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素直でないバーテン

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第六章

「受け取ったわね」
「受け取らないかもって思ってたけれど」
「それがね」
「受け取った」
「いや、あの娘よかったわね」
「願いが適ってね」
「というかあのバーテンさん彼女いるの」
 彼の言葉も検証された。
「あの無表情さで」
「嘘みたいね」
「そのことにしても」
「あの無表情で女の子とどう付き合うのか」
「というかどう付き合えるのか」
「それもね」
「ちょっと以上に謎よね」
「どうにもね」
「そうよね」
 桜も同僚達の言葉に頷く。
「あの状況でね」
「果たして誰と交際出来るのか」
「それがね」
「気になるわね」
「全く以てね、ただちょっと私席外すわね」 
 ここで桜は同僚達にこう言った。
「飲み過ぎて」
「ああ、あんた今日結構飲んでるわね」
「それもビール系ばかりでね」
「ビール冷えるからね」
「どうしてもね」
「ええ、だからね」
 それで、と答えてだ。そのうえで。
 桜は席を立ってトイレに向かった、店のトイレは奥のすぐ傍に関係者以外立ち入り禁止と書いてある扉のすぐ傍にあった。
 その扉を通ってだ、そしてだった。
 桜はトイレを済ましてから席に戻ろうとした、しかしその扉の向こう側からだった。
 何か声が聞こえてきた、その声を聞いてだった。
 桜は無意識のうちにその場に立ち止まった、そのうえでその声を聞いた。
 声はだ、まずは女のものだった。
「松田さんまた貰ったんですか」
「うん、困ったね」
 今度は男の声だった、それもあのバーテンダーの声だった。
「貰うのは嬉しいけれどね」
「松田さん彼女いますしね」
「そうだよ、だから貰ってね」
「ヤキモチ焼かれて」
「それが大変なんだよ」
 嬉しいようなそれでいて困っている感じの声だった。カウンターにいる時とは声のリズムも音程ももっといえば量も違う。
「だからね」
「けれど折角の気持ちですから」
「捨てないよ」
 それはだ、絶対にないというのだ。
「それはしないから、俺」
「そうですよね。じゃあ」
「中身を確かめてね」
「それからですね」
「それから食べるよ」
「チョコレートでしたっけ」
「ケーキだよ」
 このこともだ、バーテンダーの声は言っていた。
「まあ甘いものはね」
「あまり、ですよね松田さん」
「けれど気持ちだから」
 プレゼントをくれたその女の子のだ。
「無下には出来ないよ」
「だからですね」
「食べるよ」
 こう言い切っていた。
「そうするよ」
「それじゃあですね」
「後でね」
 食べると話していた、桜はこの話を一部始終聞いてだった。
 そのうえで席に戻った、すると同僚達からこう言われた」
「何かいいことあったの?」
「にこにこしてるけれど」
「ちょっとね、わかったから」
「わかったって?」
「何が?」
「ちょっとしたことだけれど面白いことよ」
 聞いたことをこう表現したのだった。
「それだけよ」
「何かわからないけれど」
「いいことがわかったのね」
「そのことは確かなのね」
「そう、じゃああらためて飲みましょう」
 こう言ってだ、桜は自分のカクテルを飲んでお店の人を呼んでまた注文した。そしてカウンターに戻って来たバーテンダーを見て言った。
「このお店、あらためて気に入ったわ」
「まあ気に入ったのはいいけれどね」
「実際にいいお店だしね」
「また来たくなったわ」
 カクテルをいつもの、店の外での顔で作るバーテンダーを見ての言葉だ、桜はその中でこうしたことも言った。
「お店では素直にしていないのね」
「素直じゃないって」
「またわからないことを言うわね」
 同僚達は首を傾げさせるだけだった、だが桜は微笑んで届けられたカクテルを飲むのだった。そのカクテルは素直に美味かった。そちらは仮面ではなく本物であった。


素直でないバーテンダー   完


                        2015・9・16 
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