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パンデミック Another Episode ~SCOPIO~

作者:マチェテ
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"サソリ"の記憶 「1」

少し、昔話をしよう。
といっても、それ程昔の出来事でもないんだが。

……本当に、この数年で色んなことが起きた。


俺がブランクと初めて出会ったのは、2016年11月13日のことだった。

「エクスカリバー」が結成されてまだ半年。
まだ"クラウソラス"という精鋭部隊さえ存在していなかった。
感染者を倒す数よりも、喰い殺される数の方が圧倒的に多かった頃だ。

…あぁ、精鋭と言えば。

当時のエクスカリバーで精鋭と言えば、ヴェールマン司令とタガートさんくらいだった。
2人はそれぞれアメリカ陸軍の大佐と少尉だったらしいが、詳しいことは分からない。
この2人の経歴を知る人間は、エクスカリバー内には片手の指で数えられるほどしかいないらしい。

………おっと、話が逸れたな。

結成されたばかりのエクスカリバーに参入してくる兵士のほとんどは、元軍人という場合が多かった。
基礎体力、精神力、状況判断力、環境適応力……コープスウイルスに対抗するために必要不可欠な要素を既に身につけている。

今のエクスカリバーは、どんな経歴の人間でも訓練さえ受ければ参入できるらしい。
死亡者数の増加で、少しでも人手が欲しいのだろうが、新兵の経験不足という問題がつきまとう。
基礎体力は訓練で底上げすればどうとでもなるが、精神力と状況判断は、実際に感染者と交戦して鍛えるしかない。
実際、俺も「軍や自衛隊に所属していた」なんて経歴は持っていなかった。
エクスカリバーに入るまではごく普通の一般人だった。少し運動神経が良かっただけの。

俺の周りにも、俺と同じような、何の取り柄もない経歴の奴が腐るほどいた。
俺と同じような奴らが、俺と同じ訓練を受け、同じ時期に訓練を終え、俺の目の前で大勢死んだ。

それはそうだ。

体力が一般人よりあるからと言って、それで感染者をまともに相手できるかと言えば、そんなことはない。
訓練と実際の戦場ではまるで別格だ。
相手は静止している訓練用の的じゃない。動き回って、人を喰い殺しにかかってくる。
しかも、それは訓練場の的より遥かに数が多い。

感染者に対する恐怖、同情、ためらい……
戦場には余計な感情が動きを鈍らせ、あっという間に囲まれて退路を断たれる。
絶望の中、生きたまま自分の肉が喰われていく光景を、悲鳴かどうかも分からない絶叫を挙げながら死んでいく。
そんな仲間を、何十回同じレッドゾーンで見ただろうか。



あの日の俺も、その「何十分の一」になるはずだった…………
だが、そうはならなかった。

俺が憧れる、あの白髪の英雄のおかげで。
















「…………ぃ。……おい……っかり…ろ……聞こ……るか…………おい…おい!!」


誰かの呼びかけと、激しい揺さぶりで正気を取り戻した。
気付くと俺は、防壁の端っこで座っていた。すっかり腰が抜けたような姿勢だったが、それを情けないと思う
余裕は、その時はなかった。


「しっかりしろ! おい!」



何度目かの呼びかけでようやく正気を取り戻すことが出来た。
気が付けば、目の前に一人の兵士がいた。

不思議な兵士だった。
どの国籍の人種でも見たことがない綺麗な白髪。
過去の戦闘によるものか、右目と左頬には傷跡がある。
歳は俺と同じくらいだったが、俺よりも遥かにベテランの風格があった。

目の前の兵士は俺の肩を掴み、少し安堵したような表情を浮かべた。
どうやら俺が正気を取り戻すまで肩を揺さぶっていたらしい。

「……ようやく意識が戻ったか。特に目立った外傷も無いな」

「え………? あ…あんたは?」



「………ブランクだ。お前は?」

「…………フィリップ」



放心状態で防壁の端で腰を抜かしていた新兵。
そんな情けない新兵を救った白髪の英雄。


それが俺たちの初めての対面だった。



「フィリップか。他の……お前の部隊の仲間は? なぜ一人で防壁の端にいたんだ?」

ブランクのこの質問を聞いた途端に、自分がなぜこの状況になっているのかを思い出した。



目の前で起こった無残な殺戮。

一人は感染者に喉を食い千切られて死んだ。

一人は不意を突かれて後頭部を頭蓋骨ごと齧り取られた。

一人は武器を持った腕を噛まれ、挙句その腕を千切られ泡を吹いて死んだ。



「………うぷっ……!! ぐえぇ、ゲフッ、グフッ……おえぇええぇ………」


その時の光景が鮮明に脳裏によみがえった。
途端に強烈な吐き気に襲われ、口を押さえた指の隙間から胃液が漏れ出る。


恐怖。後悔。苦痛。嫌悪。


頭の中がごちゃごちゃになって、それを必死に整理しようとしても吐き気に邪魔される。



「…………辛い体験をしたみたいだな。だが、ここで立ち止まっているとお前も死ぬぞ」


そう言い終えると、ブランクと名乗った兵士は俺の襟首を掴み上げ、俺を無理矢理立たせる。

「さっさと立て。感染者の胃袋に収まりたくはないだろ? ……生き残りたいなら武器をしっかり握って戦え」

「………了解……あぁ、畜生………」


コンバットナイフを握り直し、ふらつく脚に力を込める。


やってやる。
この地獄を切り抜けて、同胞の仇を取る。

自分の頬を思い切りぶん殴り、気合を入れ直した。









…………そこからのことは、正直、あまり覚えていない。

ブランクの提案で安全な場所まで撤退することになった。
当然、道中感染者の群れに襲われ、2人で対処することになった。

……そこまでは覚えている。

そのとき俺は死に物狂いで感染者を殺していたらしい。
気付いた時には、俺は安全な合流予定ポイントにボケっと突っ立っていた。
装備品を全て返り血で濡らし、手があり得ないほど震えていた。
ふっと脚から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

生きて帰ってこれた。

安心した半面、死んでいった仲間たちに対する負い目も感じる。


おそらく、その時からかも知れない。
"強さ"を羨むようになったのは。 
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