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伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚

作者:OTZ
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第八話(下) 赤き心は挫けない

―4月4日 午後4時 40番水道 砂浜―

 レッドとエリカはミカン、そしてヤナギへの捲土重来(けんどちょうらい)を狙う為修行に勤しんでいた。
 手持ちから控えまで出して互いに戦わせることによって戦闘技術の向上を図っている。レッドやエリカは時々見回って様子を見ていた。
 例えば、やる気十分な手持ちが居たら軽く少し格上だったり、苦手なタイプの手持ちと戦わせたり、反対にやる気のないポケモンには気分転換に遊んであげたりした。
 一時間が経過し、ポケモンは野放しにしつつレッドとエリカは荷物の置いてあるところまで退避し休憩している

「はぁ……ヤナギさんどころかミカンさんにまで負けるなんて……」

 レッド自身未だにそのことが受け止めきれていないようだ。
 ミカン当人の前では動じていない振りをしてもやはり動揺は大きかったようである。

「ヤナギさんの強さに関しては前々より聞き及んでおりました故、覚悟していましたが予想以上でしたわね……。ミカンさんに関しては正直、見当もしなかった強さでしたけれど」
「そうだな。にしても先を考えないと……」

 そう言いながらレッドは空を仰ぎ見る。

「私としては、もっと効果的な戦術を執るべきだと思いますわ」
「効果的?」
「はい。力技に頼るばかりではなく、状態異常を引き起こしたり、ステータスを下げる補助技をうまく組み合わせていくべきだと考えますわ。例えば、リザードンでしたら龍の舞を用いて素早さをあげてより機動性をあげたり、カメックスでしたら鉄壁を用いて守りを強固にし攻めに対する構えを万全にしたうえで効率的に攻撃できる波乗り一本に絞るという戦術を執るべきだと思います」
「なるほど……。エリカの言いたいことも分かるけど、俺はどうも大技の魅力が捨てきれなくてな……。それにヤナギさんやその教えに従うミカンさんに勝つにはそれだけじゃ足りない気がするんだ……」

 レッドは体育座りの姿勢のまま、眼前に広がるポケモンたちとその背後にある播磨灘を眺めつつ神妙そうな眼差しでそう言った。
 
「なるほど小手先の技術だけでは不足と……。そうかもしれませんわね」
「そう。決定的な何かが……。ところでさ、エリカ」

 レッドは目深に帽子をかぶり直し、エリカと目を合わせる。
 彼女も改まった様子になって

「はい。どういたしました?」

 と尋ねた。

「お前、いつもの調子に戻ってるよな……どうしてだ?」

 彼女は一瞬合わせた眼を左下の方向へ逸らしたが、すぐに戻し、しっかりとした声で答える。

「私、昨晩貴方にされた時は本当に別れるべきかどうか深刻に悩んでおりましたの」

 レッドは目を丸くするが、自らのしたことを考えれば至極当然の事なので特に何も言わず聴く。

「しかし、貴方はミカンさんと戦っている時どのような局面、窮地に立たされても基本的に慌てたりせず沈着に指示を出されておりました。それに、貴方の切り札であるリザードンが倒れたときも決して責める事をせず優しく労ってさしあげてましたわね」
「そんなの、当たり前の事だろ」

 レッドは普段からやっている事を言われたので当然な風に返す。
 そう言うと、彼女はわずかに熱の入った言い方で話す。

「当たり前ではないのです。強い方、特に貴方と同じくらいの年代の方は勝ち進んでいくと傲慢になり、ポケモンを労わることを疎かにしてしまいがちな事が決して少なくありません。そのような中、貴方は年下で私も貴方も負けるとは思っていなかったミカンさんに敗北しても、自分の事のみにとらわれずまずポケモンを労わった……。それだけポケモンを大事に出来る方と共に旅出来る事が誇りに思えたからこそ、貴方ともう少し共に歩もうと思い悩みを断ち切れたのですわ」

 彼女は言い終わるとすっきりとした表情で茜色に染まりつつある南の空を見た。

「そうか……じゃあ昨日の事は」
「はい。綺麗に水に流しますわ」
「はぁ……よかった」

 レッドはその言葉を聞いて、自らの胸をなでおろす。

「しかし、だからといって次があるとは思わないでくださいませ。次されたら……そうですわね。訴訟も辞さないかもしれませんわよ。夫婦間であっても猥褻(わいせつ)系統の罪が成立する判例はありますからね」
「うう……そんな怖いことよしてくれよ」
「フフフ……。さて、これからどうなさいます? 私としては今日はアサギまで引き返し明日より水道に繰り出すのが良策に思えます」

 彼女は含み笑いをすると、いつもの柔らかな口調に戻してそう言った。

「ううん……。野宿するにもここらは砂浜でテント立てようにも億劫だし、そうした方が良いな。ところでアサギにはアサギの灯台があって修行に格好の場所とか聞いたけどどうしてそこに行かなかったんだ?」

 レッドはふと思い出して彼女に尋ねる。

「ここは源氏物語の舞台になった須磨海岸と伝わる場所なので一度来てみたかったのです。眺望絶佳と聞いておりましたゆえ期待して来ましたが予想の通り丁度いい浦風に気分を鎮まらせる波の音……。はぁ。感激ですわ」

 またいつものパターンである。好きなものに触れたときの彼女の恍惚としている表情はレッドも嫌いではなく(むし)ろ可愛いらしく思えるものであるが、言っていることが8割がた理解できないのが難点である。
 レッドは呆然としながらエリカを見ていると、どこかから吟ずる声が聞こえた。

「恋ひわびて 泣く音にまがふ 浦波は 思ふ方より 風や吹くらむ」
「あれ、聞いたことある声だな……」

 レッドはそう言いながら後ろを振り向くとリザードンが立っていた。

「うわっ。脅かすなよ……」
「あぁ済まないマスター」
「あら、リザードン。先ほどの歌は光源氏が須磨で詠んだとされる名歌と評判の物ですね。よくご存じですわ」
「ハハハ! 嫌だな。先生、この前古典文学全集貸してくれたじゃないですか」

 リザードンは高らかに笑いながら言う。

「そういえばそうでしたわね。リザードンとしてはどの作品が一番宜しかったですか?」

 このやり取りを見てレッドが口を挟んだ。

「せ、先生? お前らいつの間にそんな仲良く」
「あらスキンシップですわよ。この前私の読んでいた本に興味を示しておりましたから試しに本を読ませてみたらこれがかなり功を奏しましたわ。スポンジのように知識を吸収しますし、向学心もポケモンの中では高い部類に入ります」
「へぇ。元はオーキド博士が持ってたポケモンなだけあるな……。でもポケモンに勉強させてどうするつもりなんだ?」
「あら、ポケモンといえどトレーナーと一緒に居るなら人類の歴史や文学などの教養を身に着ける事も一興だと思いますわよ。知は力なり。きっと何かしらの糧になると思います」
「知は力ね……。まぁ何の役にも立たない事はないだろうけど」

 レッドは懐疑的な視線でリザードンとエリカを見ている。

―同日 午後8時 アサギシティ ポケモンセンター―

 アサギシティに戻った二人は夕食を済ませ、レッドが風呂に入った。
 エリカは食器の片づけを済ませ、明日への準備を整えるとヘーゲルの本を読んでいた。
 そうしていると彼女のポケギアが鳴り響く。どうやらナツメからである為エリカはすぐに出た。

「もしもし」
「あら、元気そうね」
「ナツメさんこそ。それで、どうなされたのですか?」
「どうしたもこうしたも、あんたが心配だから電話したにきまってるでしょ……。どう? レッドとは上手くいっているの?」

 ナツメの質問にエリカは暫し逡巡した後に

「ええ。何とか」

 と、取り繕ったかのような返事をする。

「やっぱり……何かあったの?」
「何とかと申し上げたつもりですが」
「あんたと何年付き合ってると思ってんの。声色だけであんたの本音なんか超能力使うまでもなく分かっちゃうの。で、どうしたの?」
「左様ですわね……。実は……」

 エリカはナツメに昨日と今日起こったことを赤裸々に話してみせた。レッドの様子がおかしかったこと。自分を襲おうとしたこと。ミカンに負けたことなどなど……。

「なるほど……。たった二日の間にいろいろな事が起こったものね。それにしてもレッドが手を握った事もないエリカを襲うだなんて……殺してやろうかしら」
「落ち着いてください! レッドさんもその……別に私を苦しめようとかそういう意図があったわけではなく」

 エリカはナツメが冷静な声でとんでもないことを口走ったので慌てて止めに入った。

「冗談よ冗談。でもね。それだけのことをされているのよ? 未遂とはいえレイプは心理的殺害といっても過言ではないくらい深刻なものなのに」
「確かにそうです。しかし私が気づいたらやめて頂けましたし、私を本能の赴くままにどうこうしようとかそういう意思はさほどなかったように思えるのです」

 エリカの言葉を聞いてナツメはため息をつきながら返す。

「あんたねぇ……。なんでそこまでされているのに別れようとか思わないの? エリカの貞操そのものが危ないじゃないの」
「私は最終的にあのお方を伴侶にしてよいかどうか判断する為に一緒に旅をしているのです。私が夫に求めるのは色々な意味での強さをもっているかどうかで、正直それ以外の事に関しては強さほどには気にしておりませんわ。今日の一件につきましてもレッドさんは思春期ですし、異性がいつも近くにいてしかも一応妻という立場にあるのならば止むを得なかったと思いますし……」
「でもその強さもミカンちゃんに負けて崩れ去ったようなものでしょ? リザードンという強力な対抗ポケモンを持ちながら勝てなかった訳だし」
「そう言われればそうかもしれませんが、私はあれだけポケモンを大事に思える御仁ならばきっとこの逆境を乗り越えられるのではないかと思ったのですわ。ポケモン勝負に必要なものは知識と経験のみではなく、ポケモンとの信頼関係も非常に重要です」

 エリカの意見を聞いてナツメはどうにか納得したのか先ほどよりは落ち着いた口調で

「ふうん……。そういう事ね。それなりの考えがあって今に至っていると。でもあんたさ、レッドのその……色情というか性欲をうまく押さえこめる自信があるの? 思春期の男のソレは私たちの想像が及びつくようなものじゃないと聞いたけれど」
「それに関しては未だ強く拒絶しています。その……これは私自身全く未経験な事な故、怖くて覚悟が出来てないんです」
「未経験って……少し前まで私とあんなことしたりしたじゃない」

 ナツメは少々黙した後に勇気を振り絞ったが如くに言う。

「ど、同性と異性では勝手が違うではないですか! 男の人とはナツメさんの仰るように手……いえ体すら一分以上触れた記憶がないのです。ですから……」

 エリカは恥じ入った様子でナツメに話す。

「確かにそうだけれど……。とにかくこれから先もずっとレッドと旅するならばそういう性に関しての事? そのあたりも真剣に考えた方がいいんじゃないかしら」
「レッドさんとは約束しましたし、もう襲ってくるようなことはないと信じております。しかし、仮とはいえ夫婦である以上私のわがままばかり押し通す訳には参りませんものね……。ただどうしても躊躇してしまうので」

 言いかけたところでレッドが風呂から出た。

「あ、レッドさんがお風呂から出られました。切りますわね」

 そう言ってエリカはナツメとの通信を切った。

―30分後―

 変わって今度はレッドがグリーンに電話を掛けた。
 軽く挨拶を交わしたのち、グリーンから本題を喜々とした風に切り出す。

「で、どうだった? 俺の作戦は」
「ああ。思いっきり引っぱたかれたよ……すごく痛かった」
「そうか。俺の目論見違いだったか。大変な目にあったな」

 グリーンは言葉こそ同情している風だが、嬉しそうな様子は鈍いレッドでも察知する事が出来た。しかし、今はとりあえず突っ込まないことにした。

「で、どうなった?」
「それでさ、ミカンさんと戦ったんだけど、負けたんだ」
「ほぉ。あのお前がなー」
「お前なんか嬉しそうじゃないか?」
「そんな事ねぇよ。続けろ。なんで負けたんだ」

 グリーンは慌てて声色を正し、先に進める事を促す。

「正直エリカはあの時上の空だったし、連携がうまく取れなかったというのもあるけど、とにかく予想以上にミカンさんが強かったんだよ。まぁ一番は俺がそれに対応しきれなかったことなんだが……」
「へぇ、あのチビガキがねぇ……。ヤナギ爺に集中稽古つけてもらったとかこの前の定例会で言ってたがバカに出来ないな」
「そう。お前も気を付けないと8番目の名が泣くことになるかもな……」
「お前に心配される事はねぇよ。カントー第一のトレーナーがそんな簡単に泣く羽目になってたまるかってんだ」

 グリーンはそうレッドに毒づく。

「そうかよ。それはともかく、その勝負の最中からエリカの調子が戻り始めてさ」
「え?」

 グリーンの声から余裕が消える。

「負けた後に40番水道で修行している時に話したんだけど、どうやらエリカは俺が戦っている姿勢を見てそれだけポケモンを大事に出来るならもう少し一緒に居ようと思ってくれたみたいで……。結果的にはどうにか関係が続いたよ。いやお前のおかげでより強固になったといえるかもな」

 レッドは口角をあげつつ言う。

「あ……あぁそうか。良かったな」

 グリーンは言葉こそ祝福している風だが、不機嫌な様子なのは読み取れる。

「とにかく、ありがとう。これからはもっと腰を据えてエリカとの関係を考えてみるよ」
「そうかいそうかい。幸せにな……チッ」

 グリーンは非常に小さく舌打ちをした。

「あれ? 今舌打ちした?」
「あ? 何言ってんだ気のせいだろ」

 その後二言三言交わしてグリーンとの通話を切った。

―――――――――――――――

 翌日より40番水道、41番水道を超えて三日かけてタンバシティに到着した。

―タンバシティ 
 本州から離れた場所にある町。
 小さな所ではあるが、海の潮風によって育まれた干物はタンバ名物である。
 ゆったりとした雰囲気の街で、最近内陸部にサファリゾーンができたらしい。カントージョウトの唯一の体育大学、タンバ大が建てられてるのもここである。
 北部の砂浜は練習場。

―4月8日 午後1時 タンバシティ―

 町に到着し、ポケモンセンターで手持ちたちを休ませると二人は早速ジムに向かった。

―タンバシティ ポケモンジム―

 しかし、ジムには張り紙が貼られていた。

「また張り紙ですね。なかなかに力強い字体ですわ」

―稽古中。用のある人は北の砂浜まで―

「うわー、結構面倒なとこまで……仕方ない行こう!」

―タンバシティ 北の砂浜―

「エッホエッホ!」
「あと何周?」
「58周さ」
「この砂浜100周は辛い!」

 などと空手王達が話していると、

「コルァ! そこ! 余計な口挟むな! 追加するぞ!!」

 師範代の叱責が飛んできた。

「へーい」

この空手王達は皆タンバ大の学生である。

その頃シジマは……

「おぅ、いいぞ! シバ! もっと突いてくれ!」

「シジマ先輩! 俺もう(アッー!)す!」

(ニャニャニャー)の世界に興じていた。

さて、その一方、レッドとエリカは北部の砂浜に辿り着いていた。

「あの、すみません」

エリカが師範代に話しかけた。

「貴女はもしや……。エ……エリカさん!? 何故このようなむさ苦しい所に」

 師範代は狼狽しながら言う。
 気持ちが逸っているレッドは少々強い言い方で詰め寄る。

「リーダーのシジマさんを探している! どこにいるか教えて下さい」
「シジマ師範ならそこの洞窟ッス。ただ、今はやめたほうが」

 師範代が洞窟の方向を指差すや否や、レッドはその方向に飛んでいった。

「もうおりませんわよ」
「素早い。内のサークルに欲しいな」

―洞穴―

「あのー、すみません! ジムの挑せ……あ」
「!?」

 その瞬間、洞穴は凍った空気になった。

「すみませんでした! ごゆっくりとお楽しみください!!」

 レッドは深々と頭を下げて早々に立ち去ろうとした。が、

「何だレッドか! 久しぶりだな。交じるか?」

 と、シバが気さくに笑いながら冗談半分に話しかけてきた。

「いや、勘弁して下さい。童貞卒業もまだなのに……」
「嘘をつくな。あんな別嬪さんがずっと一緒で事を起こさないなど有り得るか!」

 シジマは闊達に高笑いしながら言う。
 したくてもエリカが拒絶しているのだから出来ないのであるが、そんな個人的な事情まで話す気にはなれなかった。

「ともかく先輩。ジムの挑戦らしいんで俺、タンバ大で事務してます。あとリーグからキョウさん突破の知らせがきたらすぐ帰るんで」

 シバは道着を着直しながらそう言った。相変わらず武骨漂う筋骨隆々の肉体である。

「うむ。分かった。さてレッド君!ジムに行こうか……って一緒に居るはずのエリカ女史はどこだ?」
「ここに居ますよー」

 エリカはレッドの後ろより、ひょっこりと横から身を出した。レッドよりエリカの方が身長は小さいのである。

「いつの間に背後を取られているとは……」
「ガハハハ! 素早いな! じゃ行こうか!」

 という訳でジムに向かった。

―タンバシティ ポケモンジム―

 ポケモンジムに着くと、シジマは野太いながらも豪放な声で自己紹介を始めた。

「改めて自己紹介しよう! ワシはタンバシティジムリーダーのシジマだ! いっとくがワシは強いぞ! 毎日修行に明け暮れて肉体を鍛え、男ともまぐおうておるからな!」
「それ別にポケモンと関係ないんじゃ……」

 レッドがさりげなく突っ込む。エリカもそれに続いたかのように頷く。
 すると一分近い沈黙の後

「それもそうだ。……細かいことは気にせず勝負といこう! 行け、チャーレム! オコリザル!」

 レッドはリザードン、エリカはロズレイドを繰り出し、フィールドにポケモンを出しそろえる。

「リザードン! オコリザルにエアスラッシュ!」

 レッドはまずアタッカーとしての能力に優れるオコリザルを潰しにかかった。
 リザードンは空気の刃を形成してオコリザルにぶつけようとする。

「オコリザル! 岩なだれじゃ!」

 こだわりスカーフを持たせていたのかオコリザルが先制し、上空から突如岩の雨が降り注ぐ。不一致なのでそこまでのダメージにならなかったが軽くはない損害である。
 続いて、リザードンのエアスラッシュがオコリザルに命中。レベル差と効果が抜群の中では如何ともしがたく一撃で倒れた。

「まだまだぁ! チャーレム! ロズレイドにサイコカッター!」

 チャーレムは指示を受けると両手を前に差し出して刃を作り出してロズレイドに放つ。ロズレイドは一刀両断されたかのような格好になり、いわなだれで少なくない損害を被っていたのも祟って地に伏せた。

「これは一筋縄ではいきませんわね……。お出でなさい、モジャンボ!」

 モジャンボはのっそりとした巨体を現しながらフィールドに出た。

「こんなのは所詮小手調べだ! 行け、ニョロボン!」

 ニョロボンは二本腕を広げ、筋骨隆々の体を誇示するが如く堂々と出る。

「リザードン! ニョロボンにエアスラッシュ!」

 今度は先攻し、ニョロボンに命中する。しかし、ニョロボンは存外固く三分の二ほどの減少にとどまった。

「チャーレム、モジャンボにとびひざげり!」
「モジャンボ! 守るです!」

 モジャンボが素早く結界を作りだし、チャーレムのとびひざげりを跳ね返す。
 着地に失敗したチャーレムはダメージを食らった。

「チィ……。猪口才な! ニョロボン! リザードンに滝登り!」

 ニョロボンは命を受けると滝を作りだし、その勢いを利用してリザードンに突撃する。
 しかし、寸でのところで回避。滝登りの激流は壁に衝突し、轟音が巻き起こった。
 直撃していれば確実に致命傷となっていた為、レッドはホッと安堵する。

―――――――――――――

 その後、エリカは二体、レッドも二体失って勝利した。(対抗ポケモンであるリザードンは最後まで生き残った)
 
「ガーハッハッハッ! 負けたとはいえここまでいい戦いが出来ればワシに悔いはないよ! そら、ショックバッジだ。持っていくがいい!」

 二人にとっては久々の勝利である為、かなり喜ばしいことであった。自然と表情が緩む。

「あ、ありがとうございます!」

 彼女のバッジを貰う声も少々上ずっているように聞こえる。レッドもいつもより深々と頭を下げた。

「それほど喜んでもらえたのならあげた甲斐があるというもの」
「そもそも勝ったこと自体が久々ですものね……」

 エリカは少々元気のない声で言う。

「このところの不調は聞き及んでおるぞ。最終的に全国を目ざす中これでは気が重いだろうに」
「そうですね……。ところでシジマさん、ミカンさんに稽古をつけていらしたそうですが主にどのような事をしていたんですか?」

 レッドがシジマに尋ねる。

「ポケモントレーナーたる者。心身の鍛錬は欠かしてはならぬから、主に砂浜での走り込みや腹筋など筋力トレーニングをさせたぞ! 最初はかなり堪えていたがだんだんと慣れてきて最終的にはフルマラソンくらいなら走破できるほどにはなった」
「なるほど。ポケモンを扱うからには心身も強靭でないとやっていけないと……具体的にはどのように?」
「水分補給も間に挟みつつ走れるポケモンと一緒に毎日20キロのランニング。10回10セットの腹筋背筋腕立て伏せ、スクワットは基本でやったの。時には砂浜だけではなく、シンオウまで行ってスモモ……ああ、ワシの姪じゃがあれと共に吹雪く道で修行したこともあった」

 予想以上にかなりハードな内容に面食いながらもエリカが言葉を返した。

「雪原でも修行されたのですか? 下手すると霜焼けになってしまうのでは」
「うむ。一応足のあたりから腹までは特に念入りに装備させたわい。あと、雪道は走りづらいからの。修行の前日に走るコースの雪は予め溶かしたうえに塩を撒いたよ」
「え? どうして塩なんですか?」

 レッドが尋ねる。

「塩には道を凍らせにくくする効果があるからの。それでもシンオウの雪はけた違いだから積もってしまうこともあったが、撒かないよりは遥かに良かったことには違いないぞ。何より道しるべになる」
「へぇ。他には何を?」
「うむ。ヤナギ殿と同じように格闘使いとして戦った事もあったぞ。知っての通り格闘は鋼を砕くからの。最初はワンサイドゲームと言う奴でつまらなかったが、最近はかなりいい試合をするようになったぞ。未だわしに勝ててはいないがそのうち超えるのではないかと楽しみにしておるわい!」
「ミカンさんはやはり途轍もない修練を重ねておられたのですね……。私たちも見習うべきですわね。色恋に身を傾けるばかりでなく本業を全うしなければ」

 レッドにはそのエリカの言が自らに対する意趣返しのように聞こえ、少々参った風に目深に帽子をかぶった。

「うむ。そうじゃの。ところで二人はこのままいけばシンオウのトバリまで行くのだよな?」
「は、はい」
「恐らくはいく事になると思いますわ」

 レッドはトバリという地名が聞きなれないのか自信なさげに答えた。

「ならば一つ頼みごとをしたいんだが良いか?」

 シジマは先ほどより人が変わったかのように深刻な声で言う。そこから重々しい話である事は察しがつくので二人もかしこまった風に身を直す。

「先ほども少し言ったが、わしの姪でそこにはスモモというジムリーダーがおる。あいつの父親はかなりの酒豪での。スモモが稼ぎ出してからは特に酷くなって、事あるごとに暴力を奮っている始末。そこで、もしもあんたがたが行っても左様な状況が変わっていなければ、スモモにタンバに来るよう頼んでほしいのだ」

 と、シジマはすらすらと家庭の事情を話した。

「どうしてシジマさんは動かないんですか? それにそんな事ならば知り合いのミカンさんの方が都合がよいような」
「わしにはジムと大学があるからそうそう離れる事はできんし……。ミカンがシンオウまで行ったというのはリーダーになる前の話よ。今は忙しいだろうしそうもいくまい。それにこのような事は友だちよりもある程度距離のある知り合いくらいがちょうど良い。とにかく行けば分かるわい」
「左様ですか。分かりました」

 エリカはどこかしら腑に落ちた体である。
 レッドは面倒な事だと思いつつ、断るとさらに面倒な事になりそうな予感がしたので黙認した。

「悪いの。面倒な事頼んでしまっての」
「いえいえー、それではもうバッジも揃いましたし、行きますか!」
「うむ! それじゃあレッド君! 励みなさいよ! いろんな意味での! ガハハハ!!」

 と、シジマは先ほどまでの陽気に戻ったレッドの肩を叩いた。

「は、はい。それじゃ」

 という事で、レッドとエリカはジムを後にした。

―午後9時 タンバシティ ポケモンセンター―

 その後、レッドとエリカは一番奥の砂浜で修行をしたのち、ここに宿泊した。
 諸事を済ませた後、二人は今後の事について話し合っている。

「はぁ。シジマさんに勝てて良かった……」

 レッドはとにかくそのことに安堵している。もし負けていれば自らの実力が地に落ちているといよいよ自覚せざるを得ず立ち直れないような気がしたからである。

「左様ですわね。自信を失っていかけていたポケモンたちも今回の勝利で些か自信を取り戻したようにみえましたし」
「ところで、そのポケモンについてシジマさんの話を聞いて一つ思い当ったんだけど……」
「雪を塩で融かす……というお話ですか?」

 エリカも同じように気が付いたのか用意した抹茶を啜りながら言う。

「ああ、そうだ。あれをうまく転換してミカンさん、ひいてはヤナギさんに使えないか?」
「左様ですわね。氷に対して塩は凝固点、いわゆる液体が固体に変化する温度を下げる効果があり、氷を水のままにすることにできます。鋼に対しては錆を進行させる原因となります」

 エリカは滔々(とうとう)と塩と氷及び鋼の関係性について説く。

「ということは海水を水ポケモンにとりこめばうまく対抗できるんじゃないか」
「鉄鋼が腐食する最大の濃度は海水と同じくらいの3%と言われておりますわ。丁度近くに海水が多く含まれる灘がありますし1週間ほど水ポケモンを海水を取り込ませて生体に含まれる水を海水にして塩水とすればかなりの効果が見込まれるかもしれませんわね」
「そうだね。だけど果たして海水を浴びせたところで鋼がそうすぐに錆びるかね」
「それに関しては私に腹案があります」

 エリカはノートをカバンから出して腹案について説明した。

―4月10日 40番水道―

 その翌日から40番水道にて他のポケモンたちは陸で修行し、水ポケモンは海で泳がせて海水に馴れさせている。
 レッドとエリカはといえば、適当な島にテントを立てて数日に亘って野宿していた。

『ようし、ここからどこまで潜れるか競おうぜ!』

 カメックスがそう提案して、

『いいよ! ようし先輩には負けないぞ!』

 とラプラスが同調し、仲間になっていた他のメノクラゲやマンタインなども一緒になって一斉に潜って行った。

「はぁ。もうちょい暖かかったら俺も混じりたかったんだけどな」

 時は4月。ホウエン地方ならまだしも、一般的には海へ入るにはもう少し時が必要な月であった。
 レッドとエリカはカメックスたちが見える方向の砂浜にシートを敷いて(くつろ)いでいる。

「貴方に風邪をひかれたら一大事ですわ。我慢してくださいね」
「そりゃそうだけどな……。こんな方法で本当に体の水が海水に変わるのか?」
「長い時間をかけて海水に親しませれば体中の組織がすべて交換されます。水ポケモンはもともと海に生息するものですから拒絶反応もないはずですし、すぐに慣れると思いますわ」
「そうかもしれないけどさ……ほら」

 レッドは海を見る。

「ルンパッパはかなり抵抗ありそうだぞ」

 エリカの唯一の水ポケモンであるルンパッパは海に入ってこそいるが、かなりぎこちなさそうに泳いでいる。最初はカメックスたちもこれに合わせていたが段々と周りのポケモンたちの勢いに合わせてしまった為放っておいて海に潜ってしまった。
 他のポケモンはかなり長く潜るつもりなのかいっこうに姿を見せない。
 
「ルンパッパだけは元を辿れば川に棲む河童ですからね……。海から生まれた貴方の二匹にくらべれば致し方ないことです。それに大海を見た経験がありませんし脅えているのかも」

 エリカがそう言いかけていると、ルンパッパの居たところに水しぶきが出来ている。どうやら溺れてしまったようだ。先述したとおり近くに水ポケモンはいない。

「まあ大変! 助けに行かなくて」

 エリカが反射的に立ち上がる。しかしレッドが声をあげて

「待てよ! お前泳げんのか?」
「か、火事場の馬鹿力です! 逆境にあっては逃げるのではなく立ち向かう事が何よりも大事だとシェイクスピアも……」
「お前がもし溺れて死んでしまったら……、残された人が悲しむだろうが! ここは俺が行く。こう見えても水泳は得意なんだっ!」

 レッドはエリカの制止を無視して、素早く上着を脱いで海へ飛び込んだ。
 ルンパッパを救い出すまではそう時間はかからなかった。

「ふぅ……大丈夫か?」

 レッドはルンパッパを抱きかかえながら尋ねる。ルンパッパは先ほどまでの恐怖のあまり口が利けないのか、上のギザギザな笠を前に振って肯定の返事とする。
 しかし、沖の方まで行っていたため、カメックスの仲間にはならなかったギャラドスがその巨体を現し、威嚇した。

「げっ……まじ」

 さすがのレッドもこれには冷や汗をかく。
 レッドは小学校の頃に教わった海にポケモンに襲われた時の対策を思い出し、ギャラドスの背に回って安全を図ろうとする。とりあえず図体のおおきなポケモンは背後に回れば当面の攻撃は防げるという算段である。

「貴方! 今陸に行ったポケモンたちを呼び戻しに」

 夫が襲われているのを確認したエリカは血相を変えて大きな声でそう呼びかける。

「そんな事はしなくていい! 下手に刺激するとルンパッパにまで被害が及ぶぞ!」
「そ……そうですわね。では118に電話を」
「こんな程度大したことない! とにかくそこでじっとしていてくれ!」

 そう言ったレッドは早速ギャラドスの背後に回る。
 しかし、ギャラドスは存外素早くうまく回る事はできない。

「チッ……ルンパッパ。潜るぞ!」

 ルンパッパはその言葉に目を見開くが、レッドは反応を見ないうちに素早く潜る。
 幸い、このあたりの海はさほど透過しておらずギャラドスでもすぐに海中の物を見ることができない。
 一分ほどやや深めに潜って浜の方向に全速力で向かうが、さすがに息が続かない。もう限界だと思って海面に顔を出すと、手が引っ張られた。
 レッドが握られている手を見ると緑色の手があった。

「お前……」

 一瞬レッドはその光景が信じられなかった。なんと、ルンパッパがレッドを牽引(けんいん)して浜に向かっていたのだ。
 それから数分もしないうちにレッドは浜辺に着いた。
 しかし、ギャラドスはレッド達をみつけるとここぞとばかりに襲い掛かる。
 その時、空を(つんざ)く稲妻と、怒涛の太い水流がギャラドスに直撃。
 当然、すぐに巨体は海に沈んでいった。

「マスター! 無事かぁ!」
「ピカピー!」

 ピカチュウが陸から、潜り終わったカメックスが後ろから攻撃したようである。
 他のポケモンたちもギャラドスが現れたことに感づいていたのか遅れてぞろぞろと出てきた。

「貴方!」

 レッドが少々疲れてぜい息をはきながら立ち上がると、エリカは安堵の表情でレッドに駆け寄った。

「ああ……エリカ。どうにか生きて帰ってこれたぞ」
「あぁ、良かった、良かったです。あの凶悪そうなギャラドスが現れたときはどうなることかと……」

 エリカはレッドの無事な声が聞けてほっと胸をなでおろした。

「心配かけてすまなかったな。それにしてもルンパッパ、お前……」

 ルンパッパは照れ臭そうにレッドから目を逸らす。

「よく克服できたな。偉い偉い」

 と、ルンパッパの頭を撫でる。
 少し時間が経つと沖に居たカメックスとラプラスが陸に出てきた。ピカチュウもレッドに近づく。

「おう。ピカチュウ、カメックス、お前らありがとうな。今日は好物のシーフードカレーにするぞ」

 レッドはピカチュウとカメックスの頭も撫でであげた。

「へへへ、照れるぜ」
「チャー」

 二匹ともかなり安らいだ表情となっている。

「それにしても、ルンパッパ、お前どうしてあんなにぎこちなさそうに泳いでたのにさっきはあんなにすいすい行けたんだ?」

 レッドが尋ねるとルンパッパは口を開いて答える。

「あのポケモン……ラプラスさんが助けてくれたんだよ」

 ルンパッパはカメックスの後ろに控えているラプラスを指さす。

「そうそう。あいつ潜ってる最中に急に浮かびやがったから何かと思ったらギャラドスが見えてな。俺は野郎を倒し、ラプラスはルンパッパに海嫌いを克服させるいい機会とばかりに浜の方向に飛んでったんだ」

 カメックスはそう二人に説明した。

「それで波乗りの要領で自分の上にルンパッパを載せて俺を引っ張ったって訳か。偉いぞ! よくやってくれた」
「わっ。マスター」

 レッドはラプラスに思わず抱き着く。

「本当。関心ですわねえ。貴方の躾が行き届いている証です。ラプラス、本当にありがとうございます」

 エリカは深々と頭を下げて謝意を示した。

「いえいえ。同じ水ポケモンとして海を好きになってもらいたいと思っただけですよー」

 と言いながらラプラスは照れた様子で手を首の中ほどにまでやって自ら撫でる。
 その後、ルンパッパは海嫌いをどうにか解消し、一週間が経過して海水を技として使う事が可能になった。

―4月18日 午前9時 アサギシティ―

 塩水を取得して意気揚々と二人はジムに向かったが、そこには、またも貼紙が張り出されていた。

「また張り紙だよ……」

―あかりちゃんの様子を見に行っています。用のある人はアサギの灯台の頂上まで ミカン―

「なんだか可愛い字ですね」
「丁度良い、修行の総仕上げとして今日は一日修行しよう!」
「はい!」

―アサギの灯台―

 二人は階段を駆け上がってトレーナーと戦った。
 昼間まで修行を続け、夕方、最上階に上がる。

―午後5時 同所 展望台―

 二人は階段を上りきり、なんとか展望台に到着した。
 心身が鍛錬されているレッドは余裕な様子だったが、エリカは少し疲れているようだ。

「うーん、いい運動だ」
「うう……昇っているだけとはいえ、案外疲れるものですわね」

 2人がそんな事を言っていると、少し離れて、ミカンが2人に背を向けた格好であかりの世話をしていた。

「あかりちゃーん、今日の晩ご飯はオボンの実の丸焼きとヒメリの実を剥いたものですよぉー」

 ミカンは楽しそうに世話をしていた。そして晩ご飯の内容を聞くとあかりは

「ぱるぱるぅ!」

 と元気に鳴く。

「へぇー、あかりちゃんってデンリュウなんだね」

 レッドはほうほうと感心していた。
 そのレッドの声に気づいたのか、ミカンは後ろを振り向く。

「み、見てたんですか!?」

 ミカンは見られたくないところを見られて頬を赤くさせて、大いに冷や汗をかいている。

「あかりちゃーん、今日の晩ご飯は……」

 エリカが悪戯っぽくミカンの声を真似ると

「や、止めてくださいエリカさん……、恥ずかしいです……」

 と、ミカンは更に顔を赤くした。

「あら、ごめんあそばせー。ミカンちゃんのこういう微笑ましいところは中々見ないものですからついからかってしまいました」

 エリカはすっきりと温かい表情で笑う。そこにバカにしたりする意図は見られない。

「はぁ……もう! どうして下から呼んでくれなかったんですか!」

 ミカンは珍しく怒った様子の声で話す。

「いやだってそうしろなんて聞いてなかったんで……、ごめんなさい」

 レッドは少し頭を下げて非礼を詫びる。

「……。まぁ、過ぎたことは仕方ないですね。さて、再び挑戦ですか……いいですよ、あかりちゃんの世話が終わり次第、ジムで待っています」

 二人は少々時間を潰したのち、ジムまで戻った。

―午後6時 アサギシティ ポケモンジム―
 
「シジマさんから聞きましたよ。お二人ともなぜあたしが勝てたのか不思議なくらい強かったと……」
「そんな事ないです。シジマさんもミカンさんの師匠とだけあって強かったですよ。それにしてもどうして師匠が二人も?」

 レッドは疑問をミカンにぶつける。

「主にシジマさんはあたしがリーダーになろうと思った最初の頃に稽古をつけてもらった人です。お父さんがシジマさんの知り合いだったもので。そこからシジマさんがあたしを見込んでくれてヤナギさんに勧めて頂き、ヤナギさんの下で更に修行して漸く今の地位についた……というところです」
「なるほど。そういうことですか」

 レッドが納得した。

「勿論二人とも同じようにあたしをジムリーダーにしてくれた恩人ですし、深く感謝しています。そんなお二方から教えを授かった一人の弟子である以上、負けるわけにはいきません……! 鍛え抜かれた鋼は何度でもはねかえすのです! 行って、エアームド、ハガネール」

 レッドはバクフーン、エリカはダーテングを繰り出し、フィールドの用意が整う。
 岩タイプの技を覚えている可能性が高い為レッドは敢えて損害が少なくなるようにバクフーンを繰り出した。

「バクフーン! エアームドに大文字だっ!」

 エアームドに大文字が直撃する。
 気合のタスキをもたせて居たため何とか1のこして耐えきった。 

「ダーテング! 日本晴れです!」

 ダーテングが葉の扇を盛んに動かして晴れ状態にする。

「エアームド! ダーテングにブレイブバード!」

 ミカンはエアームドの体力に余裕がない為、前回のような撒き菱攻めではなく一撃離脱戦術に転換したようである。
 ダーテングはフィールドを晴れ状態にしただけで一撃の下に地に伏せ、エアームドもダーテングを突破したと同時に倒れる。

「ハガネール! 砂嵐!」

 そして天候を変えて有利な状況そのものを終わらせた。

「お出でなさい、ルンパッパ!」

 ルンパッパは自信ありげな様子でフィールドに出る。

「行って、ドータクン!」 

 ドータクンは相変わらず表情が読めない顔をみせながらどっしりとフィールドに鎮座する。

「戻れ、バクフーン。行け、カメックス!」
「ルンパッパ、波乗りですっ!」

 ドータクンは体力が3割、ハガネールは効果抜群の為8割削れて満身創痍である。

「ドータクン、トリックルームです!」
 
 ミカンは前回散々二人を苦しめたトリックルームを発動した。
 しかしこれに対して二人は餌に獲物がかかったとばかりに表情には出さないが、気分を高揚させる。

「戻って、ハガネール。行って、ジバコイル!」

 これまた二人の主力を葬ってきたポケモンの一つ、ジバコイルのお出ましだ。

「カメックス! ジバコイルにハイドロポンプだ!」

 カメックスは砲筒から大量の塩水を噴射し、大量に被せる。
 ジバコイルはこれによって体力の七割ほどを失う。
 ミカンにハイドロポンプの飛沫がかかり、ミカンは試しに()めてみせた。

「しょっぱい……。これってまさか!」

 ミカンは今回の水の正体に気づく。
 鋼のみならず鉄鋼全ての弱点、海水である。
 ジバコイルのように典型的な機械にとって大きな弱点であることは自明であった。

「水ポケモンに海水をとりこませるだなんて……。でも、そう簡単に錆は進行しないはず。だから早めに決着をつけてしまえば」

 と、ミカンは小さな声で戦略を構築し直す。

「ジバコイル! カメックスに雷! ドータクン、よくやったわ。戻って、行って、メタグロス!」

 空中には暗雲がたちこめ、雷が下る。しかし、あと数センチのところで外れてしまった。

「ルンパッパ、メタグロスにハイドロポンプです!」

 しかし、ルンパッパのハイドロポンプは視界が悪く外してしまう。

「ジバコイル! もう一度、カメックスに雷です! メタグロス! ルンパッパにしねんのずつき!」

 メタグロスは砂塵の中からルンパッパを見つけ出して突撃し、痛恨の一撃を加える。
 体力は6割程失った。
 カメックスにも雷が命中し、体力が九割ほど削れる。

「カメックス! 波乗り!」

 カメックスはルンパッパの体力を二割ほど更に減らしたが、その代わりにジバコイルを倒し、メタグロスの体力を三分の二に減らした。

「ルンパッパ! 雨乞いです!」

 ルンパッパは天候をかえて不利な状況を打開する。
 そしてこの雨の成分は海水なので、ミカンのポケモンの体力が16分の一ほど減少する。(砂嵐と同程度)

「ジバコイル、よく頑張ったね。戻って。行って、エンペルト!」

 ミカンは前回は出さなかったエンペルトを繰り出す。
 まさに皇帝の威容で、威張った格好でフィールドに出る。

「メタグロス! カメックスにしねんのずつき!」

 しかし、カメックスは砂嵐が晴れて視界が良くなったせいか、猛烈な勢いで迫る頭突きを回避した。
 メタグロスは持ち場に戻ると少々苦しそうに体を動かしている。

「メタグロス? 大丈夫?」

 と言いながらミカンはメタグロスに駆け寄って様子を見る。そしてよく見てみるとミカンは顔色を失った。
 接合部や足に赤錆が生じているのだ。

「う、嘘……。どうして」

 その後、次ターンでメタグロスはトリックルームの効果が続いているにも関わらず先制が出来なかった。そして、カメックスによって倒され、原因が分からないまま狼狽し続け、レッドは完勝、エリカは一体を失うのみに留まり勝利した。

「参りました。二週間ほど見ないうちに見違えるほど強くなられていてびっくりしました。その努力に冠し、このスチールバッチを差し上げます」

 漸く二人は六つ目のバッジ、スチールバッジを手に入れた。エリカは深々と頭を下げ、レッドはつられるように礼をした。

「それにしても、どうやって一瞬で錆を作り上げたのです?」
「トリックルームですよ」

 エリカの一言にミカンは当惑気味である。

「え? どうしてトリックルームが」
「トリックルームは素早さが遅い分、それを補うようにそのポケモンの時間の進行を速めて相対的に相手方の速度を下げる技であると心得ています。錆は運動量が多ければその分進行が早まりますし、それに普段より早く経過する時間が加われば海水を被った後、数ターン動いただけで錆を発生させるには十分な条件が整います」

 その発言を聞いてミカンは目から鱗が落ちた様子である。

「そんな……ということはあたしは自ら有利になる状況をあたえてしまったということですか?」
「トリックルームは素早さの遅いポケモンが多い鋼使いにとっては強力な追い風となる技でしょうけど、あまり過信する事は禁物と言う話というだけです。それに海水がなくしてこの戦術は成り立ちませんしね」
「そういう事ですか……。トリックルームだけに頼らないで持ち味を生かした柔軟な戦術をとれという事ですね。分かりました。頑張ってみます」
「ミカンさん、ヤナギさんはあれから何か言っていましたか?」

 レッドは待ち構える大敵、ヤナギの動静が気になって近くにいるミカンに尋ねた。

「再戦されることを心待ちにしています。出来るだけ早く行かれた方が良いかもしれませんね。あの……上手く言えませんが、頑張ってくださいね。応援してますから」

 こうして、レッドとエリカはジムを後にする。

―午後9時30分 ポケモンセンター―

 もう夜更けになっていた為、二人はポケモンセンターに入って諸事を済ませた後、いよいよ目前に迫ったヤナギ戦に向けて話し合う。
 二人は椅子に座り丸机に付き合わせた。

「はぁ。どうにかミカンさんに勝てたな」

 レッドは一安心した風に言う。

「左様ですわね……。しかしあの戦術は先ほどミカンさんにも言った通り、海水があってこそ成り立つもの。ここからチョウジまでも修行の一環で歩いて行く以上、体内の水も海水から淡水、つまり普通に戻ってしまいますわ」
「そうだな……。ヤナギさんに勝つ為にも他の方法を探らないとダメか……どうしよう」

 レッドはそのことを指摘され頭を抱えた。

「氷の弱点は塩のみならず貴方が最初の時に使われた炎があげられます。リザードンやバクフーンを手掛かりにしてみてはいかがでしょう」
「いかがでしょう……ってそれだけ?」
「本来、この旅は貴方一人に向けて為されたものです。 私ばかりに頼られても貴方の為になりませんわ。ミカンさんの時は正直、友人に負けたことが悔しくて全面的に協力いたしましたが今回は貴方一人でお考えになってください。私は妻としてそれに従うだけです」

 エリカは出来るだけ柔和な声色で、しかし冷厳な内容の事を言う。

「そ、そんな殺生な……」

 レッドがそう言うと、エリカは

「さてと、私はそろそろ歯を磨きたいので失礼します」

 と立ち去って行った。

「ちぃ……なんだいなんだい。勝手な事言いやがって……」

 と小さく愚痴を言ったが、そのうちなにくそとなんとか一人で方策を編み出そうという結論に至る。

―4月20日 午後3時 39番道路 森―

 その後、レッドはどうにか打開策を見つけようと普段使っているポケモンだけを連れ、他のポケモンの世話はエリカに任せて遠くの場所で修行した。

「リザードン! 大文字だ!」

 レッドはバクフーンではなく、レベルが高く草創期からの仲であるリザードンを中心に面倒を見ていた。

「はいよっ!」

 リザードンは大きな大の字を作って、小さなポケモンをいじめているスピアーやカイロスなどを焼き尽くす。
 威力は絶大で、ほんの数秒でいじめていた30匹のポケモンを瀕死においやる。
 いじめられていたコラッタ数匹は小さくお辞儀をして草むらに戻っていく。

「よし、休憩だ。30分くらい遊んでていいぞ」

 昼食を食べてから三時間ほど手持ち同士をし合わせてみたり、先ほどのようなことをしたりしてポケモンたちの動向を見ていたが一向に良い戦略が見つからずレッドは悶々としていた。

「くそっ……」

 と言いながら彼は青々とした草原に足を組みつつ寝っ転がる。
 声を出し過ぎて少々疲れたのか、数日まともに寝ていなかったせいか、(まぶた)が重くなりやがて寝てしまった。
 20分ほどすると、いけないとばかりに起き上がって上体を起こす。すると、リザードンが文庫本を持ってポケモンを集め、何かをやっていた。
 寝る直前まであれだけ騒がしかったポケモンたちが静かにしていた為、レッドは気になり、そっと近づく。
 
 
『えー、じゃあ次の問題、はねるを覚えるポケモンは? 但しコイキング以外で』

 ポケモンたちはじっと考えて、数秒後に

『メノクラゲ!』
『ビードル!』
『キャタピー!』

 等といろいろな返答が返ってくる。

『うーん。正解が出ないなー』

 リザードンがにやにやしながら腕を組む。
 その後少し遅れて

『……、ハネッコ』
『はい、フシギバナ正解! 他にはタッツー、デリバード、マンタインなどが』
「おいリザードン、お前なにしてんだよ」

 レッドは流れを止めるのは良くないと思いながらもポケモンの言葉で会話しているためなにを言っているのか分からず、どうにも要領を得ないので思い切って尋ねた。

「ああ、マスター。これは先生から借りたクイズ本でクイズしてるんだ。本当は文学とか歴史とかそういうの出したいんだが、みんな答えられないからつまらなくてな。だから今は身近なポケモンについて問題を出しているんだ」
「へぇ。エリカやっぱそういう本も持ってんだな……」

 レッドはこれを見て何かに使えそうだと思ったが、戦術には結びつかせられなかった。
 その後、修行を再開して午後5時半頃にエリカのもとに戻る。

―4月17日 午後3時 エンジュシティ―

 二人はエンジュシティに到着。
 またスズの塔に行こうとエリカがせがんだ為それに合わせて、関所の前までたどり着くとマツバに会った。
 どうやらスズの塔で行った儀式の帰りがけのようだ。話したいことがあると言うので、喫茶店に入る。

―喫茶店―

「はぁ。ここはいつ来ても落ち着くな」

 席について適当に注文を済ませた後、マツバは息をついてそう言った。

「この店はタマムシにも系列店がありますし、よく分かりますわ。タマムシではウィンナーコーヒーが特に一押しでしたが、エンジュでは如何です?」
「そうだね……。ここは古都なだけに和風な雰囲気を演出したいのかお店としては南東の茶畑でとれた抹茶から極上の物を選別したフシミ玉露だけど僕としてはほうじ茶が味わい深くておススメかな」
「へぇ。次頼む機会がありましたら頼んでみますね」
「エリカさんは? 僕あまりタマムシまで行く機会がないから是非聞きたいんだけど」

 マツバは興味津々な様子で尋ねる。

「そうですわね、私としては……」

 エリカに悪いと思いながらも本題に行きそうがしなかったためレッドが遮る。

「あの、マツバさん、僕らに話したいことって?」
「おっと。そうだったね。この間からオーキド博士が何を狙っているのか気になっていてジョウトの伝承を調べていたんだけど、その最中でシロガネ山のバンギラスの話がでてきたんだ」
「有史以来のシロガネ山の噴火がバンギラスに起因する……という伝説ですか?」

 エリカがすぐに感づいて答える。マツバは予想通りと言わんばかりの表情で

「そう。そうなんだ。バンギラスが暴れることでマグマに刺激を与え、噴火の一要因となる説。それで、去年ロケット団が強制進化の電波を放った事が頭に思い浮かんでね。もし、その電波がシロガネ山まで何らかの原因で届いていて、ヨーギラスを進化させてバンギラスになったとしたらそれはかなり強力なポケモンとなっているはず」
「山を崩す原因となる為幼生のヨーギラスが10年前に総捕獲したものの、10体程度残っているとの話もありますし、不思議な話でもないですね……まさか」
「そう。もしかしたらそれで進化したバンギラスがオーキド博士の狙いなのかもしれない……と思っただけの話だ。実のところは分からないが、オーキド博士を同じく疑う者として情報を共有しておきたいと思ってね……」

 レッドとエリカはそれを聞いて大いに用心する。
 その後、エリカはトイレに立ってレッドはマツバと二人きりになる。

「あの……マツバさん」
「ん? 何だい?」

 マツバは最後の一口を啜った後にレッドを見る。

「マツバさん……エリカの事が好きだって聞いたんですけど……ほんとですか?」

 レッドは単刀直入に気になる事をマツバにぶつけた。
 マツバは数秒ほど間をおいて答える。

「一体、だれからそのことを?」

 先ほどまでの明るい口調とは打って変わって、気の入った真剣な声で尋ねる。
 レッドはその様子に少々気圧されたが舐められてたまるかと

「風の便りです」

 とアカネの名は告げずに言う。

「はぁ……。ま、大体予想はつくけどね。本当だよ。僕はエリカさんの事が好きだ」
「随分素直ですね」

 レッドからしてマツバは表裏ある人物に見えた為、あっさりと本音を言うとは思わず、驚いた。

「恋人である君に、エリカさんの事に関して嘘をつくのは失礼に思えたからね」

 レッドはそれを聞いて虫の好かない奴だとばかりに苦虫を潰したかのような表情になる。

「そんな顔しないでくれよ。大丈夫。彼氏が居る人を寝取る趣味はないから」
「そうですか……、マツバさんはどうしてエリカの事を?」
「君と同じようなものさ」
「やっぱり……美しくて、頭がよいから」

 レッドが言うと、マツバは静かに頷く。

「マツバさん……俺と、勝負しませんか?」

 レッドにとってマツバは言うまでもなく天敵である。
 マツバにはルックスでも頭でも相手にならないほど勝てる要素が無く、それを見ればエリカに好かれる要素など皆無である。
 だが、エリカは前にポケモンと真摯に向き合って、勝とうと努力する姿を好きだと言ってくれた。それが自分にとっての誇りであると。
 ならば、先日エリカの力に頼らず自らの力で修行した成果を自分ひとりで戦う事で見せ、ポケモンに懸けてはマツバよりも決定的に上である事を示したかったのだ。

「いいよ。僕も一回、伝説のトレーナーとやらと戦ってみたかったんだ。受けて立つ」

 マツバはキッとした眼差しでレッドの眼を見る。

「ならば、決まりですね」

 その後、エリカがトイレから戻って事情を説明し、ジムへと向かう。
 エリカもマツバと戦いたそうだったが、レッドからすれば信念をかけた戦いなのでどうにか説得した。

―午後4時30分 ポケモンジム―

「貴方、頑張ってくださいね!」

 エリカはレッドに声援をかける。レッドは向き直って手を振る。

「では、そろそろ始めようかレッド君」
「マツバさん。俺は絶対に、貴方に勝ちます!」

 レッドは悪役に相対したかのような素振りでマツバに言う。

「フフ。威勢がいいね。それだけ気合十分なら相手にとって不足なし! 参れ! ムウマージ!」
「行け! カメックス!」

 その後、レッドは序盤こそ優勢であったが、徐々にマツバの用いる状態異常やそれに乗じた闇討ち攻撃に翻弄され、4体ほど倒された。しかしリザードン一体が踏ん張り、マツバのポケモンも残り二体となる。
 今フィールドに居るのはリザードンとヨノワールであった。天気は晴れ状態。

「リザードン! 熱風だ!」

 リザードンが先制して、熱風を吹かせヨノワールに当てる。
 しかし、ヨノワールは体力を四分の一ほど残して耐える。

「ヨノワール! 影うち!」

 リザードンは初めて体力を十分の一ほど削られる。

「リザードン! エアスラッシュ!」

 ヨノワールに空気の刃が当たり、倒れる。

「へえ。僕に大層息巻くだけの事はあるね。じゃあ、最後のポケモンだ! これが僕の切り札、参れ、ゲンガー!」

 フィールドにはゲンガーが揚々と立つ。

「ゲンガー! 怪しい光だ!」

 ゲンガーはリザードンに光を複数ちらつかせ、混乱させる。
 リザードンは最初自分に攻撃してしまい、体力を二割ほど減らす。
 どうやら先ほどの影うちは10万ボルトの攻撃回数を調整するためのものだったようである。

「ゲンガー、10万ボルト!」

 ゲンガーは光を生み出し、電撃をリザードンに食らわせる。
 体力が更に三割減り、日本晴れ状態が解消された。
 そしてまた、リザードンは自分に攻撃してしまう。

「うぐっ……!」

 もうレッドの持っているマツバに対抗しうるポケモンはフシギバナしかいない。全てを集中的に鍛えていたリザードンにかけているのだ。

「レッド君、君の実力はこんなものか? ゲンガー! もう一度十万ボルト! これで止めだ!」

 しかし、今度の十万ボルトは奇跡的に外れる。とはいえ、状況には変化が無い。

「リザードン! 大文字だっ!」

 ここまでくると、もう大技で一撃の下に倒すしかないと思い至り、大文字を繰り出す。
 今度はしっかりと攻撃したが、ゲンガーはすばしっこく避ける。
 レッドはここで考え付く。
 すばしっこく避けるなら、それを止めればいいのではないか。と

「ゲンガー! もう一度10万ボルト! 今度こそ息の根を!」

 ゲンガーは電撃を作り出す。
 レッドはそこからこの前やっていたリザードンのクイズを思いつき

「リザードン! あれだ! ゲンガーに問題を出してみろ!」
「え!? そんな、急に言われても……」

 このターンで混乱が解けたリザードンはレッドの唐突な提案に驚く。

「いいから! 難しいだろうが時間が無い! 早く!」

 レッドはゲンガーの手中を見ながら、血走った目で言う。
 リザードンはレッドの意を察したのか

「わ、分かりやした! ゴホン、問題! エンジュの如意が嶽などで行われる山に文字を作る五山の送り火を別名なんと」
「バカにすんじゃねえ! 大文字の送り火にきま……」

 ゲンガーは止まって、大声で答える。
 レッドの目論見通りだった。クイズをするときポケモンはじっくり考えるか、即答するかとにかくその行動をやめてしまう。その一瞬の隙を突くのだ。

「正解ィィィ!」

 といいながら、リザードンは大きく息を吸った後、弾頭大の火の玉を吐きだし、ゲンガーどころかマツバの顔まで濃く橙色に照らす。
 その直後、火の玉は四散し今までに見たこともない巨大な『大』の文字を形成し、やがてゲンガーを包み込んだ。

「ガァァァァァッ……!」

 特防の低いゲンガーである。その上猛火で上乗せされた大技の直撃には一たまりもなく沈黙した。その時レッドはエリカの言っていた知は力なりと言う格言を反芻(はんすう)させ、意味を噛み締めた。
 こうして二体を残し、レッドは勝利する。
 マツバはゲンガーを戻すと、うつむいたと思うと静かに笑って

「ハッハ! 楽しかったよ! まさかポケモンにクイズを出してその間隙(かんげき)を突いて大技を当てるだなんてね。世の中には凄い発想をする人がいるものだよ。そうでなくても、流石は伝説のトレーナーと異名を取るだけある実に戦い甲斐のある一戦だった。ファントムバッジは君にこそ相応しい、受け取ってくれ」

 マツバはレッドに舞妓はん含め二枚目のファントムバッジを手渡す。

「貴方、おめでとうございます。これでヤナギさんにも対抗できる技が完成しましたわね!」

 彼女はレッドの勝利を祝うと共にヤナギ戦への大きな武器が出来たことにまるで自分の事のように喜んでいる。

「ああ、そうだな。これでヤナギさんとも対等に戦える筈だ」

 レッドはそういって確信を掴んだように目を輝かせる。

「うん。前にこの町に来た時より二人とも顔つきがかわっている。前はまるで末法の世の如く沈んだ様子だったが、今は毘沙門天をも圧する気迫を持ち合わせているように思えるよ。その調子ならきっと何者も君たちを止めることはできないだろう。オーキドの一件は僕に任せて、頑張ってね」

 自分の恋敵をここまで褒めることが出来るマツバを見て、レッドは自分自身がとても小さく思えた。今回戦って、レッドにとってマツバはエリカを狙う天敵などではなく、自分が頭はともかく、精神的に越えるべき大きな壁であると肝に銘じた。
 自分はマツバに勝ってなどいない。闘いに勝って、戦いに負けたと。

「はい」

 とマツバに二人は答えた。
 その後、二言三言話して二人はエンジュジムを後にする。

―4月21日 午後9時 チョウジタウン ポケモンセンター―

 三日かけて二人は修行の総仕上げとばかりにスリバチ山を進み、いよいよジョウト地方最大の壁、ヤナギの下へ捲土重来を果たす機会が巡ってきた。
 二人は諸事を済ませ、ヤナギ戦へ向けての話し合いを終えた後、レッドが風呂に入る。
 その間、エリカはナツメに電話をする。
 また少しの間世間話をした後、本題に入る。

「で、あれからどうなったの?」
「何とかシジマさんとミカンさんにバッジを頂いて、チョウジに戻ってきました」
「そんなことくらい知ってるわよ。凄いけれどどうやって勝ったの?」

 エリカは塩雪戦法と、エリカが種を蒔いたがレッド自身で技にまで昇華させた大文字の話をする。

「へぇ。二人なりに頑張って着実に勝ちを進めたのね」
「はい。左様ですわ。レッドさんが自らの力で技を作り出された時は本当に嬉しかったですわ。やはり私の眼に狂いは無かったと」

 彼女の言葉にウソ偽りはないようである。

「そうね。伝説のトレーナーという看板伊達に背負っている訳じゃないという事ね」

 レッドに対しては懐疑的な感情を抱くナツメが珍しく褒めて見せた。

「その通りです! レッドさんには本当感心させられますわー」

 彼女はまるで自分の事のように舞い上がっている。
 ナツメは暫し黙した後に

「ねぇ。今のあんたの様子聞いてて思うんだけど」
「なんでございましょう?」

 彼女は余韻の残った高めの声で答える。

「なんというか、最後に電話した時と、今の時とであんたのレッドに対する感情に変化が出てきたと思うんだけど……」
「変化? それは一体どのような?」
「うーん……あまりはっきりと言えないんだけど、なんだかフワフワした感じのような変化ね。地に足がついてないというか」

 エリカはその一言に瞳孔を収縮させて反応する。
 しかし、そう簡単には認めたくないのか、彼女は少しばかり強い声で

「き、気のせいですわ! それはナツメさんの思い過ごしでは?」

 と返して見せる。

「そう? まぁそれはそれでいいんだけど……」

 その後も十分ほど会話して通信を切る。

「そんな……まさかこの私が……建前ではなく本当にレッドさんの事を……?」

 彼女は数分ほど突っ伏して考えた後、気にもんでも仕方ないと考えたのか本を読む。しかし、あまり内容が頭に入らなかったのか数ページ読んですぐにやめてしまった。
 それから二人はいつもの通りに諸事を済ませ、眠りにつく。

―4月22日 午前9時 チョウジタウン ジム前―

「よし……! いよいよか」
「はい。いよいよですわね」

 ジムに張り紙の類のものはなく、トレーナーたちも中にいる。
 いつ挑戦しても良い様子である。

「じゃあ、行くぞ」
「あ、あの!」

 エリカがレッドを呼び止める。

「ん。どうした」
「その、昨日漸く、届いたものなのですが……」

 エリカはバッグから一枚のCDROMを取り出す。
 水色に彩られている。レッドはそれに見覚えがあった。

「もしかして……それって、技マシン?」
「はい。中身はしおみずです。シジマさんの話でシンオウ地方にその技が多く使われているという話を思い出しまして……。屋敷の者に手配させたものが漸く届いたのです」

 彼女は勝負の時は切り替えようと、いつも通りの喋々とした様子で喋る。

「なんでそのことを今まで黙ってたんだよ」

 レッドはエリカに少々きつい口調で問い詰める。当然といえよう。これがあると知っていればわざわざ一人で修行する事など無かったのだから。

「貴方自身の力でこの状況を切り開けるかどうか知りたかったのです。ポケモンマスターを目指すものとしてそのくらいは出来て当たり前ではないかと思いまして……」
「そうか……。そういう事か。確かにこれがあると頼っちまうからな……」

 レッドは少々腑に落ちない様子ではあるが、これ以上の追及は止めた。

「この技マシンは一時的に体中を海水と同じ濃度にして、それをぶつける技です。つまり、先日ミカンさんにした海水でのハイドロポンプに近い事が可能になります」
「でも威力は?」
「そこもご安心ください。相手の体力が弱っている時ならば、威力が二倍になります。これはちゃんとしたポケモンの技であるが故につけられた追加効果でしょうね」
「そうか。分かった、じゃあ早速覚えさせるか」

 二人はジムの横手に回ってポケモンたちにこの技を覚えさせた。
 そして、いよいよジムに入る。

―午前10時 ポケモンジム―

「ようやく来たか……レッドにエリカ女史!」

 ヤナギは床几に座りながら杖を中央につき、風格のある体でそう言った。
 いつにもまして圧倒されそうな気迫を持つ老人である。

「どれ、バッジのケースを見せてもらおうか」

 レッドとエリカは静かにケースを渡した。

「うむ、きちと6つ揃っとるな! では始めるかの。言っておくが、如何な経路をたどっていようと容赦はせぬぞ。そちらも全力で来るがいい」

 ケースを一瞥すると、ケースを返すと共に、ヤナギは重い腰をゆらりと上げる。
 その様は、さながら怪物が立ち上がるようである。
 二人の目には、必ずや勝つという闘志が燃え盛っていたことは説明するまでも無いであろう。
 こうして、一か月来の捲土重来をかけた大勝負が幕を開けるのだ。

―第八話(下) 赤き心は挫けない 終― 
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