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猫又

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6部分:第六章


第六章

「で、何?」
「何でオペラが元らしくて」
「ふん」
「愛の妙薬っていう作品なのよ」
「ああ、あれね」
 トラはそれがどういった話か知っていた。
「知ってるの?」
「ほら、よくパヴァロッティって歌手がテレビに出てるだろ」
「太って髭だらけの顔のあの外人さん?」
「そう、その人。その人が得意なやつでね」
「そうなの」
「面白い話だぜ。それで何の役なんだい?」
「アディーナっていう女の子」
「おっ、主役か」
「そこまで知ってるの」
「浅草じゃよく観たからな」
 トラは自慢げに述べた。
 このオペラはドニゼッティが作曲した喜劇である。村娘アディーナに一途な想いを寄せる村の青年がインチキ薬売りの惚れ薬を買って引き起こすドタバタ劇である。曲がいいのとドタバタしながらもホロリとするストーリーで今でも人気がある作品である。ドニゼッティの代表作の一つでもある。
「ストーリーはもう知ってるかな」
「台本は見せてもらったわ」
「じゃあいいや。それでさ」
「ええ」
「嬢ちゃんがアディーナなんだよな」
「そうよ」
 沙世は答えた。
「で、問題は主人公だ」
「あの男の子ね」
「そう、ネモリーノ」
 この作品の主人公でありパヴァロッティの十八番でもある。多少どころか全く頭が回らないが純朴で人のいい一途な村の青年である。
「彼は誰があるんだい?」
「それがね」
(ははあん)
 急に俯いて顔を赤くさせる沙世を見てすぐにわかった。
「若松君なの」
(やっぱりな)
 その様子からすぐに察しがついていたが沙世から直接それを聞いてそれが事実だとわかり納得する。
「いつも言ってるけどうちの部って男の子少ないから」
「それでか」
「うん」
「じゃあ嬢ちゃんとカップルなのか」
「そ、そうよね」
 そこを突かれて顔をさらに赤くさせる。なおこの作品はハッピーエンドでありネモリーノはドタバタの後で晴れてアディーナと一緒になれるのである。
「そうなるわよね」
「それでどうなんだい?」
 トラは問う。
「やる気あるかい?」
「も、勿論よ」
 真っ赤な顔のまま言う。
「だってお芝居なんだし」
 それだけじゃないだろうに、と心の中で思ったがそれはあえて言わない。
「やるわ。ヒロインだし」
「よし、じゃあ頑張りな」
 トラは目を細めてそう声をかける。
「精一杯な」
「ええ」
 沙世は強い目で頷く。
「私やるわよ」
(それでもう一つの方もな。頑張りなよ)
 決して口には出さないがそちらへのエールも忘れない。だが沙世にエールを送っているうちに阪神の方は大変なことになってしまっていた。
「あっ、試合終わったわよ」
「勝ったか!?」
「中日が」
「ちぇっ」
 その言葉は聞きたくもないものだった。
「しかもノーヒットノーランよ。マジックも減ったし」
「何なんだよそれ」 
 流石にこの事態には怒りを露わにする。
「斉藤や桑田が一番凄い時でもそんなのなかったぞ」
 完封負けはしょっちゅうでもヒットの一本や二本は出ていたのである。あのどうしようもない暗黒時代、草野球以下とまでこきおろされ、高校野球の優勝チームの方が強いとまで言われていたあの時代でもだ。だが今日はどうしたことか。何とも絵になる敗北であった。
「やられちゃったね」
「何かの間違いだこれ」
 にこにことしている沙世にムキになって反論する。
「何でこんな時期にノーヒットノーランなんだよ」
「だって中日なんだもの」
「ナゴヤドームが悪い」
 トラは主張する。
「あの球場には絶対に何かある」
「巨人に負けた時には東京ドームに言ってなかった?」
「まあそれは」
「それでヤクルトに負けた時はキャッチャーが超能力でボールを操作しているとか」
 およそ妖怪とは思えない発言である。
「他には何があったっけ。マシンガン打線と大魔神がどうとか」
「うう・・・・・・」
「鯉は食ってやるとか言って鯉こくも食べてたよね」
 とかく全ての球団に見事に負け続けていたのがかっての阪神であった。その負け方が素晴らしかったのだ。縦縞のユニフォームは勝利と同じ位の敗北が似合うのである。
 
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