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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  27話 再起の証

 レクステリウムを撃破し、ささやかな《ドロップアイテムの見せ合いっこ(負けイベント)》もあっという間に幕を閉じ、船欲しさに全速力を以ての帰還。圧倒的な強行スケジュールを推し進めた甲斐もあって、ロモロ邸に辿り着いたのは午後四時二十七分のことである。


「見て見て!すーっごいの持ってきたよ!」


 ストレージから一つ、土色の小さな壺に収まった《神秘の熊脂》を取り出したヒヨリは声を弾ませながらロモロに渡す。筋骨隆々とはいえ相手が老翁である為に、ヒヨリの無邪気さは完全に孫のそれにしか見えない。それはもう《カブトムシか花を採ってきた小学生》と頭の中身は同レベルなのではないかと危惧してしまうほどに。
 対して厳しい表情のロモロ老人は、ヒヨリの手から差し出される壺に一瞬にして目を見開く。呻きにも似た声を漏らしながら、恐る恐るといったように壺を取り、コルクを抜いて中を見つめる老人の表情には、これまでの懐疑心こそ薄れたものの、信じがたいモノに遭遇したかのような驚愕がありありと刻まれている。


「………こ、これは………なんと………お前達が、取って来たのか?」
「うん!」
「何という脂じゃ………これほどの素材、船大工をしとった頃でも見たことがないわい………」


 酒瓶が床に落ちた音と涼やかなサウンドが重なり、クエストログの進行を報せる。しかし、ヒヨリを交渉役に据えたロモロとの対峙に誰もが見入り、確認する者は誰一人としていない。ただ一人、床に落ちた瓶を拾って持ち主に返す俺以外は完全に固唾を飲んで身じろぎ一つしない緊迫感が漂っている。


「これでお船を造ってくれる?」
「………じゃが、まだ足りんな。これでは船の防水はできん。少な過ぎる」


 残り惜しげに、壺をテーブルの上に置かれる。いかにも職人魂に火が着きかけたかのような口調であったが、哀愁に浸る暇もなく全員がテーブルの上に《神秘の熊脂》の壺で山を積み上げ、さらにロモロを驚愕させる。テーブルの上に動物性タンパク質の詰まった壺を四十個も重ねられれば驚きそうなものだが、生憎と老人の目にあったのは奇行に対するショックではなく、職人としての歓喜であろうか。


「どうやらこの老いぼれに本気で船を造らせたいようじゃな………!」
「やったよみんな! 造ってくれるよ!」


 空を爪立てる指がパキパキと鳴り、あわやストップ高まで届きそうなロモロの気合を認め、いよいよとばかりに喜色の籠った笑みを浮かべて振り返ったヒヨリだが、残念なことにその気合は燻りにまで落ち込む。圧倒的な落差、しかし、理由を聞いてみれば納得のいくものだった。


「………言ったじゃろう。水運ギルドの連中に、全ての材料を取り上げられてしまったと。船を造るには、大量の木材が必要なんじゃ。しかも、南東の森にだけ育つ、バーチやオークのような丈夫な材がな」


 そして少し間を置き、もったいぶるように続ける。


「じゃが、最高の船材はなんと言ってもチークじゃ。年経たチークの大木から芯のいいところを切り出してくれば、頑丈な船を造れるじゃろうて。もっとも、木こりをしたこともない素人にゃ歯がたたんわな………」
「木材ってたくさん種類があるんだねー。それにおじいちゃん、物知りなんだね!」
「フン、伊達にガキの頃から船大工をしとらんわ」


 クエストログの進行も気に留めず、ヒヨリは話を続ける。意外にも不承不承といった態度で対応されていないようにも見て取れる。完全に孫と老人の構図が完成しつつある。


「じゃあ、この丸太を見てもらいたいんだけど、これって何の木なの?」
「どれ、見せて………み、ろ………」


 まんざらでもないような口振りであったロモロは、ヒヨリが床に突きたてた《銘木の心材》の赤みがかった肌を見て、いよいよ言葉を詰まらせる。数秒、ラグでも発生したのかと思ってしまうような無言を隔てて、ロモロは口を開く。


「………うむ、見事なチークの心材じゃ」
「これが一番良い木なの?」
「おうとも。脂に木、これほどまでに質の良い材料が顔を合わせるなど、そう滅多にあることではないぞ………だからこそ、ワシも報いねばのう」


 ロッキングチェアから腰を上げ、酒瓶は机に置かれる。
 かつて数多の船を世に生み出したであろう翁の背は南側の壁。水路側に突き出た部分へ繋がる扉の前に立ち、頑丈な錠前を外して重そうな扉を開け放った。


「………長いこと待たせたな、仕事の時間だ」


 扉の向こう側の空間に感慨深げに呟くロモロを余所に、その奥に何があるのかを探るべく目を凝らす。光の馴染まない薄暗な室内には、その僅かな光量でさえも玉石の如き輝きを返す数多の工具が所狭しと壁に掛けられていた。光沢はまさに手入れの行き届いている証。どれほどの期間かは判断できないが、これまで眠っていたとは思えない冴えを感じさせる。
 やがてロモロは工具置き場の隅から巻いた羊皮紙を引っ張り出し、未だ素材の多く残っているテーブルに広げる。邪魔だったのか、はたまたシステムの仕様か、幾つか納品されたアイテムを除く他は全て持ち主のストレージへ押し返された。


「では、造りたい船の仕様を決めてくれ」


 更にクエストログが進行し、ヒヨリとクーネの前に紫のウインドウが一枠ずつ開かれる。テキスト入力欄やプルダウン・メニューが並んだ、船の設計仕様書ともいうべきものらしい。


「す、すごいよ燐ちゃん! 色がものすごいいっぱい選べるよ!?」
「RGBサークルだからな」
「どうしましょう!? デザインがたくさんです!?この中から選べるんですか!?」
「選べるんだろうな」


 念願の自家用船の入手にまで漕ぎつけた相棒とテイムモンスターは、しかし喜び過ぎて収拾がついていない。完全にパニック状態である。強敵を撃破しての報酬という意味では俺自身も感慨深さを覚えるが、彼女達の抱く感情は完全に別のベクトルなのだろう。横ではクーネ達が更に苛烈な勢いで船の仕様を設定しているが、見る限り盛り上がりと進行速度は反比例しているようだ。俺には理解できない領域が、そこにはあった。


「色はどれがいいと思う?」


 傍に寄ったヒヨリがRGBサークルを指で差して見せてくる。俺の意見も参考にしてくれるというのか。嬉しい心遣いだが、しかし意見を決めるという意味では、この場面において言うならば俺も女性陣に負けず劣らず不向きなのである。


「さあ、俺は美術の成績悪かったからな………」
「………あ、うん」


 完全委任の俺の意見にヒヨリが言及してこなかったのは、付き合いの長さからくる経験に他ならない。普段であればもう少ししつこく食い下がるヒヨリさえ押し黙ることが何よりの証左だ。それほどの美術感覚のなさこそ、俺の汚点。《画伯》と呼ばれた男の所以だ。しかし、利便性という観点で思うところはあるので一言だけ伝えておこう。


「………もし、船がストレージに収まらないような代物だったら、どこかに係留しておかなきゃいけないだろう。この街は同じような船ばっかりだから、夜でも目に付きやすい色の方が良いかも知れないな」
「そうだね! 他のお船と混ざっちゃって分からなくなったら大変だもんね!」


 そうなったら有り余る素材で作り直せば良いのだが、この事は敢えて口に出さないでおこう。
 その後、色彩設定を皮切りに装飾や座席の位置に至るまでをヒヨリとティルネルに任せた船の仕様設定を終わらせると、西に傾いた太陽が水面に光を注ぎ、東の空の(ふち)がじわじわと深い青に色を移ろわせる時分となる。

 ロモロ邸を後にした俺達は、クエストの打ち上げも兼ねて同じ区画の食堂で遅めの昼食を取ることとした。大衆食堂の風情ある六人掛けテーブルを縦長に繋げた簡易パーティーテーブルには、予算に糸目を付けないとばかりに大皿の料理が盛られている。クーネ達の方針は、戦闘時以外は極めて緩めらしい。
 それにしても、涸れ谷時代の看板メニューだった《異様に固い干し肉》や《赤黒縞多脚トカゲの黒焼き》や《有料のお冷》を記憶している身としては、魚介類メインのオシャレなイタリアンだらけの御品書きに思わず目を奪われてしまうものだ。おかしな言い方ではあるが、第四層に食用に適した飲食物が販売されているというだけで感動してしまう。


「リン君、こんなお店知ってるなんてちょっと意外かも」
「水路沿いのお店って雰囲気あっていいよねー! ボク的に高得点だよー!」


 ベータテストの頃は味でワースト首位を射止めんとする程の、いわくつきの店ではあるのだが、あくまで涸れ谷という環境の特性による整合性の調整によるものだから当時の評価はアテにならない。少なくとも、料理から漂う匂いはかなり期待できると思われる。

 ………と、視界の端で、素早く動く影に気を取られる。

 水路側でゴンドラの舳先を足場に対岸からこちらに渡った小柄なローブ姿の人影は、NPCを目視するとマップデータを示したウインドウにタップして何かしらの処理を施しては足早にどこかを目指して踵を返す。
 第三層に置いて俺を死地に追いやったPKかと警戒して、反射的に席から立ち上がるものの、フードから覗く三本髭のメイクが人違いであることを継げていた。慌ただしく駆け抜けようとする三本髭は忙しそうだが、声を掛けても罰は当たるまい。


「アルゴ、何をやってるんだ?」
「………ンン? なんだリンちゃんか。オンナのコをこんなに囲って、隅に置けないナー」


 さっそく、息でもするかのようにからかってくるアルゴだが、今となってはどうにも動じなくなってきた。というより、この遣り取りが嫌いではなくなっていると表現すれば良いのだろうか。慣れとは恐ろしいものである。


「生憎、そこまで女受けは良くなくてな。ちょっとクエストを終わらせたんでご相伴に預かっただけだ。で、随分と忙しそうだな」
「まーナ。クライアントのご用命でちょっと調べものサ」
「四層に到達していきなりか。売れっ子情報屋も大変だな」
「これぞ信頼と実績と親しみの為せることダナ!」


 実績はともかく、信頼と親しみは如何なものだろうか。素直に認めることは難しいが、情報屋としての品揃えや仕入れのお手前は間違いなく一級品だろう。だからこそこの《鼠》が何を探っていたのかは多分に気になるところではあるが、そこに踏み込んでしまうのは無粋というものだろう。俺にだって触れてほしくない情報があるように、アルゴにも商品を取り扱う責任というものがあるだろうから。

 ………などと考えていると、奥の席に座っていたリゼルが空のグラスを二杯と白ワイン風の飲料アイテムを一瓶携えてアルゴの前に歩み出てくる。一瞬強張ったようなアルゴは、突然ソワソワと水路側に振り向くような仕草を見せ始める。違和感を覚えるものの、そこまでアルゴについて知っているわけではなく、これがどのような意思表現であるのかは判断しかねる。


「そ、そういえば、もうすぐクライアントに合わないとだかラ、じゃあオイラはこれデ………」
「まあ待ちなよ。せっかく来たんだ………ここは一杯くらい奢らせてくれてもいいじゃないか?」


 この場を離れようとするアルゴを引き留めて、リゼルは半ば無理矢理にグラスを握らせては縁の手前まで勢いよくワインを注ぎ入れる。有無を言わせぬ威圧感があるような、そんな気がした。


「うわー………リゼちゃんに絡まれちゃった………」
「………見た感じ、性質(タチ)が悪そうなんだが、大丈夫か?」
「見てれば分かるよー」


 声を潜ませるレイの音量に合わせて問うと、静かに首肯される。間もなく両手を合わせ出す始末だ。


「イヤ、ほんとに急ぎだかラ………」
「ほう………アタイの注いだ酒が飲めないってのかい?」
「………じゃあ、一杯だけ………」


 圧力に屈し、おずおずとワインを喉に流すアルゴの姿を見守るリゼルは無言で頷き、口角を吊り上げる。


「美味しかったかい? ………それじゃあ、お姉さんに話してくれるよね? ………今、何を探ってたか」
「やっぱりダ! こないだも食らったリゼ姐の手口じゃないカ! もうやらないって言ってたの二!? 信じてたのニ!?」
「済まないね、鼠を捕るには罠が要るんだよ………おっと、同じAGI極でもアタイからは逃げられないって、もう判ってるだろ?」
「そりゃあ腕を掴まれてちゃ逃げられないヨ!? あーもう、これだから最近赤字がかさむんダ………って、ちょっとオイラのお尻撫で回すのやめようカ!?」


 何か大切なものを護ろうと喚くアルゴと、愉悦に歪んだ表情をつくるリゼル。
 見てはいけない女マフィアの手練手管――――もとい、交渉術に度肝を抜かれながらも、なんとあの鼠をいとも容易く、いっそ鮮やかなくらいに手玉にとってしまうリゼルには驚嘆される。

 そして、観念したアルゴの口からは流れ出るように現状の目的が明かされる。聞き様によっては含みのあるような内容だが、何を期待していたかリゼルは完全に興味を無くしていた。それもそうだろう。《鼠》のアルゴを雇ってまで調べようとしていた情報が、たかだか主街区に存在する《クエストNPCの所在》というのだから、肩透かしも食らいそうなものだ。


「………しかし、全くベータテストの頃と同じだ。本当に水を張っただけじゃないか?」
「そーだろーナー。ま、だいたいは調べつくしたシ、このまま届けに行ってもいいんだケド、クライアントの居場所を探すのがナー」


 そして、既に吹っ切れてしまったアルゴはとうとう逃げ出そうともしなくなり、近くの椅子を引っ張ってきて皿の料理に手を付けながら、マップデータの確認を俺に任せてきた。こんな情報は別に確認するまでもないのだろうが、頼まれたのであれば断るつもりもない。言うなれば、俺達は誰かに提供される商品を先に開封してしまったような状況にある。検品という建前にしてもらえれば許されるだろう。

 ………だが、主街区の北西部にあるべきロモロのマーキングは、やはり抜け落ちている。

 特定のフラグをトリガーとして出現する《隠しクエスト》ではなく、やや見付けづらい場所に居るものの、特殊な条件は必要としない。ここにロモロの情報を載せた方が補完する意味では有効だろうし、造船クエストは攻略の足掛かりにもなる。ここで伝えておいて損はないだろう。


「アルゴ、ここにクエストNPCが居る」
「ン? ………いや、ここはベータの時には………まさカ………じゃあ、リンちゃん達はもう確認済みなのかイ?」
「察しが良いな。だが、このクエストは正攻法で行けば結構な長丁場になる。それに一回だけの情報だと信憑性が薄いだろう?」
「フム………だったら、クライアントでデータを取るのも一つの手、カナ?」


 どうしてこの情報屋には顧客からの信頼が寄せられるのか、いよいよ度し難くなってきたが、俺が気に掛けてもアルゴの評判に匙程も影響は出まい。それでも、結果論ではあるが、三層では彼女と結託したことでクーネ達を救って、PKの存在も暴いたのだ。こうして手を貸すのも(やぶさ)かではない。


「ありがとナ、リンちゃん。これで値段に少し色を付けられル。やっぱり持つべきものは信用できる同業者だナー! ニャハハハー!」


 脅迫から一転、情報を得られたアルゴは、しかし素直に礼と受け取って良いのか分からない文言を残しつつ、あらかた胃を満足させて高らかに笑いながら去ってゆく。付き合う相手を間違ったかと、一抹の不安を覚えてしまうのはどういう訳だろうか。

 ………と、内心で後悔とも懸念ともつかない感情に苛まれていると、クエストログを更新する涼やかなサウンドエフェクトが鳴り響く。


「燐ちゃん、お船が出来たって!」
「あ、ホントだ! リーダー、早く行こうよ!」
「分かったわ。でも、ちょっと待っててね」


 辛抱堪らず騒ぎ出すヒヨリとクーネに制止を呼びかけ、クーネは食堂の奥へと歩み出す。


「すみません、残った料理を持ち帰りたいんで詰めて貰えますか?」
「はいよ!」


 ………家庭的な申し出によって料理は全てリーダーのストレージへ。
 ロモロ邸を目指したのは、クエストログ更新から三十分後の事であった。 
 

 
後書き
お使いクエスト完結回。


燐ちゃん達の達成した造船クエストは特殊なフラグで発生した隠しクエストとなります。通常クエストの方の造船クエストとの具体的な差異は、《造船可能数の変化》と《生産される船の基礎性能の高さ》でしょうか。しかし、常に高い品質の素材を求められ、一定の品質に達していない素材を一度でも納品すると通常クエストと同様の結果になってしまう。というところまで考えましたが、燐ちゃん達に解き明かす手段がなかったので、あくまで裏設定です。


次からはオリジナルの隠しクエストに入れればと思っています。更新はなるべく早くしたいところですが、出来る限り頑張ってみます。




ではまたノシ 
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