューリップ3号や、この場周辺に魔法バリアを付与しながら、最大限に注意をし、進行を続けるのだった。







 







 志津香は、戦場を走り続けた。


―――……何度も何度も無理をさせた。

 カスタムの町でもそう。そして、これまでの戦争でもそうだ。休むと言う事を知らない。頼ってくれる、頼りにしてくれている事は確かにあった。だがそれでも、借りの方が大きすぎる。


――あの魔法を防ぐのだって、絶対に無事じゃ済まない。

 
 ユーリの手を確かに見た。血が出ているのも見た。……疲労している顔も見た。
 
「アンタの隣に立ってるんだから、これくらいは、させなさいよ……! ちっ、炎の矢!!」
「な、ぐあああっ!!」

 走る速度を殆ど落とさず、じゃまになりそうな敵兵だけを、魔法でし止め、一直線にあの光線の発射源へと駆けた。

「体力も……、付けないといけない、って事よね。 あのバカの隣で、戦う為には。……ずっと、傍に。傍についていく為にはっ!」

 両手に炎を宿し、それを1つに合わせた、特大の炎の魔法を放つ。

「ファイヤー・レーザー!!」

 直線上に焼き払う魔法は、ヘルマン兵たちを貫通し、燃やした。

「ぎゃあああっっ!!」
「ぐあああああ!!」
「な、ま、魔法使いの、一騎駆け、だと……がぁぁぁぁぁ!!!!」 

 炎は次第に勢いが衰え、そして消え去る。
 もう、直線の位置には、移動を妨げる者は誰ひとりとしていなかった。

 だから、全力で駆けぬけるだけだ。

「(紅色破壊光線、藍色破壊光線、黄色破壊光線。……全部、文献で見ただけだけど、どれも致死性がかなり高い凶悪魔法。その全てを1人で操るなんて、出来る筈がない。……つまり、1色につき、1人。3人は、いる)」

 1対1でも危険な相手だ。
 ユーリは敢て、得意分野である接近戦で 打ち負かした。(厳密には、相手が墓穴を掘った事が一番起因しているのだが……、それは置いておく)
 だが、自分の得意分野は相手の得意分野、同じ土俵でもある。……決して、勝算が高いとは思えない。

「だからって、やるしかない! アイツ1人に、……あの魔法を、黒色破壊光線なんて魔法を、受け続けさせる訳にはいかないっっ!!」

 志津香が単独行動を取る切欠は、ユーリの負傷、と言うよりは、あの魔法(・・・・)にあった。

 あの時、アイツ(ラギシス)のあの魔法を受けたから、ユーリは倒れた。……アイツの魔法を受けたから、ユーリは傷ついたんだ。大切な人を傷つけた魔法だから。

 だから、志津香は 渾身の魔力を込めた。
 己の最強魔法である、白色破壊光線を打ち込む為に。……注意を反らせる為に。


 その時だ。……悪夢がやってきたのは。


「――――おや?」


 手に集中させた白色の魔力を撃ち放つ前に、あの男(・・・)が現れたのだ。

「貴女は確か………レッドの時の、魔法使いのお嬢さん、ですね」

 玲瓏な響きを含んだ声と共に、この戦場で、間違いなく最悪の相手が、現れたのだ。 

「魔人、っ……!」
「はい。魔人アイゼルです。……こんばんは、お嬢さん」

 ただ、対面するだけで、異様なまでに威圧感がある。
 あのハイパービルでは、他の事に気を取られすぎていた為、気付かなかったが、魔人と言う存在であれば、誰しもが同じである。事がこの時判った。

 そう、こんな相手に ユーリは億さずに、対面していたのか? と志津香は改めて感じたのだ。

 その上、相手は恐らくなんの意図も篭っていない。瞳なのに、直視続けることに本能的な警戒心が働いた。

「……急いでるの。そこ、通して」
「ふふ。あの魔法を切り裂くとは、本当に恐れ入りました。……が、貴女の顔色を見る限り、それ相応の代償を伴う様ですね。……でしょう。あの魔法をリスクなしで、防ぐなど、沽券に関わりかねない事態ですよ」

 アイゼルは、僅かながらに笑みを見せていた。

 未知数の相手だと言う事は判る。あの時に出会って、話をしたその時から。……だからこそ、負傷の一つでもして貰えれば、高都合なのだ。あの男の正体を探る為にも。

「そして、貴女は、私の使徒たちに、御用があるのですね? で あれば 出会った以上、戦わざるを得ません」
「(まずい……、ここで、魔人とやり合うのは……、ゆぅも、対面したら……引けって……)」

 志津香がそこまで考えた所で、脳内でその考えを否定した。

 何故なら、ユーリは逃げ出すか? 引くだろうか??
 
 確かに、仲間を助ける為なら、引くかも知れない、そう言う事もあるかも知れない。だが、最後まで思考錯誤し、突破口を探し続ける筈だ。どんな絶望的な場面でも。

 ラギシスの時は、最後の最後で、あの指輪を見つけた。
 カスタムの時は、襲ってくる洗脳兵の事をも考えて、無力化する事を考えた。
 レッドの時は、チューリップ3号に対する奇襲を見抜いた。

 今、自分の脚で逃げた所で、そう安々と逃がしてくれるとは思えないし、何よりもただ、何もせずに逃げるのは有り得ない。


「志津香殿!!」
「敵将か!! うおおおおお!!!」
「ヘルマンどもを追い出せぇぇ!!!」

 
 考えを張り巡らせていた時、比較的に傍にいた 解放軍の一部隊が、志津香と、そしてアイゼルを見つけ、アイゼルに襲いかかったのだ。

 だが。


「………醜い」


 アイゼルは、侮蔑する目を向けた。ただ、それだけだった。それだけで……兵達の目は虚ろになった。……逆に、アイゼルの瞳は妖しく輝きを増した。

 襲いかかってきた兵士達、全てに洗脳をかけたのだ。

「自害なさい」
「待ッ………!!」

 アイゼルの命令で、声も発せず、兵士たちは自らの喉笛をかっきり、或いは貫いて地に伏した。

「(せん、のう……! ランのそれとは次元が違いすぎる。魔法抵抗力が低いと、近づいただけで……)」

 志津香は、魔法使いであるが故に、常人よりも遥かに魔法抵抗力は高い。だからこそ、アイゼルの洗脳にはまだかかっていないが、相手が本気を出せばどうなるか、わからない。


――もしかしたら、大切な人を……自分の手で……。


「さて、お待たせしました」
「……………」

 再び、アイゼルは志津香に正対する。対して、志津香は帽子の鍔を少し下げつつ、睨んだ。

「私は女性を嬲る気分でもありません。……逃げられるのでしたら、どうぞ。……使徒たちの所へはいかせませんがね? ……まぁ 遠回りをして、回り込んで行く、と言うのなら、それもありですが」
「………そんな時間はないわ。あんな魔法を撃ってくるのよ。それを、たった1人で止めてる。……アイツがやられたら、こっちは終わりなの。……全て、終わりなの」
「その通り、ですね。彼が倒れれば、戦車も終わる。……そして、その時 あなたや、あのランスと言う男が、どんな表情をするのか、興味はありますね」

 きゅうっと 魔人の形の良い唇がつり上がった。

「醜く、堕ちてしまうのか……、或いは、その絶望の中でも、なお美しく輝くのか……」
「……下衆」

 吐き捨てると同時に、志津香は魔力を集中させた。

「やるしかないでしょ。絶対に引けない。……引かない」
「ふむ。圧倒的な戦力差でも、絶対に(・・・)、ですか。では 少しばかり運動をさせていただくとしましょうか。(……トパーズ、頼みましたよ?)」

 アイゼルは、志津香の表情から、あの魔法を止め続けている事に対しての後遺症の類が現れている事には気づいた。だからこそ、撃ち続ける事で あの男が折れる可能性も出てくる。そして、あの正体も、掴めるかもしれない。魔物界へと連れ帰る事が出来たのなら、より詳しく調べる事も可能だ。……生きていようが、死んでいようが。


「絶対に、……させない」

 
 志津香は、アイゼルの目から、何か(・・)を感じ取ったのか、手に込めた魔力を更に集中させる。

 アイゼルは、その事に僅かながら、目を見開かせると。……直ぐに笑みへと変え 腰に下げていた剣を引き抜いたのだった。

















 一方、ランス達はと言うと、別ルートにてあの使徒達がいる高台へとたどり着いていた。

「がははは、ついたぞ。この上だな!」

 もう、魔力の光は見られなくなったが、誰かの話し声がする事、そして かなみやシィル、メナドの目撃情報もあって、判ったのだ。

 高台は、斜面と言うには急だが、手がかりも多く、登る事には不都合はなさそうだった。

「よっしゃ、登るぞ! 魔法使いなんぞ、近づいて ちょこっとつつけば楽勝だ!」
「……行くわ。これ以上、好き勝手にさせない」
「うん。僕も……、全力で、やる!」

 かなみもメナドも 力がいつも以上に篭る。上に居る相手は強敵だと言う事は判る。 だが、それでも引けない理由はある。この上の連中が、何に向かって撃っているのか、誰が居る所に撃っているのか、判っているから。

 それが、本当に……彼に向かって撃っている事を知れば、更に力が増しかねない程、集中させていた。

 そして、身軽にも ひょいひょいとこの険しい斜面を登っていく。

「ほら、シィルも掴まれ」
「はぁ、ふぅ……、あ、す、すみません……」

 フェリスも、息も切れ切れなシィルに手を貸すが、そこはランスだ。

「おいこら、いつまでも楽ばかりしてるんじゃない」

 クレームを付けるのは日常茶飯事。だが、シィルも全てをフェリスに頼っている訳ではない。ここまでは、自分の脚で走ってきたのだから。

「は、はいっ……ふぇ、フェリスさん。すこし、すこし休めば、だいじょうぶ、ですからっ」
「……む」

 いつになく、気合を見せたシィルを見て、思わずランスは口ごもった。

「……ランス。回復役(ヒーラー)はシィルだけなんだぞ。ここで 体力を消耗させたら」
「わかっておるわ。……へろっへろになりやがったら、このまま上に上がっても役立たずだ。そして、ちんたら、回復を待つ暇もない。ふん。フェリス。許してやるから、シィルを運んでやれ」
「だから私は最初から、そうしてるでしょ」
「うるさい。戦争に関係あることなのだ! 口答えするんじゃない!」
「はいはい」

 フェリスは、呆れつつも シィルの事は気にかけているであろうランスを見て、変な所ですこしの優しさを向けるから、シィルが……と少なからず考えるのだった。

「呼吸くらいは整えておけよ。役に立たなかったら、お仕置きだ」
「は、はいっ」

 そうして、一行は高台の上へと登り始めた。


 上り詰めた所で、まだ意見がまとまっていないのだろうか、言い争いが続いていた。

「だから、アイゼル様を……!」
「……アイゼル様のオーダーをコンプリートしてこその私たちです。如何に、エネミーがパワフルでも……、ハートの限り……」
「うぅ……、それでも魔法を撃つにも限度ってものが…………」

 アイゼルを呼ぶか、或いはまた延々と魔法を撃ち続けるかでもめている様だった。

 そこに、彼女達にとっての悪夢(・・)が現れる。



「う、お………りゃあああああああ!!!!」



 高台の上へと一気に上り詰めたのはランスだ。
 そのランスの姿を見た瞬間、サファイアは表情を固くさせた。

「げっっ!!?」

 その顔、忘れる筈もなかった。そう、地上灯台で合っているから。

「ゆ、ゆ、ユー……!! な、なんで、っ……!」
「え、え、なに……?」
「敵、まさか、アイツ……は、いないか。でも、それでもこんなとこまで来たのか……!」

 ランスは、満遍なく3人の使徒達を舐め回す様に見つめた。

「ほうほほう。成る程、仲間は2人か。3人とも丸出し、トップレスなのは、大変よろしい。オレ様を誘っているのだな? がははは! だが、お仕置きだからな。ハードプレイにしてやろうではないか」

 わきわき、と両手を動かしながら、近づくランス。

「バカ! 相手は使徒、それも3人もなのよ! ………」
「うん、ちょっとは警戒を……」

 かなみとメナドは、ランスの不注意さを怒っていたが、3人の様子を見て、明らかに消耗している事も判った。
 そう、今なら。……魔法を使ってない今なら、畳み掛けられるかもしれないのだ。

「がははは! 魔法使いなぞ、近づけば楽勝だと言っただろ。お前らはてきとーにフォローしておけ。オレ様が美味しくいただく!」

 そこまで言った所で、流石の3使徒も頭に来た様だ。

「何言ってるの! 人間風情が!」
「い、いえす! そう、そのとおり、アイゼル様が使徒の私たち……3人揃えば……ぁ」

 サファイアは一つの事に気づく。
 3人揃って、魔法を撃ったと言うのに……、防がれてしまった。叶わなかった事実が頭をよぎったのだ。

「ば、馬鹿! サファイア! こいつらとアイツが同格な訳ないだろ! アイツだけが異常なんだ。さっさと殺って、あの男も、アイゼル様に頼んでっ……!」

 ガーネットがそういった途端だ。

アイツ(・・・)……?」
「それ、誰のことを言ってるの……」

 メナド、そして かなみの表情が険しくなった。

「……は?」

 ガーネットはこの感じ、これに似た感じを ごく最近に味わったことがある。
 そう、何か(・・)に触れた感覚だ。

「……あの魔法は、やっぱり……」
「ユーリに、向けて撃ってたのか……」

 かなみは、忍者刀を力強く握り締め、メナドも自身の武器であるロングスピアを握り締めた。

 そう、再び逆鱗に触れてしまった様だ。確かに、相手は人間だが、それでも 触れてはいけない何かに触れた時、如何に人間であっても、強大な力を持つことが出来るのだ。

「ば、馬鹿な事をっ! そんな訳ないだろっっ! こ、この……、紅色……っ」
「私もいる事を忘れるなよ」
「ぐぅぅっ!!」

 ガーネットが魔法を撃とうとした瞬間、地面に切れ込みが走った。

 羽を広げ、低空浮遊をしている者がいたのだ。


 悪魔(フェリス)だった。


「なっ、なんで悪魔が人間とっ……!!」
「り、リアリー、ですか……。ワイ!? 何故、デビルが……!!」
「こ、これ……マジでやばいかも……」

 驚きを隠せられないのは、ガーネットもそうだが、他の3人もだ。
 悪魔と言えば、神の対局に位置する存在であり、その階級によっては、魔人を上回る力を持つ者もいるのだから。

「お前らが、ユーリを狙ってるのは、判ってる。……い、一応、アイツは今の私の主……なんだ。落としまえ、つけてやる」

 ギラリ、と睨みつけるフェリス。そして、メナドとかなみ。

 完全に追い詰められた使徒達。


「……ムカつく展開だ。ああ、ムカつくぞ!」
「ひんひん……、た、叩かないでください、ランスさまぁ……」

 八つ当たり、と言わんばかりに、シィルを叩き続けるランス。

 もう、使徒達が辿る道は決まってしまった。



「だぁぁぁ! お前ら!! 3人揃えば、3倍美味しいと言うだろうが!! オレ様が美味しくいただくのだ、間違っても殺すなよ!」



 そして、戦いは始まった。

 いや、戦いとは言えないモノだった。



 何度も高難易度である破壊光線魔法を放ち、尚且つ、通常よりも遥かに魔力を消耗させる魔力融合(ユニゾンレイド)だ。

 魔力のない魔法使いなど、剣を持ってない剣士、拳が砕けた格闘家と同じも同然である。
 
 その上、使徒達は、また 怒らせてしまった。またしても、それが最大の敗因だった。

 
 
  
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