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Deathberry and Deathgame

作者:目の熊
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Chapter 1. 『ゲームの中に入ってみたいと思ったことは?』
  Episode 2. Spider, Spinner, Sniper

 
前書き
お読みいただきありがとうございます。

第二話です。

よろしくお願い致します。 

 
「シッ!!」
「ギュィッ!?」

 糸を吐き出そうとしていたクモ型モンスター『ハインドスパイダー』の首を刎ね飛ばして、俺はさらに前に踏み出す。

 正面から襲いかかってきた三体のうち、一番右のヤツを蹴り飛ばして遠ざけつつ、真ん中のクモに《スラント》をブチ込んで地面に叩き落とした。茶色と緑色が混じったような色彩のポリゴンをまき散らして死ぬ様はかなり目に優しくないが、気にしているヒマはない。俺の素っ首を刈り取らんと振るわれた左のクモの足を、直撃の寸前に掴み取って止めて眼前に放り投げ、《バーチカル》で胴を両断した。

 全身迷彩色のクセに特に隠密(ハインド)するわけでもなく、再接近してきた最後の一体の飛びかかりを避け、振り返る前に剣を上段に掲げてソードスキルを発動。急速に加速した刃はクモの胴を逆袈裟に裂き、さらに下段から弾かれたようにVの字に斬り上げる。新しく覚えた片手剣二連撃《バーチカル・アーク》は、クモの体力ゲージを余さず削り取った。

 ガラスを引っ掻いたような耳障りな奇声を上げてクモが砕け散ったのを確認して、俺は血糊を払うように剣を振った。手元に表示されたウィンドウを一瞥してから消し、また先の見えないあぜ道を歩いていく。大通りから分岐した一本道だから迷うことはないものの、周囲を背の低い木と茂みに囲まれているせいでまだ午前中にも関わらず辺りは薄暗い。おまけに道幅はニメートルもないため、戦闘中に動けるスペースも限られてる。
 死神化してるときだったら、「まとまって出てくるなら、月牙で一発じゃねえか」で終わってたんだが、今はそうもいかない。挟撃に気を付けながら、俺はさらに奥を目指す。

「……ったく、見通し悪いわ道は狭いわ、おまけにこんな朝っぱらから害虫退治してこいとか、NPCのクセに人使い荒いんだよ……ぁあ、クソねみぃ……」

 欠伸混じりにそう独りごちても状況は好転しないが、悪態混じりに歩いてないと眠気で気が滅入りそうになる。すぐにでも宿に引き返したいトコだが、生憎と今はクエスト受注中。帰ったら全部ムダになっちまう以上、ウダウダ言いながらも進むしかない。

 なぜか午前五時から八時までの間しか受注できないという嫌がらせ仕様の今回の依頼を達成するには、この奥にいるらしいクモの親玉を倒してドロップする『ヒュージハインドの鋼糸』を持ち帰る必要がある。依頼主らしい痩せこけたNPCの婆さんがそんな防具の素材を使って何をしたいのかは知らないが、報酬でもらえるらしい『古びた巻物』を手に入れないと習得できないソードスキルがあるそうだ。雑魚のクモ共もけっこうな経験値を持ってるし、さっさとボス斬って帰るか。

 たまにニ、三匹で出てくる迷彩クモを斬りながら進んでいると、ようやく視界が開けた。どうも沼だか池だかの畔に出たみたいで、そこそこの広さの更地の向こうに濁った水面が見える。陰気な雰囲気なのは変わらないが、ここだけぽっかりと木がなくなっていて日が差し込んでいる分だけマシだ。
 ひとまずぐるりと見渡してみたが、ここから先に抜けられそうな道はない。多分、ここがこの道の終着点だろ。ってことは、この辺のどっかにボスがいるはずなんだが……、

「……別になんも出てこねえな。これで道一本違いましたー、とかいうオチだったら、もう二度とこんなとこ来ねえ……ん?」

 抜き身の片手剣を担いで更地の真ん中あたりに来た時、俺は沼の水辺に座る人影に気づいた。どうも若い女らしいが、見回した時には目に入らなかった。地面の色に似たこげ茶色の長い丈のワンピースみたいなのを着ている所為か、それとも、その小柄で華奢な体躯の所為なのか。

 腰まであるような長い黒髪が顔どころか手元まで覆い隠してるせいで、何をしているのかはよくわからない。時々手元が微かに動いてるあたり、沼の水で洗い物でもしてんのか。
 このゲームで「洗濯」をプレイヤーがすることはない。っつうことは、コイツはNPCってことになる。目立った武器防具の一つもなくこんな森の奥にいる時点で、プレイヤーの可能性はまずないんだろうが。

 ボスが出てこなくてこのNPCがいる以上、コイツが俺のクエスト遂行に関係している確率は高い。顔も見えない奴に話しかけるのなんてイヤだが、そうしないと始まらないんじゃ仕方ない。一応警戒しながら一歩、二歩と踏み出した時、

「…………ねえ」

 蚊の鳴くような、か細い女の声がした。本当に細く小さな声で一瞬空耳かと思ったが、女の手元の動きが止まっているのを見て、俺への呼びかけの声だと分かった。

「…………どうしても、決められないの」

 女が顔を上げた。妙にのっぺりした無表情が、陶磁器のように白い顔面に張り付いていた。豆粒のように小さい瞳がこちらを見ていたが、どこか焦点が合っていないように見受けられる、ボーッとした視線だった。

「…………ねえ、貴方はどっちがいいと思う?」

 目をこっちにやったまま、女の手がゆっくりと動きだす。手元にあったのは、昔どっかの博物館でみたような糸車だった。清々しいくらいに綺麗なライトブラウンの色合いが、ひどく場違いな空気を醸し出している。枯れ木のように細い手が、静かに、静かに、糸車を回す。どこからか伸びた細い糸が、少しずつ巻きついていくのが見えた。

「…………糸にするなら、どっちの方がいい?」

 女の手が止まった。イヤな予感がして、担いでいた剣を構える。
 女は糸車のハンドルを手放し、その手でなにかを掴み、そしてぐいっと持ち上げた。

「筋肉と髪の毛、糸にするならどぉっっっっちがいいいいいいいいいいぃぃぃいい???」

 その手にあったのは、ズタズタになった、たぶん人間だったモノの残骸だった。首は半ば千切れ、体表は土と血でどす黒く変色し、体中の抉り取られたような傷口からは無数の筋が触手のように飛び出ていた。

 いきなり突き付けられたグロ物体に俺が嫌悪を覚えた次の瞬間、メキメキという鈍い音と共に女の身体が膨張した。
 ボコボコと泡立つように胴体が膨れ上がり、みるみるうちに元の何倍にも大きくなっていく。槍のように鋭い脚が纏っていたワンピースを次々と突き破り、杭を打ち込むような重々しさで地面に突き立てられた。

 巨大な迷彩柄のクモに女の面が張り付いた化け物『ヒュージハインド』は、俺を見て女性の金切声のような奇声を発した。正面に付いた女の顔が、ニタリと歪むのが見える。まるで、これから行う屠殺に愉悦を感じているかのように。

「……こっちに来てだいぶ経ったけどよ、こーゆーのは初じゃねえか? このゲームのジャンルはいつからスプラッターホラーになったんだっつの。あとコイツ、黒く塗ったら完全にヘキサポタスの足八本版じゃねーか。顔面が弱点確定だな」

 死神になってから二回目に斬った虚を思い出しつつ、俺はゆっくりと《ホリゾンタル》の構えに剣を持っていく。街の掲示板の情報じゃ、飛びかかりと鋼糸による拘束以外はしてこないらしいが、油断はできない。

 確実に一太刀、まずはそっからだ。

「何はともあれ、いきなり胸クソ悪くなるモン見せつけてくれたんだ。報いはキッチリ、受けてもらうぜ!!」

 すっかり身に馴染んだソードスキルの発動する感覚を確かめながら、威嚇するように前の二本の脚を振り上げるクモ女目掛けて、俺は真っ直ぐ斬りかかっていった。



 ◆



 このゲームに囚われて一か月間。俺の周りは混乱でいっぱいだった。

 あの赤ローブの男こと茅場晶彦によってこのゲームからのログアウトが不可能になり、さらにHPがになった瞬間、強電磁パルスによって現実の自分の脳のHPも0にされるというクソみたいな仕様が適応された。さらに、脱出する術は、このゲームを構成する百のステージにいるボスを倒し、クリアすることのみ、だと言う。
 当然、「どーせなんかのイベントだろ」という声が上がったが、その後に渡されたアイテム『手鏡』を確認した途端に、俺たちの身体が初期設定で作ったアバターから現実の肉体そっくりに組み変わったことで、懐疑の声は一瞬にして動揺の色に染まった。今まで操っていたのが偽の身体であったが故に在った余裕は、この変化によって全て消え失せてしまった。

 その後は、もう酷かった。悲鳴、怒号が飛び交い、端の方では倒れ込んでそのまま砕け散った奴もいた。それは数日経っても続いて、街中で言い争いして取っ組み合う連中、ひたすら木陰で泣いてる奴、呆然と空を見上げたまま最初の広場から動かない奴がそこかしこにいた。
 中には「城の外で死ねばシステムから切り離される」みてえな自論を叫んで、そのまま第一層の外へと身を投げた奴もいた。この世界は空に浮く巨大な鉄の城の形をしているらしいが、その世界から飛び降りて青々とした何もない空間に絶叫と共に落ちていくアイツを見ても、ヤケになって死んでったようにしか見えなかった。

 一応、俺は一日だけ、『はじまりの街』で待ってみた。あの茅場とかいうヤツが言うには、すでにこの事件は現実でも大々的に報道されてるらしい。もしかしたら、外部で事態がさっさと収束するかもしれない、そう思って、俺は集住区の宿で、一日だけ待った。

 でも、やっぱり、何もなかった。アナウンス一つすら、聞こえてこなかった。

 だとしたら、俺のやることは単純だ。レベルを上げて、強くなって、ボスを片っ端からぶった斬る。そんで、あのいけ好かない茅場とかいう赤ローブを、思いっきりブン殴ってやる。受験勉強の大事な時間を返せという思いもなくはないが、そっちは自業自得な気もするので大して大きくない。許せないのは、こっちの意志を一切無視して、一方的に命の危険がある世界に山ほどの人を放り込んだことだ。なんて無責任で卑怯な真似をしやがる。そんな怒りで俺の頭は満ち満ちていた。

 行動はすぐに起こした。
 ヘルプを読んでマニュアルを流し読みした俺は、メガフレンジーボアのドロップアイテムの売り金を元手に装備を揃え、『はじまりの街』を抜け出した。やっぱりあのデカイノシシの強さは異常だったらしく、特に苦戦することなく次の街に着いた。その後も、行き当たりばったりだが、とにかく前に進み続けた。街の掲示板で強化に必要そうだと思ったクエストなんかは片っ端から受けていった。
 まだ序盤だからか、多少レベルが上でもHPはそんなに高くなく、数が多くても斬撃と体捌きだけで普通にあしらえるものばかりだった。ただ、偶にデカイノシシ並の奴に遭遇して、ソイツ等に苦労させられる度に、もっとレベルを上げなきゃダメだと思い改めて、毎日ひたすら戦い続けた。
 そうやってる内に徐々に他の連中も動き出してきて、はじまりの街に残った奴と、前線に出てきた奴に二分化した。情報もたくさん流れて、ボスのいる迷宮の攻略も進んでった。

 そして、そろそろ最前線にいるプレイヤーが決まってきた今日この日、ついに、第一層ボス攻略会議が開かれることになった。



 ◆



「……あー、まだイラつく……」

 何やら騒がしい会場に五分遅刻で到着した俺は、一人だけ景気の悪い面して一番下の段の端に腰掛けた。

 別にさっきまでのクエストで問題があったわけじゃない。報酬はキッチリ出たし、あのクエストボスに手こずったわけでもない。つうか、ぶっちゃけ弱かった。
 あのクモ女、あんなド派手な登場シーンだったくせに、攻撃パターンはその辺のチビクモと全く一緒だった。別に攻撃がクソ痛いとか、防御が超堅いとか、動きがメッチャ速いとか、そんなことも全くなく、ホントに弱点だったっぽい顔面にひたすら剣先をブチ込んでただけ。経験値はなかなかだったし、もう一回くらいならあの陰気な細道に行ってもいいか、と思える程度には、コスパのいい仕事だった。

 なのに今の俺が普段の三割マシで機嫌が悪いのは、その帰り道に遭遇したヤツが原因だった。

 森の出口近くの木陰から現れたソイツは、猿の顔っぽいのを張り付けた真っ赤な蜂だった。『インフレーマー』という名前のソイツはオレの付く手に飛び出すと、ヒトを小馬鹿にしたガキのような笑い声を上げながら、8の字を描くように旋回し出した。
 ジャマなんでさっさと斬ろうと片手剣を振ったんだが、これが意外と当たらない。先読みしたかのように、紙一重で避けられる。ムキになって全速力で振っても全く当たらず、偶にとんで来る針っぽい攻撃でHPが少しずつ削れていくのが俺の神経を逆なでしまくった。

 なりふりかまわず針ごとヤツを取っ捕まえてブッ刺して倒したころには、俺のHPはなんと半分を斬ろうとしていた。何とかやりきって清々した……のだが、倒したはずなのにリザルト画面には『ヒールダーツ』というアイテムを習得したこと以外書かれてなくて、肝心の「インフレーマーを倒した」の表示が出なかった。何故に、と思った瞬間、視界の外からまた針が飛来するのが見え、俺は咄嗟に跳び退った。
 見ると、木の陰に隠れるようにしてこっちに細い銃身を向ける、二足歩行のウサギの姿。そいつは俺を見ると、可愛らしい面にそぐわない気持ち悪い笑みを浮かべて、森の中に逃げて行った。アレが囮でコッチが本体だと気づいた瞬間には、もうソイツの姿はなく、後にはHPを半減させられたのに得たのが売っても五コルにしかならない投擲型アイテム数個だけの、情けない俺だけが残っていた。

 で、あの後マジになって探し回ったんだが、結局そいつを見つけることはできず、そのイライラを引きずったまま、この会議に来ちまったという感じだった。こんだけイラついたのは久しぶりだ。岩鷲に全力で絡まれた時だって、ここまで頭には来なかったってのに。ヤロウ許さねえ、いつか必ずブッ殺してやる。

 際限なく沸き起こるイライラを何とか鎮めようとしていると、壇上にいた水色の髪の男が手を打ち鳴らした。自然と、参加者の目もそっちにいく。どうもコイツが、今回のボス戦の仕切り役みたいだ。

「よーし、そろそろ組み終わったかな? じゃあ――」
「ちょお待ってんか!」

 何を組んでいたのか知らないが、司会の男が話を始めようとしたとき、いきなり横やりが入った。そっちを見やると、頭にトゲが生えたような髪型のちっさい男がいた。そいつは最上段から一足飛びで下に降りると、なにやら演説を始めやがった。
 ざっと要約すると、「ベータテスト経験者は死んでった奴を含めたビギナーを見捨てて、自分らだけのことしか考えてないクソ野郎共だ。こん中にもいるはずだから、出てきて土下座して身ぐるみ全部置いてけ」ってことらしい。

 ……アホか。
このキツイ状況下で「みんな平等に」とか、できるわけねえだろ。命がかかってる状況なんだ、強くなりてえ奴は持ってるモン全部活かして頑張るに決まってんじゃねえか。それをズルいから詫び入れて持ち物吐き出せとか、

「……図体も器も小っこいヤツだな、コイツ」
「……ぁあん? なんか言いよったか、あんちゃん?」

 ……あ、ヤベえ、声に出てた。
 でもまあ、思ったのも事実だし、隠すこともねえか。そう思って、俺は立ち上がった。

「ああ言ったぜ。随分と身体も器も小せえ男だな、ってよ。何か間違ったこと言ってっか?」
「……なんや、一丁前にワイに喧嘩売っとんのか? このタンポポ頭のチンピラが」
「喧嘩売ってんのはオメーの方だろうが。人前に出てきて身勝手なことドヤ顔で喋りやがって、ウルセーんだよ、このトゲピーヘッド。一丁前に日本語喋ってねえで、大人しく『チョッギプリイイイイイイイイイ!』って鳴いてろよ」
「なンッ…………!!」

 怒りで顔が真っ赤になったトゲピー頭に、俺はさらに畳みかける。

「ベータテストの経験ってのがどんだけ有利なのか知らねーけどよ、自分で頑張って手に入れた知識を自分のために活かして、一体何がわりーんだ? 幼稚園じゃねえんだ。みんなでお手々繋いではいゴールってわけにはいかねえだろ。強くなれる奴が強くなって、俺等はそれを手本に追い越しに行きゃいいだけの話だろうが。
 ……確かに死んじまった奴もいた。でも、早い時期にちゃんと生きてここまで来れてるビギナーも山ほどいる。死んだ奴を悪く言うつもりはねーが、つまりその死は、事前の準備とか情報で何とかできるモンだった、ってことじゃねえのか? 一概には言い切れないかもしれねえけど、でも逆に、二千人全員の死がベータテスターのせいだった、ってことも絶対にない。二千の命の死を経験者に押し付けて、挙句に追いはぎのマネなんかしてんじゃねえよ。
 それともなにか? テメーは自力じゃ強くなれねえから、経験者サマに恵んでもらおうとでも思ってんのか? だとしたら、とんだカス野郎だな」
「言わせておきゃあ……調子に乗んなやクソガキ! ええ加減にしとかんと、そのハデな頭カチ割るで!!」
「おー上等じゃねえか! その小せえ身体、俺がこの手で叩き潰してやる!!」

 トゲ頭が背中の剣の柄に手を掛けたのを見て、俺も腰に手をやって、いつでも抜剣できるように構える。確か、街中なら互いにダメージは受けない設定になってるハズだし、全力でブチのめしても死ぬことは無い。立ち上がれなくなるまで、精神的にボッコボコにしてやる!

 そう意気込んで、一気に鞘から剣を抜き放とうとした、その時、

「その辺にしておけ、二人とも」

 肩に手を置かれた。

 振り向くと、黒い肌と禿頭が特徴の大男が立っていた。その低く渋い声といい筋骨隆々の体躯といい、チャドを連想させる男が、俺を静かに制止している。
 それを見てなんとなく怒りが引いていくのを感じた俺は、深呼吸一つして気分を落ち着けてから、半身まで抜いていた剣を納めた。大男は軽く頷き、ポンポンと俺の肩を叩いて前に出た。

「……な、なんや、アンタ」

 成人男性の平均と比べても明らかに小さいトゲ男は、二メートル近い屈強な大男の登場に少しビビッているように見えた。

「横から済まない、俺の名はエギルだ。キバオウさん、さっき彼の言葉にも出ていたが、アンタの言いたいことはつまり、ベータテスターが面倒を見なかったから、ビギナーがたくさん死んだ。その責任をとって謝罪、賠償しろ……と、そういう事だな」
「そ、そうや」

 大男はトゲ頭をちらりと見やると、懐から一冊の本を取り出し、説明を始めた。
 この本はスタードガイドであり、元ベータテスターによって無料配布されていた。情報は誰でも手に入る状況だったのに、大勢のビギナーが死んでいる。これを踏まえ、俺たちはどうボスに挑むべきなのか、それを議論するものだと、俺は思ってここ来たのだが、と。

 ……なんつーか、大人の対応ってのを見せつけられた感じだった。こうやって物的証拠と筋道立てた話、落ち着いた口調で喋るとこうも説得力があるのか、とちょっとビックリしつつ、自分の短気を反省してしまう。トゲ頭も流石に反論できないらしく、大人しく適当な場所に戻っていった。

 それを見届けた司会の男により、会議が再開した。といっても、内容は簡単で、第一層のボスである『イルファング・ザ・コボルド・ロード』とその取り巻きらしい三体の『ルイン・コボルド・センチネル』についてスタートガイドの最新版にある情報の確認、それからアイテムやら経験値の分配についてだけだった。

 明日十時集合ということで、各員が三々五々に動き始めた。帰る奴、司会の男のところに向かう奴、複数人で打ち合わせを始める連中。色々いたが、俺はとりあえずさっきの大男、エギルに礼を言いに行くことにした。
 幸い、俺が近づくと向こうも気づいたようで、軽く手を上げて挨拶してくれた。

「さっきは悪かったな、助かった」
「怒りで我を忘れることは誰にでもある。俺は外野だったから、冷静に仲裁できたというだけだ。気にするな」
「やっぱ大人だな、アンタ。頼りになりそうだ。俺は一護だ、よろしく」
「そうでもないさ、一護。俺はエギル、こちらこそよろしく頼む」

 差し出された大きな手を取って、しっかり握手を交わす。

「ああ、そうだ。一護、会議の前半にいなかったようだが、ボス攻略のパーティーメンバーはどうするんだ? もう皆組んでしまったぞ?」
「え、なんだよソレ。マジか……」

 組んだどうだ言ってたのはそのことだったのか、ミスった。あの腐れウサギにさえ会わけりゃ……と今更悔やんでも仕方ない。

「仕方ねえ、今回は独りで遊撃か……」
「……いや、一護。もし誰でもいいのなら、一人だけ空きがあるのを知ってるが」
「お、マジか! じゃあソイツとペアを……いや待て、なんでソイツは余っちまったんだ? 俺みてえな遅刻組なのか?」

 思わずそいつとペアを組もう、と言いそうになったが、寸前で留まった。こんだけの人数がいて組んでねえってのは、俺みたいに遅刻してきたか、あるいはソイツ自身に難があるかのどっちか。そして、俺の勘だと、多分後者だ。

「それは、まあ、その、なんだ。とにかく、会えば分かる。一応、強さは俺が保障しておく。むしろ、ここに居る中じゃトップクラスのはずだ」

 言葉を濁すエギルの態度でさらに不安が増すが、この際だ。凄まじく合わない奴でもない限り、大人しく組むことにしよう。

 先導するエギルの後に付いていくと、会議場の端に人影を見つけた。着ているのはこげ茶色の長い丈のローブ……なんだか、数時間前に斬殺したクモ女を思い出す。街中にいるはずなのに、警戒心がふつふつと湧きあがってきてしまう。

「リーナ、ちょっといいか」
「………………」

 エギルがリーナと呼んだ女らしきそのプレイヤーは、呼びかけには応じずに体育座りで蹲ったままだった。目深に被ったフードの端からは白い髪が覗いている。
 喋らない相手にこっちも黙ってちゃ仕方ないので、俺からも声をかけてみる。

「アンタ、誰とも組んでねえんだろ? なら、暫定でいいから俺と組まねえか?」
「………………った」
「え? 今なんつった?」

 聞き返すと、リーナはゆっくりと顔を上げた。

 そこにあったのは、純白の、ただひたすらに真っ白い、白皙の女性の顔だった。

 表情の欠片もない顔は、パッと見た感じ、どこか外国の血筋を感じさせるくっきりした目鼻立ちだった。整った無表情といい、大きな翡翠色の瞳といい、その顔はかつて戦った第四十刃を連想させる。

 リーナは俺の目を見据え、薄桃の唇を小さく開いた。そして、

「……お腹減った」

 いきなり空腹を訴えてきた。
 
 

 
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

今回キリト君を出す予定が、うだうだ書いてたら出すヒマなく終わってしまいました。
この章のどっかで必ず登場してもらいますので、キリト君好きの方、もう少しお待ちください。
しかし、この内容で9000字弱……もう少しコンパクトにまとめなければなりませぬな。

次回は第一層ボス攻略戦突入(予定)です。 
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