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英雄伝説~西風の絶剣~

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第12話 守りたいもの

 
前書き
 今回は過激な描写や性的な表現があります、もし苦手な方は注意してください。 

 
 side:リィン

 この施設に来てから何日が経ったんだろうか、僕は今日も『D∴G教団』の実験と言う名の拷問に耐えていた。


「おらッ、ちんたら走ってると死んじまうぞ!」


 鞭を持った男が鞭で地面を叩き威嚇してくる。今僕は後ろから迫ってくる巨大な鋸から逃げている所だ。何でこんな事をしているかというと、奴らが完成させようとしている『グノーシス』の効果で身体能力がどれほど上がったかを調べる為で今は持久力を調べているらしい。


「うわあッ!?」


 僕の隣にいた子供が足を躓かせたのか倒れてしまった、僕以外にここに連れてこられた子供の一人だ、この施設では定期的に子供が誘拐されてくる、もう何人が死んだのか覚えていない。


「た、助けて……!」


 僕達が走ってるこの床はベルトコンベアーのように動いている、だから転べば最後には……


「がアああアあぁッ!?」


 鋸にバラバラに切り刻まれてしまう。そんな子供を見ても誰も何とも言わなかった、助けようともしなかった、そんな余裕などないからだ。


「ごめん……」


 それは僕も例外じゃなかった。何人も死んでいくのを見て次は自分がああなるんじゃないかと怖くなってしまう、だから自分の事で精一杯だ。
 何も出来ない無力な自分に嫌悪しながら今日も生き残るために走り続けた。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「はぁ…はぁ…」


 持久力の実験が終わってもすぐさま新たな実験に移される、今度は耐久力の実験で重い錘を持たされて何十分も立っていた。
 両腕で錘を支える、少しでもずらせば落としてしまう、勿論実験終了までに落とせばどんな目に合うか分からない、そんな恐怖に耐えながら誰もが必死で錘を持ち上げていた。


「ほう、結構頑張るじゃねえか、ならもっときつくしねえとなぁ!」


 男は持っていた鞭で近くにいた子供を叩く、子供は痛みで体が震えている。


「や、やめて…」
「あ~ん?聞こえねえな~?もっとハキハキと喋りやがれ!」


 子供の制止を訴える声を無視して何度も子供を叩く男、そして遂に耐え切れなくなり錘を落としてしまった。
 僕達が持っている錘は四角形の板のような錘でそれが子供によって乗せられる数が違う、一つが10kgで僕は10枚、あの子は2枚持っていた。その錘が子供の足に直撃した。


「ギャアアアッ!?」


 子供は潰れた足を押さえながら辺りを転げまわる、するとさっきまで鞭で子供を叩いていた男が突然子供を蹴り飛ばした。


「このゴミが!誰が錘を置いていいと言った!てめぇは懲罰室行きだ、連れて行け!」


 別の男が今だ叫び続ける子供を引きずりながら部屋を出て行った、どう見ても鞭を持った男のせいであの子は錘を落としたのは誰が見ても明らかだ、だが誰も何も言わない。
 ここでは奴らがルールだ、奴らの気まぐれで何人も死んだのを僕は見ている、自分達は唯のモルモットに過ぎないんだ。


 でもいつまでもこんな状況に甘んじてるつもりは無い。必ずここから脱出して皆の下に帰る、その為に何があっても僕は生き残る……!


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 今日の実験が終わり僕は一日二回あるご飯にありついていた、この施設では一日に二回食事がある、大体が起きて直と実験が終わり就眠する前の二回だ。まあこの施設には時計も無いしここに来てから一回も外の様子を見たことがないから朝飯なのか夕飯なのかは分からないけどね。


「………」


 カビの生えたパンと塩を少し入れたスープ……いや塩水を食しながらどうやって逃げ出そうか考える。
 ここに来てからもう二回逃げ出そうとした事がある、一回目は見張りの隙をついて、二回目は実験中に事故が起こりそれに便乗して逃げようとした。
 

 結果は惨敗、最初は出入り口を探していて見つけられず掴まった、二回目は地形を把握していた為後一歩で逃げ出せたかも知れなかったが途中事故に巻き込まれた一人の子供を助けて掴まった。
 子供を遊び感覚で殺してしまうような奴等だ、中には女の子に性的暴行を加えるような奴もいるらしい。普通なら殺されてたかも知れないが、僕はここの責任者である『先生』のお気に入りらしく殺されるのは免れた。そうとう殴られたけどね……
 

 でも僕にそんな事は関係ない、殺される危険が他の子供より低いのはありがたい。そろそろこの施設の内部構造は把握できた、次で決着をつける。



「うふふッ、そんな怖い顔をして何を考えてるの?」



 …何だ、誰かが声をかけてきた…?そんな事ここに来て初めての事だ、僕は顔を上げて声をかけてきた人物を見る。
 僕に声をかけてきたのは菫の花のような淡い紫の髪の小さな女の子だった。だが俺は彼女の顔を見て硬直してしまうくらいに驚いてしまった。


(エレナ!?)


 そう、その少女の顔はエレナに似ていた。一瞬その名を呼びそうになったが、僕は彼女が息絶えるのを目の前で見ていた事を思い出して出そうとした声を飲み込んだ。


「………」
「あら、レディが声をかけたのに無視だなんて失礼よ?お名前くらい教えてくれても良くないかしら」
「……リィンだ」
「そう、私はレン。貴方の先輩になるのかしら、取り合えず宜しくね」


 何だこの女の子は?こんな状況でよく笑みなんて浮かべていられるな。


「それで、僕に何か用なのか?」
「用がある訳じゃないけど唯貴方に興味があったの」
「興味?」


 興味って僕に一体何があるって言うんだ?


「貴方、今まで二回もここから脱走しようとしたんでしょ?どうしてそんな事をするの?」
「そりゃこんな所に居たくないからだ」
「でもそのうち一つは誰かを助けようとして失敗したんでしょ?」


 何故そんな事を知ってるんだ?そういった情報は子供達には伝わらないはずなのに。


「ふふッ、どうしてそんな事を知ってるのかって顔をしてるわね」


 僕の心情を見抜いたのか少女……レンはからかう様に笑う。


「見張りのおじさんに教えてもらったのよ」
「奴等が情報をベラベラ喋ったのか?」
「私は『お願い』したのよ、特別な……ね」


 お願い?あの子供を虐待するのが生きがいと言ってる様な奴等が唯のお願いでそんな事を喋るか?


「それで君は何が言いたいんだ?」
「おかしいって思ったのよ、ここから逃げようとしてる癖にどうして他人を助けたの?そのせいで結局掴まったみたいだし何だか矛盾していないかしら?」
「それは……」


 レンの質問に僕は何も答えれなかった、彼女の言うとおりさっさと逃げてれば良かったんだ。でも僕はそのチャンスを潰してしまった。


「……昔の話だ、もう同じ失敗はしない」
「ふ~ん、まあいいわ。話してくれてありがとう、それじゃあね」


 レンはそういって立ち去っていった。しかし何だったんだろうな、あの子は。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「今日は戦闘力の実験をしてもらう。本来なら魔獣を相手してもらうがいつもそれだと退屈だろう、そこで今回は『こいつ等』に相手をしてもらう、出て来い」


 男が指示をして奥の鉄格子から数人の男性が入ってきた。


「なるほどこいつらが……」
「本当にこいつ等を皆殺しにすれば自由になれんだろうな?」
「……俺は女を殺したい」


 ……どう見ても唯の一般人じゃないな、明らかに全員が人を殺した事のある目をしている。


「彼らはゼムリア大陸で強盗殺人や無差別殺人を起こした凶悪犯達だ、逃げている所を我々が保護をした。今回はお前らとこいつ等でデスマッチをしてもらう」


 今回は殺人鬼が相手か、ふと周りを見ると子供達は皆不安そうな表情を浮かべている。魔獣と違い自分と同じ『人間』同士の殺し合い……つくづく個々の連中はいい性格してるよ。


「ルールは単純だ。一人ずつ入ってもらい一体一で殺し合い生き残った方の勝ちだ、実に単純だろう?まずはお前からだ」


 男に指示された一人の男の子は一人アリーナへと入っていった、僕達は上の階からその様子を見ている。


「ほ~。俺の相手はこのチビか…女が良かったんだがな」


 そこに現れたのは大きなナイフを両手に持った刺青をした男だった。まてよ、あのナイフ何処かで見たような気がするぞ。


「『オルビン・マーク』7年前にゼムリア大陸中の女性を無差別に殺害、死体を磔にする猟奇的殺人事件を引き起こした男で通称『ジャック・ザ・リッパー』と呼ばれていた……ってとこね」

 僕が何かを思い出そうとしていると誰かが話し掛けてきた、この声は……


「はぁい、リィン♪」
「……また君か」


 僕に話し掛けてきたのはレンだった。


「あら、私に会うのがそんなに嫌なの?」
「別にそういう訳じゃない。しかしジャック・ザ・リッパーか……ある日姿を消してからずっと音沙汰もなかったけどこんな所にいたのか」
「あ、始まるようね」


 レンが指を指した所を見ると剣をもった子供とジャック・ザ・リッパーの殺し合いが始まっていた、子供は奴に剣を向けるがガチガチと震えていた。
 無理も無い、魔獣なら生き残ろうと戦うことは出来るかもしれない、でも人間が相手になれば全然違う、人殺しになど誰もなりたいはずも無い。


「ビビってるのか、でも俺は遠慮なくいかせてもらうぜ」


 ジャック・ザ・リッパーが動きを見せた。大型のナイフを構え子供に向かっていく。子供も意を決して剣を構えるがやはり震えている。ジャック・ザ・リッパーはそんな子供をあざ笑うようにナイフを振るった。
 子供の頬が斬られて血が流れる。子供は涙を流しながら頬を押さえるが今度はがら空きになった胴体を斬られた。


「やっぱいいね~、人を斬るっていう感触は……」


 恍惚の表情を浮かべながら血のついたナイフを舐めるジャック・ザ・リッパー、その姿はまさに殺人鬼だった。


 そして数分後、アリーナに立っていたのはジャック・ザ・リッパーだった、子供は無残にも切り刻まれて地面に横たわっていた。


 やはり魔獣より人間のほうが恐ろしいと思う、魔獣はいわば本能的に人間に襲うが奴等は快楽を求めて殺しをおこなう。人間はどんな生き物よりも残酷になれるんだろう。
 その後も何人の子供たちがアリーナに入っていくが皆無残な死を遂げた。


「次はお前だ、アリーナに入れ」


 僕の番が来たか。レンに「がんばって♪」と言われ僕はアリーナの入り口に向かう。


「僕の相手はあいつか」


 僕の目の前に立っていたのは細長い筒を体中につけた男だった。


「小僧、俺はお前を殺し今度こそ鉄血宰相の首を取る。悪く思うな」


 こいつはそうだ、1年前に爆弾を体に巻きつけてパルフレイム宮殿に乗り込んだ反革新派のテロリストだ。体中に巻いた爆弾で自爆テロを行おうとしたが失敗して逃亡したらしいがこいつも此処にいたのか。


 僕は剣を取り構える、別にお前が何をしようと勝手だが僕も生きなきゃならない理由がある。だから僕はお前を殺す!


 爆弾男は懐にあった爆弾……ダイナマイトっていうものだったかな?それの先端にある紐に右腕の人差し指から小さな炎が出て着火される、あの腕は義手なのか。


「死ね、小僧!」


 爆弾男は何本もの爆弾を投げてくる、そんなゆっくりとした物なんてさっさと避ければ……そう思って距離を取ろうとしたが、突然爆弾が動き出し此方に向かってくる。


「なッ……!」


 ミサイルみたいに爆弾が襲ってくるが何とか横に飛んで爆発から逃れた、今のは一体なんだ?


「まだだ!」


 爆弾男はまた爆弾を上空に投げる、すると爆弾の下に当たる部分から勢いよく火が出てこちらに向かってきた。あれは爆弾の下に推進用火薬を仕込んでいるんだ、その噴射を利用して飛ばしてくるのか…!


 爆弾をかわしながら奴の武器の特徴を冷静に判断したのはいいが、問題はどう対処するかだ、あの爆弾は結構な速さで飛んでくる、しかも二回ほど曲がるみたいで一回避けても曲がってくるからやっかいだ。
 ……良し、ならこう行こう。


 僕は爆弾男から大きく距離をとり両手を地面につき、前足側の膝を立て、後ろ足側の膝を地面につける体勢をとった。


「命乞いか?無駄だ、お前を殺す事に変わりは無い!」


 僕が土下座でもしたとでもと思ったのか爆弾男はそう言って来た、そうじゃないんだけどね。


「これで最後だ、死ね、小僧!」


 さっきよりも倍多い爆弾を上空に投げてこちらに向かって飛ばしてきた。良し、今だ!タイミングを見計らい僕は一気に走り出した。


「何、速い!?これでは爆弾が爆発する前にこちらに来てしまう!?」


 さっきの体制は加速をつけるためのものだ、予想外のスピードに奴は驚いていた。そして飛ばされた爆弾が爆発する前に一気に奴との距離をつめていく!


「な、舐めるな!」


 爆弾男は懐からナイフを取り出して襲ってくる。僕はナイフを持った腕の手首に手刀を当てる、衝撃でナイフを落とし更に男の顎に掌底を喰らわせ頭が揺れて体制を崩した男に足払いをして態勢を崩した。


「ぐあッ!?」


 そして男が持っていた火のついた爆弾を男の口に差し込んだ。


「もがッ!?」
「爆弾が好きなら最後はお前自体が爆弾になるんだな」


 そして爆弾男から距離を取る、そして次の瞬間爆弾男は爆発に飲み込まれた。


「……」


 その光景を僕は冷めた表情で見ていた、爆破テロを企んだ人間の最後は爆弾で……か。


「良し、お前は戻っていい、次!」


 指示を受けた僕は直にアリーナから出て行く、そして二階の部屋に戻ったが……


「「「……………」」」


 子供達は皆化け物を見るような目で僕を見ていた。まあそりゃあそうなるよね、躊躇無く人を殺したんだ、彼らからすれば僕も殺人鬼にしか見えないんだろう。


「ふふッ、お疲れ様、リィン♪」


 ……唯一人を除いてだけど。


「……レン、君は何も思わないのか?」
「思うって…何が?」
「いや、僕は人を殺したんだけど……」
「そんなのルール何だから仕方ないじゃない、それに奴等だって今まで散々人を殺してきたんだから因果応報って奴よ」
「……君は本当に変わってるな」
「貴方も相当変わってると思うけど」


 本当に変な子だ、怯える所かむしろ肯定してくれるなんてな。でも何だろう、別に何と思われようといいのに少しだけ心が軽くなったような気がする。


「あら、ジッと私を見つめてどうしたのかしら?」
「い、いや、何でもないよ」


 いけない、知らない内にレンを見つめていたようだ。


「次、実験体21番!」
「あら、私の番だわ」


 どうやらレンの番が来たようだ、しかし大丈夫なのか。あんな小さな女の子がまともに戦えるとは思わないが……


「そんな目をしてどうしたの、もしかして私の心配でもしてくれたの?」
「……僕は別に心配なんか…」
「そんなこと言っても説得力ないわよ。貴方直に顔に出るんだもの、ふふッ、可愛い♪」
「……うッ」


 ……この子は本当に僕の調子を狂わすよな。


「でも大丈夫よ、私は『強い』から」


 レンはそういってアリーナに向かった。


「お、ようやく女が来たか……」


 レンの相手はジャック・ザ・リッパー…先ほどから何人もの子供を血祭りにしてきた殺人鬼だ。レンを見た瞬間見るもおぞましい笑みを浮かべた。


「お相手宜しくお願いするわね」


 だがレンはそんな笑みを見ても顔色ひとつ変えないで自分の身丈より大きい鎌を構えた。


「それでは始め!」


 合図と共にジャック・ザ・リッパーがレンに向かっていく。


「切り刻んでやる!」


 ジャック・ザ・リッパーは大型のナイフを横なぎに振るいレンに襲い掛かる。


「……♪」


 だがレンはその攻撃を少し体をそらす程の動きで簡単に避けた。ジャック・ザ・リッパーが更に激しく攻めていくがレンはかわしていく。


「くッ、さっさと斬られろ!」


 ジャック・ザ・リッパーは自分の攻撃を悠々と避けるレンに痺れを切らし大振りの攻撃を放つ。


 ザシュ…


「……は?」


 一瞬何が起きたのかジャック・ザ・リッパー自身、そして僕も分からなかったが宙に舞った物を見て僕は驚いた。


「う、腕だ……!」


 そう、宙に舞っていたのはジャック・ザ・リッパーの右腕だった。レンがやったのか?攻撃をかわした瞬間と同時に鎌で腕を切り落とした……僕よりも小さな少女がいとも簡単にそれをしたというのか?


「ぎゃああああッ!!?」


 腕を無くしたジャック・ザ・リッパーはその場で転げまわる。


「あらあら、自分はあれだけ人を切ってきていざ自分がやられたら泣き喚くなんてみっともないわね」


 そんなジャック・ザ・リッパーを見てレンが呆れたようにそう呟いた。


「糞が!ぶっ殺してやる!」


 ジャック・ザ・リッパーがフラフラと立ち上がりレンに向かっていく。残った左腕のナイフをレンに振り下ろした。
 だがレンはジャック・ザ・リッパーの左腕の手首に手刀を当ててナイフを落とさせる、そして奴の顎に掌底を喰らわせ頭が揺れて体制を崩した男に足払いをして態勢を崩した……ってこの流れはさっき僕がした事と全く同じじゃないか!?


「ぐあッ……く、畜生が……がはッ!?」


 レンはジャック・ザ・リッパーの腹を踏みつけて鎌を首に押し当てた。


「ふふッ、どうやらチェックメイトのようね」
「ま、待て!俺の負けだ、だから命は……」


 だがジャック・ザ・リッパーがそれ以上話すことは無かった、レンの持っていた鎌で首を切断されたからだ。


「最初に言われたでしょ、これはデスマッチだって」


 レンはそう言ってアリーナを後にしてこちらに帰ってきた。


「ただいまリィン。ね、言った通りでしょ、私は強いんだから♪」
「レン、さっきの動きは……」
「ああ、あれなら貴方の動きを見て覚えたのよ」
「見て覚えたって、そんなことが本当に……?」
「ええそうよ。私はね、どんな事でも直に覚えて自分の力に出来るの、どんなことでもね」


 それを聞いて僕は更に驚いた。人間誰しもが見ただけで覚える事は出来無い、よくて感覚を知るくらいだ。自身が経験してやっと覚える事が出来るものだ。
 だがこの子は本当に見ただけで僕の動きを完璧に再現した。いや正直僕よりも無駄が無かったぞ、なんて少女だ。


「私はここの実験でこの力を身につけたの、だから私は強いのよ。一人でもね……」
「……」


 なんだろう、一瞬だけレンの表情が曇ったような気がしたけど気のせいか?


「ほら、終わったんだから行きましょう。私疲れちゃったからリィン、おぶってくれないかしら?」
「……ってもうすでに乗ってるじゃないか」


 実験を終えた僕達は自分達の部屋に戻った。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 
 あの実験から数日が過ぎたのかな、あれからレンは度々僕の側にやってくるんだ。


「リィン、あの動きはどうやってるの?」
「ねえ、今日はパンがかび臭くないわね」
「一緒に寝ましょうよ、リィン♪」


 実験中どころかそれ以外の時間帯でもレンは僕の側にいる、最初は何とも思わなかったが最近はレンがいる生活に慣れてしまった。
 いや、むしろレンがいないと寂しいっていうか落ち着かないと言うか……


「僕は何を考えてるんだ……僕には帰らなきゃならない場所が、人達が待っているというのに……」


 僕が攫われたあの日、逃げていくフィーの悲しそうな表情を思い出した。そうだ、僕は帰らなきゃならないんだ、だから他の事なんて考えている暇は無い。
 そう思った僕は三回目の脱走を企てた、密かに入手していたヤスリで何日も前から鉄格子を削っていたんだ、そしてようやく子供一人が通れる隙間を作りそこから脱走した。


(見張りが巡回してくるまで二十分はある、その間に決める!)


 奴等の行動パターンを割り出し警備の隙が生まれやすい時間帯を選んだのでスムーズに事が進んでいる、そして僕はお目当ての場所にこれた。


「よし、ここ例のダスト穴だな」


 この施設で使われているゴミ捨て用の穴がある、そこは外に繋がっているとの情報を得た僕はここからの脱出を企てた。


「多少危険だけどここにいるよりはいいだろう」


 これで脱出できるかもしれない、そんな期待を込めた僕は穴に入ろうとする。


「…ぃ…やめ…!」
「だ…いい…やれ…!」


 ……何だ?声が聞こえるぞ…女の子の声と野太い男の声か?


「いや、そんなことはどうでもいい、早く逃げないと……」


 僕は再び穴に入ろうとしたが……


「やめて…もういやよ…」
「……!?ッ」


 今の声はまさか…!?僕は声がする場所に向かった、するとそこにいたのは……


「……おねがい、もう許して」
「だまれ、いいから早くしろって言ってんだろ!」


 何だこれは?あれはレンなのか……?


 そこには裸になったレンが泣きながら体を抑えていた。体には十字架のような傷があり見てるだけで痛々しい。そして側にいる男、そいつは下半身に何も着ていなかった。


「おいおい、あまり乱暴にするとそいつ死ぬぞ」
「それがいいんじゃねえか」


 側にもう一人の男がいてケラケラと笑っていた、まさかこいつら……


「早くやっちまえよ、いい加減前座だけじゃ物足りねえ」
「ああ、分かってるよ。お前はこいつを抑えていてくれないか?」
「了解」


 笑っていた男がレンを押さえつける。



「いや!それだけは止めて!他の事なら何でもするからそれだけは!!」
「駄目だね、こっちも我慢の限界だ」
「安心しなって、痛いのは最初だけだから」


 あいつら……!僕は部屋に踏み込もうとしたが……


(いや待て、ここで捕まったらもう逃げられなくなるかも。そうなったら僕は……)


 団長やマリアナ姉さん、ゼノやレオ、西風の皆、それに……


(…リィン)


 ……フィーにだって会えなくなるかも知れないんだぞ!僕は……


「おい、早くしろって、俺も待ってんだから」
「よし、それじゃいくぞ」
「いやぁぁぁぁぁッ――———!!?」


 ……僕は!!


 ダッ!!


 レンの叫び声を聞いた僕は考える間も無く部屋に突入した。


「あん、なんだ……」


 グシャ!!


 男が振り向く前に男の露出した下半身のまたぐらに思いっきり蹴りをいれた、何かが潰れる嫌な感触が足に広がっていく。


「う、うぎゃぁぁぁぁぁ―――――!!?」


 下半身を押さえながら蹲る男に追撃で腹に蹴りを入れる。男は嘔吐物を吐きながら体をくの字に曲げた。


「だ、脱走者だ!誰か援軍を……」


 もう一人の男が逃げ出そうとするが僕はそれを許さない、一瞬で男の前に回りこみ顔面に拳を叩き込んだ。


「げふッ!?」


 更に追撃で喉に指突きを喰らわせてわき腹に蹴りを打ち込んだ。肋骨の砕ける音が響く。その後僕は騒ぎに気づいた連中に取り押さえられるまで二人の男を殴り続けた。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 ガチャンッ!!


 体中をボコボコに殴られた僕は専用の独房に入れられた、体中が腫れて痛いや……


「……」


 そして何故かレンも一緒に入れられていた、ちょっと気まずいから止めて欲しいんだけど。不可抗力で裸見ちゃったし……


「ねえ……」


 そんな事を考えているとレンが話し掛けてきた。


「何で私を助けたの?」
「えっ?」
「理由が分からないわ、貴方は逃げ出そうとしてたんでしょ?何で私を助けたの?前にもう同じ事はしないって言っておきながら何で……」
「それは……」


 ……僕はどうして彼女を助けたんだろうか?


「なあ、君はずっとあんな事をさせられてたの?」
「ええ、思い浮かぶ事は大体させられてきたわ。何とか純潔は守ってこれたけどさっきは危なかったわね」


 ふと気になってレンに不謹慎と分かりつつ聞いてしまった、彼女の話ではこういった性的暴行は何回もされてきたらしい。あいつらもっと殴っておけばよかったな。


「……ねえ、リィン」
「ん、何だ……!?ッ」


 考え事をしていた僕にレンが声をかけてきたから振り向いたが……何をしてるんだレン!?


「な、何で裸なんだよ!?」


 そう、レンは着ていた服を全部脱いでいた。


「あら、さっきも見たんだから今更じゃない?」
「そういう問題じゃない、何で脱いでるんだ!」
「あら、野暮な事を言うのね」


 レンはそういうとゆっくりと僕の側に来る……って近い近い!?


「貴方もシタかったんでしょ?あいつ等にしていたこと……だから助けたんでしょ?」
「は……?」


 一瞬レンが何を言っているのか分からなかった。


「何を言ってるんだ?」
「ごまかさないで、何の見返りも無しに誰かを助けると思う?貴方だってこういう事シタかったんでしょ?」


 レンはゆっくりと自らの右手を僕の下半身に添える。


「おい、止めろ……!」
「もしかして怖いの?大丈夫よ、私は慣れているから……リードしてあげる」


 そういってレンは僕のズボンを下げようとして……


「止めろ、レン!!」


 僕はレンを止めた。


「どうしたの?こういう事したかったんでしょ?」
「……僕はそういう事がしたいから君を助けたんじゃない、いいから早く服を着ろ」


 僕はレンの着ていた服を彼女に渡した。


「……じゃあ何で私を助けたのよ」
「女の子が困っていたら助けろって団長に言われてきたからな」
「何それ、理解できないわ」
「理解してもらおうとは思わない、いいから早く服を着ろって」


 僕はそういってレンから離れて横になった。何で僕はレンを助けたのかな……いや、これで良かったんだろう。もしレンを見捨てて逃げてもきっと後悔してたしそんな僕をフィーは許さないだろう。それに……


(エレナを失った時に誓ったんだ。大切な者を守ってみせるって……)


 だからこれで良かったんだ。自分の誓いを守った、そう思おう。流石に疲れたな……


 僕はゆっくりと眠りに入った。








side:レン

 この施設に来てそれなりの時が過ぎた、私はそこで何人も死んでいくのを毎日のように見てきた。どの子も絶望に落ちた顔、生きるのを諦めた顔、そんな顔ばかりだった。
 

まあ普通の子供ならそうなって当然だろう、おかしいのは私。何も感じないし思いもしない。


でも最近気になる子が出来た、リィンっていう男の子だ。彼を見かけたのはけっこう前かしら、私はここの責任者である『先生』に気に入られている、だからある程度の自由を与えられているからこの施設を一人で歩くことができる。そんな時かしら、いつもの『補充』でつれてこられた子供達……その中に彼はいた。
 

 最初はそこまで興味はなかった。彼に興味が沸いたのは彼の戦いぶりを見てからだった、冷静な判断力、魔獣の攻撃すら利用する柔軟な思考、そして素手でも魔獣と戦おうとする闘争心……全てが初めてのものだった。


 彼といれば自分は強くなる……そう思った私は彼に接触した、最初は警戒されていたわね。


 そして彼の戦い方を見て自分も強くなれた、私は周りの環境を自分の力に出来るしどんな事も覚える……施設の奴等は私を『天才』と呼んでいたわ。そう私は強い、誰かの力を借りなくても一人で出来る。その手段を増やすためリィンに接触した、最初はそうだった。


 でもさっきリィンに助けられて分からなくなった、てっきり私の身体目当てで私を助けてくれたのかと思った、だから私は彼に身体の関係を迫った。
 でもリィンははっきりと拒絶した、最初はごまかしてるかと思ったが違うようだ、どうして自分を助けたか聞くと女の子扱いされるし理解できなかった。
 でも何でかしら、女の子あつかいされて『嬉しい』って思う自分がいる。


 ふとリィンを見ると寝てしまったようだ、女の子が側にいるのに興味も示さないで寝ちゃうなんて何かイラッとするわね。


 私はリィンの側に行き彼の腕の中に入り込んで胸に抱きついた。意外と筋肉質なのね。


 ……あーあ、私何やってるんだろう、ここに来てから一回も気を緩ませる事なんて無かったのに。リィンの腕の中にいてとても落ち着いている。


「ふああ……私も眠くなってきちゃった」


 こんなにゆったりと寝れたのは久しぶりね。瞳を閉じて私も夢の中に入っていく。



 お休みなさい……リィン……






  
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