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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第六十五話

 ――――――

 予想通りの騒々しい一日が終わった。
 そして、まもなく日付が変わろうとする時間……。

 俺はモノレールの高架下の空き地にいた。
 ここは学園都市の住宅区の駅のひとつだ。少し歩けばいくつかのマンションが立ち並ぶ区域となる。
 隣には王女がいる。

「ちょっといい? シュウ。これどうにかならないの? ……なんかこの服、着心地が悪いわ」
 そう文句を言っているのは、王女が普段着ているゴスロリファッションをやめさせて、ニットの帽子を被せ、ジーンズにグレーのジャケットを羽織らせているからだ。ちなみに靴はブーツ。
 どれも○ニ○ロで揃えたものだ。
 それでも総額で2万円近くしたんだから、かなりの出費なんだよ、俺としては。
 でも、王女があの人形みたいな格好でうろつくと、流石に目立ちすぎるからね。それを避けるためには、これくらいの出費は仕方がない。

 文句を言っていたけど、深夜に児童を高校生が連れ回るという行動がいかに異常に見えるかをこんこんと説明すると納得してくれた。
「確かに……私が助けて~っとか騒いだら間違いなくお前は取り押さえられるわね。お前はいかにも変態そうな顔をしているけれど、だいたいの男から見たらなら殴り倒せるくらいに弱っちそうに見えるものね。……ふふふ。一躍ヒーローを作り出すことができるわね。それはそれで面白いかもね。お前が困る顔は面白いからなあ」
 と、面白そうに言っていた。
 本当にやりそうで怖いんだけれども。
「ところでこんなところに何しに来たの? 」

「ニュースで見ただろ? ここから少し歩いた高架下の公園で俺の学校の先生が殺されたんだよ」
 ここは企業の単身者や独身者が住むマンションが多く建ち並ぶエリアだから、降りる客も結構いる。
 しかし、学園都市以外から通ってくる人間も結構いるから、最終列車であることもあり、俺たちが降りた後もかなりの数の乗客がいた。この先、さらに電車の乗り換えをして、帰宅する人が多いんだ。
 しかし、こんな時間まで働く人間がそれも結構いることに俺は驚いた。多くの見知らぬ人たちの力に支えられてこの学園都市は運営されているんだと実感する。

 改札を抜けると人々は各々の家へと散って行く。

「事件のことなら夕方のニュースで観たわ。で、お前は学校で何処まで情報を入手できたの? 」
 王女にしては珍しく、日が沈む前に起きてテレビのチェックをしたらしい。

「残念だけど、ニュース以上の情報は得られてないよ。……でも、現場を見てみたら何かがわかるかもしれないからね。特に姫なら、何かを感じるんじゃないかな」
 当然ながら、例え内部の者だろうと、目撃者がいるわけでもなく、また箝口令もいちおう敷かれているようだからほとんどの生徒にとってはテレビや新聞・ネットからの情報以上の情報など入手できるわけがない。各々に聞いた話なんだけどということで口コミの信憑性もあやふやな情報が飛び交い、それに尾ひれがついてさらに蠢くといったレベルの与太話になっていた。
 よって得られた情報なんて本当か嘘かなんて判断さえできなかった。

 だからって言う訳じゃないけど、結局のところ、自分の目で現場を確かめて見て、殺人事件という事象が一体何によるものかを確認したかったんだ。王女と俺の眼なら、事件の痕跡を見逃す訳がない。

 現場検証も恐らく終わってるだろうし、深夜だからマスコミもいないだろうと思いこの時間にしたというわけ。

 のんびりと歩いていると、あっという間に辺りには誰もいなくなっていた。
 ホームに降りたときには結構人が多かったのに、もうひとりぼっちだ。
 高架沿いに走る道路には数十メートル単位で街頭が立っているが、明るいとは思えない。
 景観重視か何かで大きな街路樹が植えられているためか視界が遮断されて、木の陰に誰かが隠れていたとしたら発見に時間がかかりそうだ。
 おまけに道路はこの時間帯ということもあるんだろうけどほとんど通行量がない。直ぐ側にモノレールの駅があるし、ハイブリッド・バスの停留所もあるから結構便利だ。さらにエコタウン条例とかで自動車の所有者には結構な税金がかけられることもあり、学園都市の住人は近隣の街と比べてあまり車を持っていないんだ。
 公共交通機関が整備されているし、最悪はタクシー(なんと電気自動車)を使えばいいから。なおタクシー利用に際しては学園都市からの補助金が出るので街の外と比べると大幅に安い。……これにはいろんな利権やらなんやらが絡んでいるとかニュースで取り上げたりもしてた。

 それから、外部の人間が学園都市に車で来ようとすると、多種の申請書の提出が必要となっていて、それはかなり煩雑だ。よほどの用事が無いとふらっとやってくることはできやしない。いろいろ外部から文句は出ているようだけど、ほとんど相手にしていないみたい。
 いろんなマイナス面があるけれども、自動車の所有者が少ないことから、街は空気が綺麗だし、騒音も少ないからそれはそれで良いんだけれどね。
 CO2削減の為、政権の総理(後に無責任パッパパラパー総理と呼ばれることになる)が大幅削減を高らかに宣言した影響のため、この街のいろんな部分にそのしわ寄せが来ていると言われている。妙に豪華な駅があるのに駐車場が無いとか、スパコンの台数が計画当時より削減されたのに校舎の設計には反映されず妙に大きなままだったりといろいろあるんだ。なんとか仕分けってやつ。そのためにちぐはぐな街作りになっているのは否めない。いろいろ他にも問題があるんだけれど、これは関係ないので割愛。

「……やっぱりね。結局は何も情報を収集してなかったわけよね、お前は」
 予想通りといった、結構馬鹿にした目で王女は俺を見る。

「まあ結果論からいえば大して成果はなかったっていえるけど、俺なりには情報は収集してるよ。まず学校は事件についてマスコミから取材を受けた場合、生徒の自主的な判断に任せるってことで特に規制はかけていなかったんだ。学校内での取材はさすがに授業に影響があるからってことで禁止したようだけれど、校外では権限が及ばないということで黙認してたね。だから俺までカメラを向けられちゃったよ」

「ふん。普通なら憶測だけで情報を出されて混乱するのを防ごうとするんじゃないのかしら」
 と、もっともな疑問。

「でも、マスコミへの情報の漏えいを遮断しようとしたって人の口には戸は立てられないからね。絶対、喋る奴が出てくるよ。それに拒否すればするほどマスコミも意地になって取材しようとするからね。その辺を考慮しての戦略みたい」

「なるほどね……。で、結局被害者は誰なの? 」

「殺されたのは俺の学年の生徒指導担当職員の戸次(べっき)先生だったよ、やっぱり。ネットの情報網はすごいよな。どこからあんな情報を仕入れてきたのやら」

「生徒指導担当っていうのはなんだ? 校則を守らせるための仕事か? 」
 王女もどこで調べたのか変な知識を披露する。

「まあ校則を遵守するように指導するのも仕事の一つだけれど、カウンセラーの資格も持っている教員がなるんだ。学校生活は勉強の悩みだけではなく、人間関係の悩みもつきまとうからね。いじめ問題や生徒の非行、家庭の問題……まあ、いろいろあるんだよ。そんな生徒たちの悩みを聞くという仕事もやってるよ。俺にとっては嫌な奴だったけど、それなりに信奉する生徒もいたようだよ。だから全般的には1年生の中では衝撃を持って受け止められていた感じだなあ」

「ふーん、お前以外には悲しみを持って受け止められたのか。……でも、お前は何も感じなかった訳ね。最低ね」

「ひっどいなあ、そんなんじゃないよ。あの先生は基本的にはいい人を演じているんだけれど、すごい裏表があるんだ。自分より弱い人間、何かをしても逆らわない人間……つまり生け贄を見つけたら容赦ないぐらいの行動を取る奴なんだ。ほとんどの生徒も父兄も。同僚の先生さえ知らないけれどね。その辺の隠蔽工作をきちんとやるとてもクレバーな奴なんだ。良くは分からないけど、普段いい人、がんばる先生を演じているせいかすごいストレスが溜まっているんだろうね。そのために弱い奴をいびる事でストレスのはけ口にしてるんだ。俺もアイツに何度も嫌な思いをさせられたんだから間違いない。そんな思いを何度もさせられているからなんだか複雑なんだ。そりゃ人が死んだら、そして近しい人なら悲しむべきなんだろうけど」
 戸次(べっき)にやられたいくつかの陰湿な仕打ちを思い出していた。

「そうか、お前もやられていたのか。つまりお前も弱いと判断されていたのね。それにしても反撃はしなかったのか、情けない男ね」
 哀れみの表情で俺をみる。何かすごく容赦無い。

「俺は成績も良くないし、運動も駄目だからね。おまけに友達も少ないから、社会的少数派に属してるんだ。だから先生の言うことに反論しても信憑性が少ないからただ俺が喚いているだけにしか見えないんだ。やればやるほど俺が悪者になってしまうから、仕方なく我慢してたんだよ」
 なんか惨めな気分。

「シュウよ、あのね、この際だからちゃんと言っておくわ」

「う、うん? なんだい」
 王女の言葉に俺は彼女を見る。
 
「前にも言ったかもしれないけど、お前は私と契約したことで一つの回路で接続されている。だから、お前が何を考えているかもわかるし、お前の記憶……体験したことやその時思ったこともお前以上にわかってしまうのよ。だから……」

「だ、だから何だよ」
 彼女が何を言おうとしているのか、なんとなくわかって少し動揺する。

「お前が反撃しないのは単に、その戸次(べっき)という教員が剣道と合気道の有段者でおまけに身長180センチ超の巨漢ってことが原因でしょ? 」
 
 うわ。まじで読まれてしまってるんだ……。俺は動揺してしまった。情けないな。
「う、うん。参りました。姫の言うとおりです。怖くて何もできませんでした。できるだけ先生に見つからないようにコソコソ隠れていました。それは事実です。他に先生に酷くいびられていた奴がいても見て見ぬふりをしていました。……姫に嘘をついたりするし、俺はずるい男です。ごめんなさい」

「やれやれ。そこまで卑屈にならなくていいわ、情けない」
 呆れたように俺を見る。

「でも、実際そうだったんだよ。俺みたいな力無い者は、力ある者を恐れ、その脅威から何とか一日を生き延びなければならないんだ。だから犠牲者が自分以外になったら、そいつを可哀想だとは思うけど、一歩間違えたらそれは自分になっていたかもしれないんだ。だから内心はホッとしてたんだよ。情けない話だけれど。いじめなんてどこにでもあるけれど、いじめる者といじめられる者の境界線にいる連中は毎日が薄氷を踏むような思いなんだ……。姫にはわからないだろうけど。そんな情けない生活を送っているとどうしてもこんな捻くれた奴になってしまうんだよ……」
 惨めな自分、情けない自分、弱い自分。それが俺の本性なんだから、仕方ない。いつからこんな風になっちゃったんだろうな。

「卑屈なお前の人生など興味ないけど、弱い者の気持ちは理解できるわ。生き延びることが生物の本能だわ。だからそういう生き方になるのは仕方が無いのかもしれない。……それはいいわ。話を戻して」
 あくまでも冷静だな、王女は。

「う、うん。どこから話せばいいかな」

「被害者がどんな奴かはわかった。次は殺害についてだ」

「殺害方法については、警察からの発表は無いみたい。犯人のみが知りうる事実って奴なんだろうね。だから詳細な事はわからないけれど、かなり酷い殺されかたをしたというのだけは明かされているよ」

「どんな殺しかたなの」

「切断されたりしているらしいよ」
 うわさ話を聞きかじったり、ニュースやネットの情報を総合すれば、どうやら戸次(べっき)は、絞殺や刺殺、撲殺などではなく、何かによって四肢のどれかを切断されたことが死因になっているそうだった。
 ニュース映像では現場全面がブルーシートで覆われた中、現場検証を行う警察の姿が見られた。どこがどうなっているのか、そもそも現場はどの辺りかさえよくわからなかった。
 それでも情報はどこからか流出してくる。マスコミのリーク映像や、ネットへの流出画像で現場と思われる場所は特定されたし、大量の血がまき散らされていたことがわかる映像もあったりした。

「現場の状況から、おそらくは複数犯だってことみたいだよ」

「ふむ。確かに、180センチを超える男を夜道で襲うような酔狂な奴はいないわね。だとしたら、怨恨の線が強いってことね。しかも複数で惨殺するほどの強い恨みが」

「うーん、そういわれるとなんだか変な気がしてきたなあ。戸次(べっき)は弱い奴しか狙わなかったはず。やられる奴は大体がクラスでも孤立しているような生徒ばかりで、とても恨みを持って複数でってやつはいなかったと思う。……もちろん、戸次の被害にあっている生徒を全部知っているわけじゃないから、なんともいえないけど」

「では単独犯なのか? 」

「戸次は相手は弱い奴という思い込みがあったはずだから、その隙をいきなり突けばチャンスはあるかもしれないけど……」
 巨漢で格闘技にも通じている男を不意打ちとはいえ出し抜けるような奴があいつに苛められるとは思えなかった。そもそも苛められる奴が逆襲に出る、しかも計画的にという話は聞いたことがないもんな。
「やっぱり、普通じゃ考えられないね」

「……寄生根か」
 呻くような声で王女が呟いた。 
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