| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ウラギリモノの英雄譚

作者:ぬくぬく
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ステミ――莉子ノ二次試験

 市立総合体育館第一競技場(しりつそうごうたいいくかんだいいちきょうぎじょう)
 県下最大規模のこの体育館で、本年度のヒーロー認定試験(にんていしけん)二次試験は行われる。

 (カナメ)正宗(マサムネ)は、会場前で待ち合わせをして、合流したところだった。

「まだ開場まで時間があるな……うどんでも食べに行くか?」
「良いけど……ねぇ、正宗」
「ん?」
「気合入れ過ぎじゃない?」
「何が?」
「服だよ」
「ああ。だってデートなんだぜ。気は抜けないだろ?」
 本日の正宗は(えり)付きのシャツにジャケットを羽織ったお兄系のコーデでやって来た。
 羽織ったジャケットは遠目にも上質な質感なことが分かるぐらいの光沢を帯びている。いったいいくらするのかは検討もつかないが、お高いのだろう。
 更に正宗は、元々茶色がかっていた髪の毛に、やけに明るい茶色のメッシュを入れてきていた。
 なんでも、わざわざ昨日美容院に行って染めてきたらしい。
染髪(せんぱつ)は校則違反だろ。月曜までに染め直すの?」
「色のついた部分は、後で切るんだ」
 正宗は言い切った。
「確認するけど、今日は僕と出掛ける予定だったんだよね?」
「おう。今日は野郎二人で楽しもうぜ!」
「男友達と出かけるのに、どれだけ気合を入れているんだよ!」
「…………確かに。男相手にここまでするのは変だよな……」
 要のツッコミに、正臣は唇に手を当てて考えこむ素振りを見せた。
「……俺さ。たまに要の中性的な顔立ちが可愛いなぁーと思うことがあるんだよな」
「どういうことだよ!」
「とりあえず、うどん食いに行こうぜ」
「待て。正宗! さっきの発言は何だ。聞き捨てならないぞ!」
「はははー」
 要は、今日一日正宗と過ごすことが、少しだけ怖くなった。



 正宗に付き合ってうどんを食った後、二人は会場に戻った。
 会場内に入ると、既に観客席がまばらに埋まっていた。
「もうすぐ試合が始まるのに、人が少ないな」
「二次試験は毎回こんなものだよ。最終試験はかなりの人が来るけどね」
「前に要が試験を受けた時は、歩く道も無いぐらいに混んでなかったか?」
「あれは……たまたまかな」
「ふーん、たまたまねぇ」

 そうこうしている間に、開始式が始まった。
 入場した選手達の前で、スーツを着た初老の男が簡単な挨拶をし、試験が始まる。

 ヒーロー認定試験の二次試験は主に変身前の格闘技の技量を測る試験だ。
 演舞と試合の二部構成で試験を行い、格闘技の有識者や現役のプロヒーローなどが各々の主観で評価をする。

 まずは演舞の試験が始まった。
 志願者一人一人が前に出て、
 志願者達は、技術を誇示(こじ)するように、各々が体得している格闘技の型を行い始めた。

「ほぇー……やっぱ生で見ると迫力あるなぁ」
 正宗が関心していた。
「皆叫んでるけど、声の大きさとかも審査(しんさ)に関係有るのか?」
「いや、絶対に声を出さないといけないなんてことはないよ」
「要の目から見てどうなんだ? 誰が落ちて誰が受かりそうとか分かるのか?」
「うーん……」
 ヒーローの志願者たちには、格闘技の有段者が殆どだ。
 はっきり言って、型だけなら皆が十分な技量を持っている。
「型だけじゃ、誰が受かるとかは分からないかな。重要なのはこの後にある試合形式の実技だからね」
 型の時点では、それほど志願者達の間で差はつかない。
 ルーチンワークのように繰り返される型の動作に、観客達の目にも少し眠気と退屈の色が浮かび始めていた。

「ん? なぁ、おい。あれ」
 ふと、正宗が控えの志願者たちを見て、何かに気づいたように声を上げた。
緋山(ヒヤマ)さんじゃね?」
「え?」

 道着や(はかま)など、格闘技を連想させる服装の志願者達の中で、唯一莉子だけは普通のジャージを着ていた。
 長い髪を後ろで束ね、だらしなくジャージのファスナーを全開にした莉子の姿は、休日にマラソンを嗜むOLの様にも見える。

 志願者の群れから、莉子(リコ)が歩み出てきた。
「試験番号 千六百十一(1161)。緋山莉子(ヒヤマリコ)っ!」
 まるで観客席まで届かせるような大声で、名乗りを上げる。
 そして一呼吸も置くことなく、流れるような動作で型に入った。

「おお……っ」
 しばらく莉子の演舞が続き、隣で正宗が感嘆の声を上げた。
 莉子を見つめる審査員の目も、それまでの志願者を見る目と違っている。見るからに目が活き活きとしていた。
 それぐらい、彼女の技術は他を圧倒していた。

 彼女の型を見るのは二度目だ。
 確かに今見ても、基礎の高さが見て伺える。
 しかし、要にはそれよりも気になることが有った。
「何で、彼女がうちの流派の型を知ってるんだ……?」
 現在莉子が用いている型は、要の家で教えている紫雲流(しうんりゅう)ものだった。

 少しビックリしたが、そういえば彼女は要の住所や携帯電話の番号について知っていた。
 もしかしたら、どこかで見て盗まれたのかもしれない。
「減るもんじゃないし、いいか……」
 要はそう結論づけた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 全志願者の型が終了し、続いて組手が始まる。
 組手の相手は、試験官。彼らは空手や柔道など格闘技の有段者だ。
 各々得意とする格闘技を予め申請して、それぞれの試験官に相手をしてもらう。

 平均年齢が二十代前半のヒーロー志願者達の中が試験官に勝つことはまずない。
 流れ作業のように、志願者達が試合場に立っては試験官の胸を借りて技を披露していく。
 それを眺める審査員も、首を振ったり感心するような声を上げたりと、型の時よりは表情豊かになっていた。

「おい、次だぜ」
 正宗が興奮してそわそわし始める。
 何気なく試験を眺めていた要も、次の志願者が莉子だと気づいた。

 会場全体が一瞬静まり返る。
「試験番号 千六百十一(1161)。緋山莉子」
 再度名乗りを上げて、莉子が前に出てくる。

 莉子の相手は空手を使う初老の男だった。
 体つきはガッシリとしているが、笑った形で深く刻まれたしわに温厚な性格が浮き出ていた。

 すると莉子は突然、右手を高く掲げた。
 そして彼女の目が、要の方を向く。
「わたしは、負けない」
 彼女が呟く。
 音こそ、聞こえなかったが、唇の動きで彼女が何と言っているのか理解する。
『試験官を倒す』――要に対し、莉子はそう音もなく宣言した。

 両者、試合場の真ん中で向かい合った。
「倒すつもりでいくけん。おじさんもそのつもりで」
 目上の人間を相手に、莉子は堂々としていた。
「おや、それはそれは」
 莉子の宣言に男は優しく笑った。
「でも、これは試合ではなく試験であることを忘れずに。それでは、挨拶をした後、いつでもどうぞ」
 男が構える。
 おだやかな表情に反して、隙がない。

「よろしくお願いしま……すっ」
 莉子が頭を下げる――ふりをして、回し蹴りを放った。
「セッ!」
 男は敢えてそれを受け、脇で莉子の足を挟んだ。
 そのまま男が寝転がって、莉子を寝技に引き込んだ。
「おっ、と!」
 体を抑えこまれそうになる。莉子は床を強く叩いて体制を持ち直した。

 莉子が男の拘束から抜け出す。
「ふぅー……危な……」
 男も床を転がり、莉子と距離を取りながら立ち上がった。
「空手なのに、寝技もあるなんてビックリしたかな?」
「別に。相手が誰かなんて関係ない。倒すだけやけん」

 莉子が呼吸を整える。
「――っ……すっ」
 息を吸い込むと同時に、莉子が飛び出した。
 イノシシの様な猛進だ。
「それはあまり良い手とはいえないね」
 男が体制を低くする。

 男と莉子の体格差は歴然だ。
 目で見ても、男のほうが莉子よりも倍以上のウエイトがある。
 そんな相手にタックルなんてしても、効果は薄いだろう。

「せいっ!」
 衝突の瞬間、莉子が足を振り上げて蹴りに切り変える。
 タックルはフェイントで本命はそっちだった。
 だが、そんなことは男も読んでいた。

「ふんっ」
 莉子の攻撃はいとも簡単に受けられる。
 本来、重さとは強さだ。
 犬が熊には勝てないように、重量差とは絶対的な力の差と考えていい。
 自分よりも重量がある相手と戦う場合、殴り合いなら手数で押す、投げ合いなら技数で崩す等の工夫が必要になってくる。
 つまり莉子がこの相手に勝つためには、力比べをせずに相手を攻撃しないといけない。
 だからこそ、男は莉子の行動を読みやすくなる。

 手数と技で莉子が男を崩しにかかる。
 男は防御に徹しつつ、隙を突くように拳を繰り出してくる。
「くぅっ」
 莉子の攻撃は殆ど男に防がれていた。しかし、男の攻撃は一発一発が莉子の足、腹部をえぐっている。
「なかなかやるね」
 そう言って、男の手が莉子のジャージの襟を掴んだ。
 そして男が大外刈(おおそとがり)で莉子の足を払った。

「さっきから柔道技しか使ってないじゃないか……」
 空手を使う試験官じゃなかったのかよ。と、要が呟く。
 決着だ。莉子の体が浮いた瞬間に、要はそう判断した。
 ほぼ間違いなく、莉子が倒された後に試験終了が告げられるだろう。

 結局、莉子の『倒す』という宣言は果たされなかった。
 相手が悪かったのだ。それは仕方がない。
 だが、技量の高さは十分アピールできただろう。おそらく彼女は合格だ。

 そう思い、要がプログラムに目を落としかけた。
 その時――。
「ダンッ――」
 莉子の体が地面に落ちる音。
 会場全体が凍りついた。

「このっ……」
 莉子に挑発されても笑って流していた男が、怒りに顔を歪めた。
「何をしておるか、このバカタレがァァァ!」
 男の怒声が会場に響き渡る。

 男に投げられ、地面に落下した莉子は、莉子が怪我をしないように、彼女の上半身を引き上げようとした男の手を振り払い、あろうことか受け身も取らずに頭から叩き付けられにいった。
 勿論、彼女の技量であれば受け身を取ることも、出来るだけ怪我をしないように投げられることも容易く出来ただろう。
 だが、彼女はあえて怪我をしにいった。

 会場全体が息を呑む。
 頭を打ったにもかかわらず、莉子は即座に床を転がり、起き上がった。
 打ち付けた顔面に、真っ赤な血が流れる。
「おい。あの試験官、ちょっとやり過ぎじゃないか?」
「試験官のせいじゃない。今のは彼女がわざと頭から落ちたんだ」
「何でそんなことをするんだよ?」
「相手の押さえ込みを(かわ)すためかな。身動きが取れなくなったら試験終了だからね。……でも、あれは完全に悪手だ」
 打ち所が悪ければ莉子は死んでいたかもしれない。
 たかだか試験に、彼女がこれだけ体を張る意味なんてないはずだ。
「何を考えてるんだ……?」

「誰か、タンカを持って来て!」
 男が莉子から目をそらさないまま、場外の係員に声を飛ばす。
 莉子は男に中段の蹴りを見舞った。

 男は一歩引き、蹴りを躱す。そして一歩踏み込む。
 男が低めの正拳突きを放った。
「くぅっ……」
 腹部に左拳を受けて莉子がふらつく。
 もう立っているのもやっとなのだろう。

 男から莉子の傷を(あん)じている様子が見て取れる。
 恐らく男は早急にこの試験を終わらせるつもりなのだろう。
「今度こそ、終わりだ……」
 要が呟く。

 男が引いた右拳で、渾身(こんしん)の正拳突きを打ち込んだ。
「っ……」
 誰もが息を呑んで試合を見守っていた。
 目を()いたのは、拳を打ち込んだ男の方だった。
「へっ」
 莉子が笑う。
 体勢をわざと崩した莉子は、肩を狙って放たれた拳を顔面で受け止めた。
 莉子の血が床に飛び散る。動揺した男に、隙が生まれる。

 莉子はその隙を逃さなかった。
 打ち込まれた腕を掴み、飛び上がって三角絞めを仕掛けた。
「ぬっ!」
 片腕で莉子の体重を支えられずに、男が前のめりになる。
 莉子は男の首に足を絡め、男の頸動脈(けいどうみゃく)を締めあげた。

「んぐぅっ……」
 男が(うめ)き声を上げる。
 莉子を振り払おうと力を込めるが、ガッチリと張り付いた莉子は、男の腕の力だけではびくともしなかった。
 一(1).二(2).三(3)……。
 時間が流れ、そして……。

「かはっ……」
 男の意識が落ちた。
「よっと……」
 莉子が男から離れる。

 男が床に崩れ落ち、自らの血を拭った莉子がノソノソと立ち上がった。

 そして要達が居る方にVサインを向け。
「勝ったー!」
 と、満面の笑みで宣言した。
「…………」
 絶句する会場内。

 倒れた男はものの数秒で意識を取り戻した。
 駆け寄ってきた係員に、「大丈夫だ」とジェスチャーし起き上がる。ずんずんと足を踏み鳴らして莉子に詰め寄っていく。
「娘が顔に傷なんか作るもんじゃない。今直ぐ治療に行きなさい」
 そう言い残して、男は(ひか)えに下がって行った。

 莉子は治療に向かう。
 その後の試験は、滞り無く進んでいった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧