| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

迎え

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

4部分:第四章


第四章

「さっちゃんはパパとママに会いたいのよね」
「はい」
「そうよね、誰だってそうよ」
 お姉さんは早智子のその言葉を聞くとにこやかな顔になった。そして上機嫌で頷いた。
「子供なら。お父さんとお母さんが好きだから」
「うん」
「けれどね、それは子供だけじゃないのよ」
「どういうこと?」
「お父さんとお母さんもね、さっちゃんが大好きなのよ」
「私が」
「そうよ。だから早く帰りなさい」
 それがお姉さんの早智子への言葉であった。
「さっちゃんはまだこっちに来ていい時じゃないから。わかったわね」
「それじゃあここから」
「そうよ、帰りなさい」
「その為に僕が迎えに来たんだよ」
 一樹も早智子に対して言った。
「さっちゃんをお父さんとお母さんのところにね。だから」
「それじゃあ一樹君」
「うん、帰ろうよ」
 一樹の笑みもにこやかなものになっていた。
「僕達の場所にね」
「じゃあ」
「ただ、二つ気をつけて」
「何を?」
「何があってもそっちに帰るまでその娘の手を離しちゃ駄目よ」
「手を」
「そう、そして振り向いても駄目」
「何でなの?」
「ここはね、振り向いたらいけない場所なのよ」
 お姉さんの言葉の意味は一樹にも早智子にもわからないものであった。それはどういうことなのだろうかと思った。
「手を離したらね、そのまま川にまで引き込まれるわよ」
「私が?」
「ええ」
 お姉さんの顔ににこやかな笑みは消えていた。真剣な眼差しで二人を見ていた。
「それで終わりよ。ずっとね」
「そんな・・・・・・」
「だから。何があっても離しちゃ駄目なのよ」
 今度は一樹に顔を向けて言った。
「絶対にね」
「うん」
 一樹はお姉さんの言葉にこくりと頷いた。
「わかったよ、お姉さん。じゃあ僕絶対にさっちゃんの手を離さないから」
「そうよ、絶対にそうしなさい」
 その目は本当に真剣なものであった。その目で二人、とりわけ一樹を見据えながら話を続ける。
「振り向いちゃいけないのは?」
「それも同じなのよ」
「同じ?」
「ええ。今から君達はここからそちらの世界に帰るのよ」
「それはわかっているけど」
「それはね、この世界から離れること。ここは本当は来ちゃいけない世界なのよ」
「来ちゃいけない世界」
「そう。だから振り向いてはいけないのよ」
 お姉さんは一樹に対して語る。
「振り向いたらどうなるの?」
「手を離した時と同じよ」
「手を離した時と」
「そう。それでさっちゃんはそっちの世界には二度と帰って来れなくなるの」
「絶対に?」
「そう、絶対に」
 お姉さんの声は一樹に覚悟を強いる様に強いものであった。それはあえて彼にそうさせる為に言っているかの様であった。友達を迎えに来た小さい勇者に対して。
「振り向いたら終わりよ、いいわね」
「じゃあそれも」
「うん」
 一樹はそれにも誓った。子供らしく純粋で、それでいて強い眼差しで。彼は誓ったのであった。
「わかったよ僕、絶対に振り向かないよ」
「何があっても?」
「うん、何があっても」
「言ったわね、約束よ」
 お姉さんは一樹のその強い言葉と目の光に何かを感じたのであろうか。またにこやかな笑みになっていた。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧