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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  もう一つの決着

シノンは眼を張り裂けんばかりに見開き、遥か彼方の、点のような二つの人影を凝視していた。

片方は、不思議な縁で共同戦線を張ることとなった黒尽くめの少女――――に見える少年、キリト。さすがにこの距離が距離のため、遠視エフェクトがかかってその表情までは見えない。

だがその背はありありと、自らが立つ戦場の過酷さを叫んでいる。複雑な軌道と峻烈な速度で振るわれる光剣の光芒が宙を美しく流れている。

そして、その対戦相手。

幽鬼のごときボロボロのギリーマントで身体を覆うプレイヤー。

そいつこそがかのデスゲーム、《ソードアート・オンライン》から舞い戻った、いや蘇った殺人鬼。

《死銃》

シノンの狙撃によって主武器(メインウェポン)の《沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)》を修復不可能なレベルで破壊されたヤツは、なんと金属製の《剣》を持ち出してきたのだ。

迫りくるキリトを迎え撃つために。

普通なら、それは何の抵抗にも障害にもならなかったはずだ。キリトの主武器である光剣(フォトンソード)の刀身を形作っているのは、光学銃やプラズマグレネードと同じ超高温のエネルギーである。

対光学銃用の防護フィールドは距離が近ければ近いほど効力が薄れるため、光剣の射程内であればないも同然。掠っただけで大ダメージのその刀身は、音もなく死銃のHPを刈り取れる。その間に金属製の剣など差し込んでも、溶断されるのがオチのはずだった。

だが、なんということか。死銃が持ち出した長さ八十センチほどの金属棒は、光剣のエネルギーブレードを耐え、逆にキリトの左肩を貫いたのだ。

現実的に考えると、ありえないことである。あの光剣は何せ、予選決勝にてヘカートの致死の五十口径弾を両断してのけたのだ。ただの金属が、あのブレードに耐えられるわけがない。

だが。

そこで、シノンの脳裏によぎるものがあった。

あの剣の材料が、ただの金属ではなかったらどうだろう。

裏路地のジャンクショップなんかで、猛烈に高い値段で取引される最高クラスの地金(インゴット)アイテムがあったはずだ。

本当に付加価値の高い銃火器が全部ドロップ品でしか入手できないGGOの性質上、正直プレイヤーメイドの銃の価値は低めに見なされることがある。その手の鉱物系アイテムの世情には疎いが、それでもトリビア的な情報として記憶の隅っこにあったそれをシノンは慎重に手繰る。

そう、確か宇宙船の外装、とかだっただろうか。奇特で、しかもSTRにかなりの余力があるプレイヤーはそれらを組み合わせた盾を作ったと小耳に挟んだが、まさかそれを剣にするとは思いもしなかった。

だが、もしこの推論が正しければ、彼方で戦うキリトの勝算はかなり低くなると言っていいだろう。

何せ宇宙船の装甲板だ。耐熱、耐冷効果はおそらくGGOサーバ内でも屈指の強度を誇る。光剣のエネルギーブレードは、突き詰めれば実体のない超高温の空気の塊のようなものだ。

つまり、光剣の刀身は防御行動がとれないのだ。相手の攻撃をステップ回避でしか躱せないその難度は近接戦闘に詳しくないシノンにもわかる。

無論、相手に攻撃などさせなければいいという話なのだが、狙撃手のスキルで拡大された視界に移るぼやけた背中はこれまでにないほどの緊迫感を放射している。

事実、視界の中の黒衣の剣士は俊敏な動きで光剣の軌跡を描くが、直後に死銃の剣が蛇のようにその合間を縫い、少女のようなアバターの身体を次々と抉っていった。

「――――ッ!!」

シノンは、ノドから迸ろうとする絶叫と、トリガーに指を掛けようとする衝動の双方を懸命に堪えた。

約七百メートルも離れた戦場では、キリトがアバターの全身から真紅のダメージエフェクトの光をこぼしながら吹き飛ばされる。

まさかあの連続攻撃でHPを全損してしまったのでは、と息を詰めるが、幸い黒衣の光剣使いはDEADタグを抱えることなく砂漠を一度蹴って後方に宙返りし、いっそう大きく距離を取った。

しかし死銃にはもう仕切り直すつもりはないのか、幽鬼のようにざわざわとマントをなびかせながら間合いを詰める。

先刻死銃との撃ちあいで粉砕されたヘカートのスコープさえ無事なら、狙撃でキリトを支援することもできただろうが、この距離をスキル支援はあれど肉眼では、さしものシノンも予測円を収束できない。闇雲に撃てば、最悪キリトに当たってしまうこともありうる。

―――何か、何かないの?キリトを援護できるような……助けることができるような……。

今いる岩山から降り、接近するのは逆効果だ。標的に銃弾を浴びせることで《儀式》を完成させる死銃の殺人システムの特性上、黒星(ヘイシン)を自分に向けられた瞬間、キリトは動けなくなる。かといって、スコープなしでの狙撃はただのギャンブルだし、サイドアームのMP7では射程がまったく足りない。

「…………いや」

ある。

シノンの脳裏に、電撃的に閃くものがあった。

ある。たった一つ、今の自分がアクティブに行える《攻撃》が。

どこまで効果があるかは判らない――――が、やってみる価値はある。

大きく息を吸い、ぐっと奥歯を噛みしめて、少女は彼方の戦場を再度見据える。

とすれば、できるだけ早くした方がいい。見ていれば、同じ剣同士の戦いであっても、技術はともかく武器の性能差――――いや、この場合は相性さによってキリトが劣勢になっている。何とかステップで回避しているものの、掠りダメなどで長引かせてはジリ貧になるだろう。

息を詰め、シノンは抱えていたヘカートを持ち上げると、ストックを右肩に押し当てる。レシーバーに頬付けをし、レールに残っていたマウントリングとレシーバーリングの残骸を多少強引に取り払う。

何もなくなったレール。フロントサイトも、リアサイトすらない《狙撃》に、思わずシノンは苦笑いを堪え切れなくなった。

これが、狙撃か。

おそらく長いGGO歴の中でも一、二を争うほどの集中力を要求されるこの局面で、狙撃の命ともいえるスコープを、あろうことか敵に打ち砕かれてなくした状態で挑むことになろうとは。

だが、やらねばならない。

あの剣士は、相棒と言った。言ってくれた。

ならば、その呼称に恥じない役割を果たさねばならない。

左眼を閉じ、右目に全神経を集中させる。七百メートル離れた二つの人影の動きが緩やかに減退していく。周囲のオブジェクトが若干の流線型を描き出し、色彩がクリアになる。

経験したことは片手でも足りるだろう。

人銃一体の境地。

ヘカートのウッドストックを通して、冥界の女神の《熱》が伝わってくる。

表面だけが冷えて固まった溶岩のようなそれは、内に秘め、胎動する灼熱を解き放たんとするかのように荒れ狂っていた。

ヘカートⅡ。

数多の戦場を共に駆け抜けてきた、唯一無二の分身にして、戦友。

―――お願い。弱い私に、力を貸して。ここからもう一度立って、歩き出すための力を。

応えはない。

だが、それが信頼の証でもあった。

キッと瞳孔を開き、少女は培った狙撃手の技術を全て開放する。

定数:目標との距離――――約七百メートル。

定数:重力による弾道の下降。

定数:気温――――推定十八度プラスマイナス二度。

定数:気圧――――平地と同じ一気圧。

定数:湿度――――推定三十パーセントほど。

変数:風向き――――南南西から。

変数:風速――――微弱。









全ての要素。

全ての経験。

己の全てを感じた時、むしろ静かにシノンはトリガーガードに掛けていた人差し指を、引き金に掛けた。

途端、システムがその行動を感知、認識し、視界に拍動を基点とするサークルが出現するが――――少女はそれを無視して、遥かを透かし見る。

撃ちはしない。

己の狙撃手たるものの全てをつぎ込んだ、幻影の一弾。

それがシノンの出した唯一の解であり、無二の攻撃であった。

視界の先では、ヘカートから放たれるラインに惑い、体勢を崩した死銃の姿がある。

そしてその体に。

キリトの光剣が深々と食い込んでいくのを、シノンははっきりと目撃した。

「……やっ……た」

幻のような呟きは、じんわりと、だが確実に現実味を帯びる。

魂が抜けそうなほど長い溜息を吐き出した後、岩山の上に身体を投げ出したままで、少女は力なく笑った。傍らのヘカートのストックを労わるようにに、労うようにそっと撫でる。

―――ありがとう。

そうして、しばし戦闘の余韻に浸るように目を閉じようとした。

その、寸前。

ぱちぱちぱち、というパラついた拍手の音でシノンは跳び上がらんばかりに驚いた。

「いや~、さっすが《死神(シムナ)》。スコープなしの狙撃なんて、普通なら不可能よ」

だが、どこかイントネーションが異なるその幼いソプラノを聴き、全身が再度弛緩する。

起き上がるのも億劫で、目線だけ向けて口を開いた。

「……あれは狙撃じゃないわ。撃たなかったもの」

「撃ったら当たってた」

当のシノンの言すら即答で否定するのは、二つの小さなプレイヤーだ。

「何の用?《戦争屋》」

「BoBの戦場で会って、何の用はないでしょーが。……ま、今だけは違うけど」

「……は?」

さすがに怪訝な思いを抱き、シノンは上体を起こした。

そんな少女を見降ろすのは、GGOでは絶滅危惧種と言ってもいい二人の少女のアバター。お揃いのブロンドをそれぞれ束ね、アクセントにしているその背格好は似通っていて双子にしか見えない。

リラとミナ。

前大会の予選でどちらともシノンの手によって敗退したが、GGO歴だけで言えばシノンよりも古参に当たる。それゆえにプライドをいたく傷つけられたのだろう。予選で敗れて以降、やたら突っかかってくるようになったのだ。

そんな二人がバトルフィールドのド真ん中で寝っ転がっている自分に話しかけるだけでも不自然だが、戦わないとなればもはや怪談に近い。

警戒を通り越して心配になってしまうシノンだったが、対する双子はシリアスな顔を崩さずに――――腰を折った。

「え……は!?」

「お、お願い、シノンさん」

「アンタにしか、頼めないことがあるの」

狼狽する少女の声など届いていないように、極めて真摯で、極めて真剣に、リラとミナは言葉を紡いだ。

「「撃ってもらいたい一弾がある」」

矜持も誇りもかなぐり捨てて、少女達はただ願い、乞う。

己が世界を取り戻さんがために。

世界の敵を討ち滅ぼさんがために。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「ここで原作に戻ってくるのか…(困惑」
なべさん「そりゃちょっとは見せ場作らないと」
レン「いや、うん。正直ここまで乖離が進んでるんだからこのまま行けと思うんだけど」
なべさん「いやいやいや、個人的にもキリト先生にはちゃんと主人公していてもらいたいのですおすし」
レン「……ちなみに新川君は?」
なべさん「カット」
レン「…………はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
――To be continued―― 
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